4話 静かになった後
「リオークには戻らないし、僕にだって選ぶ権利はあるよね??」
チッと舌打ちを漏らすレイラに向かって、リオは口元を引きつらせる。突然現れ、リオから鍵を強奪した騎士ベルデ。彼の姿はすでになく、すっかり冷めてしまった紅茶をササハは気に留めることなく飲み込んだ。
「だが鍵がトラレた。困るだろ? だからノア・リオークと交換するのはワルイ話ではない」
「全然悪い話だけど!?」
暖かくも静かな室内に、リオの声が響く。
慌ただしくやってきたベルデは、リオにこそ苛立ちを滲ませていたが、しつこく要求を重ねることはせずあの後すぐ部屋を去った。元から忙しい身ではあったようで、視界に入った時計の時刻に眉を寄せていた。
(そう言えばリオは、前にそんな事言ってたな)
まだササハが特務部隊に入る前。父の屋敷を訪れてからすぐの頃。ササハがこれからどうするのか想像もしていなかった時に、特務部隊の話になりリオはリオークに居たくなかったからカルアンに来たと言っていた。
詳しいことはレンシュラも知らなかったのか、驚きと怪訝を混ぜ込んだ表情をしていたのをササハは覚えている。
ちらり、ちらりとササハは物言いたげにリオを窺い見る。自分の家に居たくないなどと何かしらの事情があるのだろうが、その理由を問うても良いのだろうか。解りやすいササハの顔には、そのことがありありと浮かんでいた。
リオとレイラは言い合いをしながらも、そんなササハの様子には気がついているようで、とうとうレイラが口を閉じ咎めるようにリオを睨む。
「オ嬢サマに心配をかけるナ。気ヅカわせるナ」
「分かってるよ。大した理由なんてないけど……説明するよ」
「え? え?」
レイラのオ嬢サマにと言う言葉に、ササハはなぜ分かったのかと驚く。リオは少しだけ眉を下げると、困ったなぁとこぼしながら口を開いた。
「けど、ほんと大した理由なんてないよ。ようは……僕が我が儘で自分の好きに行動した結果なだけなんだよ」
ササハはよく分かっていないようで、無意識に首が傾いている。
「養子なんだ。ここの人たちとは、一切血の繋がりなんてない」
魔力の高い子供だった。
「たぶん五~六歳のころかな? 大旦那様――あ、当主である夫人のお父さんね。夫人には子供が一人しかいなかったから大旦那様はそれを懸念したんだろうね。第六魔力の高い子供を探していた」
「第六魔力が高い子? なんのために?」
リオークにだってもちろん他に親族はいるはず。なのにそちらのほうではなく、第六魔力のほうを優先させたのだろうか。
「さあ? けど僕は将来、特務部隊の指揮隊長だろうって言われてたから単に家を護る強力な人員が欲しかったんじゃないのかな」
現在リオークの跡継ぎはローサ・リオークという名の少女一人。
「四大家門の『印』持ちは同じ血を引く一族の中から現れるけど、その殆どは結局、直径筋ばかりなんだ」
血の濃さだけで言えば、本家も分家も大差などないだろう。それでも呪いのせいなのだろうか、血を絶やしてはいけないと、四体のフェイルを封印する四つの家は血を繋ぎ続けた。時には分家から『印』持ちが現れることもあったらしいが、それも本家の血が途絶えてしまったからにすぎず、以降まるで血から引き継がれているかのように、その子孫から『印』持ちが誕生するのだ。
故に大旦那様と呼ばれていた老爺は、強力な騎士を求めたのかも知れない。
「ローサにもしものことがあったら、当主としての権限も次代の『印』持ちが出現する家に移ってしまうからね」
「なのにここで騎士にならずにカルアンに来たの?」
「それは……」
「さっきのお兄さんも怒ってたじゃない。そりゃ……リオがカルアンにいてくれるのは嬉しいけど、せめてお世話になったお家くらい円満に出てくることは出来なかったの?」
「ぅう! それは、ササの仰るとおりで……」
「サイテイだな。ノア・リオーク」
「ぐふっ!」
「大丈夫? 気まずいなら一緒に謝りにいってあげようか?」
「お願いもうやめて! 反省してるから! これからは、ちゃんとするから!」
それぞれ別方面化からの打撃に、リオは力なくテーブルへ突っ伏した。
だからササハは気づかなかった。リオがなぜ家を出たかの直接な理由を話していないことに。
「と、とにかく今はこれからのことを考えようよ! まずはベルデから鍵を取り返さないといけないしさ」
リオの言葉にササハ素直に頷いた。リオはササハにバレないようレイラを見たが、彼女がこの下手くそな話題そらしをササハに告げ口する気はなさそうだったのでヒッソリと安堵の息を吐く。
「時間のムダだからな。ミジンも興味はない!」
「・・・それはどうも」
リオの身の上などどうでもいいと、レイラは顎をしゃくって促した。ササハだけが真剣に、どうやってベルデを説得しようかしらと頭を捻っている。
「そもそも、屋敷の鍵ナド一つだけではないだろう。予備のブンはどうした?」
「たぶんだけど、わざわざ旦那様が僕等に持たせてくれたんだから夫人が管理してるんじゃないかな?」
「ならワタシとオ嬢サマはこの邸宅内を探る。お前はヒトリボッチでハヤク鍵を取り返してコイ」
そもそもフェイルの資料なら現在閉鎖している屋敷などに行かなくても、当主が保管しているのではとレイラは思う。それをリオが以前使われていた屋敷を調べたいと言うから、わざわざ当主代理からスペアキーを借りてきたのだ。
リオもレイラの物言いはともかく異論はないようで、しっかり頷き分かったと口にする。
「けど、あんまり無茶して動かないでよ。特にササ。夫人とローサにはあまり近づかないで」
「ローサさんっていう方は、さっきのお兄さんが言ってたこのお家のお嬢様?」
「そう」
「ってことはリオのお姉さんか妹さん?」
「……妹。一応は」
自身が養子であること気にしているのか、リオの言葉に覇気はない。
「妹さんかぁ。いくつぐらいなんだろう」
「確か十四……いや、十三だったかな??」
「妹の年齢も知らないの?」
「うっ」
「このハクジョー者! オヤフコウ!」
「言い返せないよゴメンなさい!」
眉を寄せるササハと無表情で責め立てるレイラ。
(リオはここのお家の人と上手くいってないのかな?)
両手で顔を覆い、大げさに項垂れているリオを見る。
(仲直り、したいのかな……)
血の繋がりはないと言っていた。だけれど家族だ。
(仲直りしたら……リオはお家に帰っちゃうかしら)
ササハは胸の奥につかえを感じ、それまで手をつけていなかった揚げ菓子にそっと手を伸ばす。レイラお気に入りの菓子は砂糖が砕かれる音をさせ、大して味も感じさせずササハの喉を通る。
「オ嬢サマ。その菓子はトテモ甘すぎる。渋めの紅茶を淹れようカ?」
たっぷり砂糖がまぶされた菓子はレイラにとっては大好物。だけれどレイラ以外の多くはそれを甘すぎると評する。
「ううん。大丈夫です」
冷えたカップを持ち上げながらも、すでに中身は空っぽ。しかしササハがそれに気がついたのは、中身を飲み干そうと傾けた視界に天井が映ってからだった。




