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29話 依怙贔屓

 カールソンはただ真面目な男だった。カルアン家の血縁者が今期の訓練生にいると聞き、しかも自分がその教育係になると知り密かに張り切っていた。初顔合わせの時期が近づくにつれ、期待と緊張にこのままではいけないと自身を叱咤していた。


 それをグラントに見抜かれ、気負うようなら今からでも担当を変えてやろうかと冗談交じりに言われ、その必要はないと首を横に振った。気晴らしに久しぶりに呑んでこようと街に出て、それが間違いだったのかも知れない。


 酒の席で偶然相席になった男に、酔った勢いで心の内を明かしてしまった。具体的なことは何一つ漏らさなかったが、ただ、冴えない自分に過ぎる機会を与えてもらい浮足立っているのだと。それこそもっと上の先輩や実力者が居る中で信頼し、任されたことへの喜びと、それに応えられなかった時の不安。


 顔も覚えていない酒の席の出会いで、カールソンは気休めの薬だと中くらいの瓶を貰った。甘い香りがする白い錠剤がぎっちりと詰まっている瓶。その薬はとある酒を煮詰めて菓子に混ぜ込んだもので、一粒食べるだけで気持ちが落ち着くのだという。


 酔いながらもそんな馬鹿なと訝しむカールソンに、相手の男は単に酒の効果が残っていてほろ酔い状態になるだけなんだがな。と冗談交じりに言い、やっぱりなとカールソンはそれを信じた。


 ものは試しだとその場で一つ口に放り込み、それまで抱え込んでいた不安や期待が、すっきりと落ち着いた心地がした。男は唯一の欠点として、菓子のような甘ったるい匂いがするからと、同時にニオイ消しの香水もくれた。それは爽やかな柑橘類の香りを漂わせ、甘ったるい香りを上書きしてくれた。


 それからカールソンその錠剤を手放せなくなってしまった。


 最初は気分が落ち込んだ時だけ。しかし、次第に薬が切れる感覚も短くなり、そうなると不安は幾倍にも膨れあがり、錠剤を口にする頻度が増えていった。


 訓練生は四人とも見込みありの素晴らしい人物ばかりだった。大した実力もない自分なんかが関わることもない特級騎士二人にもお目にかかり、興奮と、それに比べて自分はどうだと意味のない焦燥に駆られたりするようになった。


 一度に口にする錠剤の数が増えて以降、カールソンは錠剤の残量に怯えるようになった。髪が抜けやすくなったことも、夜眠れなくなったことも、そんなことは何も気にならない。朝、甘い香りがするなと辺りを見渡し、それが自身の鼻から垂れる血液から香っていることに喜びすら感じた。


 そうか。いざとなれば自分の血をすすれば良いのだ。


 とろりと滴るカールソンの血液は、むせ返るほどの甘い匂いを漂わせていた。


――ごめんね。ボクは弱かったばかりに、君を傷つけようとした。薬と交換に君の特殊魔具に細工をして欲しいと言われて、身勝手な選択したんだ


 だがそれは失敗に終わり、ただ自身(カールソン)の右手を傷つけるだけの結果となったが。


――花を持ち込んだのもボクだ。君の様子を教えて欲しいと言われて、何も考えず報告もした。三日分の薬と交換してもらうために


 禁花であるイブラの花。理由は知らない。ただそうしろと言われたから、そうしただけ。


――全部自業自得だ。だから、そんなに悲しまないでください


 カールソンはササハに頭を下げた。


――君はボクを助けてくれたよ。ありがとう


 カールソンはもう、何にも縛られていなかった。






◆◆□◆◆




 は、とササハは目を覚ました。起き上がろうとして身体に力が入らず、目眩がした。見上げだ天井は高く、華美な装飾が目立つ。


「ササハ!」


 ブルメアの声がし、ササハはだるい身体をなんとか動かし横を向いた。


「目を覚ましたのね。良かった、本当に良かった!」


 医者を呼んでと外からも声がし、ササハは手を握るブルメアに状況を訊ねた。ブルメアの説明ではササハは丸一日ほど気を失っていたらしい。前にツァナイに教えてもらって魔力コントロールを試してみた時と同様、過剰な魔力負荷により身体が堪えきれなかったようだ。


 ササハからすれば前回より寝込んでいた時間が短いため、自分も成長しているのではと誇らしげに胸を張った。


「馬鹿じゃないの! 一歩間違えれば死んでいたかも知れないのよ!」


 満足げな表情を浮かべたササハに、ブルメアは本気で怒った。今ササハが寝ている場所はラントの屋敷らしく、この後すぐにやって来たラントやヴァネッサ夫人。挙げ句バウムにまで怒られ心配され、しゅんと大人しくなった。


「あの、他の人は? 《黄金の魔術師》はあれからどうなったんですか?」


 顔見たんだからとラントが自分以外を部屋から出し、気分が大丈夫なようなら話しをしようと言われ、ササハは気になっていたことを訊いた。ラントはこんな時でも人のことを気にするのだなと、苦笑する。


「《黄金の魔術師》は訓練場から立ち去ってから、すぐに行方が分からなくなったよ。だからササハ君が知る以上の犠牲者は出ていないよ」

「……カールソンさんは、本当に」


 ササハはまだすっきりとしない頭で、分かりきった確認をする。ラントはそれにゆっくりと頷いた。


「死者は一名。《黄金の魔術師》の魔術師の汚染魔力にあてられた負傷者が十数名だ」

「汚染魔力……そうだ。レンシュラさんは? 確か、腕が黒くなって」


 ラントが一瞬迷った。そしてササハがそれを感じ取ったのをラントも悟り、眉を寄せながら答えた。


「負傷者の中ではレンシュラ君が一番重症かな。神殿から聖水を送ってもらったから、これ以上の侵食は防げるはずだ」

「完治はしていないってことですか?」


 ブルメアから状況を聞いた時、リオやハートィなど、他の皆は無事だと聞いていた。そして今は事後処理や、体調確認など忙しくしていると言われ安堵していたのだが。

 二回目の質問には答えないラントに、ササハは業を煮やす。


「レンシュラさんに会いに行きます」

「元気になったらね」

「もう元気ですよ?」

「ベッドから起き上がれないくせに、無茶言わないでくれ」

「起き上がれます」


 むっとした表情で、ぷるぷる震えながら横になっていた体制から上体を起こす。汚染魔力に身体を蝕まれる感覚をササハは知っている。ツァナイがフェイルにされてしまった時に、黒い呪いの蛇に腕を噛まれた。


(あの時、わたしはどうして平気だったんだろう?)


 けれどササハは別の心当たりに顔を上げた。


「いっぱいで押し流せばいいんですよ!」

「ん?」

「わたし、今度こそ上手くやってみせます!」


 何の話とラントが首を傾ける。ササハは勇んでベッドから下りようとし、慌てて押し戻される。


「レンシュラさん以外に、汚染魔力で困っている人はいないんですか?」

「ええ? ――他は軽度だから、聖水で対処出来る程度だよ」

「でもレンシュラさんに聖水を優先させて、後回しになっているのでは?」

「うっ! ……何で、そういうところは鋭いかな」

「なら決まりですね!」

「何の話だい?! 何も決まらないよ??」

「聖水の代わりに、わたしが第六魔力で押し流します!」

「そんな事…………、そんな事が、出来――――いや、例え出来たとしても駄目だ。今は絶対安静。今はゆっくり休みなさい」

「けど――――――ぉ? ……」


 急にササハが黙った。まだ明るい窓の外側。ベランダがある大きな窓の柱の陰。しぃ、と人差し指を口元に当てるケイレヴがいた。


「ササハ君?」

「え? え、いえ、あの…………???」


 ラントが不審がるが、背を向けているその奥で、ケイレヴが必死に両手を広げたり、駄目だとバツ印を作ったりと大忙しだ。


(どうして先生がラントさんのお家に? 勝手に入って来ちゃったのかしら?)


 そう思っていたササハに、ケイレヴは液体の入った瓶を揺すって見せた。淡い七色の光を放つ液体に、ササハはもしかしてと表情を明るくする。


「聖水!」

「聖水? ササハ君、本当に大丈夫かい? もしかして熱が」


 ラントがササハをベッドに押し戻そうとし、ササハは窓の向こうのケイレヴに頷いて見せる。そう言えばケイレヴは大神官様とかいう、すごい人だったと納得する。


(そうか。先生はレンシュラさんのために、追加の聖水を持ってきてくれたんだわ)


 にっこりと嬉しそうなササハに、ラントは困惑を極め、再び医者を呼び寄せた。この時ラントが一度もササハの視線を追わなかったことも、ケイレヴがどうしてベランダなどという場所に居たのかも、ササハは何も不思議に思わなかった。


「ラントさん。レンシュラさんはもう大丈夫なので、聖水は他の人たちに使ってあげてください」

「早く。熱は無いようだけど、もしかしたら脳に衝撃を受けていたのかも知れない。先程から理由(わけ)の分からないこと言うんだ」


 ガチなラントの声に、ササハは心外だと頬を膨らませた。






 それから三日目を過ぎた辺りで、ようやくレンシュラと会うことが出来た。なぜかレンシュラは謎の回復を遂げ、ササハが怪しい予言をした次の日には汚染魔力がすっかり消え去っていたらしい。


 一度だけミアとハートィがお見舞いに来てくれたが、ササハが居る場所がラントの屋敷のため特別に配慮してもらっての面会だった。


 そして五日目の今日。

 体調も回復し、そろそろ騎士寮に戻りたいなと思っていたササハの元に、ある客人が来た。


「アナタがササハ? コンニチワ。私はレイラ」

「こ、こんにちは……」


 ミルクティーベージュ色の長い髪に、藤色の瞳。すらりとしたスレンダー美女が、鼻先が触れ合いそうな至近距離でササハへと詰め寄ってきた。


「ちょっと! レイラさんなにやってんの!?」

「挨拶をしていたダケ」

「近いんだよ! 挨拶の距離じゃないだろ!」

「可愛いオンナノコは好き」

「やめて! うちの可愛いササを汚さないで!」


 遅れて入って来たリオが、スレンダー美女をササハから遠ざける。リオがいるのに、レンシュラの姿はなかった。背中に追いやられ、リオ越しにレイラと呼ばれた女性をササハは覗き見る。


「小リスみたいダナ」


 レイラが嬉しそうに親指を突き立てた。なんのポーズだ。リオが面倒そうにため息をつく。


「ササ、実はササにお願いがあって来たんだ」

「まずは当主サマのとこ行く! 私がアンナイしてあげる」

「当主様? ………………え! 当主様!? もしかしてカルアンの??」

「ソウ。当主サマ呼んでる。私、当主サマ会えるのチョウ嬉しい」

「分かったから、レイラさん待って。せめて紹介くらいさせて」


 そう言うリオに、ササハは是非にと頷いて見せる。なに気にリオと会うのは、試験の騒動の時以来で、元気にしていたのだと安心する。その安堵を感じ取ったのか、振り向いたリオと視線が合い微笑まれる。

 元気そうで良かったと、本当の笑みで言われた。


「リオークが笑ってイル。気持ちワルい」

「煩いな! 僕は気持ち悪くないし!」


 うげ、とレイラは眉間にシワを寄せまくる。


「ササ。この失礼な女は、カルアンの最後の特級騎士。すっごく強いけど変わり者で、変人で、カルアン当主のことが大好きな物好き女だよ」

「モノ好き言うな! 当主サマは素敵! イイ人!」


 ガルルとレイラは威嚇する。リオはそれを無視して話しを続ける。


「それで今日は当主様の(めい)――って言うか、僕が密かに色々お願いしていたことが、ようやく通ったと言うか、ね」


 そう言われても何も分からないササハは首を傾げる。リオがお願いしていたこととは? しかもカルアンの当主にだろうか。


「リオークはずる賢い。リオークのほうの当主サマにお願いして、アツリョクかけてきた」

「圧力なんか掛けてないし。僕は話しをしただけで、相手も当主様じゃなくて、当主代理だからね」


 正直、ササハからしてもどっちでもいい。レイラに悪態をついていたリオだったが、気を取り直して、今度は身体ごとササハへと向き直る。


「と、言うわけで。ササも僕等と一緒にリオークに行こうね」

「うん?」

「やった♪ ありがと、ササ」

「んんん???」


 なぜかササハのリオーク行きが決まっていた。

3章はこれにて終了です。

4章までしばらくお時間いただきたく、再開の目処がたったら更新していこうと思います。気長にお待ちいただけましたら幸いです。

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