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8話 眉毛とケンカ

 簡単に敷地内を回り、研究班に特殊魔具を預けにいった。研究班の仕事場は本邸やラントの別邸とは違う、無機質な外観の別の建物の中にあった。


 ササハは第六魔力以外の適正がないのだが、ミアとロニファンは別の魔力の適性もあったため、特殊魔具に認識阻害の魔石を取り付けてもらった。


 取り付けると言っても、どうやってとササハが疑問に思っていると、ハートィが「シラー先輩とリオークの坊っちゃんのを参考にすると分かりやすいっす」と教えてくれた。

 曰く、取り付け方には2パターンあって、一つがレンシュラが使っているような、別の土台に特殊魔具の石と、認識阻害の魔石を埋め込む方法だ。レンシュラの特殊魔具は銅鏡のような土台に赤い石と青の石が埋め込まれているのだが、それが大剣になった時土台の部分は変化せず、赤い石から大剣の刃の部分と柄が伸びる仕組みになっている。


 もう一つは特殊魔具の石に、認識阻害の魔法陣を付与する方法で、リオのがそのタイプらしい。ただこちらの場合は魔法陣を付与してもらうため、中央の魔塔の魔法使いに依頼しないといけない。そのため手間も、時間も、何よりそれなりの費用がかかるため、依頼料を自費で払える人物しか無理なのだとか。


 その点、特務部隊の経費で備蓄してある魔石は無料なので、魔法陣付与をする者は殆どいない。


「ウチのも魔石を後付するタイプっす。具現化させると、石の付いてある腕輪部分が柄の下の方についてあるんで、そっちを地面につけないよう気をつけてるっす」


 ハートィが自身の特殊魔具である腕輪を見せながら言う。それに皆がなるほどと納得したところで、ミアとロニファンはタダで認識阻害の魔石がもらえるならと加工を頼むことにした。

 加工には数時間かかるらしく、明日カールソンがまとめて受け取り訓練時に持ってきてくれることとなった。


「じゃあ、今日はここまでとしよう。ロニファン君とミア君は荷物の整理もあるだろうからね」


 まだ夕刻前の明るい時間。


「必需品はある程度支給されると聞いてますが、どの程度でしょうか?」


 珍しくミアが言葉を発し、可愛らしい声にササハは勝手に癒やされる。


「今部屋に用意されてあるもの一式……うぅ、細かいものも沢山あるから部屋に戻って確認してみて。それでも不明なことは寮の受付で訊いてもらったほうが確実かな」

「外出規制はどのくらいなんすか?」

「訓練生の間は基本、週半ばが半休で、週末の七の曜日は一日休みになる。それ以外の日は事前に申請書を提出してもらって、ボクと隊長の承認がおりれば可能だよ」

「あざまーす」

「他に、質問や不明点はあるかな?」


 訓練生を見渡し、首を横にふる以外の反応がないことを確認し解散となった。カールソンは報告書作成のため、共同スペースがある研究班のいるの建物――研究棟へと戻っていった。カールソン曰く、自室には仕事を一切持ち込みたくないのだとか。


「ウチ等も戻りましょうか」

「そうだね。ねえ、ミ――」


 ミアを呼ぼうとし、すでにその背が遠くあるのにササハはがっかりする。


「帰り道が分かるか聞こうと思っただけなのに……」

「分かるも何も、見えてるじゃねーか」

「お話ししたかった口実ですぅー」


 呆れたように言うロニファンに、ササハは口を曲げる。可愛い女の子とお近づきになりたいと思って何が悪い。それでも去ってしまったものは仕方ないと、ササハ寮に向かって歩き出す。

 ササハとハートィが並び、なぜかロニファンが数歩離れた後ろを歩く。男性の足ならゆうに追い越せる速度であったが、それはしないようだ。


「お嬢さんはこれからどうするんすか?」

「どうしよう。荷物の整理は終わってるし、特に思い浮かばないな」

「なら夕食の時間まで探検してみませんか? 出入り可能な建物は回ったっすけど、他にも美味しい蜜が吸える花が咲いてある場所や、あまり人が来ない隠れ場的な場所があるっす」

「そうなの! 行ってみたい」


 嬉しそうにはしゃぐササハに、ハートィも嬉しそうに笑い返す。


「ロニファンさんも行きますか?」

「は?」


 振り返り、ロニファンが間抜けな声を出した。


「探検。ハートィが面白いところに連れて行ってくれるらしいですよ」

「お、面白いかは分からないっすよ。ただウチは良いなと思ってるだけで」

「あー……いや、行かねー」

「そうですか」


 荷物整理もあるだろうしと、強く勧めることもなくササハはまた前を向く。ハートィはロニファンがついてこないと分かって安堵した様子だ。


「お嬢さんだから特別に教えるんすからね」

「あ、そうだったの。ごめんね」

「謝ってもらう程では……」

「ハートィ、ありがとね」

「えへへ。本当に大したことじゃ無いっすけど、楽しみにしてもらえるなら嬉しいっす」


 ニコニコと笑い合うササハとハートィの後ろで、ロニファンが何か言いたげに口を開いた。しかし、ロニファンが何かを言うより先に、後ろから男の声が飛んだ。


「ハートィ!」


 呼び止めたのは訓練場でハートィに突っかかってきた眉毛。が気になる男。誰だったのか詳しく聞けていないが、顔色を悪くするハートィに、ササハ庇うようにハートィの前に出た。


「ハートィに何か御用ですか?」


 それまでハートィしか見ていなかった眉毛は、ササハを視界に入れる。


「……人の話に割り込むな」

「ハートィはお話したくなさそうですけど」


 ヒクリと男の眉が釣り上がる。チラチラと通り過ぎる騎士たちの視線を集めているが、足を止める者はいない。

 ハートィは震えながらもササハの腕を引き、一歩を踏み出す。


「お久しぶりです、ウルベ先輩」


 ロニファンは見学していくつもりなのか、傍観者の位置を取り眺めている。


「何しに戻ってきた」


 ウルベが憤りを滲ませた声で問う。


「もう一度、やり直そうと」

「――――――、やり直す?」

「はい。ウチは一度逃げました。だから、今度は」

「ふざけるな! なにが、やり直すだなんてっ……ツァナイのことを無かったことにするつもりか!」

「違っ」

「ツァナイが死んだのはお前たちのせいだ! なのに、自分たちだけのうのうとやり直すだって? ふざけるのも大概にしろ!」


 ウルベの右手が、ハートィの胸ぐらを掴む。ハートィは抵抗すら見せず、ササハはすかさずウルベの右手に両手を回し、口を開けて見せた。


「ハートィに酷いことしたら噛みつきますから」


 さらに白い歯がよく見えるように手首に顔を寄せれば、ウルベは面倒そうに右手を払った。ら、ササハは回した腕を外さなかったので、そのまま引きずられる。


「離しただろうが! お前も離れろ!」

「なんでそんな意地悪言うんですか!」

「意地悪ではなく、事実だ。ツァナイはこいつ等のせいでっ……」

「違います! ハートィたちのせいじゃない」

「うるさい! 部外者が口を挟むな!」


 否定の言葉には耳を傾けないウルベに、ササハの眉が寄る。


「違うって言ってるのに、なんで人の話を聞いてくれないんですか? それに、さっきからツァナイさんツァナイさんって……、ツァナイさんのことが好きだったんですか!」

「なっ! なにを言って――」

「でも残念でしたー。ハートィが、ツァナイさんはレンシュラさんと仲良しだって言ってましたー!」

「え……」

「お、お嬢さん?! なんで今そんなこと」

「だって、さっきハートィに意地悪なこと言ったでしょ! だからわたしも意地悪なこと言ってやるのよ」

「そんな……まさか……」

「もう! お嬢さんは少し黙っててくださいっす! あと、仕返しは良くないっす。終わらない争いが続くだけっす」

「そんなの知らない!」

「お嬢さん! めっ!」


 ハートィは頬を膨らませるササハを抱き込む。双子ではあるが、ハートィもお姉ちゃんだ。ウルベは酷い顔色で、二歩ほど後ろによろけた。


「けどレンシュラさんは、そうでもないみたいな事言ってたような?」

「本当か!」

「実際はどうなのかは知りませんけど」

「~~~~~っ!!!! 重要なところだろうが!!」


 ウルベは眉毛を盛大につり上げ、ササハに怒鳴る。ササハも眉毛――ではなくウルベに負けじと眉をつり上げた。

 傍観していたロニファンが、何かが彼の琴線に触れたのかウルベを指差し笑い出す。それにウルベの興が削がれ、渋い表情を浮かべ咳払いをした。


「――とにかく、俺はお前たち双子を許さないし、認めない。まあ、戻ってきたところで、居場所などないだろーがな」


 そう吐き捨てると、ウルベは踵を返し来た道を戻る。わざわざそんな事を言いに来たのかと、ササハは抗議の意味も含めてハートィに強く抱きついた。しかしハートィの大きな胸に押し返され、首の筋が反り返り痛めるかと思った。


「首、痛ぁ」

「お嬢さん……」


 すぐに離れたササハに、ハートィは赤くなりながら脱力する。騒いでいた内に日は傾き、探検に行く気分も萎えた。


「風が冷たくなってきたので、今日は戻りましょうか」

「うん」

「秘密の場所は、また今度案内するっす」

「うん!」


 ササハは前を向いて、再び歩き出す。その隣にハートィも並んで、今日の夕食はなんだろうと会話を弾ませる。その背中を見送りながらロニファンは「言い過ぎたかも……って、タイミング逃したじゃねーか」と、不貞腐れたように呟いた。

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