6話 縋るしか無い
「なあ。あんたの婆さん探し、俺も手伝っていいか?」
朝食を食べ終え、ゴミを処分しに行っていたレンシュラが戻りざまササハに言った。
「え? むしろ良いんですか?」
「ああ。こちらも手詰まりでな。少しでも手がかりが欲しい」
「だ、大丈夫です! 助かります! ほんと、に……本当は、ちょっと心細かったから、すごく嬉しいです。是非お願いします!」
向かい合ったまま、レンシュラを見上げて拳を握る。
「ああ、よろしくな」
「はい!」
ササハは満面の笑みを返す。レンシュラは僅かに笑みを浮かべて、眼下にある小さな頭を軽く撫でた。
「犬だな」
「今なら犬と言われても平気!」
レンシュラは地面に置きっぱなしのササハの鞄を拾い上げた。
「行くぞ」
「はい。けど、どこへ?」
「自警団の詰め所だ。行方不明者が出たら、まずそこに連絡がいく」
「昨日行ったんですけど、ばーちゃんの情報は無かったです」
「なら今までの行方不明者の情報だ。結構な人数が消えている。その中に知り合いがいないか、手がかりになりそうな事を探してみよう」
「なるほど……」
荷物はレンシュラが持ってくれたまま、歩き出した後ろ姿を追う。
ふむふむと頷きながらも、足の長さが違うので追う背中は遠のいていくばかり。ササハが一生懸命歩数で挽回していたら、途中で気づいて速度を落としてくれた。
「そう言えば、カエデさんたちは九年前にお手紙くれたんですよね? それからは連絡はあったんですか?」
ササハは窺う視線でレンシュラを見上げた。レンシュラは特に不快な様子は見せず、ちらりと一度視線を寄越した。
「半月ほど前。連絡が届いた――と思う」
「思う?」
「よく分からないんだ」
「よく分からないってどういう事ですか?」
「半月前に、昔カエデさんが使用していた連絡用のカタシロが届いた。いや、遠目に見たと言う方が正しいか。……本人が送ったのかどうかも分からない。カエデさんのカタシロは少し光って蝶の形をしているんだが、なぜか目的地に着くまではひと目に触れないそうなんだ。それがふらふら俺の頭上を旋回し、緩やかに落ちてきたんだ」
なのに。
「手にする直前青白い炎が吹き出して、灰すら残らず燃えてしまった」
だから本当の差出人は分からないんだと、レンシュラは前を向いたまま言った。
◆◆□◆◆
なんとなくの事情を共有し、自警団の詰め所へと到着した。しかし、まだ朝の早い時間だったせいで人はおらず、貼ってある依頼書を眺めながらササハは考え込んでいた。
「つまり……、レンシュラさんの探している親子さんは、九年前のお手紙を最後に行方不明だったけど、半月前に連絡が来たかも知れないってことですよね」
「…………ソウダナ」
「ム、なんですか? なんか今、わたしを馬鹿した気配を察知しましたけど? なんです、言いたいことははっきりと言ってください!」
「理解が遅せぇ」
「ムカつく!」
確かに、結構な時間黙り込んではいた。さらに細かく言えば、行方不明と言うよりかは、本人たちの意志からくる失踪ではあるが。
「急に静かになるから、変に気負わせたかと思ったじゃねえか」
「え? 今小声で何か言いました?」
「……なにも」
「言いたいことは」
「足元にネズミの死骸が落ちてる」
「嘘!」
「嘘だ」
無言でレンシュラの腹を殴りつける。渾身の力を込めているのに、鍛え上げられた腹筋のほうが強かった。
武力行使による訴えは効果がなく、疲れるだけとササハは早々に音を上げた。
「あれ? でも、カタシロを受け取ってないなら、なんでロキアからって判ったんですか?」
不思議そうにレンシュラ見上げ、朱金の瞳だけがササハへと向く。
「九年前の手紙。そっちはロキアから発送された普通の手紙だったからだ」
「でも、そんな昔の……」
「それしか無いんだ。それ以外の手がかりは、本当に、何も見つけられなかった」
それきり言葉を切り、レンシュラは壁に背を預け目を閉じた。
いつからロキアに滞在しているのかは知らないが、長い間張り出されている届け出を、今更確認する素振りは見せなかった。
「わたし、頑張るので!」
「?」
「頑張ってばーちゃんを見つけて、そしたら、わたしのばーちゃんは凄いから、ばーちゃんがいてくれたら、色んな知恵とか頼りになって、だから、……頼りにしてください!」
必死のササハに、レンシュラは口元を緩める。
「~~~~また意味ありげに……言いたいことは!!」
「語彙力が無ぇな」
「ムィーーーー」
またも頭を押す勢いで撫でつけられ、互いの靴先しか見えなくなる。
そこへ
「あれ? いつもの兄ちゃんと――昨日の嬢ちゃん? なんだ、アンタ等知り合いだったのかい?」
「? あ、昨日のおじさん! おはようございます」
裏口があったらしく、詰め所の中から出てきたのは、昨日ササハの対応をしてくれた自警団の男だった。
男はレンシュラにも覚えがあるようで、慣れた調子で声をかける。
「なんだ、子守か?」
「子守って私の事ですか?! 違いますぅ!!」
「だっはっは! 悪い悪い」
「もう! みんな失礼すぎる」
入り口でササハをからかう男に、レンシュラが声をかける。
「悪いが行方不明者の依頼書と、記録簿が見たい」
「いいけどよ。そう何度見たって一緒――ああ、嬢ちゃんの用事か」
「お願いします!」
「構わねーよ。兄ちゃんは分かってると思うが、持ち出しは厳禁。中のテーブル使っていいから、保管場所知ってるだろ? 勝手に出して読んでくれ」
「管理が雑すぎやしません?」
「文句なら連れの兄ちゃんに言いな。見せる待てないのあの無駄な時間、二度とゴメンだね」
横目でレンシュラを見れば、無表情で素知らぬ顔だ。
男は大きなあくびをしながら中へと戻り、「今日の当番は誰だったか?」と奥へと引っ込んでいった。
レンシュラは勝手知ったる様子でカウター内からファイルを取り出し、隅にあるテーブルの上に重ねる。
「とりあえず、これに目を通せ。行方不明者の姿絵も記載されている。知り合いがいないか探してみろ」
素直に頷き、向かい合って座る。詰め所に置いてある椅子は各々の持ち寄り品なのか、デザインに統一性は無くちぐはぐだ。
「これって表にも貼ってある目撃情報依頼書ですよね。この一冊で何年分のものなんですか?」
そこまで分厚くもない、むしろ薄い。表の張り紙の二倍か、それより少し多いくらいの枚数だ。
「残っている限り、すべての年数分だ」
「全てって、噂が出始めた五~六年よりも前?」
「自警団が出来て、管理し始めた十数年前からと言っていた」
「そうなんですね。わたし勘違いしてました。昨日、ちょっと町の中をうろついたんですけど、半分くらいは廃墟になってたから、それだけ人がいなくなったんだと思ってました」
「あの廃墟は、変な噂に町から住民が出ていったからだ」
「なるほど……。実際に行方不明者が出て変な噂まで立ってるなら、別の町に引っ越したいって思いますよね」
だから年配の住民が目立つのだろうか。
ササハは改めてファイルへ目を落とし、厚めの表紙を捲る。年代が違うせいか依頼書の形式は定まっておらず、姿絵が描いてあるものは約半数ほどだった。
パラパラと紙を捲る音だけが響き、ササハはもう一度最初へと戻る。軽く目を通しただけでも知り合いの姿はなく、今度は名前に注目し二巡目を終える。
名前の欄にも知ったものは一切なく、しかし、何か奇妙な心地がして三度目を迎えた。
「あ、そうか。親子なんだ」
紙を左右に行き来させ、納得した声にレンシュラが視線を向ける。
「そうですよね? 似たような名前の人が何人かいたなと思ったら、住所が一緒だから親子か兄弟ってことですよね?」
目を輝かせて報告してくる犬に、レンシュラは鼻で笑う。
「依頼主は親戚か、知り合いだろうな。一家全員行方不明。それが、その薄っぺらい中に、何組かあった」
「内容暗記してるんですか?」
「…………、それと」
「無視だ。無視された」
水を差すなと言うような目つきで睨まれ、口をすぼめる。
対面からレンシュラが手を伸ばし、ササハの見ていた依頼書のページをいつくか飛ばしていく。
「年代順だからわかりにくいが、単身の行方不明者は全体の四分の一ほど。これを少ないと思うか?」
レンシュラの言葉に、ササハは息を呑む。
「あと、家族単位の行方不明者はロキア在住だった者が多く、単身の行方不明者は外から来た人間が多い」
「ま、待って。待ってください」
「なんだ?」
「いえ、えーと……」
何と問われて、ササハは言葉に詰まる。
「お前は、人が消える原因を何だと思ってここに来たんだ?」
ビクリとササハの肩が揺れた。
「何の理由もなく人が消えたりなどしない。必ずなにか理由がある」
事故か。事件か。はたまたそのどちらでもない何らかの理由が。
ササハは、まるで叱られた子犬のように萎れてしまう。
「何も、考えてませんでした。ただ、ここに来たら何か分かるかもって、それだけで」
ロキアに行けばきっと何かが変わる。祖母の手がかりが見つかる。変化が待っている。――――そう、根拠など一切ない浅はかな願望だった。
しおしおと見る間にしょぼくれていくササハに、レンシュラが落ち着けと息を吐く。
「そう落ち込むな。俺はただ、もっと危険意識を高めたほうが良いと思っただけだ。下手をすれば、行方不明者を一人増やすだけになる」
「……はい」
ササハはハリのない己の声音に、バン! と両手で自分の顔を叩き、そんなササハの奇行にレンシュラが目を丸める。
「おい、急にどうした?」
「気合と戒めです」
「は?」
「気合と戒めです。色々とありがとうございます」
「あ、ああ……?」
「ん――、よし!」
ササハは手形の出来た顔面を晒し、意気込んで別のファイルに手を伸ばした。