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24話 謎の

 ウルベに助言をもらってから五日。試験までちょうど一週間となった。


 日々の訓練は変わらずレンシュラが取り仕切り、カールソンの顔色は比例するように悪くなる一方だった。流石にグラントも休暇申請を出し、体調を整えてはどうかと提案したが、カールソン自身がせめて試験が終わるまではと休暇を断った。


「あの人、本当に大丈夫なの?」


 今日も一日訓練場に顔だけは出していたが、白い顔で座っているカールソンに、リオが眉を寄せ怪訝そうな顔をする。心配――というより、不信感。もしくは不快。


「休めるなら、体調管理に専念したほうが良いんじゃないの」

「リオ」


 訓練終わりの自主練の時間。試験まであと僅かと言うことで、訓練生は四人とも残っている。一言挨拶を交わし、ふらふらと訓練場を出ていったカールソンに、リオが不満を吐いた。


「なにか理由があるのかも知れないでしょ」

「はいはい。ササちゃんはほんと、イイ子ちゃんですね」

「リオ!」


 ササハがむくれてリオを睨む。リオはおどけた調子でササハの視線から逃げた。レンシュラが呆れたようにため息をつく。


「ササハ、訓練するんでしょ。今は自分のことだけ気にしてればいいのよ」

「そうっすよお嬢さん。今日も一緒に頑張りましょう」

「ミア。ハートィ」


 二人の言葉にササハは深く頷く。そうだ。今はなにより、ササハ自身が問題だ。


「だよな。このままじゃお前だけ、裏方雑用係に一番乗りだもんな」

「ロニファンさん嫌! あっち行って!」


 ミアとハートィからも睨まれて、なのにロニファンは気にした様子もなく笑っている。ロニファンは最近、レンシュラと手合わせをするようになった。そのため、以前より接する機会が格段に増えた。

 木こりの息子だと言っていたが、元から剣を触っていたのか腕は良いらしい。レンシュラ曰く飲み込みも速く、このまま訓練を続ければ特務部隊ではなく、通常騎士としてもやっていけるのではとのことだった。


 ハートィはもちろんとして、ミアも先のウルベの助言から更に弓の精度をあげ、速度や強度がグンと跳ね上がった。


 なので、つまり。本当にササハだけなのである。


「唸れ、わたしの棒ーーーー!」


 やけくそになってササハが叫ぶ。


――にゃーん

「猫ちゃん!」


 なにも起こらなかったが、代わりに猫が鳴いた。たまにロニファンのそばを彷徨(うろつ)いている白い猫。ササハは泣きたい気持ちを抑えて、猫を抱き上げようと、すり抜けて地面に手をついた。


「猫ちゃんにすら触れないわたし!」

「ササハが壊れたわ……」

「お嬢さーん!! 猫ってなんすか? 今度はいったい何が視えているんすか!」


 たぶんその猫は誰にも触れないだろうが、やるせない気持ちが爆発する。ウルベに教えを乞うた時、なにか掴めたと思ったのに微塵も上手くいかない。カタシロは今では十数体動時に操れるようになったが、依代なしの魔力だけカタシロはまだ成功したことがない。


 リオやレンシュラは、ササハの魔力量だけは凄いはずだと言ってくれるのに、ササハ自身がそれをよく分かっていないのだ。


「とうとう頭までおかしくなったか」

「おかしくないし! ロニファンさんの猫ちゃんがいただけですし!」

「は? オレの猫? 何言ってんだお前」

「いるんだからしょうがないでしょ! 白いふわふわの猫ちゃん! 出てくる時はいつもロニファンさんの近くに――――猫ちゃん!?」


 突然ササハが叫ぶ。それに皆が驚いた。特にロニファンは全く身に覚えが無いことを言われ「おい、本当にどういうことだよ」と、やや顔色も悪い。


 そんなことよりもだ。


「何やってるの!? 何食べてるの!?」


 なぜか白猫は、ササハの手元。地面から伸びる謎の物体に噛みつき、みょーんと引き伸ばしている。謎の物体は透明のようで、薄っすらと七色に光り、ぶよぶよの、ぷにぷにで……本当に謎でしかない物体。


「変なもの食べちゃ駄目!」


 取り上げようとし手を伸ばす。伸ばしたササハの右手には特殊魔具を握っていた事を思い出し、しかし、その特殊魔具からなにかが漏れ出ていることに気がついてササハは動きを止める。


 透明の棒の先端から、絶えず漏れ出ていたのは、白猫が喰んでいた謎の物体。どろどろと液体と固体の中間くらいのそれが、滴るどころか流れ出ていた。


「うわ、うわ、うわっ!」


 ササハは立ち上がり、特殊魔具を握る右手を振り回した。すると流れ出る謎物体は繋がっていたようで、粘着質な釣り糸を引き上げるように、物体の反対側に噛み付いていた白猫ごと引き上げてしまう。


「猫ちゃんが釣れた!」

「お前本当に大丈夫か!」

「ササハ!」

「お嬢さんっ!」


 訓練生三人が、ササハの奇行に青ざめる。リオとレンシュラは達観した様子でそれを眺めていた。

 釣り上げてしまった猫を、咄嗟に庇って受け止めようとする。


 モフリ。


「――――え?」


 ふわふわと感じるのは、柔らかい毛皮。温度は無いが、確かに感じる感触に、ササハは白猫を高い高いのポーズで持ち上げ、驚きに目を開かせる。


「触れる?」


 白猫がにゃんと小さく鳴いた。


「ロニファンさんの猫ちゃん。触れますよ! ほら!」

「ちょ――っ!!!!」


 ぶよん。と、ロニファンは顔面に柔らかい物を押し付けられる。しかしそれはふわふわの毛皮なんかではなく、どちらかといえばつるりとした球を描いている。

 ロニファンには何も見えない。むしろ両手を上げているササハは見えている。なのに確かに何かある。決して猫ではない、形容しがたい感触が自身の顔に押し付けられていることに鳥肌が立つ。


「こっわ! なに?! なんの感触だこれ?!」

「えー。猫いるの? 僕も触ってみたーい」


 飛び退くロニファンとは別に、リオが楽しそうに近寄ってくる。ミアは意味が分からないと目を丸くし、逆にハートィとレンシュラは興味を惹かれている。

 しかし当のササハは困惑の表情を浮かべていた。実はロニファンの時もそうだったが、リオの手は白猫をすり抜け、白猫が喰んでいた謎の物体に行き着いた。


「……これ、本当に猫?」

「それは猫ちゃんじゃないの。猫ちゃんはわたしが両手で持ってるところ!」

「え???」


 言われて見れば、両手を突き出しているササハの手元。を通り越して、謎の感触はササハの手首辺りにあった。どうやら白猫に触れるのはササハだけのようである。


 ロニファン以外の三人も寄ってきて、何があるんだと指で突いてみる。


「本当だわ。何かある!」


 ミアが興奮した様子で、透明の、ササハにだけ視える物体を探る。


「あれっすかね。お嬢さんの特殊魔具が一応変形した……ってことじゃ」

「ぶよぶよで、でろんでろんだけどね。良かったね、ササ!」

「使いみちが分からん」

「変形? 本当にこれは、変形ってことでいいの??」


 透明の棒から伸びて広がる、ギリ液体ではない何か。特に自由に動かせる雰囲気ではないが、振り回すと地面と平行に空を切るので、ウルベの言う無意識の否定が、コントロールに影響している状況なのだろうか。


 ササハは一度特殊魔具の具現化を解いてみる。すると謎の物体も一緒に消え去り、次に具現化した時にはいつも通り。棒の部分しか再現されなかった。


「結局なんだったの?」


 一応は進展した……のか? ササハはもう一度透明の棒を振り回してみたが、今度は何も起きなかった。


「いや、オレの猫ってのもどう言うことだよ?」

「それはわたしにも分かりません。ただ、よくロニファンさんにくっついていたので、ロニファンさんの飼い猫だったのかなって」

「猫なんて飼ったことねーぞ?!」

「知りませんよ」


 ロニファンにも覚えのない猫に取り憑かれているという絶妙な不安を植え付け、その日の自主練も望んた成果は得られずに終わった。

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