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これは僕の見た夢の話です。

作者: 所 花紅

 知り合いのA君から聞いた話。


「読んだら死ぬ本があるんだってよ」


 先輩の出し抜けの一言に、A君含めて他のサークルメンバー達は、ええ? と首をかしげた。

 A君は、某大学のバレーボールサークルに入っていた。真面目にバレーボールに取り組むというより、飲み会やキャンプなどがメインになっている、お気楽サークルだったらしい。

 その日も夏休みを利用して、A君達はI県のキャンプ場に遊びに来ていた。広いコテージを借りて、三日かけて遊ぶ予定だった。

 数台の車を使って到着し、荷物をコテージ内に置いた直後に、先輩が先の一言を放ったのである。


「先輩、なんですか急に」


 誰かが疑問の声を上げると、その先輩――B先輩は「だからあ」と説明を始めた。


「このキャンプ場の横に、丘があるだろ?」


 ああ、とA君はこんもりとした緑を思い浮かべる。

 確かにあった。ずらりと車が並んだ駐車場の隣に、山と呼ぶにはいささか小さい丘があり、白い遊歩道がそれにぐるぐると巻き付くような形で整備されていた。


「その丘の天辺に、読んだら死ぬ本が置かれてるんだってよ」


 どうだ、と言わんばかりのB先輩の言葉に、A君達は思わず噴き出した。


「先輩、読んだら死ぬ本が丘の天辺に置かれてるって……冗談にしたってもうちょっとあるでしょ」

「そんな所にあったら、みんな読んで大量殺人が起こるじゃないっすか」

「せめてコテージのどこかにあるとか、キャンプ場の管理人が持ってるとか、そういうのにしてくださいよ」


 B先輩はよく冗談を言ってみんなを笑わせるので、この時もお得意の冗談だと思って、A君達は思い思いに感想を口にした。

 ところがB先輩は、「いやー、ちょっと無理があったかなー」と照れ笑いを浮かべるでもなく、少し不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。


「なんだよ、笑うなよ」


 その反応におや? とA君は不思議に思ったのだそうだ。


「まるで、本当の事を言ったのに信じてくれない、みたいな感じだったんです。詳しく聞きたかったんですけど、お昼のバーベキューの準備に入っちゃったので……」


 次にB先輩に話しかける事ができたのは、バーベキューが始まった後の事だったという。


「おーう、A。飲んでるか?」


 ビールをいくつか空けて、ほろ酔い気分のB先輩に、A君は先ほどの話を切り出した。


「先輩。あの、丘の上にある読んだら死ぬ本って……」

「ああ……」


 B先輩は、手にしたビール缶を一気にあおってから、話してくれた。


「俺も、人から聞いた話だから詳しくは知らないんだけどな。本当にあるらしいんだ、読んだら死ぬ本が、丘の上に」

「え、あれやっぱり冗談じゃなかったんですか」

「おう。なのにお前ら、冗談だって決めつけて笑うから……」


 冗談だったらもっと面白い事を言う、とぶつぶつB先輩に、A君は「だって、あんまり突拍子が無さすぎるんですもん」と返した。


「だよなあー。そもそも、どうやって本が置いてあるんだろうなー。本棚でもあんのかな」

「小屋みたいな所があって、その中にあるとか?」

「うーん……」


 腕を組んで首をひねっていたB先輩は、「よし!」と頷いた。


「俺、ちょっと丘に登ってくるわ」

「ええ!?」

「んで、確かめてくる。ホントにそんな本があるのかどうか」


 お前も来るか? と尋ねられて、A君は迷った末に頷いた。

 怖いものが好きというわけではないが、興味はあった。それに、調子に乗って肉を食べすぎて、腹が重くなっていたのだ。丘へ行くのは、腹ごなしの散歩になりそうでちょうど良かった。

 同じく腹ごなしに丘に登ろうとしていたCという同学年の男も加えて、A君達は三人で丘に登る事になった。

 遊歩道は人がすれ違うには少々狭く、なんとなく一列縦隊で進む。B先輩、A君、C君という順番だった。


「読んだら死ぬ本なんて、本当にあるんスかねえー。あったら今頃このキャンプ場、閉鎖されてるんじゃないっスか?」


 頭の後ろで腕を組んで、C君が笑う。ハナから話を信じていないような態度だった。


「どうだろうな、俺も詳しく知らないんだ。ただ、ある、ってだけ言われたな」

「そういえば先輩、誰がそんな話したんですか?」


 ふと気になって、A君は先輩にそう尋ねた。

 先輩は肩越しに振り返ると、「それがなあ」と弱りきって眉を寄せる。


「俺も誰が話してくれたのか、思い出せないんだよ」


 なんだそれ、それって結構怖くないか。

 A君がそう思った時、丘の頂上に着いた。

 頂上は、転落防止の柵がぐるりと外周を囲み、ベンチが二つ置かれているだけの小さな広場になっていたそうだ。


「お、あれじゃないか?」


 B先輩が、すっと右手を指さす。A君達は、そちらに目を向けた。


「なんスかあれ、盆踊りの真ん中にある奴?」


 きょとん、とした調子でC君が言う。A君も、確かに、と内心で思った。


「やぐらがあったんです。ただ、小さかったです。僕の腰くらいまでしか、高さはなかったです」


 やぐらには紅白の垂れ幕があり、上の方には提灯がぐるりと吊るされていた。提灯は白で、なんの文字も絵も描かれていなかったという。

 緑萌える丘の頂上には似つかわしくないそれに、A君は一瞬、思考が停止してしまった。

 なんだあれ、なんであんなものが丘の上に? 先輩の仕込みかなんかか?

 混乱している間に、B先輩とC君はさっさとそのミニやぐらに向かってしまっている。一人そこでぼーっとしているわけにもいかず、A君は早足で二人の元へ向かった。


「A、ほら。見てみろよ」


 B先輩は少し興奮した調子で、やぐらを指さした。通常の大きさのやぐらだったら、太鼓とそれを叩く人が乗る所に本が一冊、無造作に置かれていた。

 表紙にも背表紙にも題名のない本だったそうだ。ただ、


「地獄絵……ってあるじゃないですか。お寺とかによくある、あれ。あんな感じで、鬼が人間を痛めつけてる絵が、表紙に描かれてたんです」


 悪趣味だな、とA君は思った。C君が、「うえ」と若干引いたような声を上げる。


「なんスかこれ、鬼が人間を溺れさせてんスかね」


 そう言われてよく見てみると、表紙にびっしりと描かれていた鬼はどいつもこいつも、人間を捕まえ、水のある場所に押しこんでいたのだという。

 ある鬼は、首根っこを掴んだ人間の顔を(たらい)の中に押し付け。

 ある鬼は、人間の両足を掴んで壺の中に上半身を浸し。

 ある鬼は、束になって人間達を池の奥に追い立てて。

 そんな感じで、どの鬼も人間を溺れさせていたのだ。なんだかひどくそれが気持ち悪く、やぐらの上に置かれた本を見下ろして三人共、固まっていた。

 その時、ふとC君が呟いた。


「そういや、読んだら死ぬ本って、どこまで読んだら死ぬんスかね」


 誰に聞かせるでもなく、疑問がぽろりと口から出たような呟きだったのだそうだ。

 それにA君は答えようとして、


「えっ」


 呆然としたような声が、代わりに漏れた。

 周囲はいつの間にか、とっぷりと日が暮れていた。


「おかしいですよね。だってさっきまで、汗をかくくらい暑くて、大きな太陽が出てたんです。なのに、気づいたら真っ暗だったんです」


 A君はそう言うと、肩を抱いてぶるりと身体を震わせた。


「一番怖かったのは、やぐらを取り巻いていた提灯に火が入っていた事です。中に電球が入ってたなら、遠隔操作できるかもしれないけど、本物の火が入ってたんです。僕達は、三人でやぐらを囲んでいたのに、どうやって、誰が火を入れたんですか」


 当時のA君はそれに気づいてしまい、その場でガタガタと震えていたのだという。

 B先輩も、C君も、急に周囲が夜になっている事に「え? え?」と混乱するばかりだった。


「あれっ、え? なになになになに」


「なに」を連発しながら周囲を見渡すC君の隣で、B先輩がスマホを取り出す。時間を確認したのか「嘘だろ……」と呆然とした調子で呟いた。

 A君も、自分のスマホを取り出して時刻を確認した。デジタルの数字は、二十時を示していたのだという。丘の頂上に着いたのは十三時くらいだったから、七時間近くA君達はその場に突っ立っていた事になる。

 自然と、三人の目はやぐらの上に乗せられた本に向かった。

 提灯に照らされた本は、ちゃんとそこにあった。ただ流石に、中をあらためることはできなかったという。


「ね、熱中症だよ、熱中症! ほら、今日暑かったし! それで全員、気絶しちまったんだって!」


 わざとらしく明るい声を上げて、B先輩がA君とC君の肩をバンバン叩いた。

 そんなわけないだろ、とA君もC君も思ったそうだが、「そうですよね!」「いやー、俺もそうだと思ったんスよ!」とB先輩の言葉に乗っかって明るい声を上げた。

 そうしないと、怖くて怖くて仕方が無かったのだそうだ。

 よし帰ろう! みんな心配してるよなー! などと殊更明るい声を上げて、やぐらから離れようとした時だった。

 どん、どん、どん。かかかっ。ぴー、ぴー、ぴーひゃらぴー。しゃーん、しゃん、しゃんしゃんしゃん。

 どこからかそんな、派手な音が聞こえてきた。

 びくっ、とA君は身体を跳ねさせて、固まってしまった。B先輩達にも聞こえたようで、顔を強張らせて周囲を見渡していたそうだ。

 どん、どん、どん。太鼓の音。

 かかかっ。太鼓の縁を叩く音。

 ぴー、ぴー、ぴーひゃらぴー。笛の音。

 しゃーん、しゃん、しゃんしゃんしゃん。鈴を打ち鳴らす音。

 四つの音が絡まり合って奏でていたのは、お祭りでよく聞く賑やかなお囃子だったという。


「ひっ」


 どこから聞こえてくるのだろう、と周囲を見渡したA君は、丘の下から登ってくるものを見つけて短い悲鳴を上げてしまった。

 したした……したした……と足音を立てて、遊歩道をゆっくりと人の列が上がってきたのである。

 それは何十人もの女達だった。時代劇にあるような丸い笠……菅笠(すげがさ)をかぶって裾をからげ、片手に杖を持った女達が、一列になってゆっくと丘の下からこちらに向かって登ってくる。

 女達が近づくにつれて、お囃子の音がどんどん大きくなってきた。


「その女達が演奏してるのかと思ったんですが、誰も太鼓とか、持ってなかったんです」


 A君はそう言う。テープかなにかで流しているにしては、異様に音が生々しかったそうだ。


「な、なんで……?」


 したした……と一糸乱れず足を進めてくる女達を呆然と見下ろしていたC君が、うわ言のように呟いた。


「なんで……なんであいつら見えてるんスか……!?」


 なにを言ってるんだ。

 そう思ったA君は、直後にC君の言葉の意味に気づいて背筋がゾッと寒くなった。

 丘の下にある駐車場に、街灯は無い。女達が登ってきている遊歩道にも明かりは無く、やぐらの提灯だけが周囲を照らす明かりだったという。

 自分達の周囲以外は真っ暗なのに、丘を登ってくる女達の姿が、どうしてか闇の中に浮き上がっている。

 死に装束のような、真っ白な着物と同じくらい真っ白な肌に、水に浸かり続けたように青紫になった唇までが、はっきりと見えた、とA君は語った。


「それで三人共、叫んじゃったんです。気づいたら、自分達が泊まるコテージの玄関内でへたり込んでました」


 丘を下りる道は、遊歩道のみ。どうやって女達の列を抜けて逃げて来たのか、さっぱり覚えていないという。


「身体中草だらけだったので、遊歩道じゃなくて丘の側面を転がり落ちるようにして、逃げたのかもしれません」


 A君はそう言って、目の前のアイスティーを一気に飲んだ。

 話はこれで終わりだろうか。そう聞くと、A君は暗い顔で首を横に振った。


「コテージの中は、明かりが点いていて明るかったんですが、異様なくらいに静かだったんです」


 今日来たサークルメンバーは、全部で二十人。二十時ならまだ、みんな起きているはずだった。だというのに、コテージ内は無人であるかのように静まり返っていた。


「おおい、みんなどうしたー? 遅くなって悪かったな、ただいまー」


 立ち上がったB先輩が、草を払いながら努めて明るい声を上げる。C君も「今帰りましたっスー!」と大声を出した。

 二人共、内心の恐怖や動揺を押し隠すようだったという。A君もしーんとしたコテージ内がひどく不気味で、「ただいまでーす!」と大声を上げた。

 ぱたぱたぱた……とスリッパと床がぶつかる音が聞こえたのは、その時だった。

 玄関横にあるドアが開いて、サークルの女子メンバーが三人出てきたのだそうだ。


「おかえりっ」「遅かったね」「おかえり、おかえりっ」


 三人共、不自然なくらいに満面の笑顔だったという。


「お、おう……ただいま。他の奴等は?」


 B先輩が、三人にそう聞いた。すると三人の女子は、唇を歪めてニタニタと笑ったのだという。


「いるよっ」「いるいる」「みんないるよっ」


 妙なテンションだった。女の子達は、無理やり喉の奥から出したような高い声で、はしゃいでいたのだという。


「その、女の子達の唇の色が……」


 テーブルに視線を落としながら、A君はぼそぼそと続ける。

 青紫色、だったそうだ。

 三人の女の子達の唇は、長時間水に浸かっていた時のように、青紫色になっていた。


「それで気づいたんですが、女の子達の髪が、水でぐっしょり濡れてたんです。服はさすがに乾いてましたけど、水がぽたぽた髪から落ちて、肩の辺りが濡れて色が変わっていました」


 よく見たら、女の子達が来ていたのは白のワンピース、白いシャツとズボン、白いパジャマと、白ずくめだった。

 丘の上を目指して歩いていた、女の列が頭に浮かんだという。


「三人は大丈夫だよねっ」「あの本を読んだなら大丈夫だよっ」「大丈夫っ、大丈夫っ」


 絶句するA君達の目の前で、女の子達は一斉にきゃたきゃた、きゃたきゃた、狂ったような明るい笑い声を上げた。


「「七時間しか水に浸かってないのに、あっさり死ぬような愚図共じゃないよねっ!!」」


 その瞬間、A君の脳内に最悪の想像が浮かんだのだという。

 コテージが静かなのは、誰もいないんじゃなくて、みんなこいつらに水の中に沈められて……。

 それを理解した直後、女の子達がこちらに向かって飛び掛かってきた。



「……それで、どうなったの?」


 それきり、口を閉ざしてしまったA君に、恐る恐る問いかけた。


「……目が、覚めました」

「目が?」


 A君は下を向いたまま頷いた。


「夢、だったんです。コテージに行った事も、丘に登った事も、全部。アパートの自室で、目が覚めました」


 じゃあ、今までのは全部、夢の話だったのか。少し拍子抜けしてしまい、なぁんだ、と呟く。


「でも確かに、ちょっと怖い夢だったね」

「……夢に出てきた、B先輩とC君」


 唇を震わせて、A君は絞り出すような声を上げた。


「僕が夢を見たその日から、連絡が取れないんです。大学も、いつの間にか辞めてしまって……スマホにかけても、繋がらなくて」


 思い返せば、目を覚ます前に、あの二人は女の子達に捕まっていた気がするんです。僕はドアに一番近い所にいたから、きっと逃げる事ができたんです。

 そう言ったA君は、唇まで真っ白にして小刻みに震えながらこちらを見た。


「僕は、捕まってないから大丈夫ですよね。B先輩達みたいに、行方不明になりませんよね。いなくなりませんよね。あの人達に捕まりませんよね」


 そう言ったA君とは、以降連絡を取っていない。

 だから彼が行方不明になってしまったのか、今現在も平穏に暮らせているのか、それは分からない。

つい先日、実際に見たリアルな悪夢です。これは小説にして、みんなにも怖さを味わってもらわねば! と謎の使命感に駆られて小説に致しました。

実際の夢の中では、サークルじゃなくて職場で、職場の玄関前にやぐらがありました。

ちなみに最後に出てきた女の子達は三人共、私の同僚だったので次の日、顔を合わせるのが滅茶苦茶怖かったです。

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