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1話 どうしてそうなる

 日も短くなった青空。

 お仕着せの長袖を腕のあたりまで捲くりあげ、ササハは小さな白の山を見る。


「さあ、やるわよ!」

「お~」


 ササハに続く、間延びした女性の声。深紺色のメイド服に身を包むササハと、同じメイド服に、ミルクティーベージュの髪を編み込んだ年若い女性。二人は意気込み、眼の前のシーツの山へと手を伸ばす。


 それを立派な屋敷から見下ろす一つの影。


「うわわ。どうしてこんなことにぃ~っ! ラントさんに知られたら僕はどうなっちゃうの?? せめて僕も手伝っちゃだめかな? だめだよねくそう!」


 青ざめながら窓の外、冷たい風が吹いているであろう野外に眉を寄せるリオの姿があった。丈夫なガラスを隔てた階下からは、ササハの元気な声がくぐもって届く。


「ひゃー。年の暮れともなると流石に寒いですね、レイラさん!」

「そうデスね。だから全部ワタシに任せても、良いんだからね」

「そんなことしませーん」

「………………お嬢サマの働きものめ」


 バッサバッサと白の山を広げていくササハは、とても楽しそうだ。リオはその光景から目をそらし、しゃがみ込む。


 今、リオークの屋敷では新人メイドが二名。元気に仕事に励んでいる。




 ――――――と、ことの発端は数日前。




「お久しぶりです、リハイルさん」

「お父様だ」

「……」


 室内のインテリアなど気にもかけていない、作業効率重視の部屋。壁面を埋めつくす本棚。書類が積まれた一台の机を囲うのは、両方から抜き差しが可能な背面のないラック。そのラックにはきっちりと同じ間隔をあけ、書類を置く下板にラベルが貼り付けられいる。


 ここはリオーク家当主()()の執務室。ただ、今いる屋敷はリオーク本家の邸宅ではなく、離れた土地にある別邸。本邸までは馬車で数日かかる。現在、領地の中心部にあるこの別邸には、当主代理である男と、男の仕事を手伝う数名の人物。そして年の瀬であるくっそ忙しい時期にも関わらず訪れた、三名の客人がいた。


「あと7分30秒以内に終了予定だ」

「い、いえ、わたしたちのことはお気になさらず! 無理に急ぐ必要は」

「無理はしていない。あと7分20秒」


 男は時計を見ている訳でもないのに、秒刻みの申告にササハは縮こまる。

 ササハがいるのは執務室中央。ではなく、休息など本来不要。しかし客人の為に急遽用意しましたよ、とでもいうかのように部屋の片側に用意されている、新品同様に使用感が感じられないテーブルとソファが置かれている一角である。


 対面するようにある二脚の横長のソファには、向かい側は無人で。もう片方の一脚に、ササハを真ん中に、リオと、レイラという名の女性が座っている。


 珍しくリオは緊張をしているのか、部屋に通されてすぐの時に先程の会話を繰り広げ、困ったように唇を引き結んだあとは言葉を発していない。

 多少乱れているが前髪を後ろになでつけ、まん丸い眼鏡をかけた真面目そうな男。男はリオたちがいるテーブルへ腰を下ろす前に振り返ると、時計を確認し残っている使用人に声をかける。


「急ぎの書類は終わった。時間も45秒残し。しばらく緊急性のあるもの以外の連絡は不要。私が呼ぶまでは、この部屋へは近づかないように」


 かしこまりました! と三人ほど書類の整理を行っていた使用人が、声を揃えて返事をする。彼らは部屋を出るまでに持ち出すものを瞬時にまとめ、キビキビと無駄のない動きで出ていった。


「待たせたな。私はリハイル・リオークだ。本日は遠いところありがとう」

「は、はい! ……えーと、あの?」


 表情は変えず、男――リハイルはなぜかササハの手をがっしり握り、礼を述べた。そしていつまでも掴んだ手を離さず、なのに表情は無表情のままで、見かねたリオが声をかけた。


「リハイルさん」

「お父様だ」

「……えーと、二人にはまだ簡単にしか説明をしていなくてですね。ササに至っては病み上がりで、絶対に無茶はさせるなとカルアンのほうからも言われてまして」


 リハイルは自身の訂正を無視したリオに表情は崩さず、なのにものすごくショックを受けているのは、ササハやレイラにも伝わった。


 そもそも、ササハが何故ここ――リオーク領の当主代理の元を訪れたかと言うとだ。

 遡ること数日前。《黄金の魔術師》がカルアンの本邸に現れ大騒ぎとなった。ササハも外傷はなかったものの、精神的疲労から倒れ寝込んでいた。


 しかし回復するや否やリオと、現在隣にいるレイラと名乗る女性が現れササハに言った。リオークに行こうと。そしてあれよあれよと準備が整い、転移魔法で管轄領地の境目まで飛び、先を急ぐように列車に飛び乗り、残りは馬車ではなく、ササハはリオに乗せてもらい馬を走らせちょっぱやでここまで来たのだ。

 列車の中では少しでも休んでおいたほうがいいと、ササハの体調を考慮し殆どを寝て過ごした。そのあと馬を走らせた距離は然程無かったが、何をそこまで急ぐのだろうとササハは気だるい頭で考えていた。


 リオが一度周囲を見渡す。


「周囲に人はいないはずだ。もちろん、防音魔法の魔道具も作動させている」


 リハイルが答えを提示するように話す。


「秘密は守ろう。そして、出来る限りの協力も」

「……ありがとうございます」


 ササハが知っていることは、リオークへ来た理由だけ。リハイルは改めてササハへと向き直る。


「君が《黒の賢者》を消滅させたと聞いている」

「あくまで僕の主観ですよ。過度な期待はしないでください」


 リオが付け足すも、ササハはビクリと肩を震わせる。カルアンの屋敷で、目を覚ましてリオとレイラから言われたこと。


 ササハには、フェイルを消滅させる力があるかも知れない。


 そしてそれはフェイルを軸に権力を固めているこの国では、ササハは人々を救う英雄にも、国を傾ける厄災にもなりうる可能性があることを。

 だから今のうちに味方をつくっておこうと、リオが言っていた。


「可能性でも構わない」


 一年の最後の月。新しい年を迎えるまであと半月をきった。屋敷で話しをしたリオの次にレイラが言った。王族や教団がすぐには動かなかった。ならば狙いは、年明けに行われる春を迎えるための祈念祭だと。


「リオーク家のフェイル(呪い)――《赤の巫女姫》をどうか排除してもらいたい」


 そう言ってリハイルは、深く頭を下げた。






 ――――――と、いうことがあった。


(だからって、なんで新人メイドとして潜入だなんてっ……)


 しゃがみ込み、頭を抱えたままだったリオがのろのろと立ち上がる。


(リハイルさんが真面目に報・連・相してくるから)


 あの日、《赤の巫女姫》の排除依頼をしてきたリハイルは、本邸の懸念事項も教えてくれた。


 現在のリオーク家当主であるリハイルの妻と、その娘であり次代の『印』持ちでもある少女の体調がよくないということ。そして体調不良とは言ったもものの、その様は酷いもので、当主と娘の二人の性格にまで影響するほどなのだとかで。


――“興奮状態がつづいており、周囲への攻撃的な言動が増えているらしい“


 そう言ったのはリハイルで、つまり


――“見慣れぬ君たち二人に、危害を加える可能性を否定出来ない“


 表情は崩さないながらも、わずかに痙攣するリハイルの眉に、押し込められた感情と痛ましさが伝わる。

 彼の初めて見る表情にリオが言葉を失っている横で、何かを決意してしまったササハが拳を握り身を乗り出した。


――“分かりました! なるべく目立たないよう、こっそり潜入してみせます!“


 ん? と首を傾げそうになったのは男二名。


――“知らない人がいるのが嫌なら、お屋敷にいる誰かに変装すればいいですよね!“


 なぜそうなると、流石のリハイルも目を丸めていたが珍しかった。


 それからは「変装して潜入など、カルアンのご令嬢にさせる訳にはいかない」「大丈夫です!」「そちらの補佐殿からも、くれぐれも頼むと」「わたしがやりたいって言いだしたので、問題ないと思います!」「問題しかないと思うが」「大丈夫です!」「・・・・・・」


 というようなやり取りを経て、まさかのリオーク家当主代理が押し負けたのだ。


(ああ、本当に、…………っもう!)


 誰かに変装した訳では無いが、見慣れた服装をしているだけで刺激は減るだろうと、メイド服に限りなく類似している洋服を着て招待――あくまで招待されることになった。はずだったのに。


 すでにほとんどのシーツを干したあとに、それに気づいた執事の老爺が慌てて駆け寄っていく。


(なんでガチに使用人の仕事手伝っちゃってるのさ!)


 本来はそんなことしなくていいのに。

 リオは脱力しながら、深い溜め息を吐き出した。

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