21話 決着
始まりの合図と共に歓声が上がる。
訓練場の中央。互いに距離を取り、様子を窺うハートィとウルベがいた。
ウルベは開始早々ハートィに一撃を繰り出したが、ハートィはそれを避け、ウルベもそれは想定内のようだ。
ウルベの特殊魔具はトゲが突き出た鉄球のようなもので、それが伸縮自在の鎖へと繋がっている。鎖はウルベの左グローブから伸びており、それを片手に巻きつけ右手で大きく円を書くように振り回す。
トゲの突き出た球体の大きさは、小さく丸まればササハがすっぽり収まる程には大きかった。
「すごい! あんな大きな塊を、軽々振り回して……」
「重くはないからな」
「え?」
「第六魔力の塊に重さはない」
感心するササハに、レンシュラがそう教えてくれた。
魔力に重さはない。特に第六魔力はそうだ。転移の魔法で呼び寄せたりしたものは違うが、純粋に第六魔力だけで出来た物体に重さは生じないらしい。
「そう言えば、前にハートィもハンマーは別に重くないって」
その時にも確か魔力に重さはないと話していた事を、今更思い出す。
「同じだ。魔力濃度を濃くし、具現化の強度を上げることは出来ても、そこに重さが生じることはない」
「そうなんですね」
「故に、重さからの力が加わることはなく――あれは純粋に、使用者によって計算された動きということだ」
そこでレンシュラはミアを見た。
「お前の弓もそうだろう? 本当に、弦の力で飛ばしているわけではない」
ミアがハッとしたように目を見開き、少し逡巡したあとに頷いた。ミアの特殊魔具は弓だ。第六魔力付与の効果が見込めそうで、後方からのサポート役も視野に入れ、研究職希望ながら同様の訓練に参加している。
「確かに、弦を引いて弾く感覚ありますが、毎回同じ軌道を描いていたのが不思議でした。……けど、なるほど、そういう事だったんですね」
「どういうこと?」
ササハは、筋肉痛から座り込んでいるミアと目線を合わせる。
「特殊魔具は実際あるものと同じ形を模すけど、性能まで同じという訳ではないってことよ」
「ササもカタシロを飛ばすでしょ。あれと一緒。ミアの弓矢も、弦に弾かれて射っているんじゃなくて、あくまで第六魔力をコントロールして飛ばしているだけだよ。弓という形を取った特殊魔具に、弦も、弾く感覚もあるのは、矢はこうして飛ぶというミア自身の経験から付随した無意識下の類似現象なだけ。想像しやすいってのは、イコール、コントロール能力に繋がるんだ」
ミアの弓の弦が、矢を弾くのも。ウルベの振りまわす塊が、重そうに見えるのも、扱い手がそうイメージし、そうなるよう無意識にコントロールしているということらしい。
「想像して、コントロール……」
「そ。魔力には形も、重さもない。自由自在ってことさ」
ササハは立ち上がり、広場の中央へと視線を戻した。
特殊魔具は一度形を成すと変形することは稀だと、前にベアークが言っていた。それは固定された形が定められていたほうが戦闘に集中しやすいからだ。既存の形を壊し、新たに作り変える想像力と集中と魔力を、フェイルを前にした時に迷わないよう、余程でない限り変更が出来ないようになっているかららしい。
見学席のほうから歓声が上がる。ウルベの特殊魔具の球体が、握り拳ほどの小さいものへと変化したからだ。それと同時に鎖の長さがいく倍にも伸び、ハートィの身体へと巻き付いた。
ハートィは両手ごと鎖に締め上げられ、頭部以外の防具が一瞬にして砕け散った。
「ハートィ!」
防具を砕かれた身体をすり抜け、ウルベの鎖が一度引く。足が浮くほどにきつく締め上げられていたハートィは着地するなり、ハンマーを構えなおし静かに呼吸を整える。
「どうしよう。ハートィの防具が」
残るは頭部の一箇所のみ。それに対しウルベは無傷で、ハートィはウルベに近づけてすらいない。
「どうした! やはりお前は、口だけの出来損ないだな!」
勝ちを確信したのか、ウルベは眉を歪めてハートィを罵る。爛々と見開かれた瞳は、執拗なまでにハートィを捉え離さない。ハートィのハンマーを握る両手に力がこもる。
「ヴィートのように、身の程を弁えて大人しくしていれば良かったんだ!」
「ヴィートは関係ないっす!」
きっとウルベは気づいている。あの日、ツァナイを失ってしまう程に連携を乱したのはハートィであり、ヴィートであったと。
「ウチは変わるっす! ヴィートも……ウチ等は変わるんす! もう、あの時と同じ過ちは侵さ」
「黙れっ!」
黙れ、黙れと、ウルベは同じ単語を何度も繰り返した。
「過ちだと、変わるだと? ふざけるな! 忘れるな! ツァナイの死を、お前たちの罪を、勝手に終わらせようとするんじゃねえよ!!」
ウルベから大量の第六魔力が放出される。突風が吹いたような圧迫感に、ハートィも、訓練場にいる他の者たちも目を庇いそうになる。
トゲが飛び出す魔力の塊は先ほどとは比べ物にならないほど肥大し、ウルベの身の丈よりも大きくなっている。なのに鎖の長さは変わらず、もうあんなもの――
「振り回されたら、逃げ場なんてないじゃない……」
ササハポツリと呟いた言葉は現実となり、ウルベは大きな球体を頭上で回転させる。ぎりぎり見学席には届いていないくらいだが、何人かの騎士はビビって避難している。
風はない。だが、魔力の流れに肌が焼けそうになる。
「ねえ、レン。これって止めなくてもいいの? あの魔力量、反物質化してるってことないよね?」
「…………微妙なところだな」
「え? リオ、反物質化って?」
「ササの特殊魔具みたいに、他の人にも触れるようになってること」
「リオーク先輩、では、それだと物理的な攻撃も可能なのでは……」
「なってたら……そうなるね」
ササハとミアが青ざめる。ロニファンも心配を滲ませ、壁に預けていた体重を戻す。いざとなれば走り出せるように。
レンシュラは中止を口にしない。ササハは大きく息を吸い込んで、ハートィに向かって叫んだ。
「ハートィィー! 頑張れー!」
距離を取っていたハートィが、ちらりとササハを見る。
「それくらい、ベアークさんの壁なんかよりぺらっぺらなんだからー!」
お嬢さん、とハートィは苦笑を浮かべる。代わりにウルベの額に青筋が浮かぶ。
「誰のがぺらぺらだぁ!!」
大きく回していた球体を、ウルベはハートィ目掛けて頭上から振り下ろす。追い詰め逃げ場をなくそうとしていたが、そんな必要はない。どうせコイツにはなにも出来ない。ウルベはそう薄ら笑みを浮かべた。
迫りくる光の球体に、ハートィは渾身の力でハンマーを振った。
「くっ!」
「なに!? 受け止めただと!」
大きな球体はハートィのハンマーを上から押さえつけ、しかしハートィはそれに堪えた。
「まさか、いや、まぐれだ! このまま押しつぶしてやる!」
重さはないはずなのに、球体が重くなる。上から伸し掛かる圧に、支えるハートィの腕は震え、球体の半分もないハンマーにヒビが入った。
ウルベの楽しげな笑い声が聞こえる。ハートィは歯をきしませ、土を抉る足を踏ん張り返した。
「お嬢さんの、言う通りっす……」
先程の、ウルベに負けない、重い魔力の流れが周囲を刺す。
「これくらい、なんとも、ないっすぅぅううう!!」
「馬鹿なっ……クソ! ぅおお!」
両者、力の押し合いとなる。
「あああああ!」
「ふううううう! 負けん! 俺は、絶対に、負けんんん!!」
時間はまだある。だが、ここで押し負けてしまっても、かろうじて堪えきったところで、ウルベの防具をそれ以上破壊出来なければハートィは敗けてしまう。
「ハートィ!」
魔力の塊同士がせめぎ合い、眩しいほどの光と共に、それが砕ける音が響き渡った。
どちらとも、大きな身の丈以上の球体も、それを押し返していたハンマーも、同時に打ち負かし、同時に砕け散った。
飛び散る魔力の残骸に、誰もが息を呑む。
「やった! 俺の勝ちだ!」
全ての力を出し切ったウルベは歓喜の声を上げる。もう、少なくとも今日一日は特殊魔具を具現化出来るだけの力は残っていない。全て出し切った。
そして、そんなウルベの全てを受け止め、相殺させたならば。
「この勝負俺の」
両の拳を握っていたウルベは気づくのが遅れた。まるで溶けかけのガラス越しの視界で、半具現化を心配されるほどの魔力が霧散していく僅かな時間。愛しい人と同じオレンジ色が、いつの間にか目の前にまで迫っていた事に。
そしてその手には、粉々に砕け散ったはずの――ハンマーではない、ウルベにとっては初めて目にする形。ツルハシの形状の特殊魔具を持つ、ハートィが迫っていた。
ハートィは横薙ぎに大きく振りかぶる。ウルベは特殊魔具を展開しようして、だが、すべて出しきった後だ。特殊魔具は形を変えず、ただ身体の向きを変え両腕で身を庇った。
本能からくる防衛本能。その動きしか取れなかった。
ツルハシの先がウルベの腕の防具へと突き刺さり、火花が散る。そして一瞬の間に、衝撃は全体へと走り、ハートィは深追いはせず一歩飛び退いた。
「な……」
ウルベはハートィ見る。
ハートィは肩で息をしながら、特殊魔具をだらりと下に垂らした。
バキンと、音が響き、急な開放感を覚える。ウルベの防具が砕け散った。それも、全ての。
「はあ、はあ……ウチの勝ちっす」
ウルベは何も返せない。
会場から、大きな歓声が沸き起こった。




