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19話 納得出来ない

 酒の匂いと、アルコールに気が大きくなった男たちの声。隣のテーブルの声にかき消されぬよう、酒が深くなるにつれ騒がしくなる。


「ああ、そろそろ戻らねーと、っぅく……門を閉じられちまう」

「お前まだ寮住まいかよ。いい加減外で家でも借りろ」

「門限厳守、大変でちゅねー」

「間違っても例の娘ちゃんに絡むなよー。まあ、減給されて罰則受けたいなら止めねーけど」

「うっせ。言ってろ」


 まだ辻馬車も余裕で出ている時刻。カルアンの領主が住まう屋敷から一番近い町の酒場。


「じゃーな」


 一人の男が店を去り、けれど喧騒に影響を与える程はない。店の客の大半は屋敷に通う騎士たちで、大きな都市から離れた小さな町で店をやっていけるのは彼らが理由であった。


「にしても、聞いたか。カイレスの話し」


 後ろのテーブル。それまで黙々と酒を消費し、ろくに会話にも加わらずつまみを睨みつけたいた男の肩が揺れる。


「フェイルを一人で、しかも一撃だったって話し。本当だと思うか?」


 面白おかしく、真偽なんて然程興味も無さそうな好奇心だけの声に、後ろのテーブルにいる男が小さく震えだす。太く濃ゆい特徴的な眉の男――ウルベは厚いグラスの取っ手を握りしめる。


 ウルベと同じ卓についていた他の同僚たちは、変わりゆくウルベの形相に、一人、また一人と口を閉ざす。そんな中、ウルベの様子に気づいていない背後の男たちは、仕入れたばかりの情報に盛り上がる。


「なんでも、フェイル自体特殊な個体だったんだろ?」

「らしいな。隊長も同行したって聞いた」

「なら、やはりカイレスが一撃ってのはデマなんじゃないか? だって考えてみろよ。隊長が一緒なのに、危険がありそうなことやらせるか?」

「むしろ俺は特殊個体ってほうが気になる」

「馬鹿が。一番の気になりポイントは、ハートィちゃんのデカパイ一択だろ!」


 ギャハハと、アルコールの混じった大声で笑い出す。

 フェイルが発見されたと連絡を受けたのは昨日。そして今朝、隊長が訓練生四人を連れ異例の、実戦訓練を行ったと聞き、更には現場でハートィが一撃でフェイルを討伐したと報告された。


 調査班や研究班は、特殊個体のフェイルについて過去の資料で類似例などの確認作業に追われる中、討伐班はハートィの活躍を信じきれていない者の話題となっている。


「ま、まー。落ち着けよウルベ。折角の酒がまずくなるぜ?」

「そーそー。何のために来たんだよって話しだ」


 ウルベはあまり酒を好まない。昔は好きだった。しかし、過去に一度悪酔いしツァナイに迷惑をかけたことがあってから、最低限の付き合い以外では呑まないようにした。

 今日も同僚に誘われ、いつもならしつこく誘ったりしない気の知れた仲間が、今日に限って押し切られる形で連れてこられた。


 くだらない事を考えちまう時は呑むのが一番! そう言われて。


「いいなぁ。俺も一発ハートィとお手合わせ願いたい」

「うっせんーんだよ! だぁほうがぁ!!」

「ひぃっ!?」


 ウルベは座っていた椅子を蹴倒し、背後の男へと詰め寄った。


「アイツがフェイルを一撃だと? そんな訳あるか! あ”あ”?」

「いや、急にどうし」

「くだらねーこと言ってんじゃねーぞ? あのハートィだぞ! ()()()()()()()()()だ! 役立たずの出来損ないの方だ! フェイルを一撃で仕留められるはずないんだよ、ホラこいてんじゃねーよ!!」

「俺が言い出したんじゃねーよぉ」

「うっせー! 知るかー!!」


 相手の胸倉を掴み、がくがくと大きく揺する。一瞬走った緊張は大事には発展しなさそうだと、同席の男たちも「そのへんにしておけ」と軽い調子に戻った。


「アイツが……そんなこと、出来るわけないんだ」


 ウルベは小さく呟く。胸ぐらを掴んでいた手は離され、力なく下ろされる。気分転換にはならなかったようだと、同僚たちは苦笑を浮かべた。




◆◆□◆◆




 翌日。晴天。

 カールソンは体調不良が続いているようで、本日もお休みだ。


 代わりに訓練場に集まった訓練生四人の前にレンシュラが立ち、なぜかリオが訓練生側に並んでいる。


「なんでいるの?」

「僕も聞きたい。なんで僕はこっち側なの!?」


 カールソンが休んでいる間だけ別の指導係を用意することになり、数日のことだし、ならお前たちやるかと、リオとレンシュラにグラントが話しを振った。


 本来なら特級騎士に頼むことではないが、リオが気軽にレンシュラの分まで了解を返した。レンシュラも断固拒否というわけではなかったので、やるからには真剣に鍛えてやろうと意気込んでいる。

 その結果――。


「走り込みも、筋肉トレーニングも足りてないんじゃないか? 訓練時間と照らし合わせるなら、今までの三倍の量を熟せるようになら」

「「お前基準で考えるな筋肉馬鹿が!」」


 初めてリオとロニファンの意見が合致した。

 ミアも無言で青ざめている。


「……別に、今すぐ出来るようになれと言っているわけじゃない」


 レンシュラが少しだけ、しょんぼりしたように言った。


「だから、今日は走り込みはプラス十周。筋肉トレーニングは回数ではなく時間を計ってやることにする」

「「………………」」

「途中で駄目って思ったら倒れてもいいですか!」

「回収してやろう」

「ウチ重いっすよ?!」

「……お前はこの程度ならいけるはずだ」


 ミアの顔色が更に悪くなったが、レンシュラが回収してくれるから大丈夫だと、ササハは励ましてあげた。リオは気軽に請け負ってしまったことを後悔しているが、逆にロニファンからテメーも道連れだからなと睨まれている。


 かくして地獄の一日が始まった。


 一番初めに潰れたのはミアだった。

 ミアは寝不足だった。昨日、唯一フェイル討伐時に攻撃参加を許され、しかし初めて見たフェイルがあまりにも人間味がありすぎて、その事が頭から離れなかった。


 何も出来なかった。あれがフェイルというものなのか。元は人であったと、無理やり死に追いやられた人間であったことは知っていた。痛覚はあるのか。ハートィは凄かった。それに比べて自分は――。

 などと考えている内に夜が明け、浅い眠りは堂々巡りの思考に塗りつぶされていた。


 しかしもう、そんなこと関係ない。それどころではない。下手したら死ぬ。朝、少しでもと胃に流し込んだ食べ物は逆流しそうで、それを自身を担ぐ特級騎士様の背にぶちまけそうになっている。


 それと同時に通りすがりの騎士たちの、レンシュラに対する出来る特級騎士様像も崩れていっている。

 青白い顔をした華奢な女の子を、肩に担いで走り抜けていく。配慮どこにいった。レンシュラは訓練場外の適当な場所にミアを下ろすと、今度は猛スピードで駆け抜けていった。前言撤回。配慮してたようだ、あれでも。


 そして次の犠牲者は――いなかった。走り込みで一等賞だったササハが、追加で三周を言い渡され、素直に走り出したのでリオとロニファンは口が裂けても無理だと言えなくなった。ハートィは追加こそなかったが、速度を落とすことなく走りきれたことに喜んでいた。


「早く立て。次は筋肉トレーニングだ」

「「ゼエ、ゼエっ!!!!」」


 リオとロニファンが何事かを叫んだが、言葉にならなかった。

 ただ十周余分に走ったのではない。通常と同じ時間内で、プラスで走らされたのだ。訓練場を使っている他の騎士たちもどん引いている。


「なら少しだけ休憩を挟んで」


 ならってなんだ。もしかして挟まないつもりだったのか。リオが反論を口にするまえに、レンシュラの言葉とかぶさるように大きく土を蹴り上げ歩く足音が近づいてきた。


 皆で音の方へと振り返り、そこにいたのはウルベだった。


「シラー卿。今は訓練中であろうか?」

「ちょうど休憩しようとしていたところだ」


 ウルベは騎士服を纏っており、彼も休憩中なのか、ならばちょうどいいとハートィへと向きを変える。どこか怒気を感じさせる強い眼差しを向けられ、ハートィは気まずそうに唇を引き結ぶ。


 ウルベが座っているハートィの前に立つ。

 見下ろしそのまま動かないウルベに、ササハが何か言おうとしたが、ハートィが首を横に振って立ち上がった。


「ウチになにか御用でしょうか? ウルベ先輩」

「ああ」

「なんの用っすか?」

「ハートィ。お前に決闘を申し込む!」


 ウルベの声は大きく、訓練場にいる何人かの騎士が振り返る。


「俺は、お前をどうしても認められん! だから俺と勝負し、お前が負けたら――ハートィ。騎士団を辞職しろ」


 言い放たれた言葉に、ハートィの目が大きく開かれる。相対するウルベは強くハートィを睨み、その瞳は寄せられた眉に細められていた。

 静寂が包む。いくつもの視線がハートィへと集まり、ササハも心配そうにハートィを見上げる。


 ハートィが口を開く。こんな馬鹿げた話し、受ける必要などない。


「分かったっす。その決闘、受けて立ちます!」

「ハートィ! なんでっ」


 駄目だと首を振るササハに、ハートィは優しい笑みを見せる。


「大丈夫っすよ、お嬢さん。そんな顔しないで」


 その言葉に、ウルベの太濃ゆい眉が歪む。


「大した自信だな」

「自信はないっす。けど勝ちます」

「は?」

「だって、そうしないと先輩は、ウチのこと認めてくれないんすよね? だから先輩に勝ってウチのこと認めさせて、それでここに残るっす。――その代わり、ウチが勝ったら」

「その時は俺が辞める」

「……ウルベ」


 レンシュラが咎めるような声音で言ったが、ウルベは拒むように顔を逸らした。


「ウチが勝った時のことを、先輩が決める権利はないっす」

「? どういうことだ?」


 ハートィがウルベに告げ、ウルベは怪訝そうな表情を浮かべる。


「ウチが勝ったら、先輩はウチの言うこと、何でも一つだけきいて欲しいっす」

「……なるほど。いいだろう」

「何でもっすよ? 本当にいいんすか?」

「構わない。俺がお前などに負けるわけがないからな」


 ウルベは自信ありげに鼻を膨らませる。


「勝負は、明後日。七の曜日の、(あと)の三時でどうだ?」

「たしか先輩、朝は見回り当番なんすね。仕事明けにすいませんっす」

「人の当番事情を理解するな! 不愉快な奴め!」


 ウルベは憤慨した様子であったが、細かい日時まで決定したようだ。

 勝負は明後日。

 ウルベは最後にもう一度だけハートィを睨みつけると、大きく鼻を鳴らして訓練場を去っていった。


「……良かったのか?」


 レンシュラが短くハートィへと問う。ハートィはしっかりと頷き、ウルベが去ったほうを見続けたまま答えた。


「何としても勝ってみせます」


 そうか、とレンシュラが小さく落とした後、休憩は終わりだとついでに告げられた。

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