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12話 秘密の本

――“ミアちゃん、何読んでるの?“


 うるさい! あたしに構わないでよ!












「ミア! 昨日は」


 翌日、朝。訓練場にて。

 昨日花瓶を割ったことで迷惑をかけてしまい、そのことを謝ろうとササハはミアを探していた。しかし朝食の席にミアはおらず、寮の入り口で待っていても姿を見せなかった。なので仕方なく訓練場へ行けばミアはすでに待機しており、声をかけたところで離れて行ってしまった。


「ミアー、昨日は迷惑かけてごめんねー」


 届くくらいの声で、ミアの背中に声をかける。

 それ以上の深追いはせず、ちょうどのタイミングでカールソンが来た。


「え!? カールソンさん、どうしたんですか!? 顔色ひどいじゃないですか!」


 現れたカールソンの顔は白く、表情もぐったりとしている。おまけにいつも香る香水の匂いも強く、辺りに柑橘の匂いが広がった。


「ごめんね。気にしないで。色々と仕事が立て込んでて……あ、もしかしてボク臭い?! 昨日シャワーすら浴びる時間がなかったから」


 それで匂い消しのために香水を使ったのか、遠慮なく鼻をつまんでいるロニファンを見てカールソンはさらに項垂れる。体力練が終わったら速攻シャワーを浴びるよと、情けない声でつぶやいていた。


(もしかして、昨日の花の件かしら? それで忙しくて)


 いや、あれはどちらかと言えば、ラントのほうで処理をしているようだったしと、何事もなく訓練が開始され、走り込をしながらササハは考える。


「お嬢さん、無理しちゃ駄目っすよ?」

「大丈夫よ。言っとくけど、体力だけならハートィより自信があるわ」

「それは分かってるっすけど」

「ほらほら。本当に大丈夫だから、さっさか走る」


 小さな声でササハの体調を心配するハートィに、ササハは笑顔で返し速度を上げる。ハートィは多少きつそうだ。


「ん~! ウチだって負けてませんよぉ!」


 年上の意地を見せるとハートィが食らいつく。二人は結局、いつもより速いスピードで外周を終えた。




◆◆□◆◆




 一日の訓練後。自主練をしようとしていたササハは人が来ていると呼ばれ、寮に戻るとブルメアが待っていた。流石に騎士たちもブルメアの顔は知っているので、ロビーで待つブルメアに、横を通る騎士たちに緊張が走っていたと受付の女性が言っていた。


 昨日の今日で何かあったのかと心配になったが、ブルメアは澄ました表情でソファに腰掛けているだけで何も言わない。


「どうしたの? もしかして、犯に――なにかあった?」


 王国内では禁止されている花、イブラ。その花について何か進展があったのかと訊ねそうになったが、ササハの言いたいことを察したブルメアは違うわよと慌てて首を横に振った。


「きょ、今日は、その……昨日言えなかった事を言いに来ただけで」

「昨日言えなかったこと?」

「ぅ…………」

「???」


 何故かブルメアは言い辛そうに口を曲げ、心なしか頬も赤い。

 ブルメアが意を決したように口を開く。


「貴女、甘いものは好き?」

「甘いもの? うん、大好き!」

「そ、そう! なら、その、良かったら何のだけれど、その、ルティーアの……前に一緒に行った街。あそこにあるケーキショップへ一緒に行かない? だって、お父様が、私たちに代わりに行って欲しいと仰っているから、無理なら、別にいいのだけれど……」

「ケーキ屋さん! 行きた――はっ!」


 話の流れはいまいち把握出来ないが、ようはケーキ屋へのお誘いではないだろうか。そこまで考えてササハはあることに気づく。ラント御用達の店なら。


「そのお店、お高いのでは?」

「それは大丈夫よ。お店の方から是非にって、無料で招待を頂いているの。ただ、若い女性に人気のお店らしくて、お父様では行きにくいから代わりに行ってきて欲しいと頼まれたのよ」

「無料!? なんで?」

「宣伝のためよ。気に入れば今後、カルアン主催のパーティーで使われることもあるでしょう?」

「なるほど……行きたい! 是非とも連れて行って」

「~~っ、ええ、もちろんよ!」


 ブルメアは、緊張した面持ちから安堵の息を吐く。


「そうだ。もし、駄目じゃなかったら、ハートィともう一人、女の子を誘ってもいいかな? 昨日花瓶を壊した時に迷惑をかけちゃって……だから便乗させて下さい!」

「別にそれくらい良いわよ」

「いいの? ブルメア、ありがとう!」


 他力を全力で借りたが、個人的にはまた別のどこかで返そう。嬉しそうなササハに、ブルメアも口元がゆるゆるである。そんな二人の少女を、受付の女性が微笑ましそうに見守っていた。




◆◆□◆◆




「と、言うわけで一緒にケーキ屋さんに行かない?」

「………………い、行かない」

「ルティーアの街で超人気の、とぉ~っても美味しいケーキが食べ放題だよ?」

「た、食べ放題……!」


 ブルメアと約束を交わし、夕食も済ませたあと。食堂に食事すら取りに来なかったミアに、もしかしたら研究棟のほうにいるのではとやって来た。案の定ミアは飲食可能な休憩スペースの隅で、一人食事をしている最中であった。


「ブルメアも良いって言ってくれてたし、ハートィも行くよ」

「――ちょ、アンタ、今ブルメアって……」

「わたしの従姉妹のブルメアだよ」


 美味しいケーキ食べ放題に惹かれていたミアだったが、ブルメアの名に青ざめる。


「やっぱり行かない」

「なんで」

「そんな、カルアンのご息女様と一緒になん――て……」


 言いながら、ミアはササハの顔を見て微妙な表情を浮かべた。いや、表情だけではなく「忘れちゃうけど、そう言えばあんたも……」的なことを呟く。


「次の七の曜日。訓練がお休みの日。ね、行こ?」

「………………」


 だいぶ気持ちは傾いていそうなのに、ミアは首を縦には振らない。だが、あともうひと押しあればいけそうな気もする。何かミアの気を引けるものはないかとササハは眉を寄せ、ふと、ミアの向こう側の椅子に積んである本が目についた。

 テーブルの上ではなく、椅子の上。三冊の本が背表紙を向け並んでいるが、流石に文字までは読めない距離だが――。


「その本」


 向こう側を見ながら言った言葉に、ミアの肩が跳ねる。


「その背表紙見覚えがあるわ。その緑色のやつ」

「――――――え?」


 ミアの大きな目が、さらに見開かられ。


「お母さんが()()()()が上手で、家にあるやつと似て」

「そう! これ、まじないの本なの!」

「え? ……うん?」


 急にミアが身を乗り出し、ササハへと詰め寄る。互い、壁に面した席に横並び座っていたため、思いの外近い距離にササハもたじろいでしまう。


 ミアは緑――正確には深緑色の本を手に取り、パラパラと捲くって見せる。本がササハの家にあるものと同じものであるならば、本のタイトルも覚えている。


 『初級呪術(じゅじゅつ)書』だ。


「タイトルには呪術書ってあるけど、そもそもそれが間違いなのよ! 呪術は昔に海向こうの国から伝わったものってされているけれど、本来海向こうの国でははまじないって呼ばれていたの。けど使用される魔力が第一から第五魔力のどれにも当てはまらないから、いつの間にか得体の知れない悪しき術ってことで、もとから別にあった人を呪うための呪術と一緒くたにされちゃってるのよね! あ、もちろん中には人を呪うことが出来るまじないもあるけれど、大半はそうじゃなくて」

「――ゴホン! んん!」


 ササハでも、ミアでもない咳払いが聞こえ口を噤む。声が大きくなりすぎていたのだろう、休憩スペースは静まり、「もう少し静かに」と咳払いをしたであろう人物に注意された。


 二人揃ってすいませんと小さく謝る。騒いだことを咎める視線に混ざり、「今呪術とか言ってなかったか?」と別の視線も向けられる。ササハが周りの様子に気をとられている間にミアは残りの食事を詰め込み、ササハの腕を取って立ち上がった。


「少し外で話しましょう?」

「へ――あ、うん!」

「その前にこの本は借り物なの。書庫室に戻してくるから、外で待っていてくれない?」

「分かった。なら入り口のところで待ってる」


 まだ微かに視線を感じつつ、それぞれの目的地へと向かう。意外にもミアはすぐにササハの元へと戻り、すっかり暗くなった寮への道をゆっくり歩きながら話した。


「そっか、ミアのしたかった研究って、まじないのことだったのね」

「正確には呪術とまじないの研究。大抵の人はまじないは全て呪術だと思いこんでいるから、違いを研究して証明したいの」

「なんで?」

「あたしはまじないに興味があるのに、何も知らない人からは、呪術の研究をしている危ないやつって思われるからよ」

「別に本当に呪術の研究してる人もいるでしょ? むしろ、そういう人たちのおかげで、何が危険とかが分かるんじゃないの?」

「そうよ! 本当にそれなのよ! なのに呪術はとにかく危険だ、関わってる人間ももれなく頭おかしいやべー奴だって言われるのが腹立つのよ!!」


 何も知らない人から見れば、ササハのカタシロだって危ない術ということになるのか。


「わたしはまじないと呪術の違いって通常魔力か、第六魔力かの違いだと思うんだけど?」

「本当にそれ! けど第六魔力なんてあたしもジルケニーさんに会わなかったら知らなかったし。まずは第六魔力がない人に、第六魔力の証明から始めないといけないと思うの」

「ジルケニーさんって誰?」

「知らないの? カルアン特務部隊(ここ)の副隊長じゃない。ルディク・ジルケニー副隊長。特務部隊を持つ四家門は王家への忠誠を示すため、原則特務部隊の副隊長は中央へ派遣させなきゃいけないって言っていたわよ?」

「そうだったんだ……知らなかった」


 ミアが呆れた顔を向ける。知らなかったものは仕方がない。ササハはじと目でミアを見返し、ミアはそれを鼻を鳴らしていなした。


「ところで。ミア?」

「なに?」

「やっぱりケーキ屋さん一緒に行こうよ」


 気づけばすでに寮の入り口まで戻ってきていた。ミアは少し恥ずかしそうに口を尖らせたあと、何も言わずに頷いた。

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