集合場所
炊事場からの香りと鼻歌に誘われて、チチェは自身が引き取った友人の子と一緒に覗いた。機嫌よさそうに何かを切っている彼の背後に近寄れば、驚いたように振り返る。
「チチェ、ジーラ、ドウシタノダ?」
「ダークこそ、なにを?」
手元を見てみれば、一口大に切り分けられた各種野菜が、ボウルの中に山盛りに積まれていた。両手で抱えるほどの鍋に入れると、野菜が浸るくらいの水で煮込み始める。
そうしている間に魚を捌き、半分は串に刺して残りは生のまま切り身にしていた。
「食べる、たい!」
「フフ、コチラナラバ出来テイルカラ、摘マミ食イヲスルカ」
たどたどしく人間の言葉を話すジーラに頬を緩め、香草と塩で味付けをしている鳥の蒸し焼きを一欠け、口に放ってやった。目を細めて頬に両手を乗せる子供に、ダークも同じよう微笑んでいる。
そうしながらも皮を剥いたトマトを賽の目に切って、包丁の腹で軽く潰しているダークに、チチェは首を傾げた。
「手際がいいな」
「旅ノ最中ハ、十人分ノ食事ヲ作ッタリ、シテイタカラ」
「一人で?」
「食事ノ支度ハ、手伝ッテクレテイタヨ。ダガ鍛錬ナドヲ乞ワレテシマエバ、無碍ニハ出来マイ。ムシロソチラハ、バーナーニ任セル事ガ多カッタナァ」
トマトも鍋に入れ、塩と胡椒を振った。小皿に一口分掬い、口を付けると視線が上を向く。
軽く焼き目をいれている小口切りの鶏肉とバターを追加してもう一度煮込み、再度味見をして満足そうに目を細めた。
「こんな大鍋いっぱいのスープ、どうするんだ」
「客人ガ来ルノダ」
「客人……いやまさか」
今は確かに、レイリアから火炎族が若長を訪ねて来ている。しかしそれならば、来るとは言わないだろう。
ダークを見てみれば、琥珀色の目が楽しそうに弧を描いた。
「ラオエン様ノ許可ハ、得テイルヨ」
「よく、得られたな。お前が言うところの、家族? か?」
「ココガ一番、集マリ易イヨウダ」
聞き間違いかと、耳を掻いてしまった。ジーラも目を瞬かせている中で、ダークだけが当然のような顔をしている。
「海中ニ、雲ノ上ニ、極寒ノ雪山、盗賊。アトハ、特定ノ住居ヲ持タナイカラ」
「火炎族は?」
「バーナーガ、ココガ都合ガ良イト……」
「ティータは」
「美代殿ガ休マラン」
「いっそどこか、集まれる場所を作った方がいいんじゃないか?」
「……ワシラニ、家ヲ建テヨト……?」
眉を八の字にして困惑気味のダークに、そうではないと手を振った。建物ではなく場所の話しである。
「ここだと、他の者が負担になるだろうに」
「人間ヲ連レテ来ルカラ、スマナイトハ思ッテイル……」
「違う違う。お前の友人たちの話しだ」
「ナラバ、問題ナイダロウ」
キョトンとしているダークに、こちらが可笑しいのかと首をかしげていけば、ダークも同じようにかしげてしまった。
そうしていると炊事場の外が騒がしくなり、カウンツの声が響いてきた。
「ブラック様の客人だと思ってればお前らぁ!」
「悔しかったら追いついてみろ、カウンツ!」
「雷に追いつけると思ってんのか!」
「雷斗こっち!」
壊さんばかりに扉が開かれて、雷斗と彼に担がれるブルーが飛び込んで来た。全力で飛んだのだろう、カウンツも息を切らしながら飛び込んできて、ジーラがそっとチチェに隠れていく。
「この香りは、旅の時に作ってくれていたスープだな!」
「たまにしか食べられんかったやつ! なぁなぁ、ちょっと摘まみ食いさせてぇや!」
「お前たち、自由が過ぎんか?」
ウキウキ顔で大鍋を覗き込んでいる二人に、チチェが口角を痙攣させた。あとからカーラもやってきて、ジーラと一緒に鍋を見上げている。
「ん? この子、あの時にワイらが魔物って呼んでた子?」
「こっちはカウンツの子だな、確か」
「あん時はなんも知らんと、魔物なんて言ってごめんなぁ。無事にお家に帰れてよかったなぁ」
がしゃがしゃと頭を撫でられて、ジーラはサッとチチェの後ろに隠れた。それでも恐る恐る顔を出して、差し出されている、スープが入った小皿を受け取る。
見上げれば、ただの子供を見るような優しい目が二対、こちらを見ていた。
「母上のスープは美味しいからな、こういう時でなければ味わえないぞ」
「旅の時も、基本は宿に泊まってたからなぁ、めったに食べられへんかった貴重なお袋の味やで。な? かか様」
「オ前達ハ……」
にやにやと笑う二人に、ダークが諦めたようにため息をついた。思わず彼を凝視する魔族組の間を縫って、拳が一つずつ、雷斗とブルーの頭に落ちる。
頭を抱える二人の背後には、呆れた表情のバーナーが立っていた。
「もういい大人だろうに、少しは落ち着かないか。よその領土だぞ」
「すまない父上、皆で集まるのが久し振りで気分が高揚した」
「ごめんなぁ、とと様」
「まったく。……母さんを困らせるな、やんちゃ息子ども」
「エェイ、バーナー!」
声を荒げながらも笑いを隠しきれていないダークに、チチェ達は唖然としていた。バーナー達も小さく笑い、再び感じた人の気配に扉を見る。顔を出したディスティが、目を丸くしていた。
「ずいぶんと、集まっているな……」
「おや皆さん、お揃いで」
「いいにおいー! ダーク、ご飯作ってくれたの!」
「懐かしいね、すごく美味しそう」
「なにか、お手伝いできることある?」
「土産は酒と果汁でよかったか」
「多いな……」
ボンドッツ、リン、シャドウ、スノー、黒疾が入ってきて、魔族の領土のはずなのに人間の方が多くなった室内に苦笑した。あまりに普通にしているので、やはりこちらの方が可笑しいのかと思い直しそうになる。
思っていることを共有してしまったか、カウンツがチチェの肩に手を乗せて大きく頷いた。
「ほら、カトラリーや持てる料理をもって、ブラックの部屋に行くぞ」
「お前たち……」
遠慮がちに声を掛けられて、バーナー達は振り返った。神妙な顔をするチチェに、一同揃って首をかしげる。
「魔族の領土に集まることに、思うことはないのか」
「あぁ、騒がしくしてすまない」
「そうじゃなくてだな。その、我々は魔力の器の大きさと見た目で、忌まれて迫害されてきた。恐ろしいなどとは思わんのか」
真剣な声音で聞くチチェに、ディスティも探るような視線を向けてきた。バーナー達は互いに顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「怖いものか、オイラ達とお前たちは、何も変わらないさ」
「義兄弟の家に遊びに来てるだけやしなぁ、せや、カウンツ達も参加する?」
「あとは主役の到着を待つだけだ、我々は歓迎するぞ」
「ジーラとカーラもおいで、楽しいよ!」
鼻の頭が、むず痒くなった。
長く迫害され、討伐の対象とも言われてきた魔族を、こうして何ともないように受け入れてくれる。それがどれほどの衝撃を与えるものなのか、彼らは理解しているのだろうか。
「どうする?」
「……いや、今日は遠慮しておこう」
「わかった。今度は早めに声をかけるとしよう、その方が都合も合わせやすいだろうからな」
並々とスープが入る大鍋をヒョイと持ち上げ、運んでいくバーナーを見送ると、チチェ達は顔を見合わせた。一時は命を懸けて戦ったのに、当たり前のように誘ってくれる彼らは人が好すぎる。
上品な笑い声が聞こえて顔を向ければ、ダークが口元を手で隠して笑っていた。
「良イ子達ダロウ?」
「……そう、だな。魔族と他一族の在り方は、これから変われるのかもしれないな」
「ソノウチニハ、他ノ者モ招キタイト、思ッテイル。魔族ノ子ヲ救ッテクレテイル彼女達ナラバ、悪イ事ハ起キマイ」
「あぁ、あの紋章の?」
「魔方陣の」
嬉しそうに頷くダークに、二人は目を和らげた。
半端者と揶揄する者もいるが、陰口を叩く者たちよりもダークの方が一族のことを考えているのは、自分たちがよく知っていた。
「サテ、ソロソロ最後ノ一人ガ来ルダロウ。ワシハ、失礼スルヨ」
「あとから、お前が母と呼ばれている理由を教えてくれ。気になりすぎる」
「あと、バーナーが父親呼びされてるのもな。お前たち面白過ぎない?」
「気ニシテ欲シクナイ所ヲ、拾ワナイデクレ……」
渋い顔をしながらも、果物を盛りつけた皿を運んでいくダークを見送って、肩を揺らして笑った。
ゼルスからお使いを頼まれた美代は、疲れた顔をするラオエンのことを心配そうに見上げた。手にする書類と薬草を渡せば、受け取りながらも長いため息をついている。
「えっと、ラオエン、様?」
「奴らはもう来ているぞ。まったく、城内で駆け回るなど落ち着きがなさすぎる……」
「や、やつら……?」
困った様な表情になる美代に、ラオエンは片眉を上げた。どう答えたものかと思案していれば、背後からブラックが現れる。
パッと顔が明るくなった美代に、ラオエンも口を緩めた。
「お疲れ、美代。ゼルスからなんか言われてる?」
「今日は、泊まっておいでって。でも、迷惑にならない……?」
「集まるとは聞いているが泊まるのは初耳だが?」
「そうだっけ? なら今言った!」
戸惑う美代の手を引いていくブラックに、ラオエンは苦笑した。しばらくして聞こえてきた明るい叫び声に頬が上がるのを感じる。
「まったく……前代未聞だ、友との集まりに魔族の城を使うなど」
次世代の長達が治めるこの世界は、いったいどんな愉快なものになるのやら。
ラオエンはソファに深く腰を落として喧騒を聞きながら、一人茶を飲んで息を漏らすのだった。