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17話 寒いだろ

 色々とあった休日。の次の日。

 何だか距離が縮まったように見える女子三人に、ロニファンが不思議そうな表情を浮かべる。


 時間は午後の特殊魔具の訓練時間。ミアとハートィに見守られながら、ササハは自身の特殊魔具――ただの透明の棒を滲む焦りとともに握りしめていた。


「なんだよお前。全然進歩してないじゃん」

「うわん! ロニファンさん煩い! あっち行って!」


 分かり易い意地悪にササハが怒る。


「試験まであと三週間しかないぜ?」

「煩い煩いうるさーい!」

「ササハ。怒ることに労力を使うより訓練に集中しましょ」

「だって、ミ~ア~」

「ミアの言う通りっすよ、お嬢さん。さ、もう一度試してみるっす」

「ぅう……ごめんね二人共。わたしにばっかり付き合わせちゃって」

「気にすることはないわ。カールソンさんがいないから、訓練用の(まと)が使えなくてすることが無いの」


 現在訓練場には訓練生四人と、自主練をしている騎士が数名いるだけだった。通常ならカールソンの監督の元、第六魔力対応の(まと)を用いて攻撃訓練をしている予定であったが。


 特殊魔具を受け取ってから約二週間。ササハだけがまだその段階になかった。


「それにしても、カールソンさん大丈夫なのかな?」


 少し前に別の騎士からカールソンが倒れたと連絡があり、訓練の時間に多少遅れるとの事だった。


「確かに。最近、顔色が優れない感じでしたもんね」


 ハートィも心配そうに眉を下げる。ハートィは復帰してから前髪を切り、黒の眼帯をしているので、黙っていれば格好いい印象が強くなった。が、一度喋りだすと差が激しく、今もしょぼくれる大型犬を彷彿させる何かがある。


 と、ちょうどその時。ふわりと風にのって強い、柑橘類の匂いが漂った。


「カールソンさん」

「倒れたとお聞きしましたが、もう大丈夫なのですか?」

「遅れてごめんね。体調管理も出来ないなんて……恥ずかしいよ」


 いつもより青白い顔をしたカールソンが、申し訳無さそうに頬を掻きながら訓練生の輪に混ざる。カールソンの顔色に、ロニファンも眉を寄せながら口を開く。


「本当に大丈夫なんすか? 体調悪い時でも休めないくらい、ここって人手不足なんすか?」

「そんなことないよ。本当に大丈夫だから出てきただけさ」

「…………なら別にいーんすけど」

「心配なら心配って、素直に言えばいいのに」

「うっさいわチビすけ。お前は自分の出来なさ具合を心配しろ」

「んむぅぅーーーー!! ムカツクけど事実!」

「……お嬢さんはちょっと素直すぎるっす」


 あははと、カールソンが力なく笑う。


「申し訳ないけど、少し薬を飲んでもいいかな。来る前に飲んだんだけど、どうも効きが悪くて」

「薬を飲むほど体調悪いんですか? ならやっぱり」


 驚きの表情を浮かべたササハに、カールソンは慌てて否定する。


「だから、そんな大げさなことじゃなんだよ。最近あまり夜眠れなくてね。どちらかと言えば栄養剤に近いかな。これを飲むと眠い時も目が冴えて、スッキリしてくるんだ」


 カールソンはポケットに入るくらいのボトルを取り出すと、小さな錠剤を数粒手のひらに転がした。それを一気に口に放り込むと、音を立てながら噛み砕いた。

 ふわりと辺りにカールソンの香水と同じような柑橘の匂いが広がり、涎が垂れそうになる。


「美味しそうな匂い……実はお菓子だったりします?」

「ひが、ん、んぐ。違うよ。ササハ君たちみたいな健康優良児たちが食べるようなものじゃないからね。あげないよ」

「体調悪い人から薬をねだったりしませんー」

「あはは。それは有り難い。――うん、では午後の訓練を始めようか」


 カールソンが笑い、あとは通常通り午後の訓練が開始された。




◆◆□◆◆




「ふぅぅん。やっぱりわたしの特殊魔具だけ何も起こらない」


 出てきた月も移動し、夜の冷気で吐く息も真っ白い中。ササハは訓練場で一人自主練をしていた。

 以前酔っ払いの男二人に絡まれる事があったが、それ以降、それまであった父の知り合いらしき人物からの嫌味などもめっきり減った。ササハは単純に絡まれないなら良かったな、と思っているが、その裏でグラントが絡んだ相手に自ら注意を促し、周囲がそれに怖気づいただけだったりする。


(今日も何も起こらなかった……)


 肩を落としながら、特殊魔具を元の石へと戻す。


(もしかしてわたしの特殊魔具は、本当にただの棒なのかな)


 具現化は出来ているのだ。ただそれは、細長い棒状のもので、親指から小指ほどの長さしかない――とても武器としては役立ちそうにない代物のようなのだ。


 特務部隊への入隊は可能であろうが、フェイルと戦う騎士にはなれないかも知れない。屋敷でマサリーやケイレヴから様々な事を教わったが、付け焼き刃の知識しかないササハでも役に立てることはあるのだろうか。

 そもそも、ササハのやりたかったことはツァナイがフェイル化した原因の解明で――それは実際にフェイルと対峙しなくても可能なことなのか、ササハには全く検討もつかなかった。


 すごすごと寮への道を戻る。

 わざと白い息を吐いて歩きながら、自分の吐いた白の向こう側に人影が見えた。闇に溶けそうな、淡い月と同じ髪色の青年。


「あ、ササ――」


 青年が振り返る。と、少しよろけると足を踏ん張って持ち直し、顔を上げた。


「ササハ!」

「ノア!」


 カルアン騎士団の黒い制服を着ているリオが、ほけほけ笑いながら駆け寄ってくる。


「寒いな」

「そうだね。もしかして、ずっと外に居たの?」

「外? ――本当だ。星が見える!」


 リオは直前のことは気にしていない様子で、嬉しそうに空を見上げた。ササハも同じように上を向く。ササハには綺麗ということしか分からないが、隣に並んで同じものを見るのは、お腹の上辺りがそわそわとして落ち着かなかった。


 じっと、しばらく過ごした時ふいに、ササハは左手を握られ肩を跳ねさせる。手袋をしているリオの手はサラリと冷たく、しかしそれ以上に冷たいササハの指は上手く反応出来なかった。


「ずっと見上げてるのは首が痛いから、どっかで座ろ――」

「う、うん? …………ノア?」


 言いたいことは分かったが、急に言葉を切ったリオに首を傾げる。

 するとリオは着ていた外套を脱ぎ、ササハに被せてきた。


「わぁ、ちょっと。どうしたの?」

「お前鼻真っ赤だぞ。寒いの我慢してただろ」

「へ――?」

「これも貸してやるよ。風引いたら大変だからな」


 言って手袋まで外そうとし、ササハは慌てて手首を掴んで止めた。


「要らないってば。あとこれも返す!」

「なんでだよ。寒いんだろ」

「だって、これじゃあノアの方が風邪引いちゃうよ」

「おれは大丈夫だよ」

「そんなわけないでしょ! っもう、はーなーしーてー」

「いいから着てろよ」

「むぃーーーー」

「ん……ゴホン」

「「!?」」


 ふいに背後から咳払いが聞こえ、リオとササハは同時に飛び上がる。


「君たちは――えー、何をしているのかね」


 立っていたのはグラントで、どこか目を逸らしながら口元に握った手をあてている。その少し後ろにはロニファンもいて、どういう組み合わせだとササハは首を貸しげる。


「なんだこのおっさん」

「おっさ……」

「ノア!」


 ササハに怒鳴られたリオはぷい、とそっぽを向き、グラントは衝撃を受けた表情を浮かべている。どちらかと言えばおっさん発言に衝撃を受けたのではなく、それを言ったのが、他家から飛び出すようにやって来た、それなりに気を使っていた相手(リオ)だったからな訳で……。

 グラントはこんなことで動揺するとは、自分も歳を取ったなと目頭を押さえる。


「こんな時間に密会? いや、隠れてはないか」

「なんだお前!」

「? なんかコイツ、雰囲気違くね?」


 絡んできたロニファンに、リオが噛み付く。威勢的な意味で。ロニファンのほうも、想像と違った返しに不審げに眉を寄せササハを見た。


「ノアなので」

「は?」

「もういいだろ。あっち行こーぜ、ササハ」


 しびれを切らしたリオが言ってササハの手を引こうとして、更に別の声に止められた。


「駄目だ。何時だと思ってる。星はまた今度にしろ」

「あ、レンシュラさん。こんばんは」

「……鼻が赤いぞ」

「だろ? なのにコイツ服要らないって言うんだ」

「だから大丈夫だって言ってるでしょ」

「寒いのに大丈夫とかないだろ」

「ふんんんー! そうだけど、けどいいの!」


 グラントとロニファンからだいぶ遅れてやって来たレンシュラは、慣れた様子で二人をなだめる。ササハにはリオの外套を借りておけと。そしてリオにはレンシュラの外套を貸してやり、レンシュラ自身は魔道具で暖かく出来るからと収まった。


「本当だ。レンシュラさんのこの辺だけあったかい」

「ホントだ、あったけー」


 結局三人でギュウギュウになった。


「お前ら本当になんなんだよ……さっむ」


 ロニファンが険しい表情を向けてきたが、レンシュラは何も言い返せなかった。


「それで、みんな一緒にどうしたんですか?」


 特にリオとレンシュラには久しぶりに会うササハは、喜びを滲ませる。そこにロニファンが一緒なのが不思議で、ササハが無意識にロニファンを見ると不愉快そうな視線とかち合った。

 ロニファンは舌だし、馬鹿にした様子でササハを煽る。それを遮るようにグラントが咳払いをする。


「二人から報告を受けている時にちょうどな。ロニファンがカールソンの体調が心配で、私に話しをしに来てくれたんだ」


 言われたくなかったのか、ロニファンは咎める様な視線をグラントに向けたが、グラントはごく自然に受け流した。ロニファンは不機嫌そうに頭を掻くと、ため息をついて寮の方向へと歩き出す。


「じゃ、オレ連絡事項の内容知ってるんで先戻りまーす。お疲れさまーす」

「ああ。おやすみ」

「ロニファンさん、おやすみなさい」


 グラントとササハは歩いていく背中に声をかける。リオはまだグラントとロニファンの二人には警戒しているようで、視線を向けたが何かを言うことはなかった。


「それではシラー。あとは任せても大丈夫か?」

「…………」

「そうか。ありがとう。頼んだぞ」

「……はい」


 何かを頼まれたレンシュラは短いため息を吐き、吐き出された白い息はあっという間に消えた。


「どうしたんですか?」

「カイレスと、あともう一人……誰だったか?」

「ミアのことですか?」

「ああ、そうだ。彼女たちにも明日の訓練内容について伝達があるんだ」


 まだ就寝している時間ではないだろうが、ササハがいる内に済ませようと歩き出す。ちょこちょこと、ササハとリオも横について移動する。


「明日なにするんですか?」

「実戦訓練」

「実戦……え!」

「明日はフェイル討伐に行く」


 空を見上げながら歩いていたリオが、興味なく大きな欠伸をした。

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