15話 月闇の館
軽快な解錠音とともに扉が開く。屋内は薄暗く、しかし開放された扉から差し込む光を助けに、奥まで目を凝らすほどの暗さはない。調度品などは見当たらないが、大きな家具はそのままに、薄っすらと埃をかぶっている程度であった。
リオーク家の四つある屋敷の内の一つ。月闇の館。現在使用されている明けの館よりも勝手知ったるというようにリオは迷わず進み、先に明かりを点けてくると一人奥へと消えていった。それから大した間もなく館内は明るくなり、リオが戻ると同時にレイラがササハの側を離れ歩き出した。
「レイラさん?」
「悪いケどしばらく別行ドウ。……けど、もしリオークになにかサれそうになったら大声デ呼べ。ボコボコのフノウにしてやる」
「レイラさん??? あ、待っ――――行っちゃった」
ササハが止める間もなく、言いたいことだけ言うとレイラは姿を消した。リオのほうからも姿は見えていたが、話していた内容までは聞こえていなかったようで怪訝そうな表情を向けられる。
「このタイミングでどこ行ったの?」
「分かんないけど、しばらく別行動したいって」
「なにそれ」
リオも呆れた様子ではあったがそれだけで、「まあ、別にいっか」と切り替える。
「こっちのお屋敷は、リオも前に住んでたことあるんでしょ?」
「ん? んー、そうだけど」
「リオのお部屋見たい!」
「やだ」
「なんでー!」
「もう少しだけ心の準備が出来たらね」
「どういうこと???」
つまらないと思いながらも、無理に強請るつもりもなく黙る。
「それよりこっちだよ」
「はーい」
「迷子にならないように、ちゃんとついて来てね」
「迷子になんてならないよ!」
「こど――じゃなくてササちゃんは目を離すと、すぐにどこか行っちゃうから」
「むいぃぃ!」
態とらしいからかいに、ササハの頬がぷっくり膨れる。リオはそれに楽しそうに笑うだけで、先へ先へと進んでいく。
階段は登ることなく、一階の長い廊下を奥へと進む。窓は閉め切られているが雨戸はなく、外の明かるさを取り込んでいる。冷たい風が吹き込むことはないが暖房用の魔石は無いのか、吐く息がやんわりとだけ白い気がする。
そう言えばどこに向かっているのかしらと、ササハは変わり映えのしない廊下をキョロキョロと見渡す。直接リオに聞いてみようかと口を開く前に、廊下の先に大きな扉が見え、リオの視線もそちらに向いていることに気がついた。
「ここは何の部屋なの?」
大きな両開き扉の前で立ち止まり、ササハは扉を見上げながらリオへ聞いた。
「前リオーク当主だった、大旦那様の部屋」
前リオーク当主。現当主であるセーラ夫人の父であり、ローサの祖父にあたる人物。
「そして、なにかあの子の手がかりがあるかも知れない場所」
「あの子?」
「ありゃ。やっぱりこの部屋の鍵まではないか」
いくつもの鍵が連なった鍵束をじゃらじゃら鳴らし、リオが拗ねたように口を尖らせる。その隣でササハは今しがたリオが言った言葉の意味を考え、唯一の思い当たる節にどくどくと心臓が速まるのを感じていた。
「ね、リオ。あの子って、あの、ノ……」
「勿体ないけど、この秘蔵の魔道具で――よし。開いた」
彼のことをなんと呼んでいいのか分からず、そうしている間にリオは持っていた魔道具で目の前の鍵を難なく開け、扉を開く。
「ねえ。ねえ、リオ。リオっ」
「僕ね、この間まで九年以上前の記憶が曖昧だったんだよね」
「え?」
リオが一歩進み、いつの間に繋がれていたのか、指二本をゆるく絡ませたリオに引かれてササハも中へと入る。
「でも、それはササちゃんのおかげで大分思い出せた」
「わたしの?」
「そ。ロキアの町でね」
夏の終わり。あれからまだ、半年ほどしか経っていないのに、既に遠い昔のことのようにも感じられる。ササハが出会いと別れを経験することになった町。
「けど、一日。たった、一日分。あの日のことだけがどうしても思い出せないんだ」
「あの日って、リオ。ちゃんと説明して」
「――っぐ!」
「リオ?」
「頭、痛っ……」
「リオ! どうしたの、大丈夫?!」
突然リオが苦しみだし膝をついた。ササハはすぐに身体を折り肩を支えた。リオは尋常じゃないほど震え、ササハの呼びかけにも反応しない。先程までは普通だった顔色は急激に色味に失い、額には脂汗が滲んでいる。
何が起こったのかと、思考するより早くササハ自身も違和感を覚える。
(なんか、嫌だ)
寒気、嫌悪、虚脱、畏怖。どれでもあり、どれとも言えない奇妙な気だるさ。これに類似した感覚をササハは感じた事がある。
(魔力が、抜かれてる?)
特殊魔具に魔力を流す時に感じる脱力感とは違い、それを無理やり抜き出されているような忌避感。自覚した途端淡いモヤのようなものが部屋の奥、更に扉があるその向こうへと壁を突き抜け吸い寄せられているのが視えた。
「ここに居ちゃ駄目。リオ、立って」
拒絶をすればササハからは魔力が抜かれる感覚は収まった。しかしリオは正気ではないのか、いくら呼びかけても震えるばかりで、彼から魔力が抜かれるのをササハには止めることが出来ない。
自身の力で立つ意思のないリオをなんとか引っ張り、部屋の外へと倒れ込む。すると途端リオは気を失い、魔力が流れ出る様子もなくなった。
現状は理解出来なかったが、一刻も早くこの部屋から遠ざかりたい。
「……ぅ、」
いっそ泣き出してしまいたいのを堪えて、ササハはなんとかリオを担ごうとしたが無理で、わずかの距離を背負って引きずることは出来た。が、完全にあの部屋の扉が見えない距離まで遠ざかったところで、耐えきれずに弱音を吐いた。
「うわぁあああん。レイラさぁぁん! たすけてぇ~~!!」
ぐったりと動かなくなってしまったリオに感じる恐怖と、危険から遠ざかったという安心感から、情けなくも想定よりも大きな声が腹の底から発せられた。その大きな涙声はもれなく館内に響き渡り、無の境地に達しながらも死の覚悟を決めさせる形相のレイラを召喚させるのに時間はかからなかった。




