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7話 寒い夜

 闇も濃くなった深夜。部屋を温めるための魔道具は元から使用されておらず、レイラはゆっくりと寝台から抜け出した。


(見張りがいたとしても、この時間なら少ないハズ)


 夫人の部屋位置は日中に確認している。長い髪は簡単にまとめ、メイド服ではなく暗い色のフードを被った。この格好で出歩く姿を見られたら間違いなく不審人物扱いされるであろう。

 それも見つかるようなことがあればの話だ。


(あのノロマ(ノア・リオーク)のことなんて待ってられない)


 鍵だろうが手がかりだろうが、あるとすれば一族の長が管理していると考えるべきだろう。

 可能性が高い場所を、さっと調べて早くカルアンに戻りたい。


 室内から扉の向こう側を伺うが人の気配はない。しかしレイラはあえてテラスへとつながるガラス扉から外に出る。冷たい空気に肌が引き絞られ、無意識に首をすくめてしまう。

 すぐ隣にはササハの部屋。レイラは大切な主人の姪っ子の様子を、少しだけ確認しておこうと地続きのテラスから隣室を振り返った。

 そして驚いた。


「あ、レイラさん。こんな時間にどうしたんですか?」


 すでに子供どころか通常のライフサイクルを営んでいる者なら寝静まっている時間に、大事なお嬢様が真っ暗な寒空の下テラスの縁に座っていた。


「んあ? 何だ? 誰だそいつ」


 しかもその隣には煩わしきノロマ。


「…………ノア・リオーク……。オ前、こんな夜更けにオ嬢サマに何を……」

「は? な、何だよ。何睨んでんだよ!」

「ノア大丈夫だよ。この人はレイラさんっていって、すっごく優しい良い人だから」


 二人の気配が近くにあることは当然のことだったので、疑いもしなかった。まさかその二人が起きていて、こんな真冬の夜に外に出ているだなんて。


「それにしても、星見えないね」

「うん」

「明日は雨なのかな?」

「あれって雨雲か?」

「わかんない」

「へぶちっ!」


 しかも寄り添って同じ毛布に包まって、身を寄せ合い不満を口にしながらも同じ仕草で(そら)を見上げているじゃあありませんか。


「レイラさんどうしたんですか? そんな格好で……何処か行くんですか?」


 ササハがその場に縫い留められていたレイラに声をかける。


「寒くないんですか? こっちどうぞ」

「おい、寒いだろ。あんまり引っ張るなよ」


 ササハが自分側の毛布を広げて見せ、隣の男がそれに文句を言う。動かないレイラにササハは再度レイラへと向き直り、リオも寒いんだから早くしろと顔をしかめてレイラを見上げる。純粋にレイラが外に出てきた事を不思議には思っているが、それ以外、疑いや不信感などの感情は感じない。そんな能天気な二対の眼差しに、レイラは小さくため息をこぼした。


「オ嬢サマに近スギル」

「痛って!! 何しやがる、この暴力女!!」


 リオの頭を遠慮なく蹴り飛ばしたレイラは、今日の予定は中止だとササハを抱きしめ舌を出す。蹴られたリオは一瞬の間は怒りこそ勝っていたが、次第に同量の困惑と不満に唇を尖らせ、奪われた温もりを取り返そうと毛布の端とササハの左手を引いた。


「触るナ変態」

「うるさいな! 先に此処に居たのはおれたちだぞ!」

「オ嬢サマ、コイツどうした? 頭でも打ったのカ?」

「大丈夫だよ。でもなんで今蹴ったの? ノアにあんまり酷いことしないで」

「ごめんナサイ、オ嬢サマ」

「おれに謝れよ!」

「オ嬢サマ暖かい」

「何なんだよお前!」


 レンシュラ相手にだったらやり返していたが、レイラは女性。リオは若干泣きそうになりながらも、怒りを抑えやり返すようなことはしなかった。


「気持ち悪イ」


 得体の知れないものを見るように。


「すいません。聞こえなかったんですけど、なにか言いましたか?」


 姿形は見知った相手。なのにまるで別人。


「なんデモないヨ」


 ササハの肩口に顔を埋めながらも、視線はリオから外さない。事前に知らされていなかったら、ササハの意識を奪ってでも引き離していただろう。

 ノア・リオークに二重人格の可能性あり。


「オ嬢サマ。今日はモウ寝たほうがいい。寝るべき」

「急にどうしたんですか?」

「子供はモウ寝る時間」

「子供じゃないですぅ!」


 得体の知れないモノから遠ざけたくて、レイラはその日ササハの部屋に泊まった。




◆◆□◆◆




 いい朝だ。

 睡眠時間は短かったが、ササハはご機嫌な様子で朝食を食べていた。


「うあ……すっごく眠たい。だるい」

「おはよ、リオ! 先に朝食食べちゃってるよ?」

「ササちゃんは朝から元気だね」

「おはよう死ねばいいのにノア・リオーク」

「いきなりの暴言?! なに?? 僕なにかしちゃいましたかねぇ!?」


 最後にやさぐれた声音で「……おはよ」と絞り出し、リオは朝食の席についた。給仕や身の回りの世話は断っているため、室内はもちろん近くに控えている使用人はいない。用があれば専用の魔道具で連絡が取れるので、屋敷に着いてすぐリオが断ったのだ。


 客室のため火を扱うようなキッチンなどはないが、湯などは沸かせる魔道具のポッドはある。すでに用意し届けてもらっていたリオの食事をテーブルに並べ、ササハは慣れた様子で紅茶を淹れた。


「オ嬢サマをこき使うな」

「そういうお前のも、ササに淹れてもらったんでしょ」

「オ嬢サマは天才。紅茶をイれるのもジョーズ」


 言うレイラは食事はとうに済ませ、食後の甘味を大量に接種し続けている。


「今日は結局、みんなでベルデさんを説得に行くのよね?」

「レイラは別にいなくてもいいよ」

「エイミンさせてやろうか小僧」

「誰が小僧だアホ女」


 テーブルの下で互いの足を蹴り合う。


「ベルデさんって騎士様なんだよね? どこに行けば会えるの?」

「通常なら訓練場か、任務に出てるかもだったけど、今の状況じゃあ屋敷内のどっかにはいると思うよ」


 そっかと、のん気にしょうもない喧嘩を眺めながら、ササハはリオを見る。昨晩はとても疲れた様子で帰ってきた。ベルデには会えなかったと言っていたが、それならば屋敷や騎士たちの訓練場を探し回って気疲れしてしまったのだろうか。

 そう気になっていた時に隣の部屋から音が聞こえた。つられるようにササハもテラスへ続く扉へ駆け寄り、急いで厚着をして毛布を手に取った。


 ぼんやり夜空を見上げる存在はここがどこかを聞く前に、今日は星が見えないなと残念そうに言った。


「準備が出来たらバルトロさんに聞きに行こうよ」

「んー……まあ、それが妥当だよねぇ」


 屋敷の人間との接触を嫌う様子のリオは、苦渋の決断でも下したかのように言った。




 実家とよべる場所で、リオはササハとレイラ以外の人物は避けるように視線すら向けないでいる。それなりに歳を重ねたベテランと思われる使用人を見かけようが、リオはもちろん、相手側もなんの思い入れもないようで言葉を向けてくる者はいなかった。


「リオってここに住んでたんでしょ? 仲良しの使用人さんとかいなかったの?」

「いない。それに僕が昔住んでたのは今から鍵を取り返しに行く、もう一つ前の屋敷。僕がカルアンに行ってから一度屋敷を移したって旦那様が言ってた」

「そうなんだ」


 わざわざ客間を使っているリオを不思議に思っていたが、そういった理由もあったのか。ササハはそれに納得したが、レイラは別のことが気になり眉を寄せた。


「確か、代替わりゴトに屋敷を移すと言っテなかったか?」

「そうなんだけど、僕もちゃんとした理由は知らないよ。だってその時僕いなかったし……ただ、奥様の症状が悪化した時期だったみたいだし、環境を変えたら何か変わるかもってそんな感じじゃない?」

「なるほど。気分転換で引っ越し。お金持ちね」

「ササちゃんだって今は、お金持ちの家の子で高給取りだけどね」

「高給取り!? わたしが??」

「初給料楽しみだね」


 そう言えば自分も騎士様だったと思い出し、そわそわしだす。


「カルアンの制服は黒色でね。格好いいんだよ」

「知ってる! ノアも前に着て」


 そこまで言ってササハは自分の口を押さえた。訓練生だった時に一度ササハの側を離れたリオとレンシュラが、再び戻って来た時に着ていた。単純にそれだけ。なのに、なんとなくそれをリオの前で口にすることが悪い事のように思え、咄嗟に黙ってしまった。


「格好良かったでしょ」

「…………うん」

「なら良かった」


 目を細め笑うリオは、何も気にしていないように見えた。


「と言うかオ嬢サマも制ふ」

「あ! ちょっとレイラ、あははは」


 急にレイラの言葉を物理的に遮ったリオに、レイラが遠慮なく肘打ちを食らわせる。お願い待って、ササちゃんの制服渡される前に急かして連れてきたのまだ本人には伝えてないんだ「万死」ヒソヒソと小声で話す二人のやり取りは、レイラの冷えた声だけしかササハの耳に届かなかった。


「あ、バルトロさんいた」


 上階にいるササハから離れた階下の奥。書類らしきものに目を通しているバルトロと、二人の使用人の姿がある。三人とも黒のスーツを着こなし、しかしその内の一人だけが


(子供?)


 二人の大人を見上げ、一人の少年がバルトロの返事を待つように居た。

 黒髪の、まだ十二、三ほどの幼さの残る少年。ササハは貴族社会の常識にはまだまだ疎いが、それでもあんな少年とよべる年齢の子供がこんなお屋敷で働いているだなんて。


 ササハがリオに問いかけようとして振り返り、その奥に人が立っていたことに目を見開いた。

 真っ赤な緩やかな髪に、か細く小さな背丈。下は柔らかなカーペットが敷いてあるとはいえ、底冷えのする季節に晒されている素足。


「ローサ!?」


 ササハの様子に振り返ったリオが驚きの声を上げる。


「オ嬢サマ下がって」


 すかさずレイラがササハの前に詰め、その背に庇う。

 ゆらりと頼りない足取りの赤毛の少女。その少女の右手には、鋭いナイフが握られていた。

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