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再生記  作者: 夢野 幸
それぞれの道編
11/48

静と動

 視界の端で生き物のように蠢いている髪の毛がいい加減に鬱陶しくて引っ張れば、警戒中の獣のようにぶわりと膨れ上がった。恨めしそうに見上げられて鼻を鳴らすと、悲しそうに目の前の粘土板に視線を落としている。


「不貞腐レルナ」

「だって、父さんの仕事だろ」

「時期ニオ前ノ仕事ダ。ラオエン様ガ倒レラレタノダカラ、仕方アルマイ。ヤレ」

「手伝って……」

「ヤラン」


 しょんぼりと肩を落とす若長に、ダークは漏れかけたため息を飲み込んだ。


 ブラックの前にある粘土板は、厚さこそあるものの数は多くない。処理の内容も簡単だ。

 どこで子どもが生まれた、誰が寿命を終えた。これはただ書き写していけばいい。

 人間の動向や領地内の出来事の報告。この二つも、問題があるようならば適当な者を現地に送ればいいだけだ。


 彼にとって難題となっているのが、そこだということも解っている。他者に、視察に行くように命じるのが苦になっているらしい。


「ココハ、我等ト人間ノ領ノ境ダ。ソコニ人影ガアッタトイウ、ナラ送ルベキハ誰ダ?」

「だれ?」

「少シハ考エンカ。多少、腕ニ自信ガアル者ガイイダロウナ?」

「オレ」

「ド阿呆」


 軽く小突けば、ますます口を尖らせた。頭を抱えて唸り声を上げるブラックについ微笑みそうになり、頬肉を噛んで耐える。

 不意に、ブラックが鋭い目付きで顔を上げた。とっさに襟首を掴もうと腕を伸ばすけれど指先を掠めていき、握った拳を震わせる。


「エェイ、行キ先ヲ告ゲロト、イッタイ何度!」


 恐らく、子どもが領地を出たのか人間が迷い込んだかのどちらかだろう。あの目付きならば前者か、両手で顔を覆うと肩を落とす。


 わかっていたことだ。ブラックは落ち着いて椅子に座り、指示を飛ばせるような性格をしていない。何かが起きた時には自分が動いた方が早いと思っているし、事実そうでもある。

 次期族長としてそれではいけないと思いながら、自分もそれを黙認してしまっていた。


 相当な負担を覚悟して領土全域に心眼を開き、助けを求められれば脇目もふらず飛び出して駆け回っている彼は、周囲が望む形ではなくとも族長を継ぐに向けて成長していると思う。それを止めるのはもちろん、咎めるのも違うと考えている。

 ならば、自分は自分が出来る形で補佐をしてやればいい。甘いのは承知の上だ。


「呼んだー?」

「スマナイ、カウンツ。伝言ヲ頼ンデモイイダロウカ」

「ブラック様は……」

「出タ。イツ戻ルカワカラン」


 苦笑で済ませてくれるカウンツがありがたかった。これが他の者ならば、ブラックや自身への小言が止まらなかっただろう。

 それもまた、耐えるのが苦しい。


「領地ノ境ヘハ、オ前ノ部下ヲ誰カ派遣シテクレ。ココノ、空キ家ノ解体ハ、チチェノ部隊ヲ。

亡クナッタ者ノ魔力ガ、キチント霧散シテイルカノ確認ハ、親父ニ頼モウ。魔力濃度ノ調整ハ、ブラックトワシデヤル」

「了解。ブラック様はお前と書類の整理をしているから、オレが伝言係に。って言っとけばいい?」

「重ネテ、スマナイ」

「気にするなよ。大変だろ?」


 何に向けての言葉なのか、心当たりが多すぎてわからなかった。


 一度は一族を飛び出した半端者が、戻ってきた上に次期族長の側近となった、周囲の妬みか。

 思い立った瞬間、相談もなく飛び出していく次期族長の世話係としてか。

 族長の仕事を自分がやっていることがバレた時の、父親からの説教を想像してか。


 カウンツのことだ。他のことも含めた全てに対し、言ってくれているのだろう。いま、自分がうまく笑えているかどうかもわからない。


「あんまり無理するなよ、体を壊さないようにな?」

「アリガトウ。ワシハ大丈夫ダ、心眼ヲ定期的ニ開イテイルブラックヨリハ、負担モ少ナイ」

「比べるなってー。まぁ、オレに出来ることがあったら声をかけてくれよ!」


 ヒラヒラと手を振って部屋を後にしていくカウンツを見送ると、静かに息を吐いていった。処理を終えた粘土板と真っ新な羊皮紙を重ねて置き、二つに行き渡るよう、込めすぎないようゆっくりと魔力を流していく。

 そうすれば刻まれていた文字が、羊皮紙に滲むよう移っていった。代わりに新品同様になった粘土板を机の脇に置き、羊皮紙は棚へと仕舞っていく。

 それを終えるころ、ブラックが戻ってきた。キュッと目を閉じた仕草に、子供は無事だったのだと安堵する。


 それもつかの間。ドアが開く音に二人して体を跳ねてしまった。


「仕事を任せてすまなかった、大丈夫か」

「ラオエン様。御具合ハ?」

「もう大丈夫だ、心配をかけた。……残していた分を終えてくれたのか」


 机の上を見て、わずかに目を丸くした。ちらりと見られたダークは素知らぬ顔をし、ブラックが頭を掻く。


「ダークに手伝ってもらったけど、なんとか」

「ほう。采配を訊ねても?」

「領地の境にはカウンツのところに、空き家の解体はチチェのところに。死んだ人の魔力がどうなっているかはダークネスにお願いする、って言うのをカウンツに伝言頼んだ。オレとダークは魔力濃度の調整をしてたから……どう、かな」

「……上出来だ。欲を言うならば、少しずつで構わないからもう少し信頼できる者を増やしてほしい」

「がんばる」


 頭を撫でられたブラックは、困った様に眉を寄せ、笑みを耐えるように口元を引き結んだ。

 本当の事ではないが完全な嘘でもない、そんなことで褒められ、撫でられるのはなんとなく罪悪感があり、静かに視線を反らしていった。


「マダシバラク、休マレテクダサイ。他ニ出来ルコトハ?」

「今日しなければならないことは大方終わった、特にはない」

「やった! ダーク、体を動かしたい!」

「付キ合ウワシノ身ニモ、ナッテクレンカ……」


 キラキラと目を輝かせ、軽い足取りで部屋を出たブラックには呟きが届いただろうか。頭を抱えているとラオエンが近寄ってきて、軽く会釈する。


「息子が迷惑をかけるな」

「イエ、慣レテイルノデ。……信頼出来ル者ヲ増ヤストイウノハ、少シ難シイカモシレマセン」

「……ふむ」

「自分デ言ウノモ何デスガ、ワシノ事ヲ良ク思ワナイ者ガ、ドウシテモ多イカラ。ブラックハ自身ガ身内ト認識シテイル者ヲ、嫌ウ者ヲ、嫌ウノデ……。ワシガ、出来損ナイナ、バカリニ」


 ぽん、と頭に手が乗せられて視線を上げた。ラオエンがどこか悲し気に微笑んでいて、わずかに眉を寄せてしまう。


「卑下するな。膨大な力を持つブラックに魔力の扱いや魔術を教えてくれたお前が、出来損ないな訳があるまいよ。自信を持て、お前はダークネスを継ぎ族長の側近となる」

「……アリガタキオ言葉デス」

「ダーク! 早く!」


 よほど、椅子に座っての仕事が苦痛だったらしい。ドアの向こうから、挙句遠ざかりながら聞こえる声に苦笑して、もう一度頭を下げる。


「デハ、失礼シマス」

「あぁ。……私亡き後も、息子を頼んだ」

「ドレダケ先ノ話デスカ。無論、ソノツモリデス」


 苦虫を噛み潰したような顔で、それでも何となく笑っているようにも見えるダークは、短く詠唱すると姿を消した。あとを追わなくても目的地は解っているらしい、本当にブラックのいい理解者だと小さく笑う。


「……頼んだぞ。ダーク」


 呟くラオエンは、申し訳なさそうに目を伏せた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 たまにはいいだろうと、以前バーナーからもらっていたベリー酒を机に出した、その時。

 まるで見計らったようにドアを叩かれ、酒を嗜む気すら削がれてしまった。


「空イテイル」

「入るぞ」


 テーブルの上を見るなり目を細めたダークネスに、眉尻を痙攣させてしまった。それでも深呼吸をしてコップを一つ出し、茶を淹れてやる。

 しばらく見つめ、人型になると対面に腰を下ろし、ゆっくりとすすった。


「見事な指示だったな」

「ブラックモ、少シズツデハアルガ、成長シテイル」

「違う。ブラック様が指示を出したように見せ掛けたお前に言っている」


 父に合わせて茶を飲もうとしていたダークは、指先を震わせた。伏せている目は上げないままに、口内をわずかに湿らせる。


「ナンノ話ダ」

「他の者は騙せても私は騙せん。ブラック様がお前ではなくカウンツに伝言をするなど、今はまだ考えられない」

「………」

「イヤな顔をするな。あぁ、他者の前ならばお前を説教するだろう。調子に乗るなと、お前はあくまで側近で、補佐だ。判断を下し指示を出されるのは、族長になられるブラック様だと」

「ワシハッ!」

「最後まで聞かないか。個人としては、お前たちのやり方を否定しない」


 否定されるのだと。自分の事はともかく、ブラックの事を否定されてしまうのだと思っていた。だからこそ声が荒くなり、目付きが鋭くなってしまった自覚もある。

 それなのに、続いた言葉に、ダークは目を瞬かせてしまった。


「ラオエン様は疾患の関係で、ご自身が動くことが叶わなかった。だから私が動いた、それに歴代族長様も、執務室から指示を出すことを苦にされていなかったと記憶している。

 しかし、残念ながらブラック様は違う。……持っている魔力が大きすぎるあまり、何かあったらご自身で動いた方が早く解決できると、直感で判られている」


 体が熱いのは、暖かい茶を飲んだせいだけではないだろう。

 父が、そこまで見てくれているとは知らなかった。自分とブラックのやり方を理解してくれているなんて、考えもしていなかった。


「一応、行キ先ハ告ゲロト言ッテイルノダガ。ワシデハ、ア奴ヲ止メラレン」

「お前が出来なければ、誰にも止められまい。だがお前は、陰に徹しなければならん」

「陰ニ……」


 姿形は似ているのに、自分とは違う血の色をした瞳を食い入るように見つめてしまえば、ふわりと柔らかく微笑まれた。

 予想もしない展開に、すでに茶の味もわからなくなっている。


「族長がするはずの仕事を、お前がしていると悟られるな。お前たちのやり方は異常だと自覚せよ」

「……ワカッテイル」

「お前が表立って族長のマネをしようならば、容赦なく折檻するだろう。他者に悟られた時には、叱責しよう。

 だが私は、お前たちのやり方を認めている」


 口を引き結び、歪めてしまったのは意図的ではない。


 族長の側近を務める父が、人間と同じ詠唱をしなければ満足に魔術も使えない半端者の自分を、認めていると言った。

 岩に水が浸み込むように、じわりと脳裏に刻まれていくその言葉のせいで、頬が緩んでいくのを耐えようとした結果だ。


「夜分に邪魔をした、嗜むなとは言わないが、自身の立場を考えるように」

「言ワレズトモ。……ソノ、オヤスミ」

「……きちんと体を休めるのだぞ」


 そう言い残し、ダークネスが部屋を後にした直後。

 ダークはベッドに飛び込んで枕に顔を押し付けたのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「なんだ、気付いていたのか」


 昼間のことを指摘すれば、ブラックが眉を寄せた。そんな彼に苦笑しながら苦い茶を口に含み、ゆっくりと飲み下していく。


「お前は黙って座って、指示や整理が出来るような性格をしていまい。他に何かあったら、そちらに行ってしまうだろう」

「……子供が魔方陣を弄ったらしくて、外に出たんだ。回収しに行っている間に、ダークがやってくれた」

「それに甘えてばかりではいかんぞ、私の跡を継ぐのはダークではなく、お前なのだから」


 ブスッと頬を膨らませ、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。カップに残る茶を一息に飲んでしまい、口直しに砂糖菓子を一つ放る。

 ディスティが調合する薬草に魔力の調整を頼らないといけない自分の体が、なんとももどかしかった。


「オレが勝手に行ったんだ、ダークを責めるのは許さない」

「責めるつもりはない。お前のことを考えているのだと、わかっている」

「本当なら、オレの育ての親を悪く言うやつらなんて守りたくない。次期族長だから、仕方なく守ってやってるだけだ」

「歯に衣着せぬ言い方は、まぁ、嫌いではないなぁ……」


 もはや乾いた笑いしか出せなかった。息を吹きかけながらホットミルクを飲んでいる息子を見つめ、ぽん、と頭に手を乗せる。

 ジロリと睨まれてしまい、再び苦笑した。


「得手不得手はどうしてもある、出来る者が出来ることをすればいい。それに甘え、寄りかからなければいいだけだ」

「……オレが動いた方が早いから」

「わかっている、だがそれだけでは倒れてしまうぞ。他者を使うことを覚えなければ、お前だけではなくダークも倒れてしまう」

「それはイヤだ」


 ギュッと眉を寄せ、口を尖らせた。


「だからあと、数人でも構わない。……カウンツやチチェは、信用できんか? ダークネスは? ディスティは? まだ、信用しきれないか」

「……まだ、イヤだ。だって、みんなを、傷付けた」

「そうか……。だがこのままではいけない、いずれは、な?」

「なら、がんばる。他のやつらと違って、ダークのことを悪く言わないから」


 瞼を震わせ、かすれた声で言うブラックに、声を出さないよう笑ってしまった。


 ガーディアンとして生まれ、魔力と異能に異常性を持ってしまった息子。常に他者の心を読むことが出来る息子から、ここまで懐かれている彼に嫉妬していたのは、少し前までの話しだ。


 今となっては二人の関係性が、ただ微笑ましく思う。


「それでいい、まだ時間はある。少しずつ歩み寄ってやってくれ」


 改めて頭を撫でれば、くすぐったそうに肩を揺らすブラックを見下ろして、知らず口元が緩んでしまい。

 ラオエンはごまかすよう、咳払いしたのだった。

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