家族会
年甲斐もなく声を上げて泣いて、泣きながらもたくさん笑って。
みんなに囲まれながら、美代は充血した目を恥ずかしそうに伏せていた。食事も一通り終わり、今は各々好きな飲み物で軽食や菓子を摘まんでいる。
「美代はんら長寿組は、なかなか顔も見せんでなぁ。妖精族なんて押し掛けようにも場所すらわからんし」
「たぶん、国の周りに何か仕掛けてあるな。妖精族や魔族みたいに魔力の器が大きい者しか認識できないみたいだ、オイラは最近訪問したが、案内してもらわなければ入れなかったぞ」
「バーナーで無理なら、ワイらは無理やん」
ゼルスが仕掛けている魔道具を呆気なく暴いたバーナーに、美代は口元を手で押さえた。目を瞬かせていると雷斗が隣に座り、新しいコップを渡される。注がれたのはベリー酒で、同じものを持っている彼に目を丸くした。
「雷斗、ワイは麦酒をくれ」
「ブルーも飲めるの?」
「お二人はちょくちょく、ヘリュウさんの所で見かけますからね。盗賊に混ざって宴をしていればそうなるでしょう」
「ボンドッツ達とはよく会うな、多い時には一年の間に四、五回は会ったか?」
「私たちはレフォードに用件があるついでに、お礼がてら寄っているのであって。あなた方が居過ぎなのでは?」
なるほど、放浪の旅をしているらしいボンドッツ達でさえそんなに頻繁に会っているのだ。ヘリュウが町に来れば会えると言うのも納得できた。
「実の研究をさせてもらっているからな、エメラルド殿の協力も得ている」
「ルフトの実はある意味、負の遺産の副産物みたいなものらしくてなぁ。雷雲族用に作り替えようとすると、そこから調べ直しや。上空で育てられて、改良に適合する実もまだ探し中よ」
「そういえば、改良したいって言ってたね」
「まだ代替わりはしてへんけど、もうじいちゃんも危ないしなぁ。実質ワイが族長みたいなもんや、ルフトの実も管理は一任されとるし、兄ちゃんのところなら安心して置けるから」
言いながら干し魚を頬張り、麦酒を煽る様にヘリュウの姿が霞み見えるようだった。バーナーと黒疾が嘆くように肩を落として顔を手で覆い、そんな二人を見てブルーがゲラゲラと笑っている。
旅をしていたころを考えると、一番変わったのは彼かもしれないと、酒を含みながら苦笑した。
「本当にお前……なんでよりによって、あいつに似ていくんだ……」
「オレ、いまだに信じられねぇんだけど。藍のがこいつらの世話を焼いてんの」
「ヘリュウさんは、ご自身が懐に入れた人には甘いですよ」
「そうだよねぇ、愚痴を言いながらもレフォードの面倒を見てくれるんだもん。ブルー君の友達だから、だけじゃあ説明がつかないよ」
「バーナー君たちはどうなの? レイリアの国王陛下はどんな人?」
シャドウに聞かれ、顔を上げたバーナーの目は遠かった。
「……変わった人、かな……」
「隣国の第一王位継承者だったろ、大丈夫なのかそいつ」
「いや、うん。国政に関しては全く問題ないし、人望も申し分ない。神話や文献については時間をかけて読み込んでいくしかないから、いまも時間を定めて毎日必ず読み込んでおられる。んだが……たまに変な発作を起こす変な人だな……」
そこは詳しく教えてくれないらしい、牽制するようにブラックを睨んでいる。彼も心眼は使わないと、慌てて首を振っていた。
「銀世界は平和だよ、お母さんも大人しいし」
「オレがみっちり、躾けてやったからな」
「すっかりご隠居さんだよ。みんなが自分よりもボクを選んだのが、よっぽど衝撃だったみたい」
最年少で族長を務めているスノーは、旅をしていたころよりも随分と大人になっていた。焼菓子を口に放って紅茶を飲み、チラリと美代を見る。
「お姉ちゃんは?」
「私は」
「自分で言う? ボクが言う?」
スノーが、冷たく笑った。言葉を詰まらせるとブルーが肩を組んできて、凍てつく深海の瞳に息を飲む。
「美代はん、久しぶりに会うワイらでもわかるで。また無理をしてるんやろ」
「ほとんど弱音を吐かなかった貴女があれだけ涙を流したのです、久し振りに会うからと、それだけではないことくらい判りますよ」
「心配するな、カチこもうなどとは考えておらん。元凶とお話がしたいだけだ」
原因が国にあると確信している言い様に、美代は俯いてしまった。どうやって話題を変えようかと口をむぐむぐと動かしていれば、頭に暖かい手が乗せられる。見上げれば、バーナーから見つめ返された。
「いつか、言ってくれただろう。火炎族だからといって、理不尽を受け入れるなって。美代もそうだ」
「ブラックえぇんか、美代はん虐められてるで、これ」
「よくないに決まってるだろ。だけど魔族の次期族長のオレが出ていったらややこしくなる、それにゼルス達が頑張ってくれてるのは知ってるから、今は信じてるだけだ」
「成長しましたねあなた、一番の美代さん過激派が」
心底驚いたように言われ、眉間いっぱいにシワを刻むとホットミルクを飲んだ。チロチロと動く毛先を押さえつけたダークは、反対ににんまりと笑っている。
「マァ、ナニ。イザト言イウ時ハ、考エモアル」
「その判断はダークに委ねるぞ、必ず向かうから連絡しろよ」
「大丈夫だから! そんな未来はこないから!」
勢いよく両手と首を振る美代に、ダークとバーナーが同時に頭を力強く撫でた。すっかり崩れてしまった髪の毛を手櫛で軽く整えて、楽しそうに笑うブルーに首をかしげる。
「かか様が近くにいるから、そこは安心やなぁ」
「マダ言ウカ」
「からかっとるわけやないよ、ワイはあの旅を、とと様とかか様がおったから乗り越えられたと思っとるんやで」
渋い顔をしたダークだが、懐かしむように目を細めたブルーに表情を緩めた。彼は胡坐して頬杖をつき、肩にかかる毛先を指先で遊んでいる。
「言うたらなんやけど、ワイは両親に恵まれんやった。親というもんを碌に知らんまま地上に出て、兄ちゃんに連れられて行った村で世話になって。……周りの子供たちが、羨ましゅうて仕方なかったんよ。手放しに甘えられる相手がいて、いいなぁって」
伏せた瞼を震わせる彼の話を、ダークは静かに聞いていた。チラリとバーナーを見てみれば、彼は米酒を舐めるように飲んでいる。
「せやから、まぁ。旅の始めの方でバーナーに父親を感じた後からは、そう接してたわ」
「あぁ、知ってた」
「なんも言わんでくれて、ありがとうね」
バーナーの膝の上で寝たり、張り付いたりしていたのは、ブルーなりの甘えたい行動だったらしい。クスクスと肩を揺らして笑いながら頬をわずかに染め、真っ直ぐに二人を見つめる。
「バーナーは厳しかったけど、それはちゃんとワイらのことを考えてくれていたからで、危険なことがあったら身を挺して守ってくれて。ダークは優しくて、でもそれだけじゃなくて、挑戦したいことには寄り添って見守ってくれて。
ワイは、知らなかった親の暖かさを、二人から教えてもらったんよ」
「ブルー……」
「スノーもリンも、そうやない? もしかしたらブラックも」
スノーとリンを見てみれば、なんとも言えないような、あえて言うなら申し訳ないような顔をしていた。ブラックもしばらく考えて小さく頷く。
「オレの場合、育ての親って言ったらシャドウとダークだけど。うん、父親と母親って考えたら、やっぱり二人かなぁ」
「というか、お二人、やりとりがたまに夫婦染みてましたよ」
「は?」
「嘘ダロウ……?」
目をかっ開いたバーナーと、信じられんと言わん表情で硬直したダークに、美代は吹き出しかけたのを辛うじて耐えた。茶を啜るボンドッツはリンと視線を交わし、肩に座って笑うシャドウを見て、思い出すよう半目になる。
「基本的に、バーナーさんが出回ってダークが残っていたでしょう。仕事に行くのを見送るようでしたねぇ」
「旅の方針はバーナー君がおおよそ決めて、悩んだときはダークと相談して。金銭面はバーナー君に頼りきりだったし、たまの野宿でも狩りや鍛錬とかの力仕事はバーナー君が担当してくれることが多かったし」
「料理はダークが主だったからね。それに二人とも、視線だけで会話を成立させることが多かったよ。無自覚だろうけど」
バーナーは片手で顔を覆って天井を見上げ、ダークは両手で顔を隠すと肩を落として俯いた、震える二人に黒疾が膝を叩いて笑い出し、美代も必死に顔を背けていく。
「なぁなぁ、じゃあオレはお前らからしたらなに?」
「黒疾さんですか……」
「ブルー君、どう思う?」
「とと様がバーナーで、かか様がダークやろ。え、兄妹は上から言ったらどの順番?」
「長男シャドウ、次男ボンドッツ、三男雷斗、長女美代、四男ブラック、次女リン、五男ブルー、末っ子スノー。
黒疾とヘリュウは強いて言うなら、親戚の悪い叔父枠だろ」
「即答じゃないか」
淀みなく言い切ったバーナーに雷斗が吹き出し、美代もついに腹を抱えて蹲った。恨めしそうに横目で見てくるダークに口の端を軽く上げ、諦めたように半ば目を閉じる。
「受け入れた方が楽だぞ、このノリ」
「ワシハ一応、男ナノダガ?」
「だけどお前も可愛いんだろう? こいつらが。それこそ命をかけてもいいくらいには」
口をへの字に曲げ、頬を赤くして押し黙った。それは肯定しているようなもので、バーナーも思わずと言った風な笑みをこぼす。
「ならもう、こいつらの親でもいいんじゃねぇ? オイラ達の関係性は、仲間と言うよりも家族の方が近いだろ?」
「……母親枠トイウノハ、納得出来ンガ。ソウダナ、コノ子達ハ、可愛イト思ッテイル」
「ありがとうなぁ、とと様かか様。……ところでなぁ、ボンドッツ? 大事な姉ちゃんを苦しめるやつを、懲らしめんでえぇの?」
「そうですねぇ、本音を言うならば大切な妹を傷付けるものなど排除してしまいたいですよ」
「話しが戻ってきちゃったや」
思わぬ振りに美代が体を起こし、ニマニマと笑ってしまう頬を両手で揉みほぐした。
大きく息を吸って吐き出せば、これまで通りの自分に戻れた気がする。
「みんなありがとう。うん、国の中ではすごく大変だけど……もう、大丈夫。私が無意識に耐えてしまっても、ヘーゼ達が助けてくれる」
安心してほしいと思って言ったのに、ボンドッツから鼻で笑われて眉を寄せた。軽く睨めばジト目で見られ、ゆるりと首を振っている。
「大体、貴女を相手に受け身でいようとするのが間違いなんですよ。学ぶのが遅い」
「なんでも許して受け入れちゃうんだもの」
「他の人の事はよく気が付くのに自分の事には疎いし、限界超えてるのに気付かないで我慢するし」
「ワイらがどんだけ苦労して心を開いてもらったか」
「それでもこんな調子なのに。美代殿を甘く見過ぎでは?」
「心眼の制御が出来てなかったボクが何も見えなかったんだもん、相当だよね!」
「スノーまで辛辣!」
ボンドッツを皮切りに畳みかけるように言われ、美代は床に崩れ落ちた。周囲は庇うどころかよく言ったという顔で頷くし、せっかく止まっていた涙が今度は違う意味で出てきそうで、乾いた笑いを漏らしてしまう。
ポンと背中に手が置かれ、拗ねた顔で見上げた。
「お前は、こんなにも大切にされているんだ。忘れるなよ」
「……うん、ありがとうバーナー。みんなに声をかけて、集めてくれて」
「さぁ、なんのことだかな?」
澄まし顔で杯を煽り、ドアに目を向けた。ジッと見つめて口角を緩く持ち上げ、ダークを小突く。
「ウン?」
口元に人差し指を立てて歩き、ドアを開けると、カウンツがコロンと中に転げてきた。みんなが目を点にして凝視するなか、バーナーと黒疾は肩を揺らして笑っている。
「……いつから気付いて……?」
「ブルーが、旅を乗り越えられたって話を始めた時から」
「オレが来た時からじゃん……」
目尻を痙攣させながら笑うカウンツに、ダークが再び固まった。コップを置いて深く息を吐き出し、口元を緩めて笑う。
一呼吸おいてすっくと立ちあがった直後、カウンツが跳ね上がって脱兎のごとく部屋を飛び出した。
「カウンツ! 盗ミ聞キノヨウナ真似ヲッ!」
「照れ隠しで怒るの止めてっ!」
翼を開いたカウンツにダークも即座に飛び上がり、風を切って追いかけて行ってしまった。ケラケラと笑っているバーナーに、ボンドッツが白い目を向ける。
「気配もしなかったのに。どうして気付いて?」
「オイラの左目、見てみろよ」
「……おや、少し赤みが強いですね?」
まじまじと見てようやくわかるくらいの差だが、右目と色が違っていた。見せろ見せろと囲ってくる面々に笑いながらも、ちゃんと見せてくれる。
「これはいま、イフリートと視界を共有しているんだ。以前は両目とも共有しないといけなくて、短時間しか使えなかったけど、修練を重ねて片目でも可能になって維持時間も伸びた。
それで腕試しがてら、イフリートに部屋の外にあった燭台の中に潜んでいてもらったんだ。妖精族にも魔族にも気付かれないなら上等だろう」
「そんなことをしているから、本当に人間かを疑われるのだぞ」
呆れた目になる雷斗に笑い、目を閉じた。開いた時には両目とも、きちんと紅くなっている。
「さて、ダークが戻ったら寝る支度を始めようか。ブラック、風呂はどうしてるんだ?」
「あんまりお風呂って習慣がなくて、沐浴が多いよ。オレ達はもう暖かいお風呂を知っちゃってるから、入りたくてダークと一緒に城の一角を改造して作ったけど」
「わかる……一度知ってしまったら、戻り難いよなぁ……」
「体に多少負担があるのはわかっとってもな、地上の食べ物って美味しいんよ……」
「もしかして、ヘリュウさんの町に入り浸ってるのは実の改良だけじゃないですね、目的」
肩を組み合ってしみじみとつぶやく雷斗とブルーを、ジト目で見ているボンドッツに黒疾が笑って。
変わったけれど、変わらない皆に、美代は何の含みもない笑い声を上げられたのだった。