11話 お化けじゃん
厚い雲が切れ月明かりが差す。照明はつけず、代わりにカーテンを引いて月の明かりを取り込んだ。ルームシューズを引っ掛けたササハの素足を一瞥し、メルと名乗った少年が顔を上げて口を開いた。
「着替えていただいてもよろしいですか」
「どうして?」
「案内したい場所があります」
遠回しに、目的地など正確な情報は告げず要求を口にするメル。
「……さっき言ってた、呪具を壊すとかのため?」
「そう……なるのでしょうか?」
「?」
深夜、突然部屋に現れた少年。寝ている女性の部屋に勝手に侵入する無礼で怪しいだけの人物なのに、ササハはなぜか現状を受け入れようとしていた。それは十ニ、三歳ほどの見た目のせいか、メルが放つ独特な雰囲気のせいか。
ササハは最初メルのことを、死霊の類ではないかと疑った。しかしそれはメル自身に否定され、では正真正銘生きている人間なのかと問えばなんの返答も返らず、言い表し難い奇妙さだけが残った。
「それよりメル君はどこから部屋に入ったの? 扉の鍵は閉まったままだし、窓の鍵もどこも開いてなかった」
「…………」
「でもお化けではないんでしょ?」
「それは違います」
すでに何度か繰り返した問答。メルは答えたくない質問には一切答えず、ただ自身の要求のみを強く伝えてくる。
メルの要求。呪具の破壊。
なのに先程は、そうなるのかなどと不思議そうに首を傾げられ、ササハも訳が分からず残っていた眠気も消え去ってしまった。
「わたし一人で行くの?」
「私もいます」
「リオも呼んでいい?」
「貴女と一緒にいた青年のことでしょうか? 別に構いませんが、いても彼の睡眠時間を削るだけになると思います」
「呪具を壊しに行くんでしょ?」
「違います」
「???」
ますますもって意味が分からない。
「私も呪具がどこにあるのかは、知りませんから」
無表情のまま、ササハの正面に立っているメルはそう言った。
結局ササハはメルに言われるまま外に出た。リオとレイラは起こさず一人だけで。メルの言動は怪しいことだらけで、なのになぜか不信感や警戒心は芽生えなかった。だからまあいいかとついて行った。「困ってるの?」と聞けば「困っています」と答えたので。
外にはテラスから直接庭へ出た。すでに日を跨いだ時刻。外から見た屋敷に明かりはなく、シンと静まり返っている。庭に出てすぐ一度だけメルが後ろ――レイラの部屋がある方を振り返ったが何事もなかったように前へ向き直った。
「さっむいねぇ」
「だからもう一枚着ておくべきだと言ったのに」
「だって、本当の外に出るとは思ってなかったの。てっきりお家のどこかかと――でも、本当にどこに行くの? なんでわたしにこんなこと頼むの?」
「呪鬼を相手にする貴女を見かけて、貴女もあの小鬼共が視えているのだと判かったからです」
そう言われてみれば昼間、バルトロと一緒にいた黒髪の少年を見た。恐らくそれがメルだったのだろう。メルは前半の質問には答えてくれなかったが、ササハに頼んだ理由についてはそう答えてくれた。
「メル君も呪鬼が見えるの?」
「はい」
「呪鬼がわたしの知り合いにもくっついてるの。どうにか出来ない?」
「本体の呪具をどうにかしない限り、いくらでも湧きますね」
だから呪具の破壊なのだろうか。
「呪鬼は呪いが形になったものでしょ。どんな呪いなの?」
「さあ? 私もそれは知りません」
「そうなの? なら、ローサお嬢さんとリオやレイラさんに付いてた呪いは同じものかな?」
「それも分かりません――――私には何も分からないのです」
月明かりで照らされた庭園の隅。メルの蒼い瞳が印象に残った。それからメルは何を話しかけても、答えてくれることはなかった。
そうしてしばらく歩き、屋敷の中庭らしき場所に来た。
「うわぁ」
そこには輝くような黄色い花が辺り一面に咲いており、ササハはつい背筋を伸ばし黄色の芝を見渡した。
「綺麗。キラキラしてる」
目の錯覚であろうが、黄色い花弁は月の光を反射し光を放っているように見える。ササハはそれらを踏まないように歩き、突き出た建物の影が切れる場所まで近寄った。突き出している部分は高さを調整したテラスのようで、床板あたりがちょうどササハの目線にある。
まるでこの花畑を見渡すために作られたようで。
ササハは無意識に黄色の花に手を伸ばし、その指先が小さな花弁に届く前に幼い声に呼び止められた。
「その花には触れないで下さい」
触れることを拒む声。ササハはかがみ込んだ姿勢のまま、上半身だけで振り返った。
「お願いします」
ここに案内したのはメルなのに。だが、あまりにもメルの表情が真剣で、ササハは分かったと頷いて立ち上がった。
「大事なお花なのね。摘まずに見るだけにする」
「………………ありがとう」
そう呟いたメルの表情は、ササハが一歩下がって横に並んだため分からなかった。
一陣の風が吹き、ササハは身を震わせ首を縮こませる。乾いた葉の音が地面を揺らし、ようやく収まったところで庇うように閉じた目を開く。
ササハと違い薄着のはずのメルは、寒さが気にならないのか、何ともないという表情でササハを横から眺めていた。
「では、ササハさん」
「はい」
つられた口調で返事をしたササハに、メルは微かに。かろうじて分かるかどうか、怪しいくらいの微々たる変化で口元を緩め背後にあるテラスを見上げた。いや、正確に言えばテラスの更にその向こう。きっちりとカーテンが閉じられた、暗く静かな一室。
それを暗に、しかし明確に指しながらメルは軽い調子で口を開いた。
「あの部屋に銀色の小さな鍵があるので、取ってきてください」
「嫌ですけど??」
「どうしてですか?」
「どうしても何も、犯罪じゃない! 盗んでこいってことでしょう!?」
「違いますよ?」
「違いませんよ???」
ほんの少しだけメルの眉が寄った。それこそ一瞬痙攣したか? くらいの微々たるものであったが。
思いの外ササハの声が大きかったのか、テラスとは繋がっていない別の部屋に明かりが灯る。メルが呆れた様子でササハを横目で見た。
「貴女が騒ぐから」
「わたしだけのせいじゃないもん!」
追い打ちをかける声量に、屋敷内から慌ただしい足音が届く。
「どうしよう」
「オ嬢サマ、こっチ。見つかる前に逃げよう」
「止めて下さい。逃げて謎の侵入者がいると思われるより、夜の散歩中に迷ったとでも言って怒られて下さい」
ふたつの淡々とした声に、ササハは大きく目を見開く。特に自分の腕を掴み、今にも走り出しそうなレイラに。
「え? レイラさん?? なんでいるんですか??」
「オ嬢サマをつけて来た」
至極、当然という様子のレイラ。
むしろレイラの方こそササハを怪しみ、彼女にしては珍しく戸惑った様子で眉を下げている。恐らくメルのことを警戒しているのだろう。ササハも何とか説明しようと口を開いたが、それより早くレイラが言葉を発す。
「こんな夜更けに、ヒトリで何をしていル?」
そう首を傾げたレイラの真横にはメル。
「やっぱりお化けじゃん!!」
「それは違います」
繰り出されたササハの弱々パンチは、外れることなくメルへと届いた。




