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18話 その拳は勇ましく

 再び戻ってきた大旦那様の私室。


 先程の奇妙な違和感は鳴りを潜め、リオと来た時に感じた魔力が抜かれる感覚もしない。一瞬ササハは戸惑って敷居の前で立ち止まったが、レイラは構わず中へと進んだ。


「奥はワタシが見てクルから、オ嬢サマはこの部屋をオ願イ」


 ササハは気づいていないが、なにかあるとすれば奥の部屋だろうと踏んでいるレイラは、口先だけでササハを残す。


 整理はされているが、薄っすらとホコリを被っている室内。入って右手側には書机とずらりと並ぶ書棚。一人がけのソファの近くには小さな丸テーブルが置かれており、そのソファに座ればかろうじて視界に入る肖像画。


 ササハは他のものには見向きもせず、ふらりと肖像画の前に立った。


 肖像画には五人の人物。中央で椅子に腰掛けている老爺がおそらくこの部屋の主だった男。その椅子の両脇に立つのはリオーク夫妻と、二人の子供。一人は赤い髪の幼い少女。子供特有のふっくらとした頬に、淑やかさよりもハツラツとした元気が滲む微笑を浮かべている。きっとモデルをしながら周りの大人に言われたのだろう。幼いながらに一生懸命、真剣な表情を作っている少女は、やせ細った今のローサとは別人のように見えた。


 そしてもう一人、三つ年下であるローサと背丈が変わらぬ金髪の少年がそこにいた。少年はローサとは違い寒々しい色合いの肌をしており、作っている訳でもなく何処か陰鬱さが漂う表情をしている。


 実寸大ではない肖像画は少し高い位置に飾られており、ササハは自分よりもずっと背の小さい少年を見上げる。小柄で背も低い少年は、いったい幾つなのだろうか。静かな夜のような、なのに嵐に薙ぎ払われ、海に飲み込まれてしまった後のような。


 気づけばササハは緊張に息を止めており、思い出したように空気を肺へと送った。


「絵を見てる場合じゃなかった」


 誤魔化すように背を向け、肖像画を視界から外す。


 今は抱えている問題が多すぎて、よそ事に気を取られている場合では無いはずだ。《赤の巫女姫》のことに加え、呪具も探さなければいけないし。リオが急に倒れたことも気になれば、そう言えばなにか思い出せない日があると意味深なことも言っていた気がする。


「ど、どこか怪しい場所はないかしら」


 誰に弁明するわけでもないのに声が裏返る。回らない頭でぎこちなく移動し、目を滑らせながら適当に書棚の本を指差し確認する。文字は問題なく読めるはずなのに、タイトルが一文字も頭に入らない。


「えーと、何を探せば良いんだっけ? 赤の巫女姫についての本? それとも呪具についての本? いや、ここの人は呪具で呪われた側だから、呪いの解呪についてだっけ? あれれ??」


 なぜか書籍限定にすっとぼけた思考に、ササハはふとミアとのやり取りを思い出した。レイラに届いた連絡で、ミアは呪具の解呪か持ち帰りを要求してきた。そのおかげでササハは呪具のことをカルアン当主が認識していることを知ったのだが。


「もしかして、カルアン当主がここの人たちを呪ったってことは……ない! そんなこと、絶対・・・ない、わよね?」


 頼むから誰か、行き過ぎた考えだと言ってくれ。ササハは切に願った。


「でも、でもでもでも、何で解呪か持ち帰りなの? 見つけて欲しいけど、壊すなってこと? なんで? 壊したら不都合でもあるっていうの??」


 ミアも上の人間から強く言われていたのか、とにかく壊すなと何度も言ってきた。通常、呪具を用いた呪いは、核である呪具を破壊すれば呪い自体は消滅するが、同時に瞬間的に暴走もする。そしてそれは、時には呪いを通じて呪われている者にも影響を与えたり、逆に呪いを与えた者と繋がっている場合は、そちらにも影響が跳ね返ってしまうのだ。


「確か、ヴィートさんの時は、ヴィートさん自身が核であり()()()()()()()も取られてたけど、呪った人は違う人だったものね」


 あの事件の後、教科書片手に復習を頑張った。決定的な事件が起きる前、ササハは家庭教師であるケイレヴから呪鬼について教えてもらっていた。だが、もっと、もっと詳しく。もっと早く、事前に、気づいて、上手くやれたのではないかと、そんな事ばかり考えてしまう。


「やっぱり、カルアンの当主様が呪いをかけた術者で、それで呪いが返ってきたら困るから持って返ってこいって、ことじゃ……」


 一人だからこそ、あえて声に出す。レイラは扉がしまった奥の部屋にいる。自分たち以外人のいない屋敷だから、盗み聞きされる心配もない。


 ぶつぶつと独り言を繰り返しながら、意味もなく書棚の前を歩き回る。リオやレンシュラも知らないササハの癖。母と二人で暮らしていた村を出てから、することがなくなった寂しがりの癖。

 家を空けることの多かった母。ひとり残された家が寂しくて、窓の外の動物や、自分自身に語りかけるように声に出して、静かな部屋に音を響かせ気を紛らわせていた。今ではそんな時間、ほとんど感じなかったので忘れていたが。


「駄目駄目! 集中して!」


 目の前の書机に両手を置き顔を上げる。腰掛けていないが、書机からはあの肖像画が真正面に見える。なぜか寂しい気持ちになるあの絵。あれのせいできっと動揺してしまったのだ。

 あまり気乗りはしない。だが、もう一度きちんと見てみようと肖像画を睨みつけ、ササハは「あら?」と目を瞠る。


 肖像画ではない。その前。一脚のソファ。そのソファの前に、薄っすらと透けた老爺が一人佇んでいたのだ。


「――――――っひぅ!」


 叫びそうになったのを堪え、ササハは僅かに仰け反った。流石に慣れた。慣れたが驚くしビビる。そしてまだちょっと怖い。


「・・・ん、この人」


 皺が深く刻まれた顔面に、落ち窪んだ目元。手足はほぼ骨と皮に思えるほど細く、丸まった背は一種の獣のような一人の霊。だが、かろうじて分かる髪色や、幾年かの歳月を経て年老いてはいるが、目の前にある正解と照らし合わせられる見た目は。


(ここの大旦那様?!)


 肖像画より更にしわ枯れた老爺が、両手を突き出し立っていた。


 老爺はササハに興味がないのか、単純に気づいていないのかただ一点を見つめている。老爺はその場に膝をつくと、透き通る両手を伸ばしソファを必死にかいていた。


(なにをしているのかしら)


 伸ばされた両手は何度も空振っては交差し、なのに触れることは叶わず、次第に黒く窪んだ目元から雫が流れ落ちた。雫は止まることなく幾度も伝い落ち、その度に老爺の身体が黒く淀んでいく気がした。


「な、なにか、探しているんですか?」


 思わず出した声は震えていたが、ササハはほんの少しだけ老爺との距離を詰めた。老爺は振り向かず、ただ一点、ソファの奥――背もたれとのクッションの境目へと手を伸ばしていた。


「そこに何かあるんですか?」


 柔らかなクッションの隙間。ササハは父の屋敷にいくまで縁のない代物だったが、もし幼い頃にこの椅子があったら間違いなく何かを隠したりしただろう。なんなら今も指先を入れてみたい好奇心は僅かにある。


 老爺の真横まで近寄りソファを覗き込む。もちろん何も無いし、何も見えない。だが、流石に透けている人間――霊の手をすり抜けてまで手を伸ばす気にはならず様子を見守る。ボロボロと涙を零す老爺は焦っているようにも見えた。


「あのっ――――!」


 思い切ってササハが手を伸ばそうとした時、ササハあることに気がついた。気がついたというより、意識を老爺にしっかりと向けたからこそ気づけた。


「赤い文字」


 老爺の胸元には赤い文字。ツァナイを縛り、《黄金の魔術師》がカールソンに落とした雫。血のような赤色の輪っか。カールソンをフェイルへと変えた、あの赤色の羅列が――何かを吸い寄せ、静かにその輪を縮小し続けていた。


 ガタン、と背後で大きな音が響く。


「オ……じょ、サマ」


 振り返った時には、寝室から出てきたレイラが倒れていた。


「レイラさっ――!!」


 駆け寄ろうとし、ササハは薄っすらとレイラから()()が流れ出ていることに気がついた。薄い煙のようなモヤは僅かながらも途切れることはなく、どこかへと流れ出ている。その先は老爺の、あの赤い文字。その中心。


――“フェイルにも段階があってな、呪いを植えられた直後の“(たね)“から“


「フェイルの種!」


 前にレンシュラが言っていた。開花前。フェイルとなる前の()の状態。種はレイラの魔力を吸い取り、それに合わせるように赤い輪が小さくなっていく。


「何もかも、コレのせい!!」


 ササハは思いっきり老爺の心臓を――いや、輪が到達する寸前の()を握り消滅させた。傍から見れば老人の心臓を握りつぶす少女。その絵面は大変勇ましかった。

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