再建と旅立ち
「――さて、お前らに確認してもらわないかんことがある」
みんなと別れて早五年。小さな村からやり直しているレフォードの中で、足りない物資を調達したり畑や畜産を手伝いながら生活していたら、リンと二人でヘリュウに呼び出された。会うなり彼の自室に連れ込まれで揃って首をかしげていれば、小さく笑われる。
「レフォードをこれから、どうしていくんや。アダマースに所属する村として生きていくんか、追従する小国とするんか」
「それを、なぜ我々に?」
「お前の父ちゃんが、ぜんっぜん動かんからや。ケツに重りでもつけとるんか。旧セデールの、国としてのプライドがありながら、王になるもんがおらんとダラダラしとる。えぇ加減にしてもらわなワイが手ぇ付けられんわ、忙しいんやぞこっちも」
「お話は伺っていますよ、地上と海中との往復、大変でしたねぇ」
「否定はせんがそれは三年前の話やなぁ。どうするかはよ決めぇと、ダイアからも急かされとる。なんでワイが急かされるねん可笑しいやろ」
それはごもっともと、ボンドッツは渋い顔をした。リンも困った様な笑みを浮かべており、口を曲げるヘリュウに頭を下げる。
「わかりました。長くセデールの人たちがすみません」
「ちなみに、村と国とでは何が変わるのでしょう?」
「村なら飛び地扱いでアダマースから兵が派遣される、小国ならまぁ、時折交流をするくらいやろ。同盟国とは違うけど似たような扱いになるわな。
なぜか! 担当が! ワイになっとるけどな!」
「ご愁傷さまです」
「あのクソ宝石ども……こき使いおって……」
そう思うのならば突っぱねればいいのにと、思わず口に出す直前で手を置いた。
ブルーの仲間だからなのか、彼の人間性がそうさせるのか。冷酷だ感情がないだと言ったり言われたりするわりに、かなり甘いところがあると口元が緩む。
こういう時にはより目敏いらしい、ヘリュウの眉がヒョイと上がった。
「何を笑ってんやぁ?」
「いいえ、なんでもありません。それでは私たちは失礼いたします」
「ええ具合にケツを蹴飛ばしてくれ」
「承知いたしました」
礼をすれば喉の奥で笑うヘリュウに、同じように笑ってしまい、二人は魔方陣に乗ってレフォードに戻るのだった。
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「二人とも戻ったか」
魔方陣の傍にはドゥクスが待っており、二人は顔を見合わせると笑ってしまった。一人で首をかしげる父の手を取ると問答無用で家に連れ帰り、ソファに座らせる。
何事かと目を瞬かせているドゥクスに向け、正面に座ったボンドッツは冷めた目を向けた。
「真剣な話を始めますよ」
「ど、どうした突然」
「父上はレフォードをどうするつもりなのです。村とするのか国とするのか、我々がここで手伝いを始めて早五年、進展がないのはどういうことですかね?」
突き刺すような本題の入り方に、リンは吹き出しかけて思わず顔を背けた。ドゥクスは目を白黒させており、ボンドッツはムスくれたまま腕を組む。
「恩人であるヘリュウさんも困っているご様子でしたよ、皆を纏める者としてそれでいいのですか」
「わ、私は旧セデールの人間として、アダマースから独立したいと思っている」
「ならそうすればいいでしょう、何をもたついているのです」
「それは……」
言い淀み、チラリとリンを見た。キョトンとしている彼女へまっすぐに向き直ると深く頭を下げる。
「やはり私が仕えるのは、エレクサンドラ様、あなた以外に考えられないのです」
まさか矛先が向くとは思っていなかったのだろ、リンは目を丸くして硬直してしまった。猫耳が左右にぺたんと倒れているのを見て、ボンドッツは深くため息を吐く。
「リンはダメですよ」
「なぜ!」
「ここは、セデールではないでしょう」
顔を歪めるドゥクスに、ボンドッツは気付かれない程度に息を漏らした。
長年、兵士長として王家に仕えてきた影響が大きすぎる。今はみなを率いている立場でありながら、仕える者を求めているらしい。
気持ちが解らないでもないために、自分も顔を歪めてしまった。
「ラストは、セデールの王家です。……ここはなんですか、なんという名前で起ち上げたのですか」
「しかし、ボードオン……!」
「レフォードとして、違うものとして起ち上げたのならば、新しい指導者が必要でしょう。それを嫌うのならば、大人しくアダマースに属する村として生きることを受け入れてください」
拳を握り、悔しそうに俯いたドゥクスに向け、リンがゆっくりと手を伸ばした。しかしボンドッツが握りこむようにしてそれ止め、首を振ると立ち上がる。
「父上。このままではヘリュウさんにもダイアモンドさんにも迷惑を掛けますよ」
「ならば、どうすれば!」
「簡単です。簡単な事なんですよ、レフォードのみんなに聞いてしまえばいいじゃないですか」
顔を顰めたまま立ち上がったボンドッツは、ドゥクスの制止も聞かないままに表へ出て行った。
間髪入れず、声を張り上げて言われた言葉に飛び出していこうとしたドゥクスを、リンが咄嗟に止めた。
「何を、何を考えている! 何を勝手なことを!」
「おじさん、勝手な事じゃないよ! 本当はもっと早くこうするべきだったんだ、レフォードのこれからを考えるならボンドッツが言ってることは正しい!」
レフォードを村として運営するのであれば、そうせよと。
国として起ち上げたいのであれば、広場に明日の昼まで箱を設置するからその中に新たな指導者に相応しいと思う者の名を書いて入れよと。
大通りを練り歩き、全ての家に届くよう、叫んでいるのだ。
「あたしが指導者になる可能性はない。……覚悟を決めて、おじさん」
「……わかった。そう、しよう」
苦し気に、寂し気に、悲し気に。
声を絞り出すような返事に、リンはきつく眉を寄せた。
そして、来たる昼。
箱を開けてみて、ボンドッツとリンはさもありなんと縦に首を振り、ドゥクスは膝から崩れ落ちていた。
「ほら見たことですか! みなさんがそう思っているのを、頑なに受け入れなかったのは誰でしょうね!」
「ね、おじさん。あたしとボンドッツは五年、ここで暮らしてる。それなのに名前が上がってないでしょ?」
満場一致とは、こういうことを言うのだろう。
ドゥクスの名しか書かれていないのだ。
「シャダッドとの戦争を終えてどれほど経ちますか、八年にはなりますか?
その間、アダマースで彼らの世話をして、村を立ち上げるためにヘリュウさんへ助力を願い、負の遺産により体を弄られたトロイさんとマティさんの後遺症が残らないために駆け回っていたのは父上でしょうに」
「諦めよう、おじさん。やっぱりレフォードの指導者はおじさんが一番なんだよ」
二人から慰められるよう背を撫でられて、ドゥクスは肩を震わせながらもどうにか顔を上げた。その表情にはありありと不安が出ており、ボンドッツはふと笑う。
「最初から完璧にする必要なんてないでしょう。ここを起ち上げた時のように、父上が選ばれた今回の様に。人々に訊ねながら、作り上げていきましょう」
「おじさんなら大丈夫だよ! だって、父さんの様に、我欲に生きてないから」
リンが言えばドゥクスは顔を歪め、一度目を伏せた。深呼吸をして静かに上げられた表情に二人は視線を交わして微笑みあう。
「さて、私たちはこの決定をヘリュウさんに伝えてきます」
「これからが忙しいよ、ドゥクスさん! ううん、国王陛下?」
「やめ、止めてください、エレクサンドラ様……」
せっかく腹を括った顔をしていたのに、再び地面に両手両膝をつけるよう頭を下げてしまい。
二人は今度こそ、声を出して笑った。
――そうして、ヘリュウやダイアモンドに知恵を借りながら小国としてあるための法を定め、アダマースの国王に追従する小国としてあることの報告を終え、ささやかながらの戴冠式を迎えた後。
ボンドッツとリンが言い始めたことに、ドゥクスは動揺を隠せずにいた。
「どうして、いまさら、そのようなことを」
「元々決めていたことなのです。レフォードの方針が決まり、前に進んで行けるようになったならば、我々は国を出てあてもない旅に出ようと」
「先に言っちゃったら、きっといつまでも前に進み出せなかったと思うの。後出しみたいなことをしてごめんなさい」
瞳を揺らすドゥクスに、ボンドッツは当たり前のことを話すように、リンは申し訳なさそうに対面している。
後天的にガーディアンとなったリンが神様に力を返し、地上に降りて仲間たちと別れてすぐに話したことだ。
自分たちは残念ながら、負の遺産によって体を弄られたせいで人間ではなくなっている。また、セデールの人たちはシャダッドのせいで、負の遺産に対して敏感になっている。
だからなんとなく、ここで生き続けることは出来ないような気がしたのだ。もちろんほとんどの人が受け入れてくれたし、王家の生き残りとして、ドゥクスの息子として、変わらず接してくれた。
それでも、みんながみんな受け入れてくれているわけではないと、十分すぎるほどに理解している。
「そんな馬鹿な。これからも、共に暮らせるとばかり……」
「申し訳ございません。しかし我々にはやりたいが事あるのです」
「やりたいこと?」
「うん。特異能力一族の、強いて言えば火炎族と魔族のことを伝え歩きたいと思ってるの」
火炎族は、脳裏に描ける姿があったのだろう表情を変えなかったけれど、魔族に関しては思いきり眉を寄せていた。それもそうだろう、シャダッドで人間と融合された魔族を見ている。
それにやはり、大多数の人間にとって魔族とは畏怖の対象なのだ。
「あの時ともに戦ったダークとブラックは、魔族ですよ」
「なっ……あぁ、いや。あれを普通の人間だと言われた方が、納得できないな」
「国を守るために無謀な進軍をしてくれた彼らにさえ、そんな表情でしょう? 魔族と人間の溝は深いんです」
眉を顰める父親に、鼻で笑ってしまった。ドゥクスは苦い顔で頭を掻き、困った様な目をするリンのことを見る。
「……エレクサンドラ様も、本当に息子と共に旅に出られるのですか」
「うん。ボンドッツと一緒なら、なんでも出来るもの」
「彼らは我々と変わりません。ただ魔力の器が大きくて、姿が異様なだけです。……信じられますか、一対三の戦いなどずるい! と拗ねる魔族もいるのですよ」
「……想像が出来んな……」
なんとも言えない顔をする父親に、小さく笑ってしまった。自分もきっと、対面した経験がなく同じ話をされても、信じられなかっただろうから。
「もちろん、火炎族や魔族への理解を、などと言って回れば異端者として迫害を受ける可能性もわかっています」
「でも、あたし達……迫害には慣れてるから」
それは、悲しい慣れ方だった。笑っているリンの頭をそっと撫でれば、くすぐったそうに耳が揺れる。
その様子を見て微笑んでいるボンドッツが不意に、瞳に冷たい光を宿したのが分かった。
「まぁ、なに。材料はそろえていきますがね」
「なに?」
「手始めに父上。ここから始めさせてもらいますよ」
「は?」
立ち上がったボンドッツは近くの兵に頼み、国民を広場に集めてもらった。一応、選ばれてしまったがために仕方がなく、他に選択肢がなく国王になった自分を差し置いて何をするつもりかと息を潜めて見守る。
「レフォードの皆さま、今日はお集まりいただきありがとうございます」
広場の中央にある演説台で、ボンドッツは話し始めた。とりあえずリンはドゥクスの傍にいて、演説を眺めている。
「本日は皆さまにお願いしたいことがありまして、恐縮ながらここに立たせていただいております。火炎族と魔族についてです」
あまりにも単刀直入すぎて、広場で急速に警戒が広まっていくのが分かった。いくら何でも話の展開が早すぎるのではないかと狼狽え始めた父親をよそに、ボンドッツは表情一つ変えない。
「とりあえず、彼らは我々と変わらない、この世界で普通に生きている一族だと。それだけでもいいので頭の中に留めておいてくださいませんか」
「か、火炎族は戦好きの野蛮な奴らだっていうのは、誰でも知っていることだろう!」
「魔族だってあんなに恐ろしい姿をして、魔力だって人間とは比べ物にならない異形じゃない! 私たちと変わらない、わけがないでしょ!」
ボンドッツの眉が、ピクリと動いた。
共にシャダッドと戦っているからわかる。あれは仲間を貶されて、感情が冷えている。
「何を仰います。あなた方が言う、野蛮で異形なものに守られておいて」
「どういうこと、ボードオン」
「シャダッドに立ち向かい、旧セデールを救って、その後の世話までしてくれた彼らへの恩。お忘れではないですよね」
遠くに見えたトロイとマティが、体を震わせたのが分かった。ボンドッツの話の繋がりがいまいち掴めていない人々は互いに談義し、続きを待つよう耳を澄ませる姿も見える。
「シャダッドを打ち取った私の仲間には、すでに滅びてたった一人残った火炎族と、魔族もいました。あなた方の命を救ったのは、全くの無関係な戦争を終結させてくれたのは、たった今あなた方が自分たちとは別物だと貶した彼らです。
……別に私の言葉に耳を貸したくない、というのならばそれでも構いません。恩を仇で返しながら生きてください。守られた恩を忘れ、野蛮だと貶しながら生きてください」
材料はそれかと、ドゥクスは頭を抱えた。
理解を求める運動というよりも、単なる脅し文句にしか聞こえないではないか。
「誇りある旧セデールの皆さまならば、そのようなことはないと信じております。私とエレクサンドラは、我らが友のため、血の繋がらない家族のため。彼らへの理解を求めて旅をして回る所存です」
呼ばれたリンは耳を動かし、ボンドッツの隣に立った。大きく息を吸ってバンダナを取り、猫の耳を見せる。
ボンドッツも、手首に埋め込んでいる宝石に魔力を流すのを止め、本来の姿を晒した。騒ぎが大きくなっていくのを、なんてことないように白けた目で見る。
それでも、小さく震えている彼女の手を隠すよう握れば、きつく握り返された。
「火炎族の彼も、魔族の彼らも。負の遺産を使われて、こんなにも……人とはかけ離れてしまったあたし達を、ちゃんと受け入れてくれた。怖がらず、忌まず、受け止めてくれた。
そんな彼らのためにも。少しでも畏怖の目を、迫害を減らすためにも。あたし達は旅に出ます」
「それではレフォードの皆さま、ごきげんよう。……急に受け入れられるとは思っていません、ただ無意味に怖がらないでほしい、それだけです」
リンの手を取って壇上を降りると、すぐに元の姿に戻った。ドゥクスの前に立つと礼をして苦笑する。
「まぁ、こんな風に。バーナーさんが救ってきた町や、彼が稼いだ賞金で作られたり維持されている町や施設を調べ上げて、その事実を突きつけてやろうと。魔族に関しては地道にやるしか手がありませんがね」
「残念な方法だけど、誰が助けてくれたのかというのを公にしていけば、考えてくれると思うの。みんながみんな受け入れてくれるとは最初から思ってない、でも、考えてくれるだけでもいい」
顔を見合わせて微笑み合う二人に、ドゥクスは痛んだ胸をきつく握りしめた。
子供じゃないことは解っていたのに、それを改めて認識させられて苦しいのは、自分が子離れ出来ていない未熟者だからだ。
「……旅の途中、疲れてしまうこともあるだろう。その時には戻ってきなさい、いつでも迎え入れる」
「父上?」
「行くなとは言わない、決めた道ならば応援する。だが疲れた時くらい戻ってきて、ゆっくり休んで。癒えたならまた発てばいい。ここがお前たちの家なのだから」
クシャリと顔を歪めたリンに両手を広げれば、胸元に飛び込んできた。手招きをするとボンドッツも渋い顔をしながらも近付いてきてくれる。
抱き締める代わりに頭を撫でれば、そっぽを向いた。
「ダークとブラックが、瞬間移動術を込めた魔道具をいくつか作成してくれていますから。まぁ、壊れない限りはいつでも来られますし。……その時が来たら、お邪魔しますよ」
長年離れていたけれど、父であることに変わりはない。仏頂面でぶっきら棒な言い草だが、照れ隠しだとはすぐにわかる。
「明日の朝、出発します」
「今日はおじさんと一緒にご飯をいい? たくさん、お話ししよう」
苦難の道を行こうとしているだろうに、顔には不安もなくて。
そんな二人を誇りに思うようドゥクスは目に弧を描き、察したのだろう逃げようとしたボンドッツごと二人の体を抱きしめた。