18話 特殊個体?
通常のフェイルとはどこか違う、異質行動をするフェイルが見つかったらしい。
場所はカルアン本家から近い場所であり、馬車で一刻――二時間もかからなかった。それを見つけたのは本家の近隣警護をしている班で、フェイルの汚染魔力を感知したため確認に行った。
そしてちょうどレンシュラも同じタイミングでフェイルを感知し、現場に向かう途中に居合わせたという話だ。
「それで、リオも呼ばれたの?」
馬車にリオとレンシュラと同乗したササハは、説明役の二人から話しを聞いていた。移動には転移の魔道具を使用する程の緊急性はなく、近くまでは馬車を使う事になった。
本当はササハも他三名の訓練生と同じ馬車が良かったが、到着の時間までに説明することがあると、もう一台にはグラントが乗り込んでいる。
「うん。なんか、すごく変わったフェイルなんだって」
「変わった……でもリオとレンシュラさんは強いんでしょ? 二人がいるのに、それでも倒せないほど強いってこと?」
リオとレンシュラはカルアンでは四名にしか許されていない、特級騎士の称号を持つ。その内の二名が揃っているというのに、グラントや訓練生まで出向くことになるなど――つまり、どういうことだ?
「違うよ。その逆。なぜか危険性が少なすぎて、ならササハたちに経験を積ませてあげようかって話らしいよ」
「へえ?」
「なんかね、全然動かないんだって。そのフェイル。レンは実際に見たんだっけ?」
「ああ。――俺も、あのような個体は初めて見た」
レンシュラが言うには調査に来ていた数名と出くわしたあと、万が一を考慮し同行することにしたらしい。しかし、そのフェイルは移動はおろか、微動だにせず同じ場所に留まっているだけであった。
更に不可解なのがフェイルがその場所まで辿り着くまでの経路を調べようとしたが、その形跡――汚染魔力のあとは残っていなかったと言う。
「……そこだけは僕も引っかかる。汚染魔力の痕跡が残ってないのなら、痕跡が消えてしまうようなことが起こったか、その場所でフェイルにされて移動してないかのどちらかだよね?」
「でも、今も動かず同じ場所にいるんですよね? なら、リオが言ったみたいに、たまたまそこでフェイルにされたんじゃ……?」
「それだとあの場所に《黄金の魔術師》が出現したことになる」
《黄金の魔術師》。唯一人間をフェイルに変異させてしまう個体。
「違うんですか?」
「それならば今頃大騒ぎだ」
「感知魔石は、その動かない弱々フェイルの魔力すら感知するんだよ? 《黄金の魔術師》が出たなら、それこそ一瞬で分かるはずだ」
「そう、なんだ……。じゃあ、痕跡が消えちゃう何かってのが起こったってことよね?」
「…………そう、なるけど」
リオとレンシュラが似たように眉を寄せる。そんな苦々しげな表情から口を開いたのはリオだった。
「可能性としては《黄金の魔術師》よりはあり得るけど、そっちも本当にあり得ないことには変わりないかな」
「どうして?」
「……汚染魔力の痕跡を消すなど、一部の上位神官くらいにしか無理だからだ」
続けたレンシュラの言葉にリオが神妙に頷く。
「フェイル討伐の要となる特集魔具を作成してくれる神官の仕業だなんて、口が裂けても言えないよね」
言っているだろうがと、レンシュラが冷たい視線を向ける。だが、言って自分でも本末転倒で可能性の低い事柄だと思っているのか、リオもおどけた様子で肩をすくめた。
ふうむ、とササハが眉を下げる。
「なら本当になんでなんだろう。まさかフェイルの親分は、知られてないだけで魔力を隠したり出来りしないよね?」
元は人間であったと言われている《黄金の魔術師》。転移魔法のような移動手段を持っていることは確認されているが、常時ではなく、場所を選んで隠蔽魔法を使っていたとなれば話は変わってくる。
だが、流石にそれはないとレンシュラが首を横に振った。
「今までに《黄金の魔術師》が、隠蔽魔法を使用したという事実はない。そしてフェイルは性質上、生前の強い想いや、潜在意識に引きずられた行動をとるとされている。故に己で思考し判断を下し、その時に合わせた行動が取れるほどの意識は無い」
ササハが困ったように首を傾げる。
「つまりフェイルは無意識の行動しか出来ないから、《黄金の魔術師》も例外なく、今までしてこなかった行動は今後もしないってことだよ」
「ああ! なるほど!」
「で、今回のって……ササやカイレス次女が見たっていう、カイレス長女の時と同じじゃない?」
「――――――は?」
間の抜けた声はレンシュラだった。
「だって、魔力痕跡もなく突然現れたフェイル。けど《黄金の魔術師》が出現した形跡は無し」
ゼメアの屋敷で起きたあの騒動も、似たような状況だ。
「……まさか、気づいてなかったのレン?」
「………………」
目的地まで間もなく。レンシュラは深く項垂れた。
◆◆□◆◆
そこにいたのは、一体のフェイル。
形は男性。どちらかと言えばまだ人に近い形を残しており、ただその図体だけが成人男性の倍ほどはあり、地面に近いだけ黒の煙が胡散し薄く広がっている。
異形の男はササハたちに背を向けているのに、その胸元には、黒の煙でも隠しきれない真っ赤な薔薇が一輪咲いていた。
場所は山の中腹にも行かぬ辺りで、足を運べる範囲に民家らしきものはない。
「これが……フェイル? 殆ど人じゃねーか……」
ロニファンが呆けたように呟く。その少し後ろでミアが、血の気の失せた顔色で震えていた。ハートィが大丈夫だとミアの肩に手をやり、ミアは不安そうな表情でグラントを見た。
グラントはレンシュラと、他にササハの知らない二人の騎士と顔を付き合わせ、何事かを話している。
「本当に動かないね」
「う、うん」
「顔も知り合いが見たら分かるレベルには形が残ってるし、本当に珍しい」
リオが結界らしき光る壁の中にいるフェイルを見上げる。周りを複数人の騎士が取り囲んでおり、緊迫感は薄いのか、何人かは珍しそうにリオやレンシュラ、あとはササハを横目で見ている。
リオはその中でも話しやすそうな騎士を選び、声をかけた。
「これって、いつからこの状態なの?」
明らかにリオより年上の男騎士は、無駄に姿勢を正し、上ずった声で答えた。
「リオーク卿に話しかけられたっ……あ、いえ。魔力反応は昨日の明朝で、発見及び捕縛は先の六時頃です!」
「じゃあ一日以上はこのままなんだ? その間の動きは?」
「移動は皆無。しかし、教会の鐘の音に反応し顔を上下させるようです」
「そっか。ありがとう」
何が嬉しいのか、話しかけられた騎士は興奮した様子で喜んでいた。ササハからすれば年上の人に接する態度じゃないだろうと思うが、当事者間で問題がないのであれば何も言わない。
ちょうどグラントたちの話し合いも終わったのか、神妙な様子でグラントがふり返った。
「訓練生」
呼ばれて四人同時に返事をする。
「すまないが、こちらの手違いだ。今からフェイル討伐を開始するが、遠距離攻撃が可能なミア以外の参加は無効とさせてもらう」
「は? せっかく此処まで来たのに、オレら見てるだけっすか? ――いって!」
「もう少し口の利き方を覚えろ。ガキが」
「…………」
レンシュラに殴られたロニファンは、不服そうに黙り込む。それに言い返さなかったのは、ロニファンがグラントに突っかかった時に、周囲の騎士たちの空気が固くなったのを感じたからだ。今は殴られた頭をさするロニファンに、その空気も散ったが。
「想定外の要因が判明し、そのため訓練生の接近は禁止とする」
「あの……」
ササハが遠慮がちに手を挙げる。
「捕まえて調べたりとかは出来ないんですか?」
馬車でリオやレンシュラと話していたからこそ分かる。想定していたことと別の要因。ツァナイと同じ、《黄金の魔術師》にではなく、別の方法でフェイル化させられた可能性があるということ。
ササハの提案に、グラントは調子を変えずに答えてくれた。
「それは出来ない」
「どうしてですか?」
「そもそも、長時間フェイルを捕縛することが出来ないのだ。フェイルを囲うその障壁も、特殊魔具ではなく、通常の魔道具を使用した、通常の魔力障壁だ。その障壁はフェイルを閉じ込めているのではなく、万一にも、なにも知らぬ一般人が近づかないためのものだ」
「あ……」
「第六魔力による障壁で一時的に防ぐことは出来ても、長時間の――ましてや拘束なんてことは無理だ。そんなことが出来る人物は、歴代カルアン当主か、君のお父さんくらいだ」
「すいません。無知な事を言いました」
ササハは顔を赤くして縮こまる。屋敷にいたころはベアークとハートィの特訓を見ていたため、第六魔力の障壁や、父のように繋ぎ止めておく鎖など当たり前のように感じてしまっていた。
無為に流れを遮ってしまい、申し訳なさそうにハートィの後ろに隠れに行った。
改めてミアがグラントにどうするか確認をとられている。ササハはそれを聞きながら、ハートィの後ろでしょぼくれていた。ミアは少しでも経験を積んでおこうと参加を決めた。
「ハートィは参加しないの?」
ササハはハートィの服を引いて問うた。
「ハートィだって特訓いっぱいして、すごいこと出来るじゃない」
「そんな、ウチなんかまだまだで……」
「ふむ……それも良いだろう。では、ミアのサポートにカイレス。まずは二人でやってみなさい」
「グ、グラント隊長!? い、いつの間に、いえ、だからウチはっ」
「やるという意志は微塵もないか?」
その言い方は卑怯だとハートィの顔が歪む。
周りを囲む騎士たちの中に、ハートィの顔見知りはいない。しかし、ハートィの存在は知っているふうで、小声で「あのカイレスの妹か?」と話題に上がる。
姉は五人目の特級騎士になれる逸材で、弟のも上のほうの姉に劣らずの実力があるのではと言われていた。
「や、やります」
ハートィは一歩前に出て、フェイルへと向いた。
「ならば他の者は援護出来る範囲で待機。シラー?」
レンシュラが無言で頷き、リオが「あれ僕は?」と聞き「好きにしていろ」と言われる。
ハートィは表情を強張らせるミアを振り返り、眉を下げ笑って見せる。
「まずはミアが思うように攻撃してみてくださいっす。ウチはそれに合わせて適当に動くんで」
「そんな、簡単に言うけど」
「大丈夫っすよ。一緒に訓練してきたじゃないっすか。今のミアの射程距離や、攻撃感覚はバッチリ覚えてるっす」
何でもないことのように言うハートィに、グラントが微笑をもらす。二人に頑張れと応援を送るササハの隣へ、リオがつまらなそうに下がってきた。
グラントが片手を上げ、魔道具による障壁が解かれる。
さらにクリアになったフェイルの存在に、ミアは息を呑み震える指で特殊魔具を具現化させた。ロニファンも顕になった黒の煙に眉を寄せている。
初めてのフェイルとの対峙。
異形の化け物に襲いかかられるのと、動かない人の形を模したものを射殺すのと、どちらが容易かったろうか。
ミアの震える指は角度を誤り、放たれた光の矢は赤い一輪の花から大きく逸れた。矢は男の右肩辺りに刺さり、異形の男は振り返る。
くぼんだ眼球、焼けただれたみたいに蠢く煙の肉体に、ミアは特殊魔具の具現化を解いてしまう。
「大丈夫っす、ミア! あれはすでに死んでしまった人っす! あの赤い薔薇に囚われた、可哀相な人なんす! だから――」
ハートィはフェイルへと振り返ると、巨大ハンマーを具現化させ飛び上がる。フェイルは動くハートィに反応を示し、ハートィを掴もうとしたのかどうか、大きく手を伸ばした。
周りを囲む騎士はもしもに控えて体勢を変える。その中で、グラントとレンシュラだけは気にした様子はなく、ただハートィの動きを見ていた。
ハートィは伸ばされた黒の手を横薙ぎにハンマーで叩き、煙を削る事は出来なかったが、すぐに体勢を立て直すと身体に光を纏い、反対から迫ってきた手を踏み台に高く飛び上がった。
特殊魔具と同様、第六魔力を纏うことでフェイルとの接触を可能にするが、その分特殊魔具への補給量が減り威力が下がるはずなのに。
「さっさと終わらせてやるっすよ――!」
ハートィのハンマー型だった特殊魔具がツルハシへと形状を変え、細くなった先端が赤い薔薇の中央へと振り下ろされる。
花を守る黒の煙も蹴散らし、ガラスが砕けるような音が辺り一面に響く。黒の煙が解き放たれ、薄まって消えていく。
身の丈の倍はあるフェイルを、ハートィはたったの一撃で仕留めてみせた。




