10話 謎の訪問者
一人探索から戻って来たレイラの肩に、小さな小鬼が掴まっていた。
「レイラさ――」
先程リオにくっついていたものと同一個体かと考えたが、それを熟考する間もなくレイラがリオに向かって一歩踏み出した。レイラの肩口で笑っているのか黒の体を揺らしている小鬼と、常とは雰囲気が異なるレイラにササハはレイラの腕にしがみついた。
「レイラさん。リオに何しようとしてるんですか?」
「アイツがオ嬢サマを泣かせたンでしょ?」
「違います」
「チガウ?」
「違います。リオは何も悪くない」
ササハはレイラにしがみついている呪鬼を睨みつける。ササハの後ろで、リオが痛む身体をさすりながらも立ち上がった。
「勘違いだったみたいだけど、僕に何か言う事あるだろ」
「……紛らわしいオマエが悪イ」
「ハア?」
イライラと、リオとレイラはなぜか特殊魔具を具現化させた。第六魔力で形成される特殊魔具はフェイル以外――通常の生き物には攻撃を加えられない。一部、ハートィがウルベとの決闘で使用した特殊装備を着用している場合や、謎に触れるササハの特殊魔具という例外を除いては。
だと言うのに目の前の二人は、武器の形状をした物を手に睨み合っているのか。
なによりレイラの肩に乗っている呪鬼が、体を揺らし笑っているのが腹立たしかった。
「こんな事でケンカなんて駄目!!」
そうササハは叫びながら呪鬼へと手を伸ばした。しかし叫んだせいか呪鬼はササハの手を躱し、床へと飛び降りた。そしてそのままどこかへと走り去り、ササハは咄嗟にメイド服のポケットに仕込んでいた布カタシロを飛ばしたが、廊下の壁へとぶつかりぺしゃりと落ちた。
「くぅう! 逃がしちゃった!」
「何してるの、ササ?」
「大丈夫カ、オ嬢サマ」
なぜか急に何もない方角へ布人形を飛ばしたかと思えば、至極悔しそうに口を曲げるササハに温かい視線が向けられる。
「だって咄嗟に特殊魔具とか、壁も関係ない魔力だけカタシロなんて無理だよ! わたしはまだ成長途中なんだから!」
「??? 何の話?」
そういう事ではないのだが、リオもレイラも呪鬼のことが視えていないのでただただ混乱した。ササハは今一度辺りを見回したが呪鬼の姿はどこにもなかった。
(呪鬼って……リオの家族だけの問題じゃなかったんだ)
なぜかそう思い込んでいたが、これは早急に作戦を練り直さなければ。
ササハは様子を窺っていたリオとレイラの手を引き、足早に部屋へと戻った。
◆◆□◆◆
「レイラにも呪鬼が? ……ササは何ともないの?」
ササハに充てがわれた客間へと戻り、いつもより険悪な空気を醸し出すリオとレイラとで顔を突き合わせる。
「わたしは何もないけど……もしかしてこのお家呪われてる?」
「否定しきれないから怖い!」
「あーサイテイだ! リオークのせいで呪われタ」
レイラが責めるようにリオへ言う。ビキリとリオは青筋を浮かべたが、衝動に任せてしまうと話が進まないと口元を引きつらせて耐えた。
「それにしても……呪鬼かぁ。《赤の巫女姫》の呪いと関係あるのかな?」
「どうなんだろう。でも《赤の巫女姫》はこの近くの何処かに封印されてるんだよね? ならそこにと言うか、土地? に足を踏み入れたから呪われた……ってことなのかしら? 」
だがそうなると少なくともこの屋敷にいる、いや、それこそ数百年前からこの地を訪れた者すべてが対象となる。
「そもそも《呪われた四体》の呪いは『印』持ち限定だったはず。そう考えると、やっぱり《赤の巫女姫》とは関係ない呪具か何かがあるってことになるな」
断定はしきれないけれどと、リオが思案しながら呟く。それにレイラがくだらないと、低迷しそうな空気を切り捨てた。
「《赤の巫女姫》と関係のナイことなら、今はどうでもイイ。ワタシたちは今仕事チュウ。ワタシ自身、ノア・リオークに対していつもよりイライラする以外は変化もナイ。ならば呪鬼のことは気にセズ、当初の目的を優先スベき」
当初の目的。《赤の巫女姫》の発見と、その討伐。そのために現在ベルデに奪われた鍵を取り返し、前に使用されていた屋敷で資料を探さなければいけない。
「現当主の部屋には目ぼしいモノはなかった。なら、ノア・リオークの言う通り、前当主の部屋へ押し入るベキ」
「そっか。前当主様ってリオがたまに言う大旦那様のことだよね。その人のお部屋が、前のお屋敷に残ってるからそこを調べにいくんだよね?」
「そうだよ。ササちゃんよく覚えてたねぇーエラいエラい」
「むう!」
さらっとレイラが今日なにをしていたか自白したが、ササハは気づいていない。リオは全力で気を逸らせ、レイラは素知らぬふりをした。
「まあ、大旦那様の部屋を調べたい理由は、それだけじゃないんだけどね」
「リオなにか言った?」
「何でもないよ」
レイラの冷ややかな視線が痛いほどであったが、リオは気づかないふりをした。レイラの大きなため息が響く。
「明日の昼マデ。それまでに、ノア・リオーク。キサマが鍵を取り戻せナかったら、屋敷の結界を壊してデモ中に入る」
「何言ってるんだよ!? そんなことしたら旦那様の方にまで連絡が」
「ワタシの知ったコトか」
「ふざけんなよ! 呪鬼だか何だかで屋敷の連中もおかしいのに、変に刺激すべきじゃないだろ!」
「時間がナイ。なにより、キサマが鍵を渡してシマったのが悪イ」
「うっ……それは、そうだけど」
分配はレイラにあがり、ササハは困ったように二人を見比べる。レイラの言い分も分かる。だけれど、騒動を起こしてまで推し進めるべきなのかは分からない。
とにかくその日は時間も遅く、何よりローサや呪鬼のこともあり精神的にも疲弊していたため早めに解散することにした。
「明日、朝一番にベルデさんのところに行こ」
そうリオと約束し、ササハはベットへと入った。
そうして幾ばくか。
夜中に気配を感じササハは目を覚ました。真っ暗な室内。照明用の魔道具はすべて沈黙し、夜空には雲がかかっているのか月明りさえ弱々しい。
消した記憶はないが薄ら寒さに暖房用の魔道具はどうしたのだと、ササハが首を巡らした時。
ベッドのすぐ足元に一人の少年が立っていた。
「ぎゃああああ! お化けぇ!?!?」
「お化けではありません」
「お化けがしゃべったぁ!」
「・・・」
半泣きで、蹴っ飛ばしたシーツを再び引っ掴んで丸くなる。
「私の話を聞いて下さい」
「ひんっ」
少年がベット脇まで近付いてきて、横からシーツの中を覗き込む。落ち着いてはいるが、まだ大人への成長が始まる前の幼い声。その声音は淡々としながらも恐ろしいものではなく、その為しばらくしてからササハがそろそろと顔を覗かせた。
「お化けじゃない?」
「はい」
「じゃあ生きてる人?」
「……」
「なんで「はい」って言わないの!」
「じゃあ、はい」
「じゃあって何よ! じゃあってぇ!!」
再び涙がこみ上げそうになったが、なんとか押し留めシーツに包まったまま顔だけは完全に出した。そうして対峙したのは一人の少年。暗い室内に溶け込んでいる漆黒の髪に、かろうじて分かる青の瞳。歳のころは十ニ、三歳ほどだろうか少年は執事のバルトロと似た黒のジャケットに、白のシャツ。そして黒の蝶ネクタイをしていた。
幼くも整った容姿。同年世代の初恋泥棒から年上のお姉様まで。果ては道を踏み外した紳士さえ虜にしそうな美少年。そんな美少年が、なぜか暗闇の中。部屋の主の許可なくベット脇に佇んでいたのだ。
「普通に怖いんだけど。本当にお化けじゃないの?」
「それは違います」
それはって何だ。なぜいちいち怖い言い回しをするのか。ササハはリオの部屋がある方を見つめながら、混乱している頭を整理した。
少し前から認識し出した、黒い影の人。それらとは明らかに違うが、ツァナイのように死者の魂とも見た感じは違う印象を受けた。ツァナイの身体は重さを感じさせず宙に浮き、なにより透けて今にも消えてしまいそうであった。
しかし目の前の少年は透けても浮かんでもおらず、ササハそろりと右手を伸ばした。
「触れる」
「・・・頬をつつかないで下さい」
「あ、ごめん」
右人差し指が触れた頬は熱を感じさせなかったが、柔らかい感触は確かに伝えた。
「君は誰?」
「私はメル――――貴女にお願いがあって参りました」
メルと名乗った少年は、ゆっくりとササハと視線を混ぜ合わせる。
「どうかあの呪鬼たちを、忌まわしき呪具を破壊して頂けないでしょうか」
真剣な青の瞳。ササハの視線はそれに囚われ、逸らすことは許されなかった。




