猫被り姫は今日も臣民達からの信頼を集める
「アンジェリク様ー!」
「アンジェリク様万歳ー!」
教会の二階から臣民たちに優しく微笑み、手を振るのはアンジェリク・ベルト・フロランス第一皇女。
フロランス帝国の皇帝、ベルトランの第一子として生まれた彼女は、治癒魔法の才能と高い魔力を持って生まれた。
彼女は持って生まれた能力を惜しげもなく使い、怪我や病に苦しむ臣民たちを癒した。
信仰にも篤い彼女は神子姫と呼ばれ、臣民たちからの信頼と尊敬を一身に集めている。
今も、優しく手を振りながらも必死で魔力を練ってその場にいる怪我人や病人を治しまくっている。
「おお!右目が!見えるようになった!」
「無くなった足が生えた!」
「右腕が動くようになった!」
「血混じりの咳が出なくなった!」
「動悸息切れが治った!」
口々に奇跡だ、すごい、さすが神子姫様だと騒ぐ民衆に、慈愛の微笑みを浮かべたアンジェリク。
民衆の熱狂は更に増す。
こうして神子姫アンジェリクは、今日も魔力が尽きる限界まで人々を救ってみせた。
『…あーっ、つっかれたー!!!』
「お疲れ様です、アンジェリク様」
「ええ、ありがとう。その労いの言葉だけで、頑張った甲斐があるというものだわ」
『良いからさっさと寝かせろ』
「では、お着替えを手伝わせていただきますね」
魔力は、眠ることで回復する。そのためアンジェリクは、毎日の治癒魔法の施しの時間の後は寝る。ひたすら寝る。
朝も寝て、夜も寝る生活。そのためアンジェリクが動けるのはお昼から夕方にかけての時間のみだが、その時間も殆どが教会内でのお祈りの時間に当てられる。
アンジェリクには、自由になる時間が殆どなかった。だが彼女は文句を言ったことがない。何故なら。
彼女は、人前では猫を被っているからだ。
頭の中では口が悪い彼女だが、決してその本性を人に見せることはない。
「お手伝いありがとう。それでは、私は眠らせていただきますね」
「はい、良い夢を」
「ふふ。本当にいつもありがとう。おやすみなさい」
『あああああやっと休めるー!とろくさいんじゃボケェ!!!』
そして彼女は眠る。起きる頃にはお昼になっていた。
「神子姫様、お昼のご用意が出来ました。起きられますか?」
「んん…ああ、ええ、お願い」
「はい」
『今日のメニューは…うひょう!肉料理!昼間から贅沢ですなぁ!!!』
「…主の恵みに、そして命に感謝を。いただきます」
うっとりと食事を堪能するアンジェリク。彼女にとって、食事と睡眠、そして『お祈りの時間』こそが日々の楽しみであった。
「ご馳走さまでした。では、お祈りに行きます」
「はい、では参りましょう」
『ひゃっほぉーう!!!お祈りの時間キタァー!!!』
そして、お祈りの時間が始まる。
教会の奥。パイプオルガンの美しい演奏と、聖少年隊と呼ばれる幼い少年たちの歌声が響く。
高貴な者は、この聖なる空間で神に祈りを捧げるのだ。
が。
『うひょーっ!あー、可愛い!セザールたんちょっと大きくなったねぇ!シャルルたん歌上手くなったねぇ!シリルたんは少し髪が伸びたかな!?』
熱心に祈っているフリをして、狂信的な信仰を向けているフリをして、アンジェリクは聖少年隊にヤバイ性癖をぶつけまくっていた。
『YESロリショタNOタッチ!!!つまりは触らず傷つけず汚さなければ堪能しても良いのです!!!』
絶対違う。色々ダメだと思う。倫理的に、道徳的に糾弾されるべきこの悍ましい魔女は、しかし猫を完璧に被り自分の欲を叶えていた。
ロリショタ大好きっ子なヤベェ奴は、その実世間からは神子姫扱いされているのである。
もう目も当てられない。
『…あ、神子姫様こっちを見てる。熱い視線だなぁ』
『神子姫様は本当に聖歌が大好きだなぁ…』
『神子姫様が応援してくださってる!頑張らないと!』
ちなみに子供達の反応はそれぞれだが、皆アンジェリクの本性には気付いていない。というか気付かれたらアンジェリクは終わりだ。
子供達は皆、自分達の歌を真剣に聞いてくれるアンジェリクに心から感謝をしていた。
アンジェリクのために歌っていると言っても過言ではない。
『ああ、神よ!私にこの傍迷惑な能力をお与えになったことは恨みますが、この至福のひと時をくださったことは心より感謝致します!』
…腐っている。色々性根が腐っている。しかし、この美しい聖女の如き外見の神子姫の中身がロリショタ大好きっ子なヤベェ奴だと誰が気付けるだろうか。
『頑張れー!ダヴィドたん昨日より上手くなってるよー!ドナシアンたんそこだー!上げてけー!』
ちなみに、アンジェリクが聖歌の聞き方自体を大分間違えていることにも、誰も気付いてはいなかった。
「…皆様、お疲れ様でした」
聖歌が終わり、聖少年隊が控え室で休む中アンジェリクが訪れた。
「あ、神子姫様!」
「今日の歌もとても素晴らしかったです。さすがは聖少年隊の皆様。我々の心を癒す素敵な歌声、お見事でした」
アンジェリクからの心からの賞賛に、聖少年隊の子供達は涙を流す。
「じ、実は僕…少しだけ間違っちゃって」
「大切なのは信仰の心…それさえしっかりとしていれば、間違いなどはありません」
「神子姫っ…!」
ドナシアンはアンジェリクの言葉に感銘を受けていた。そんなドナシアンの顔を見て、こともあろうにアンジェリクは興奮していた。
『ああー!可愛い!可愛いよドナシアンたんー!』
…そんな毎日が、ただ続くと思っていた。
『は?今なんつった?』
「嫁入り…ですか、お父様」
「ああ。お前は教会に住まわせてこそいるが、出家は認めていない。全てはこの日のためだ」
「ですが、それでは我が国の臣民達はどうするのです!」
『聖少年隊のみんなと離れたくないよー!』
アンジェリクは無駄な抵抗をするが、皇帝である父に逆らえるはずもない。
「白魔術師に託せばいい。元々お前が治癒魔法に目覚める前はそうしていた」
「…せめて」
「ん?」
「聖少年隊の子供達に、これからも皇室の庇護を…」
聖少年隊の子供達は、皆孤児院出身だ。
アンジェリクの庇護がなければ、舐め腐った貴族連中に何をされるかわからない。
「…わかった。それは任せろ。その代わり、分かるな?」
「はい、嫁ぎます。嫁ぎ先でも、同じように治癒魔法を使い、お祈りをしてもよろしいでしょうか」
「その為の婚姻だ。思い切りやれ」
「はい…」
『こうなったら向こうでも私の狂信者を作って、聖少年隊のような組織を生み出してやるー!!!』
アンジェリクは、涙目だった。
そして迎えた婚姻の儀。
『どんな相手かなぁ…ジジイはやだなぁ…せめて十五歳未満…十五歳未満…!』
煩悩に頭をやられたアンジェリクだが、悲しきかなその願いは叶うことになる。
「…よろしく頼むぞ、我が花嫁よ」
「…っ!はい、国王陛下!」
アンジェリクが嫁ぐことになった隣国ガーランドの国王、ジルベール・エルヴェ・ガーランドは…御歳十三歳の、アンジェリクの好みど真ん中の少年であった。
それというのも、アンジェリクは世間に疎いため知らなかったがフロランス帝国以外の国では流行病のため人がバッタバッタと亡くなっていたのだ。
亡き国王の跡を継いだ兄達も病に倒れ、唯一残ったジルベールがその幼さで即位する他なくなったのである。
そんな事情なんぞ一切知らないし興味もないアンジェリクだが。
『ショタに嫁げるー!!!やったー!!!』
相変わらず頭の中はパッパラパーだった。誰か彼女をなんとかしてくれ。
…まあ、なんとかしてくれる人はおらず、婚姻の儀は無事終了。そして、アンジェリクは己の役割を果たす。嫁いだガーランド王国の国内全土に広範囲の治癒魔法を施した。これにより全ての臣民達が命を彼女に救われた。
が、さすがに無理が祟りアンジェリクは魔力欠乏症で倒れる。三日三晩熱にうなされ、ようやく魔力が完全に回復したことで体調が良くなり目を覚ました彼女。
「んん…」
「我が花嫁よ!目を覚ましたか!」
「国王陛下…」
「馬鹿者!もう二度とあんな無茶はするでない!」
涙目で叱る夫に、アンジェリクはハートを撃ち抜かれた。
「はい、国王陛下…♡」
「だが、そなたのおかげでこの国の民は皆助かった。そなたに心酔している者も多いぞ。…我からも礼を言おう。心より感謝する」
頭を下げる夫に、アンジェリクはその両頬を掴んで顔を上げさせる。そして思いっきりキスをした。
「ん!?んんんんんん?」
「国王陛下のお役に立てて光栄です…♡」
『夫だからいいよね!?夫だからいいよね!?』
〝手を出してもいいショタ〟という、あり得ない程の奇跡的な報酬を得た彼女は最早無敵である。
「国王陛下、私、頑張って国王陛下のお役に立ちます…だからどうか、私に報酬をくださいませ」
「報酬…?」
「愛してくださいませ、国王陛下…♡」
おねショタプレイで盛り上がったのは言うまでもなく、アンジェリクはもちろんのことジルベールまでハマってしまったのは不幸としか言えなかった。
その後、アンジェリクはジルベールの子をポンポンと産み子宝に恵まれた。ジルベールは生涯アンジェリク以外の妻を持たず、アンジェリクを心から愛した。アンジェリクもまた、夫以外の男は作らず生涯夫を愛し支えて幸せな人生を送ったという。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。