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15話 ミアとカレン

 ただあの場から離れたくて、ミアは知らぬ通りまで駆け抜けた。


「ぁ、どこ? ここ……」


 人通りはあるが明らかに人が少ない。


(そうだ、特殊魔具)


 認識阻害の魔石は正しく作用しており、それでも念の為ともう一度魔力を込める。あまり長居をするような通りではなさそうで、ミアは元の道を探す。


(なんで……)


 古着屋で会った人物を思い出す。


(二度と、会うことなんてないと思ってたのに……)


 思いの外、急な上り坂。ミアの足取りは自然と重くなっていった。




 ミアは小さな町の、普通の家の一人娘として産まれた。

 父親の仕事は町役場の事務係。母親は近くの酒場で給餌をやっていた。


――“おばあちゃん。これは何て読むの?“

――“これは『トリ』。空を飛んでる、鳥さんのことだよ“


 ミアは祖父母の顔は覚えていないが、父方の曾祖母と、家族四人で暮らしていた。

 曾祖母はミアも、ミアの両親も行ったことのない、海向こうの国からきた人であった。王国文字とは違い、黒い線を沢山書かなければいけない奇妙な文字を操り、全く中身が読めない落書きだらけの本も沢山持っていた。


――“海向こうには『術』という不思議な魔法があるんだよ“


 と曾祖母が教えてくれた。海向こうの『術』という魔法は、こちらの魔法と少し違うらしい。第一から第五のどの魔力とも違う力をつかい、限られた一部の人間にしか使えない。実際ミアの曾祖母も実物を見たことはたったの一度だけだと言う。


――“ミアがじゅつつかいになる。それでおばあちゃんに見せてあげるね“


 その僅か数カ月後。曾祖母はミアが六つの時に空の向こうへと昇っていった。最初は両親も「術使いになりたい」という夢を、曾祖母恋しさにもらした幼子の戯言だと思っていた。

 なのでミアが大陸文字を覚えるより前に、海向こうの字で書かれた不思議な書物を、部分的にでも読めるようになっていたなんて知りもしなかった。


 しかしミアが八歳になるころ。世間では海向こうの『術』というものは、人を呪うための呪術と一緒くたにされている事に気がついた。いつしか両親はミアに曾祖母の本を人前で読むのを止めろと言い、それが守れなければ本を捨ててしまうよとさえ言われた。


 ミアは両親の言いつけを守り、書物や発言には気をつけるようになったが、すでに遅かったらしくミアの家は町で浮いた存在になっていた。

 ミアが十歳になる頃には呪術者と繋がりがあるかも知れないと危険視され、結局両親は仕事を辞め別の町へ引っ越す事となった。


 引越し先では極力目立たないようにし、ミアが十四歳になるころ、両親が中央の私立学校に通ってみないかと言ってくれた。


――“ミアはまだ、術使いさんになりたいんだろ“


 その学校は魔塔が運営している魔法学院とも繋がりがあり、平民が魔塔へ就職できる方法の一つであった。成績優秀者などは学校から学院へ推薦をしてもらえ、平民でも認められれば奨学金を申請し学院へ通わせてもらえるのだ。

 もちろん、平民も通える学校であっても学費は決して安くはないが、払えない程ではないと父親は胸を張った。ミアは自分でも分からないが、何故か涙が溢れて止まらなかった。


――“お父さん違うわ。あたし今は研究者になりたいの。呪術と()()()()は別物だって証明したいから“


 涙声で笑うミアを、両親は優しく抱きしめてくれた。


 それからミアの将来の目標が定まった。呪術について学ぶ学問はないから、魔塔に入って魔力自体の研究をしたかった。この時はフェイルなんて存在は知らなかったので、それが一番だと思った。


――“魔塔に就職するには、上位どころか、前代未聞くらいにはならないと“


 まずは学校で上位を目指し、推薦権を得る。それで学院に通えることになっても、学院は幼い頃から魔法の勉強や訓練を受けてきた貴族の子供たちばかりだ。少し優秀くらいでは、卒業すら出来ず、奨学金という借金だけが残ってしまうことになる。



 そうして覚悟を決めて入学した学校で、ミアは入学試験の筆記をトップで合格した。詳しい成績が周囲にも分かるように発表された訳ではないが、学校は全寮制であり、噂でしかなかったが成績順で部屋割を決められている――などと学生の間で話題になっていた。


 部屋は一人部屋から、最大で四人部屋。実技成績が良いものや、貴族で寄付を寄越せる者は一人部屋で、以下成績順に二人部屋、三人部屋――ミアはその中で二人部屋を充てがわれた。


 そんな全寮制の寮で、カレンはミアのルームメイトであった。


 カレンと気が合わないことは、かなり早い段階で互いに気づいた。異性に興味があるカレンは夜でも部屋にいないことが多く、代わりにミアは授業がない休日でも外には出かけず勉強ばかりしていた。


 ミアとカレンはクラスも同じであったが特に話すこともなく、勉強ばかりしているミアには特別仲がいい友だちはいなかった。


――“ミアちゃん、何読んでるの?“


 入学してから三ヶ月。先程までいなかったのに、いつの間に戻ってきていたのか。ミアはまじないの本を読んでいる姿を、カレンに見られた。


――“なんでもいいでしょ。放っといてよ“

――“そんな言い方しなくても……酷いよミアちゃん“


 言いながらカレンは傷ついた表情を浮かべ、部屋を出ていってしまった。ミアはひとまず安堵の息を吐いたが、その日カレンは部屋には戻って来なかった。ただ、翌日クラスに行くと、ミアは機嫌が悪いとルームメイトに酷い言葉を浴びせて追い出す癇癪持ちにされていた。


 クラスの発言権のある女子はそれが嘘で、カレンが本当は男の子の部屋に行っているのも知っていたが、彼女等はカレンと似た者同士だった。


 それからミアはほぼ、一人部屋の生活を続けた。


 たまに私物を荒らされた形跡や、物がなくなっている時もあったが、まじないの本さえ見つからなければ良かった。特に執拗に荒らされるなんてことはなかったので、単純にカレンの手癖が悪いだけで、ミアが大人しくしていればそれ以上のことはないだろうと踏んでいたのだが。


――“ミアって顔だけは可愛いよな。クラスの女子の中では一番かも“


 放課後、男子がふざけて笑いあっていた。わざとミアに聞こえるように。褒めているわけではない。揶揄って、からかって、どんな反応を返すのか楽しんでいるだけ。


 ミアはそれを聞こえないふりをし、カレンはミアはを睨みつけた。その言葉を吐いた男子はフェンだった。


 その日の夜。


 職員室のガラスが割られ、実験用の魔石が盗まれる事件が起こった。現場には、いつ盗まれたのかも思い出せないミアのヘアピンが落ちていた。


 そしてミアは職員室に呼ばれた。盗難事件の話より先に


――“あなたが呪術の禁書を所持しているというのは本当ですか?“


 と。

 馬鹿じゃなかろうか。何故、このタイミングでそんな話をするのだろう。答えは簡単、教師は魔石を盗んだのがミアではないことはわかっていたからだ。だから禁書の所持などという話を先に口にしたのだ。魔石の窃盗事件の犯人と、禁書のことを教師に告げた人物が同一であったであろうから。


 結局、教師からは部屋を確認させて欲しいとは言われなかった。


 盗難現場に落ちていたヘアピンの事は、その後おざなりに問われ、それは自身は嫌われ者で、少し前に盗まれたものだと言えば、教師は言葉を濁してミアを返した。

 ミアがクラスで浮いていたのは、教師も知りながら静観していたから。


 同時に一部の生徒は笑っていた。カレンが魔石の入った金庫の鍵を持っている教師と、遊びで付き合っていることを知っていたから。バレるか、バレないか。賭け事のように楽しんでいた。


 学校側の対処は、事実確認が済むまではミアは自宅に戻り、待機という名の謹慎処分となった。

 事実が解明されようと、されなかろうと、ミアの目標は潰えた。今回の騒動のせいだけではない。教師にまで信用されない自分は、あの場で推薦権を勝ち取ることは出来ないと。勝ち取るまでの努力を、あの場で続けることが苦痛だと――立ち向かう気力さえ持てない自分を軽蔑した。


 だから、その後の事は知らない。調査の結果を待ち、謹慎が長引くと来年度の学費を支払わねばならなくなる。両親は大丈夫だよと慰めてくれたが、無理してくれているのが分かった。


 ミアは学校を中退し、学費と入学金は何年かかっても返すと両親に告げた。両親は気にするなと言ってくれたが、駄目だ。これ以上自分に失望したくなくて、頑なに拒否した。


(少し覚えのある景色まで戻ってこれたかも)


 坂を上りきり、人の多い方へと進む。


(悪いけど、もう帰らせてもらおう)


 そうして、少しだけ距離をおこう。

 また、誰かを気にして過ごすのは、とても疲れるから。


 なのにミアは見つけてしまった。カレンが、なぜか一人で歩いているササハに、話しかけようとしている姿を。

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