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 次の日の放課後、啓太は人がいなくなった二年五組の教室を訪れていた。特にこれといった用があったわけではない。ただ、今日は朝からずっと歌乃と会っていなかった。だから一応、顔だけでも見て元気かどうか確認しておこうと思ったのだ。

 運が良かったというか、彼女が一人で教室に残っていたのは必然というか。やはり歌乃は、ぽつんと片隅の席に腰掛けていた。登校してさえいるのなら、放課後に残るだろうとは思っていた。何せ、あれだけ家に帰りたくないと言っていたのだから。


「啓太?」


 扉から顔を出すと、彼女はすぐに気が付いたようだった。別に話をしに来たわけではないのだが、肝心な話をしなければ分かることも分からないだろう。


「……」


 ところが、歌乃は気まずそうに目線を逸らす。


「ごめんね、昨日は」


「いや、その。……大丈夫でしたか、あれから」


「うん。こっぴどく叱られたけど」


 やはり叱られたのか。だがそれも多分、かなりオブラートに包んでいるはず。昨日の母親の様子を見ていれば、「叱る」なんて言葉では済まなかったことが容易に想像できた。

 歌乃が啓太の顔を見上げる。しかしすぐに目線をもとの位置に戻す。また、見る。瞬きが多い。緊張しているのだろう。長い睫毛が震えている。そしてようやく、彼女は口を動かした。

 だがそれは、啓太が思っていたものとは少し毛色が異なるもので。


「……何で、来たの? 啓太のほうから来るなんて、初めてじゃない」


「え……それは、心配だったというか、いや心配というか、あれを見て何事もなかったかのように振る舞うのは流石に無理があるというか」


「そう。気遣ってくれて、ありがとう」


 横向きに座り直した歌乃。膝のうえに、丸めた両手を置いている。


「でも、それって中途半端じゃない? あなたは誰にも踏み込まないはずでしょ」


 別に責められているというわけではない。ただ、歌乃が醸していた空気はどことなく刺々しかった。

 二年の教室が並んでいるフロア。いつもとは違う階。教室の配置も構造も、何もかもが普段過ごしている階と同じなはずなのに、何かが違う感覚。匂い、だろうか。来慣れない場所は、たとえ同じ姿かたちをしていても、別世界のように感じる。


「それは、そうですけど。でもあんな場面を見てしまったら、誰だって様子をうかがいに来たくなりますよ」


「そこまでするなら、どうして私をホテルに送らなかったの?」


「え――」


 食い気味で投げかけられた質問。平坦で、感情を読み取りにくい無機質な響き。

 啓太は戸惑った。何と説明すればいいのか、わからない。そうして彼が黙り込んでいる間にも、歌乃は言葉を重ねる。


「私をホテルに送っていれば、あなたはそのまま家に帰れた。私と母親の会話なんて、知らないままでいられた。それなのに、どうして?」


「それは、」


 言葉が出てこない。だがそのとき、歌乃の机の中に仕舞われていた文庫本が目に入った。そして、思い出す。


「本屋で話した、通りです。先輩と、共犯者になりたくなかった」


 彼が捻り出した答えに、歌乃は明白な反応を返さなかった。目線を落として、教室の床を眺める。そのあとで立ち上がって、近くにあった開きっぱなしの窓から外をじっと見つめた。

 外は曇っていた。日の差さない曇天。明るいわけでもなく、薄暗いわけでもなく。白い雲たちが、奥にいるはずの夕暮れの空を覆い隠している。


「……私が家に帰りたくなかったのは、母親が休みだったから。一人で帰れるって言ったのは、あなたに家を見せたくなかったから。それなのにあなたは、私のことを心配して家まで送ってくれた。優しいのよ、啓太は。すっごく優しい。でも、中途半端なの」


 そう呟いて、振り返る。ベージュ色のカーテンが、吹き込んできた風で揺れる。それは一瞬だけ歌乃の姿を包み隠して――あのトレンチコートに空目したのは、きっと啓太の考えすぎだろう。奥から現れるのは、ありのままの歌乃なのだから。


「啓太は、決して人の一番奥深いところには踏み込まない。でも、困っている人を見捨てることもできない。今日だって、私のことを気にかけて。誰だって様子をうかがいに来る? そんなの、わからない。この状況でも放っておく人は、きっとそうする。だから、あなたが何を考えているのか、わからない。私に踏み込みたくないんじゃ、なかったの」


 黙って聞いていれば、何を勝手なことを。啓太は、自分の神経が高ぶっていく気配を感じ取った。

 自分は他人の最も深い場所には入ろうとしない。でも、近くで困っている人間がいたら、手を伸ばさずにはいられない。それは、歌乃の言う通りだろう。

 だが――今回に限っては、そうじゃない。


「……それは、こっちの台詞ですよ」


 苛立ちが募って、声が震える。抑えることは難しかった。だって、啓太はずっと我慢してきたのだから。

 彼女のために職員室に行き、津田を紹介して、わざわざ一緒に下校し、行く気のない店にまで寄って。それに飽き足らず、彼女はまだ啓太を振り回した。本屋へ行った。バーへ行ってまた尻拭いをさせられた。歌乃を家に送り届けて、見たくもない一瞬を目にした。

 ずっと自分は意志を主張してきて、その度に歌乃が打ち砕いてきたのだ。逆にここまで付き合ったことを褒めてほしいくらいだ。もう、十分に耐えただろう。


「俺が中途半端なのは、あなたが勝手なことばかりするからでしょう。何も説明してくれないから、俺だって先輩が何を考えているのかなんてわかったものじゃない。強引に連れ回して、選択肢なんてあってないようなもので。そりゃ、最初に先輩の事情に首を突っ込んだのは俺ですよ。それは悪かったと思ってます。でもあれは、気になっただけで。昨日だって本当は、さっさと俺一人で帰りたかった。俺は別に、あなたと関わり合いたいわけじゃないんです」


「……!」


 言ってすぐ、失敗したと思った。流石に今のは、言い過ぎだ。


「そっか。そう、よね」


 歌乃がぐしゃりと笑う。紙を一思いに丸めたみたいに、ぐちゃぐちゃに笑って――そのすぐあと、それは貼り付けたような薄っぺらい笑みに変わっていた。


「当たり前のことだけど……正直に言われると、やっぱりグサッと来るかも」


「先輩、今のは――」


「二人とも」


 不意に右から声を掛けられて、啓太は咄嗟に振り向いた。誰かと思えば、


「……先生」


「丁度良かった、ここにいたんですね。お二人を探していたんです」


 津田が、にっこりと微笑みながら教室の出口に立っていた。


「何か、用ですか」


 声が、かすれる。意識していないと、強く発声できなかった。

 だが津田は、いつもと変わらない柔和な声と口調で、二人を見つめる。


「そろそろ集まって話す日を決めようと思いまして。言ったでしょう? また後日、場所を変えて話しましょうか、って」


「あ……」


 啓太が黒板のほうを向く。津田も歌乃も、同時に視界に入る位置。


「そう、でしたね」


「佐倉君にも都合のいい日を聞いて、早めに日にちを決めようと思っています。お二人は希望日とか、ありますか?」


 彼女の問いに、二人は答えなかった。お互いがお互いを意識して、されど視線を合わせることは絶対にないまま、口籠っている。

 すると、先に口火を切ったのは歌乃だった。彼女は一度だけ啓太のほうをちらりと見て、


「……先生、私はもう大丈――」


「話しましょうよ。みんなで。ね?」


「!」


 驚いたように固まったのは、歌乃だけではない。啓太だって同じだ。彼女がすべて言い終わるよりも早く彼女を牽制した津田に――津田のうちに秘められた強さに、軽く恐れをなした。

 言ってしまえば二人は察したのだ。津田は、あの言い争いを聞いていたのだと。


「……はい」



 後日、津田が三人を集めたのは、今はほとんど使用されていない旧校舎の空き教室だった。確かにここなら生徒も教師もあまり来ないだろう。音楽や美術などの選択科目でたまに訪れるくらいだ。


「皆さん、揃いましたね」


 窓際に体重を預けた津田が三人を順番に見て、話を始める。使われていないからか、机や椅子はすべて後方に片付けられていた。まるで掃除の時間だ。


「今日は、以前にもお伝えした通り、暮坂さんの異能について話をしたいと思っています」


 三人のなかで津田から最も離れた位置にいた啓太は、右斜め前に立っていた歌乃をちらりと覗き見た。彼女の様子に特に異変はない。美しく、気高い。いつも通りの彼女だ。

 あれからというもの、二人はろくに言葉を交わしていなかった。別に喧嘩をしているつもりなんてないのだが、この体たらくではそうとしか言いようがない。ただ、多分歌乃も気まずいのだろう。二人が和解するには、何か新しい出来事が必要だった。それこそ、今のような。


「異能とは、自身のうちに潜む自己実現欲求の発露である。そう言いましたね。ですから私としては、その欲求がどのようなものなのかを知ることで、異能が発現した原因を解明することができると考えています。ですので、暮坂さん」


「……はい」


 津田が歌乃を見つめる。その優しい眼差しのなかに強い意志が眠っていることを、啓太は先日知った。今もそうだ。彼女は教師として、生徒の悩みを解決したいと本気で思っている。


「言える範囲で構いません。あなたの体に生じた異能、その原因と思われる欲求や過去に心当たりがあれば、私たちに教えてくれませんか」


「……」


 歌乃が右手で左腕を握り締める。きっと言いたくはないのだろう。当たり前だ。自分の心の奥底に潜む欲求を打ち明けるなんて、大抵の人間はしたがらないに決まっている。ましてや、トラウマになっているかもしれない過去を暴露するなんて。


「……わかりました」


 だが、歌乃は覚悟した。彼女もそれだけ本気なのだろう。自らの異能――いや、自らの確執に蹴りをつけたいと、本気で思っているのだ。


「私の生まれた家――暮坂家は、由緒ある家系でした。先祖代々、本当に優秀な人たちばかりで。祖父が空港会社の重役で、父は会社を興して母がその秘書をやっています。親戚も同じ。特に叔父は貿易関係の仕事で世界中を飛び回っていて、今はロシアに」


 確かに、すごい家系だ。しかし青から聞いてはいたが、本当に社長令嬢だったらしい。思い返せば、あの夜に歌乃を叩いていた母親も、かなり値の張りそうな服を着ていた気がする。


「でも……いや、優秀な人たちばかりの家系だからこそ、教育や躾はすごく厳しくて。私も小さいころから、色々なことを叩き込まれました。お作法とか、マナーとか、語学とか。本当に、たくさん」


 歌乃の表情が歪む。その横顔は、苦しげだった。


「それなのに、私は昔から不出来だった。分家の同年代の人たちと比べても、覚えは悪いし、頭も飛び抜けていいわけじゃなかった。これといった取り柄なんてなくて、いつも叱られてばかりで。褒められたことなんてほとんどないから、自信も持てなかった」


 自らを回顧したことで、感情が高ぶったのだろう。歌乃の声は揺れていて、どこか涙声のように聞こえなくもなかった。


「それでも何とか食らい付いて、暮坂の名に恥じない一人娘でいようと思っていたんです。……でも、一年くらい前に、両親が私のことについて話しているのを聞いてしまって」


「……何を、聞いたんですか?」


 津田があくまでも優しげに、刺激してしまうことのないよう心掛けて、尋ねる。

 歌乃もそれを理解しているようだった。津田の気遣いを。だが彼女の心は、自らの奥にあった辛苦を吐き出すことに耐えられなかった。


「――長男が、欲しかったって……!」


「――」


 啓太が瞠目する。目を見開いて固まる、ことしかできなかった。すぐ前で、先輩が泣いているのに。啓太は、崩れ落ちかけた歌乃を津田が支えているところを、じっと見つめていることしかできなかった。


「歌乃は分家の男の子たちより出来が悪い、なのに女だなんて最悪だって。うちは由緒正しくて歴史もあるから、祖父や祖母の年代の人たちの発言力が強くて。だからそれだけ価値観が古いんです。女は家を継げないから、いらないって。私、両親がそう話しているところを、聞いちゃって」


 彼女のしゃくりあげた声が、耳にこびりついて離れない。立てば芍薬、座れば牡丹。まさに。まさにだった。恐ろしいほどに美麗で、気品のあった歌乃が、今や子供のように泣き喚いている。でも多分、こっちが本当なのだ。本当の自分。他人のために作り上げた暮坂歌乃じゃない、本当の。啓太は思い出す。酒に酔ったときの歌乃だって、あれはきっと。


「私はそれから、せめて出来のいい娘でいられるよう、もっと意識して振る舞って。生まれた時点で間違えたから、もうこれ以上、暮坂を穢すようなことはしないようにしようって。そうしていたら、多分限界が来たんです。ある日目が覚めたら、体が男になっていて」


「……そういう、ことでしたか」


「私の変身は、暮坂を継ぐ立派な男になるため。歳が離れた中年男性の姿になるのは、私に自信がないから背伸びをしようとしているんだと思います。あとは、貫禄があるほうが暮坂家の人間として相応しいって、私の無意識が考えたのかも。きっと、そうです」


 自己実現欲求はとめどない。マズローはピラミッドの最も上に位置すると言ったらしいが、啓太は違うのではないかと思う。人間の欲求なんて、みな等しく同じなのだ。生理的欲求も、自己実現欲求も、そこに大差はない。どちらも同じ、人の根底の部分で、同列に混ざり合っている。


「暮坂さん。ありがとうございます。よく、頑張りましたね」


「……すみません、取り乱して」


 歌乃が津田の手を借りて立ち上がる。目には泣いたあとが残っていたものの、津田の尽力もあって落ち着きを取り戻したらしかった。何はともあれ、歌乃に変身の異能が発現した原因は明らかになったというわけだ。


「暮坂さん。あなたは、この異能をどうしたいと思っていますか?」


 津田が真面目な表情で問いかける。意思を確認しておくためだろう。


「……解決したい」


 歌乃はあまり迷った素振りを見せずに答えた。


「少なくとも、私の意思とは無関係に変身したり、変身が解けてしまったりすることのないようにしたいと、思っています」


「わかりました。では次に、どうすれば暮坂さんの異能を制御できるかについて、話しましょうか」


「……」


 夜のとばりが落ちたかのような、重苦しい沈黙。津田の提案もむなしく、誰一人声を上げることはなかった。まるで熱帯夜だ。じめじめとして、息が詰まるような錯覚を抱く。

 どうしたら歌乃の異能が制御できるようになるのか。そんなもの、わからない。彼女の力は暮坂家の一人娘としての責任感、もっと言えば両親や祖父母からのプレッシャーによって発現した。出来のいい長男になるために。……つまり、ということは、


「……先輩が、本当の自分を受け入れられたら、いいんじゃないですかね」


「私が、本当の自分を……?」


「矢船君、詳しく教えてもらえますか」


「あ、はい」


 つい口から飛び出した形になってしまったので、まだ意見がまとまっていないのだが。


「先輩が男の姿に変身するのは、その姿が暮坂家の跡継ぎとして相応しいと無意識に考えたから。ですよね。だったら、先輩がそんな作り上げた嘘の自分なんて必要ないと思うことが出来れば――つまり、本当の暮坂歌乃を受け入れることができれば、異能は消えるんじゃないですか」


「なるほど。筋は通っていますね」


 津田が頷く。納得してくれたらしい。ただ、当事者である歌乃は違うようだった。


「私が、本当の私を受け入れる……? そんなこと、できるわけない。私、自分に自信なんてないもの。人前じゃいつも取り繕って、完璧な暮坂歌乃を演じてる」


 だって、それが暮坂家の娘として正しい在り方だから。歌乃はそう付け加えた。病的に。


「いや、まあ、ただの仮説ですし……すみません」


 そうまでして否定されてしまうと、こちらとしても自信がなくなってしまう。啓太も歌乃もすっかり萎んでしまって、空き教室には再び沈黙が舞い降りた。

 だが、誰も何も言わないわけではない。こうやって場が膠着したとき、臆せずに声を上げる人間は決まっている。今日は珍しく口を閉じてだんまりを決め込んでいた、青だ。


「まあ、急いで結論を出す必要もないんじゃないの。みんな、疲れちゃうだけだし」


「青」


 教室の後方、机と椅子が片付けられているほうに立っていたはずの青は、今は机の上に腰掛けて足を組んでいた。いつの間にか一つ引っ張り出していたらしい。


「それより、もっと喫緊の問題があると思うんだよね」


「どういうことだ」


 察しの悪い啓太を見て、青は肩をすくめた。


「忘れたの? あれだけ津田先生が口を酸っぱくして言ってたのに。十一月の下旬、模試があるでしょ。それも、ただの模試じゃない。俺たち一年は特に、来年のクラス分けに関わる超大切な模試」


 そういえば。青から聞いて、ようやく思い出した。幡屋高校では一年に四回ほど、定期考査とは別に模擬試験が行われる。基本は志望校判定を出す普通のものと変わらないのだが、次回の模試から、一年生は成績によって来年のクラス分けを左右されるのだ。

 つまり、模試の成績が良ければ上の大学を目指すクラスに配属され、成績が悪ければその逆となる。とは言っても、青はおそらく、いや確実に上の選抜クラスに入るだろう。


「佐倉君の言う通りですね。次回の模試は特に重要です。矢船君、勉強はしていますか?」


「え? ああ、ええと」


「……していなさそうですね」


 乾いた笑いがこみ上げてくる。何せ今の今まで模試の存在すら忘れていたような男だ。勉強なんてしているわけがない。

 すると、肩を落としていた啓太を見た青が、「じゃあさ」と机から降りた。


「勉強、見てもらいなよ。歌乃センパイに」


「え」


「歌乃センパイ、学年でも上位らしいし。俺、勉強はできるけど教えるほうはド下手だから、啓太の力にはなれないんだよね。だからさ」


「いや、でも」


 本人の許可なしにそういうことを言ってしまうのはどうなんだ。相変わらずの青の豪胆さに引いてしまう。そもそも、啓太と歌乃は今そんなことができる間柄ではないのだ。ここ数日、まともに会話すらしていないのだから。

 青にはもっと空気を読んでほしい――そう思いかけた啓太だったが、当の本人はさらにその上をいく。


「嫌だなあ、来年から啓太と別のクラスになったら」


「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、啓太は理解した。青がすべて「読んでいる」ことを。

 そして同時に、戦慄もした。


「俺が選抜クラスに行って啓太が落ちたらさ、俺、また孤立しちゃうかも」


 横を見やる。すらりとした体躯が、そこにはあった。男でも女でもない。どっちつかずでいて、どちらも包含している。柔く、聡い。すべてを俯瞰して見通すような、神のごとく澄み切った瞳。歌乃が作り上げた完璧だとすれば、彼は。


「俺を一人にしないでよ、啓太」


 青はきっと、何もかもわかっていた。この部屋に入ったときから、啓太と歌乃の間に何か良くないことが起きたのだと感づいていた。だから全部、啓太のために。


「……先輩が、いいのなら」


 歌乃を見る。彼女は逡巡したあと、うんと頷いた。


「私で、よければ」

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