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再生記  作者: 夢野 幸
それぞれの道編
19/48

同じもの、違うもの


 もはやそれは、恒例行事だった。


 生き物のように雲の上を這う雷撃が、耳をつんざきながら落ちてくる雷を払い飛ばして宙に霧散させていく。

 もちろん、一族のみんなに迷惑を掛けないよう、散った雷も一纏めにして天に放ち、再び落ちてくるそれを迎え撃った。


「えぇい頑固者が! まだわからんか、お前では私に勝てん!」

「小僧が! まだ夢を見るのか、雷雲族は、地上はおろか海中には行けん! いいや、行ってはならぬ、それが世界の摂理だ!」

「そんなクソのような摂理は私が壊してくれるわ! なんと言われようと実を完成させて、友の元へ行く!」


 雷斗と炸雷の喧嘩を見つめる人々の目はどこか暖かく、ぬるくもあった。

 それもそうだ、何年も同じやり取りを繰り返しているのだから。


「そう言ってどれほど経った、いい加減に諦めればいいものを!」

「適合する実も見つかって、交配もうまく進んでいる! それに妖精族や魔族とは友好を結んだだろう、なぜ他を嫌うのだ!」

「彼らは我々と同じ迫害の歴史を歩んできた、だが海中族や銀世界の者は違う!」

「このクソ親父が!」


 雷を掻い潜り、炸雷の懐に飛び込むと腹部に手を置いた。肘を真っすぐにのばしたまま軽く付けば息が詰まったのだろう、雷が止まって咳き込み始める。

 そんな隙を見逃してやるわけもなく、足を払って馬乗りになり、利き手の関節を固めた。

 これで、炸雷は動けない。


「二度と言うな。我が友と私たちは同じだ、その言葉だけは許さない」

「忘れるなよ雷斗、なぜ我々が地上を捨てて雲の上で生活するようになったのか。その歴史を持ってもなお、同じだというのか」

「我々を害してきたのは族荒らしだろう。一括りに地上の者と言ってしまうのは横暴だ、他の者にとってはいい迷惑ではないか」

「……お前は解っているのか。我々と、地上の者は、違う」


 ピクリと眉を動かして、歯を食いしばった。

 今度は、父が言う意味が、痛いほどにわかる。


「……わかっている。それでも構わん、私は友のため、これからの雷雲族のため。何が何でも実を完成させる」

「地上の者の寿命はせいぜい六十年程度、頑張って百年生きられるかどうか。辛いのはお前だぞ」

「早く死別してしまう友もいるだろう、だが死ねん者達とは、より長く居られる。それでいい」


 雷雲族は、大地を離れ空に居を構えてから、寿命が徐々に伸びていった。

 結果、平均寿命は二百年。本来ならば自分は、神様の元から地上に戻って来た時、人間の兄弟たちを見送らなければならない立場だった。


 だが、実際は違う。魔族や妖精族ならばまだしも、自分のことを看取ってしまう者たちがいる。

 水中に行くためだけではない。彼らがこちらにも来られるように。

 そして、もう一つの目的のために。


「我々雷雲族は、雲を降りて紫電族に返る」

「……な!」

「雲を操る力を捨て、大地に戻るのだ。なぜ迫害された側が逃げねばならん? 我々は、立ち向かうだけの力を持っている。身を守るための術も伝えていく。……我らは再び、大地を踏むのだ」


 目尻を痙攣させ、半ば開いた口を戦慄かせる炸雷は、肩を怒らせた。

 ようやく、固めていた関節を放して父を自由にすれば、思いきり睨まれた。鼻で笑うと目まで怒らせてしまって肩を竦める。


「出来ると思っているのか」

「あぁ。無論だ」

「我らが住む場所がどこにあると言う」

「あてはある、あの男なら是と言ってくれるだろう。希望がなければこんな大それたことは言わん」


 以前、不躾ながらに訊ねたことがある。そして彼は、苦笑しながらも教えてくれた。


 周囲を山に囲まれた、死んでしまった火山の火口。

 草木は生えにくいけれどないわけではなく、人里に降りる時には少々苦労するけれど、彼の一族ならばたいした問題ではなく。

 そんなところに住んでいたと、言っていた。


「山の上ならば、少しでも雲に近いところならば可能性はあるだろう。人里に降りる時に苦労するということは逆も然り。……皆が望むのであれば、私は本気で交渉しよう」


 炸雷の目にあるのは、怒りではなく希望だった。

 寿命が長くなったということは、舐めてきた辛酸も多いということ。炸雷自身は経験がなくとも、祖父母から、あるいは曾祖父母から聞いているはずだ。


 かつて、雷雲族が地上に居たということを。迫害の末に地上を追われ、雲の上に避難してきたのだということを。

 彼らの怒りや苦しみを、悲しみを。自分よりもはるかに、感じてきているはずなのだ。


「それでも絵空事だと、諦めるのか」

「……本当に可能だと、思っているのか」

「私の代だけでは無理かもしれん。だが、子になら託せる」

「どうやって」

「土地と実は、私が確実に決着をつける。必要なのは地上への順応だ、これに関しては世代を重ねていくしかない」


 ここまで自分の考えをゆっくりと話すのは、初めてだった。父がこうして横やりを入れず、真剣に聞いてくれたのも初めてだった。

 自分たちに必要なのは、喧嘩ではなく会話だったのだと、今更ながらに痛感して苦い笑みを浮かべた。唸り声を上げる炸雷を見ていれば、顔を背けられる。


「ならば、証明してみせよ」

「証明とは?」

「お前が言うその土地を、確実に我らの物とするのだ。それが出来たなら……私はこれ以上、口を出すまい。支援しよう」


 背中が震え、口角が上がっていくのを堪えるために引き締めた。


「言ったな」

「二言はない」


 太陽の位置的に、地上は間もなく日が暮れて夜になる。雷斗は目を細め、唇を痙攣させた。


「明日、地上へ降りる。いつ戻るかは未定だ」

「よかろう。……お前は雷雲族の希望となる、失望させるなよ」


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「――別に構わないぞ?」


 緊張して話しに来たのに、あまりに素っ気ない返事で肩の力が抜けてしまった。なぜか女王も同席しているというのに、自然体でいる彼を少々羨ましく見る。

 乾いた口に茶を淹れれば、少し気が落ち着いた。


「故郷だろう? そんな簡単に……」

「現地を見てみるか? 全部焼いて来たから綺麗なはずだが、念のため」

「会話をしてくれ会話を。緊張してきた私がバカみたいじゃないか」


 苦い顔をしている雷斗に、女王が笑いながらバーナーを見た。熱い視線を横から受けながら、顔は向けずに頬を掻く。


「連れて行きませんよ」

「えぇー、バーナー、ダメ?」

「ダメだ。国王陛下が泣くぞ」

「レイリアの公務にも慣れてきたから、少しばかり一人で執り行ってみたいと言うんですもの。私が居たら、口出ししてしまいますわ」


 頬を膨らませるモモ女王は、子供のころに見た彼女と変わりなかった。呆れて額に手を置くバーナーの口元が緩く上がっているのも、しっかり見えている。


「国王陛下が許可を出したら……」

「大丈夫! バーナーを護衛とするならば遠征も構わないと、言っていただきましたわ!」

「まぁ、信頼が厚くて嬉しい限りだ……」


 食い込み気味に返事をするモモに、頬を痙攣させていた。国王陛下が許可を出しているのならば、拒否できないだろう。


「いいのかバーナー、お前が生まれた土地を対価もなく」

「以前、訊かれた時から察していた。オイラが所有しているわけでもないし、好きに使ってくれてかまわない」

「……ならば、言葉に甘えさせてもらおう」


 言えば、モモがそわそわと体を揺らし始め。

 笑いそうになるのを耐えるよう、軽く咳払いをするのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 初めて、背後を取った。


 目を見開いて振り返る彼に口の端を上げ、木刀を喉元に向けて躊躇わずに突き出す。

 咄嗟に首を傾けて避けようとしているが、思わず笑みを浮かべてしまった。


「……強く、なったな」

「ようやく、引き分けた。……長かったぞ」


 バーナーを押し倒して首元に木刀を押し付けるも、タダでは転ばんと言わんばかりに、彼が持つ木刀が首筋に当てられていた。

 もし、瞬き一つ分でも遅かったなら、また負けていただろう。


「それでもお前……ダークネスにすら勝った速度を読むか。ついに人間を辞めたか?」

「辞めたつもりはないんだけどなぁ。なぁモモ、異常性を持ち合わせていることを考慮して、どう思う?」

「六歳で使い魔と契約している人も、九歳で二つ名を得た人も他には知りませんね」

「そもそも、魔力で無機物の構造を変える人間を他に知らん」


 続けて言われ、口を尖らせると頬を掻いた。体を起こして木刀を仕舞い、苦笑する。


「まぁ……そうか。いろんな意味では、人間を辞めているな」

「バーナー」

「仕方ねぇさ、オイラだけが生き残っちまって。でもそのお陰で美代を一人にしなくて済む、そう考えたらよかったんだ」

「お前と言うやつは……」


 ニッと歯を見せて笑うバーナーに、口をつぐんだ。

 見上げた空は、もう間もなく日が沈んで闇に染まるだろう。


「すまない、バーナー」

「うん?」

「本来なら、ブラックと共に私が担う役目だった。それをお前と美代殿に任せることになってしまった」

「気にするな。火炎族が最後に喧嘩を売った相手が悪かったんだ」


 昔を懐かしむように目を細め、口の前に人差し指を立てた。肩を揺らして笑い、片目を閉じる。


「シャロムで、生き残った火炎族以外に魔力を感じた親父たちが敵意を向けたのは、美代に会う前のブラックだ」

「……なっ」

「あいつは今でも気にしている、だからオイラは気にするなと笑い飛ばす。これはオイラとブラックと、美代の秘密だ。だから雷斗もモモも、秘密にしてくれ」


 驚いたけれど、腑に落ちた。

 バーナーが最後の一人だという話をするたびに、ブラックが狼狽えていた。それを制するよう、バーナーが手を伸ばしていた。

 あれは心眼を使って心境を読んでいたのではない、罪悪感に苛まれていたのか。


「さて、あと数日進んだら急勾配の山を行くことになる。モモはオイラが抱えて行こう、雷斗はどうする?」

「お前の足に着いていって見せよう、今更、雲など使わないさ」


 自信ありげに笑う雷斗に、バーナーも喉の奥で笑うと軽く握った拳を顔の前まで持ち上げた。軽く拳をぶつけられて、微笑むモモを振り返る。


「心残りはないな、モモ」

「……えぇ。わたしの我儘を、ありがとうございました」

「構うものか。これからお前の自由は、国王陛下を支える者としてほとんどなくなっていく。……それを解られているから、陛下もこの遠征をお許しになったのだろう」


 寂しそうに微笑むモモに、バーナーも目尻を下げながらも笑っていた。そんな二人を見て、雷斗も困った様な顔を浮かべてしまう。


「女王陛下……」

「雷斗さん。これからもレイリアを、バーナーを。よろしくお願いします」


 深く頭を下げるモモに、雷斗は慌てて跪き同じように頭を下げた。彼女が顔を上げたのを視界の端で確認してから自身も体を起こし、バーナーへ視線を向ける。


「無論です。我ら雷雲族は、我が義兄弟がレイリアを愛する限り、共にありましょう」

「オイラも。モモの命が尽きるまで。長くても、お前の子の代までは仕えよう。そしてレイリアが役割を忘れない限り、愛し続けると約束する」


 姿勢を正して言い切る彼に、モモは破顔した。目尻を軽く拭うと立ち上がり、二人の傍による。


「えぇ。必ずレイリアの役割を伝えていきましょう。……今日はもう、ここで休みますか?」

「そうだな。明日からは森を歩いて、抜けたらすぐそこだ」


 と、遠くに見えている森へと視線を向ける三人は、どこか寂しそうな目をしていた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 森を抜け、岩山を上り、たどり着いた先は真っ新な大地だった。何者かが生活していたような形跡もなく、バーナーを振り返ってしまう。


「よかった、何も残っていないな」

「こんなにも高い山ならば、我らも順応の可能性はあるだろう」

「バーナーは、こんなところで育ったのですね。見ることが出来て嬉しいです」


 クスクスと笑うモモに苦笑して、彼女の頭に手を乗せると髪を撫でつけた。辺りを見回る雷斗に声を掛ければ振り返る。


「あとは実の研究、頑張れよ」

「エメラルド殿に視てもらいながら頑張るさ。親父も、土地を確保できれば研究の邪魔もせんと言い切った、これでようやく集中できる」


 ぐしゃりと頭を撫でつけられて視線を上げれば、暖かな目で見つめられていた。そんなだから父親だと揶揄われるのだと、言いかけたけれど、嬉しいのは事実なので口元をムグムグと動かしてしまい。

 雷斗は目元に弧を描き、頭上に広がる雲を見上げた。

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