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6話 秘策

 屋敷の案内を終え、ササハはレイラと簡素な部屋を訪れていた。簡単に言えば物置部屋。閉め切られた室内を照らすのは人工的な明かりのみで、外からの日差しはない。

 片側の壁面には書棚が並び、重ねられた椅子や家具には白の布がかけられていた。


「ショーシンショーメーの物置部屋だネ」

「ね」


 特殊な呪いの力を持つ四体のフェイル。そのうちの一体、リオーク家が封印しているとされる《赤の巫女姫》と呼ばれている個体。封印されていると言ってもその場所も方法も、呪いの影響さえ一族内でも知る者は少なく、知るとすれば現当主であるセーラ・リオークだけである。――と、当主代理であるリハイルが言っていた。


「確かに書物はアルけれど……」


 ざっとレイラが書棚に視線を走らせ鼻を鳴らす。


 旅行記、レシピ本、物語、詩集。おそらく書庫に並べる程でもないと判断された、これまで誰かの私物だったものたち。

 当初は書庫で《赤の巫女姫》について調べようと思っていたササハであったが、レイラに書庫で見つかるようならすでにリハイルが見つけているはずだ、と指摘されそれもそうだと納得したのだ。それで予定は変更し、リハイルも把握していないような場所をいくつか執事に教えてもらい、その中でも書物や資料を置いているような箇所を回ることにした。


 魔法石で照らされる室内は明るいが、規則性のない書物から気になるタイトルは見受けられない。


「隠し通路とか、秘密の道具とかあったりしないですかね?」

「きっとどこかにはアルと思う」


 思うけれどとレイラは渋面を作る。


「リオークには屋敷が多すぎる。ムダ」


 言うレイラにササハは苦笑する。

 引っ越し好きのリオーク家。広大な敷地内には四つの大きな屋敷があり、当主が代替わりするごとに館を移すらしい。現在ササハたちが居るのは、明けの館と呼ばれている屋敷。リオがベルデから取り返そうとしているのは、月闇の館と呼ばれる一つ前に使われていた屋敷の鍵である。


 《呪われた四体》の封印場所なんか、外部の者が探したところで見つかるとは思えない。


「オ嬢サマ。ノア・リオークのことはあんまり信用しちゃダメ」


 埃が舞う中、タイトルのない書物を捲っていたササハが振り返る。


 養子のくせに家を捨てた男。受け入れてもらった家で居心地悪そうに、なのにそんな場所に大切なオ嬢サマを連れてきた男。|《呪われた四体》《危険》をオ嬢サマ(他者)に平気で押し付けるようなヤバい人物。


「アイツはきっと悪いヤツ」


 そうリオを指すレイラの声は冷えていた。




◆◆□◆◆




「すみません。取り返せませんでした」


 夜。しょぼくれた声でリオが項垂れる。


「ヤク立たずめ」


 昼間ササハと物置部屋を回るも、何の手がかりも得ていないレイラが言う。

 夕食も済ませ、それなりに遅い時間。


「リオはご飯食べたの?」

「まだぁ」

「オ嬢サマ、こんな奴優しくスル必要ない」

「レイラさんもクッキーありますよ。食べます?」

「食べル」


 昨日同様、ササハの部屋でテーブルを囲んだ。リオにはササハが取り置いてくれていた軽食が出され、リオ自らでは頼みに行かないことを察せられていたのだなぁとバツが悪くなる。


「もうメンドイから、前の屋敷の結界ぶち壊しちゃう?」

「そんなことしていいの?」


 自棄の言葉に否定を返さないあたりササハらしい。


「やっぱりもっとメンドイ事になるから止めよう」

「分かった」


 それこそベルデが飛んできて怒られるだろう。何ならリハイルにも警報が届く。

 リオは大きなため息を吐き出した。

 レイラが視線だけで「オ前が家に戻れば済む話ダロ」と刺してくるが、それを言葉にすればササハが悲しそうな顔をするので黙して語る。


「もう一度ちゃんとお願いしてみる?」


 ササハは自分用に温めたミルクで暖をとりながらリオを見る。そこでリオとササハの目が合う。困ったようで、とてつもなく気まずそうになのにどこか笑みを浮かべたような表情のリオ。


「そこでさ、ササちゃんに頼みたいことがね、ちょこぉーとあるんだけどぉー?」


 すかさずレイラの目が鋭くなる。しかしリオも引かず、何か言われる前にと口を開いた。


「ささっとベルデのこと誘惑して欲しいんだよね」


 カンっ! と勢いよくクッキーを乗せていた銀のトレイが、リオの額で小気味良い音を響かせた。


「死ね!」


 綺麗なイントネーションでレイラが言い切る。立ち上がり右手に彼女が座っていた椅子の背もたれを掴んだところでリオは声を張った。


「ちょっと待って! ほんと、嫌マジでこれが一番いい方法と言うか」

「死んで詫びてそのまま地獄に落ちろ」

「そ、それにね! 誘惑って言ってもさ」

「誘惑? わたしが?」


 ざかざかと床を這って、ササハの背後に避難する。


「わたしにそんな大人っぽいこと出来るかな」

「ササちゃんも話を聞いて! 頬を染めないで!」


 ササハの中では誘惑、イコール、魅力的な大人のお姉さん。具体的なことは想像すら出来ないが、なんとなくのイメージくらいはある。

 満足そうに表情を緩めるササハの向かいで、レイラからの圧が死を彷彿とさせてくる。


「ラント様に報告」

「お願いします止めて下さい死んでしまうから!!」

「ついでにシラーにも」

「潰される!」

「わたしやってみる! 誘惑出来るよ!」

「ありがとササちゃん! けど後で絶対怒らないでね!」

「?」


 レイラからササハを盾にしリオが叫ぶ。ササハ本人が良いと言っているのに、何を起こるというのだろうか。


 しかしすぐにササハは知る。そしてリオが懸念したとおり怒ったし拗ねまくることとなる。


「あのね、ベルデは超年下に甘いって言うか、子供好きで……」


 曰く、ベルデという男の中で、子供は庇護されて当然の存在。大人は子供を守り尊ぶべき。特に十歳以下の子供はすべからく赤ちゃん。危険は遠ざけ、優しく大事に守護すべきか弱い生き物なのだ。


「だからぁ、ササちゃんのことちゃんと話して、お願いしてくれたらいけると思うんだけどなぁー……なんて………………」


 ササハは生きてきた年数だけ数えれば、九年と数ヶ月。つまり(ベルデ)の保護対象。


 大人のお姉さんの魅力を想像していたササハは、唇を尖らせリオを睨む。


「わたし、そんな子供じゃないもん!」

「ごめんって!」


 この後リオはレイラからの物理的制裁は免れたが、ササハの見えないのに触れる第六魔力で窒息寸前まで追い込まれた。

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