表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
再生記  作者: 夢野 幸
移り生く者編
45/48

閑話 ~清算を~

 昔に比べて、魔力が流れ出ていく速度が確実に上がっている。


 ディスティの薬草もほとんど効果が得られなくなり、ティータの若者を交えた修練を見学する時には、魔 弾 盾マジア・シルトを仕込んだ魔道具を持っていなければ、身を守ることも出来ない始末だ。

 

 教えられることは全て教えた、長としての心得も伝えきった。頼もしい従者たちもいる、自身の両翼もまだ残っている。一族に対しての不安は何もない。

 とっくの昔に限界が来ていても可笑しくなかったこの体だ。患っている疾患を思えば、生き延びた方だろう。


 別れも済ませた。欲を言うならばバーナーや黒疾にも礼を伝えたかった。

 しかし彼は行方知らずのまま、ついに見つけられず。黒疾からは盗賊なんざに礼を言うなと、簡単に別れを告げられて終わってしまった。

 

 族長の継承も無事に終えた。あとはこのまま眠りにつくだけだと、思っていたのに。

 唐突に、ベッドの脇に人の気配が現れて、薄く目を開いた。


「……本当に、混血の私よりも早く、眠ってしまわれるのか」

「ゼルス……?」


 震える、掠れた声だった。視線を向ければ、国王らしくもない軽装でいる彼が、深く俯いて佇んでいる。


「せいぜい五百年程度しか生きられない私よりも早く。逝って、しまわれるのか……!」

「……手を、貸してくれないか」


 自力では起き上がることすら出来ない体に苦笑して、呼吸を荒げながらベッドヘッドに寄りかかった。ゼルスは蒼白した顔で片膝を着いて座り、両手できつく、自身の手を握りしめてくる。

 耄碌した目でも、濃い空色の瞳が揺れているのが、鮮明に見えた。


「私が。あんな愚かな真似をしなければ、貴方は、もっと、生きられたのか……」


 普段の威厳はどこへやら。迷い子のように顔を歪め、体を震わせる彼の言葉に眉を顰めた。


「体に、心に負担を掛けなければ。貴方はせめてあと百年は、若長と共に、生きられたのか」

「それは無理だ。私は生まれ持ったこの疾患のせいで、早死にする運命からは逃れられんよ」

「しかし……! 私はあの時に、貴方に断罪されなければならなかった! それなのに!」

「お前はずっと、気に病んでいたのか」


 撫でるというよりも、ただ頭の上に落とすだけになってしまった手に、ゼルスが顔を上げた。


「昔。まだ私がお前を憎み、恨み、討とうとしていた頃。セイントから、言われた言葉だが」

「あの子から?」

「私はお前に、感謝をしているのだ」


 見開かれた目に口元を緩め、頭を胸元に引き寄せた。彼は背を震わせ、何をされているのか解らないと如実に伝える表情で見上げてくる。


「魔族の歴史の中で、これ程までに人間と交流を持てたことは、なかった。それに、これからも、そうしてくれると言うのだ。

 長く迫害を受け、討伐対象だと言われ、隠れて生きるしかなかった我らが。こうして世界の一員となれたのは、元を辿ればお前のおかげだ」


 ゆるりと首を振るゼルスは、子供のようだった。

 彼にこそ、足りないものがあるのだと、もっと早くに気付いてやればよかったのだ。


「お前も随分と苦しんだだろう。もう、楽になってもいいのではないか」

「っ私は」

「あの子らと関わる切っ掛けとなったのは、お前だ。もし最初に、お前が自身の命を諦めていれば、何もかもが違っていたのだぞ。

 セイントが神の子として旅をすることも、かけがえのない仲間たちと出会うことも、魔族や妖精族が人間と関わりを持つことも。……私とお前が出会うことも、なかった」


 ゼルスの黒髪もそのほとんどが白髪になってしまい、目尻や口元のシワも、随分と深くなっていた。

 これまでに、たったの一度も、こうして触れ合うことがなかったのを後悔するには、遅すぎる。


「だから。混血妖精どうほうを守るために奮起してくれて、セイントを守るための行動を起こしてくれて。本当に、ありがとう」


 下唇を噛みしめて、それでも漏れ出る嗚咽を押さえ付けるためか呼吸を止めていた。トントン、と背を叩いてやれば短く息を吐き出し、それでも、奥歯を食いしばっている。

 声を上げて泣くことも出来ない環境で育ってきたのかと思えば、思わず眉を下げてしまった。


「最期に、看取りに来てくれたのがお前でよかった」

「ラオエン様」

「よせよせ、止めろ。我々は対等だ、あの子から愛されて、愛し、手段は違っても守ろうと躍起になってきた同志だ。……お前はゆっくり来いよ、私は先に逝き、フラグーンに説教でもしようか」


 体を起こしているのも、辛くなってきた。蹲るように倒れてしまえばゼルスが体を跳ね上げて、支えてくれる。


「ゼルスはいい子だったぞと。混血などという、偏見の目で見ていたお前の方が、愚か者だったんだ、と」


 目が霞み、ゼルスの表情が分からなかった。それでもこれだけは伝えてやらなければと、もう一度、背中に手を回す。


「愛していたぞ」

「……!」

「またどこかで、会えることを願おう。我が親友よ」


 全身から力が抜けていき、手がパタリと落ちた。焦燥に満ちた声で名を呼ばれるも、指先一つ動かせない。

 瞼を閉じれば、もう何も聞こえなくなった。




 ブラックは部屋の外で、ゼルスが声を張り上げて泣くのを初めて聞いていた。壁に寄りかかったまま目を伏せて、他に聞かれてしまわないよう魔力の壁を張っていく。

 これまでに一度も亀裂を見せず、堅牢に囲われていた彼の心が露わになったのは、ラオエンが眠りにつくと伝えたときだった。


(私のせいだ)


 表情にはおくびにも出さないで、心の中は嵐のように荒れ狂っていたのだ。


(負担を掛けなければもっと生きられた? 私はまだ生きてしまっているのに、どうして貴方が先に? まだ罪滅ぼしを終えていないじゃないか、どうして……逝かないで)


 彼はまだ、自分の罪を、許していなかった。

 彼が、どれだけ誘っても自分たちの集まりから一歩離れていたのは、そういうことかと。


 このまま別れさせてはダメだと、壊れてしまうと思って、その場で美代に声なく話しかけて。

 一人で眠りたいと言ったラオエンの傍に、問答無用で飛ばしてもらったのだ。


「……ごめんなぁ、ゼルス。もっと早く、深くまで覗いてやればよかった」


 まったく。隠したいことは幾重にも壁を作って閉じ込めて、何も見せてくれないところはよく似た親子・・だと苦笑して。


「さようなら、父さん」


 ブラックは目を閉じると、声が聞こえなくなるまで、その場に留まり続けたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ