20話 決闘当日
「それで、勝算はあるの?」
ウルベが去り、筋トレ訓練も終わった昼食の時間。ササハとミアがハートィへと詰め寄った。
ミアも先週の七の曜日からは、寮の食堂にも顔を出すようになっていた。ロニファンもハートィとウルベの決闘には興味があるのか、珍しく同じテーブルにいる。ちなみにミアとロニファンは、これまた当然のように同席している二人の特級騎士の片割れ――レンシュラが持ってきた食事の量に目を丸くして引いている。
「ぶっちゃけ、あの眉毛の先輩って強いんすか?」
ロニファンが、頬にぱんぱんに食事を詰め込んでいるレンシュラに聞く。レンシュラは面倒だったのか、テーブルの下でリオの足を蹴って説明を投げた。
「えぇ? 僕に振られても、僕はあの人のこと全然知らないんだけど??」
「ウルベ先輩は姉さんと同期で、ウチ等の班の班長をしてくれてた人っす」
「ハートィさんにはお姉さんがいたの?」
「はい。あと、双子の弟もいるっす」
「ヴィートって言ってね、ハートィにすっごく、そっくりなんだよ」
我が事のように付け足すササハに、ミアも「へー」と興味を示しながら頷く。
「……先輩は強いし、それでいて良い人なんす。当時新人だったウチは沢山失敗して、迷惑かけて。けどその度にフォローして助けてくれたっす」
「あの眉毛先輩、紳士だったのね」
「ねえ、眉毛先輩って言うのやめてくれない? ササがそう呼ぶ度にあの人の印象が、眉毛に上書きされていくんだけど」
ササハの言葉に、リオが嫌そうな顔をする。ロニファンも言っていたので、すでに手遅れな気もするが。
いつの間にか大皿に山盛り料理の一皿分を空にしたレンシュラが、水を飲みながらひと心地着いている。そしてそのまま次の皿へと手を伸ばしつつ会話に加わる。
「本家警備に配属されるのは、優秀なやつか、家柄選別のどちらかだ」
「先輩は優秀っす!」
それにレンシュラは否定は返さず、ハートィはどこか満足そうな笑みを浮かべた。優秀で、新人の頃にお世話になった大先輩。
「――で、結局勝てんの?」
ロニファンが原点回帰の質問をする。それにハートィは口元を引きつらせて――。
「もちろん、頑張るっすよ!」
冷や汗だらだらな笑みに、一同大きなため息を吐いた。
「ハートィ、レンシュラさんに特訓してもらいなよ」
「そんな、恐れ多い」
「俺はやるからには手は抜かんぞ」
「ぉ、恐れしかない……」
「わたしもまた、カタシロで邪魔してあげる」
「ひぇ~~お願いしまっす」
「カタシロ? ねえ、ササハ。アナタ今、カタシロって言ったわよね」
最後にササハがミアの、“海向こうの不思議な術“スイッチを押す。
注目が逸れ、しばしハートィは安堵する。勝算は無いが、後悔の念もない。
――“ウルベ班長は本当に “
姉のかつての言葉を思い出す。真面目で慎重派のウルベと、真面目だけど感覚派のツァナイ。何だかんだ、よく口論していた姿を思い出す。
(勝機があるとしたら……)
感情任せに決闘を申し込む姿は、かつての頼りになる班長とは異なるものであった。ハートィは小さく意気込み、残りの食事をかき込んだ。
◆◆□◆◆
七の曜日。決闘当日。
ウルベはグラントにも話は通していたようで、後の三時から四時までの一時間はこのために訓練場の使用許可をもらっていた。勝敗に左右される賭け事があることは聞かされていないのか、はたまた知った上で知らぬふりをしてくれているのか、訓練場にグラントの姿はなかった。
そして天井のない訓練場の広場には、思ったよりも観戦者が集まっていた。その中には研究班の者も混ざっており、下手をすれば特務部隊ではない通常部隊の人間も混ざっているかも知れない。
「あの、少し制服の色が違う人達が通常部隊の人たちなんですか?」
訓練場には観覧席もあるが、そうではない広場の端で、ササハは隣りにいるレンシュラへと聞いた。グラントが来ない代わりに、なにかあればレンシュラが止めに入るつもりらしい。
「ウルベは屋敷の警備をしているからな。あちらの部隊にも顔が知られているんだろう」
特務部隊は、あくまでカルアン騎士団の中の一部隊に過ぎない。が、規模で言えば研究班、調査班を含めた特務部隊は、通常騎士たちの三分の二程の数はいることになる。
しかし、騎士団の中の一部隊と言っても訓練場や寮は分かれており、交流はほとんどない。
(ウルベさんを心配して見に来たのかな……)
居心地悪そうにしながらも帰ろうとしない姿に、冷やかし目的ではないことが分かる。
「けど、勝つのはハートィですもんね」
「…………」
「ね!」
「それはカイレス次第だな」
むっとするササハの反対側で、リオが――否、リオだけなく、ミアとロニファンも、中途半端なヘッピリ腰で壁に手を付き立っていた。
「なんでササだけ元気なの? 僕ですら筋肉痛で辛いのに」
「ハートィだって元気じゃない」
「訓練生はともかく、お前は冗談抜きでたるんでるだけだ」
「くそぅ! 全く言い返せない!」
他の二人よりまだ痛みがマシなリオは、なんとか胸を張ってみせる。ミアは青い顔で地べたに座り込み、ロニファンはかろうじて立っている。
「ササハも、あの筋肉先輩もおかしい……」
「ぅ、やめろ。笑かすな……ぅ、いてー」
訓練生の内二名は、昨日の時点でだいぶ使い物にならなくなっていた。
その輪から少し離れた場所で、ハートィが身体を解している。開始時刻まであと僅か。
すると、ウルベがハートィへと近づいてきた。
「訓練用の、第六魔力防具だ」
「ありがとうございます」
ウルベはなにか紐に通された石のような物を渡すと、ハートィはそれを首にかけ上着の下へと落とす。途端、ハートィの頭部、両手、両足、胸部から胴体を区切るように淡い、ほぼ透明の光が身体の表面を覆った。
「わ! レンシュラさん! あれ、あれ!」
「あれは特殊魔具の攻撃が通るように作られた、訓練用の防具だ。フェイルの黒い煙の強度を想定し、一定のダメージを与えると破壊出来るようになっている」
「「「へー」」」
「お前たちも、普段は訓練場の的を使っているだろ。あれと似たような作りだ」
なるほどと訓練生たちはハートィへと向きなおる。
準備が整ったらしい。
高い位置で結っているオレンジ色の髪を靡かせ、ハートィはすでに待機しているウルベの前へと進んでいく。訓練場の喧騒が引いていった。
「勝敗条件は簡単。防具の耐久性は連動している。部分破壊でも、一撃破壊でも、制限時間内に相手の防具を多く破壊したほうが勝ちだ」
「解りました」
通常、第六魔力だけで生物がダメージを負うことはない。よほど濃度を濃縮し反物質化させるか、フェイルの黒い煙のように魔力自体を有害にさせてしまうしかないのだ。それで特務部隊の訓練では、特殊魔具を使用できるよう第六魔力と反発させる防具やら、訓練道具などを使用するのだ。
ハートィが頷くのを見届け、ウルベは筒のような物を離れた地面に置いた。
「あれは連絡手段や合図などに使われる、音がなる魔道具だ。あれが音を発したら――始まるぞ」
レンシュラの言葉に息を呑み、ササハはハートィを見つめる。
ハートィとウルベは、特殊魔具を具現化させるべく、淡い光が二人を包む。
天に向かって一筋の煙と同時に、高い音が響き渡る。
ハートィはすぐさまウルベから距離を取り、巨大なハンマーを構える。ハートィが距離を取った理由。
ウルベの特殊魔具は、鎖と繋がった巨大な鉄球のようなもので、それが先程までハートィが立っていた場所を掠めていった。




