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16話 再度

 リオが倒れた。そのことにササハの大声に駆けつけたレイラは、態度には出さなかったが、素早く月闇の館を離れることにした。

 ササハがリオを支え部屋の外に出た時には、それまで苦しそうに呻いていたリオが、急に大人しくなり呼吸も穏やかになった。一見すれば寝ているだけ。気を失ったリオはレイラが担ぎ、一人で馬に乗ることに慣れていないササハもこの時ばかりは気合と根性で手綱を握り、急いで明けの館へと戻った。


 そうしてバルトロが呼んだ医者が言うには


「寝ているだけのようです」


 ということだった。


 が、それに納得できるかと言われれば微妙なところだった。


「リオ、本当に大丈夫でしょうか? 寝返りどころか、身動き一つしませんけど……」


 リオへと用意された客室。その部屋のベッドに横たわるリオの寝顔を眺めながら、ササハが覇気のない声で言う。


 ベッドから少し離れた場所にいたレイラは、一度開きかけた口を閉じ言葉を選びなおした。


「医シャは問題なイと言っていたヨ?」

「そうですけど……」


 丸まっていた背筋を伸ばし、ササハは顔を上げる。


 リオが倒れてから約ニ時間。最初は慌てていたバルトロも、寝ているだけと言う医者の言葉に安堵し、しばらく様子をみるしかありませんねと部屋を出て行った。

 心配だったササハは昼を跨いでもリオの側を離れず、その間にレイラに何があったのかを説明したが、ササハ自体何が起こったのか理解できていなかった。


「魔力を抜かレたと言ってイたけど、オ嬢サマは大丈ブ?」

「すぐ拒んだし、わたしは何ともないです」


 月闇の館でリオが苦しみ倒れた時、ササハは身体から魔力を抜かれる感覚がした。父の屋敷でツァナイと魔力のコントロール訓練をした成果か、リオにも同様のことが起こっているのが分かった。だが、自身の魔力はコントロールできても、他人のことまではどうしようも出来ずその場を離れるだけで精一杯だった。


「お医者さんも身体に異常はないって言ってましたし、疲れて眠っちゃってるだけですよね」


 レイラに担がれ馬に乱暴に乗せられた時も、医者に診てもらった時もリオの様子は変わらなかったが、ササハは努めて明るい声を出した。レイラもそれには余計な言葉は発さず、安心させるように微笑むだけにした。


「それじゃあオ嬢サマ。これからどうすル?」

「え? えーと、出来ればもう一度さっきの場所に戻りたいんですけど」


 そうすればリオが倒れた原因も分かるかも知れない。しかしそうすれば眠ったままのリオを一人残して行くことにもなる。


「コこはリオークの家。放っておいても大丈ブ。それでも気になるなら――コレ」

「何ですかそれ?」


 そう言ってレイラがササハに見せたのは、小さな魔道具。


「隊でシキュウされる通信用の魔ドウ具。起きたらスグに連絡シロと書き置きを残シておけばイい」

「あ、レンシュラさんも持ってたやつだ」

「本当ならオ嬢サマも持ってるハズ。けど、支給品が用意サれる前にここに来たから」

「そんな~」


 ただ単に眠っているだけ。そう言い聞かせ、ササハはもう一度外出用の上着に袖を通すことにした。





 再び大旦那様の部屋の前に立ち、レイラと二人中を覗う。扉は開け放たれたまま、視覚的に言えばおかしなところはない。視覚的に限れば。


「うわぁ。これはヤバだよ、オ嬢サマ」

「本当だ。さっきは何で気づかなかったんだろう」


 先程の違いと言えば扉が開いているせいか、部屋の中に入らなくても分かる奇妙な違和感。何がどうおかしいと聞かれれば言葉に出来ないが、何かしらがある、近づきたくないなという感覚。


「《赤の巫女姫》と関係があるんでしょうか?」

「ン~……フェイルの気配とハ少し違うよウな、違わないようナ。ああ、けどフェイル探索ヨウの探知魔石は反応してないヨ」

「あ! なら呪具が近くにあるとか!」


 ササハの言葉にレイラも視線を寄越す。


「その可能セイは――あるかモ」


 リオークの屋敷に来てから、何体か見かけた呪鬼。ハートィの双子の弟であるヴィートが、かつて片目を呪具にされかけたことがあるように、呪具の媒体となる物体は何でも構わない。それこそ、その辺に落ちている石ころでも、生きている人体の一部であっても何でもだ。


 レイラは内側へ入らないギリギリまで顔を近づけ、中を見渡す。広い部屋は一見執務室のようにも見えるが、絵画や置物などの調度品も多く見受けられ私室であろうと結論づける。ベッドなどの寝具は無いが、部屋の奥には片開きの扉があり、どうやらそちらが寝室に繋がっているようだ。


 そうして壁には、一枚の肖像画があった。


「わ……。まだ小っちゃい可愛い」


 肖像画には五人の人物。若い男女に、まだ幼い二人の子供。そして中央の椅子に座っている一人の老爺。二人いる子供の一人は、誰かを彷彿とさせる淡い金髪の男の子だった。


 ササハが肖像画を近くで眺めようと足を踏み出し、寸前でレイラに引き止められる。


「キケンかもしれない。少し待っテ」

「ごめんなさい」


 考えもなしに部屋に入ろうとし、ササハはしゅんと謝る。レイラは気にした様子もなく腰に巻いていたポーチを探り、赤い魔石のついたネックレスを手渡してきた。


「呪いから身をマモる守護石。呪具がアルなら身につけテ」

「守護石? でも、これを持ってたレイラさんも、呪鬼に……」


 ペンダントを受け取ったものの、気まずそうにササハが零す。それにレイラはハッとしたように固まり、動揺しているのか小刻みに震えだした。


「レイラさん?! どうしたんですか!?」

「くっ……! なら、ここにアル呪いは、この守護石より強イ呪い。つまりこの石はただのゴミクズ」

「そこまで言わなくても」

「このヤクタタズ!」

「レイラさん?! 落ち着いてください! 手を痛めますよ!」


 指摘されるまで気づかなかった羞恥と、役に立てなかった悔しさに、レイラは守護石をきつく握り込んだ手で壁を叩く。むしろ壁のほうが負けて小さく亀裂が走った。


「リオのお家が壊れちゃう!!」


 なんとかレイラを宥め止めた時には、壁はへこみ、なのにレイラは無傷であった。


「でも、そうなルと危ナイ。オ嬢サマはここで待ってテ」

「嫌です」

「ダメ」

「駄目じゃない。そ、それに、わたしさっき魔力が抜かれるのを途中で防いだ気がするんです。だから、きっと大丈夫です」

「――呪イが防げるってコト?」

「ぇ、いや……呪いを防いだというより、本当に魔力を吸われるのを拒んだだけどいうか」


 そう言えば呪鬼の姿も見当たらない。


(となると、呪いは関係ない可能性もあるってこと?)


 ヴィートの時のように、呪鬼と()る前の黒毛玉すらどこにも存在しない。ならばこの部屋の奥。違和感を感じる扉の向こうには一体なにがあると言うのだろうか。


 考えたところで答えは出ないと、ササハがレイラの手を振り切ろうとした時。


「通信石に連絡がはイッた」


 ササハには分からなかったが、レイラがポーチに手を伸ばした。


「もしかしてリオですか」

「分からなイけど――――ハイ、誰ダ?」


 僅かに光る魔石に、レイラは魔力を込める。すると石から音が漏れ聞こえ、向こう側の誰かが言葉を発した。


『 失礼いたします。そちらレイラ特級騎士でいらっしゃいますか 』

「ソウだ」


 少しだけ遠く、薄皮一枚に隔たれたような音声。しかしその声には聞き覚えがあり、ササハの表情が見る間に明るくなる。


『 わたくしこの度、新たに特務部隊研究班に配属されました、ミアと申します。至急お伝えしたいことが 』

「ミアー! やっぱりミアだ!!」

『 な、その声はササハ? そんな大声出さな 』

「ミア! ミア、ミアミアー!!」

『 煩い! 』


 ササハが嬉しそうに通信石に顔を寄せたので、レイラは快くそれを貸してやった。

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