7話 使えねー
「びっくりした~。まさか大神官までいるなんて思わなかったよ」
「様をつけろ馬鹿が。教団の者の耳に入ったらどうする」
グラントが神官たちを見送りに出た訓練場。すっかり姿が見えなくなってからのリオの言葉に、レンシュラが眉を寄せながらリオの頭を殴る。
「神官様が来てくださるだけでも珍しいのに、まさか大神官様もお越しくださるなんてっ……!」
カールソンも興奮した様子で語調が跳ねている。その様子にロニファンも特別なことなのだと思いながらも、通常が分からないので肩をすくめる。
「確かに大神官様はすげーと思いますけど、他の二人もなんすか?」
「そうだよ。白のローブを着ていらっしゃっただろ」
「はあ。けど、それが?」
いまいち理解できていないロニファンに、ササハも同じ様な表情を浮かべる。その疑問に答えてくれたのは、意外にもミアだった。
「白が許されているのは、神殿にいる下位神官様以上の方たちだけ。下位神官様より下のお立場の侍官様や、下位神官様でも神殿ではなく、教会にいらっしゃる方は、白色の祭服を着てはいけないのよ」
「「へー」」
ミアの説明にササハとロニファンの声がかぶる。
「僕の時は下位神官が一人だったな」
「ウチとヴィートの時もそうっす」
「たぶん特殊魔具の石の数や、受取人が四家門の人物かが関係してるんだろう。同時に三名の引き渡しは珍しいほうだ」
「そうだったんですね。いやー流石シラー卿! 勉強になります」
「……指導係はお前だろ」
「いや、だって、勤務歴も実力も、シラー卿のほうが断然上ですし、なにより特級騎士のお二人が、なんでここに居るんだろうって不思議なくらいでして」
「…………邪魔をしているか?」
「え? いえ! 今の言葉は、そう言うつもりでは」
しどろもどろなカールソンの後ろで、リオが悪びれなく笑っている。
神官たちも去り、見学していた数名の騎士もざわついているが、事情を聞きに来ないのはレンシュラとリオがいるからだ。班を組み討伐を行う特務部隊において、特級騎士の称号を持ち、単独行動が許されている彼らと交流のある者は少ない。
ササハは自身の手に視線を落とすと、ただの棒状のような特殊魔具を見つめる。限りなく透明で、他の誰のものとも違い何の色も宿していない。
もう一度試しに振ってみたり、曲げて使うものだったりしないかと恐る恐る力を加えてみるが、なんの変化も起こらない。
しばらくし、ハートィの心配そうな視線に気づく。
ササハの特殊魔具は誰にも見えないらしい。なのに下位神官も、大神官も助言どころか何の言葉もなく、役目は果たしたとばかりに帰ってしまった。
「確かに透明だけど、全く見えない訳じゃないでしょ?」
不貞腐れたササハに、ハートィは「いえ。見えないっす」と正直に答える。ササハはヤケになり、八つ当たりするようにハートィの脇腹に透明の棒をめり込ませた。
「いった。痛いっすお嬢さん!」
「だってあるもん。わたしの特殊魔具、ちゃんとあるもん! けどお腹刺したのはごめんなさい」
「そんな。急に謝らないでくださ……え? お嬢さん、今なにでウチのこと刺したっすか?」
「これ」
と言ってササハは握った右手あげる。ハートィにはやはり見えない。横からリオが割り込み、ササハの握り拳の上に人差し指を突きつける。
リオが驚いた顔をする。ササハは不愉快そうに口を尖らせた。と、次にはリオがササハの特殊魔具を掴み、力任せに自身のほうへと引っ張った。
突然引っ張られたササハは、抗議の声を上げリオを睨む。
「ちょっと、危ないでしょ。急に引っ張らないでよ」
リオはササハのほうを見ていない。身分の握った右手を見つめ、何度も握っては開いてを繰り返している。
「うわ。見えないけど、本当にある。なにこれ怖っ」
リオの大きな独り言に、レンシュラとカールソンが遅れて手を伸ばす。
「うわっ、え? 何か、感触が、え? でも何も見えないし、そもそも他人の特殊魔具には触れられないのに……え???」
「ウチも触ってみたいっす!」
レンシュラは無言で、カールソンは思ったことすべて口に出しながらリオの手元にあるものに触れる。ハートィも手を伸ばし、少しの間だけ感触を実感したころに。
「あ。戻っちゃった」
リオがそう言い、彼の広げた手の平の上には、白の濁りを含んだ結晶石のような物体が現れた。
「ササの魔力が抜けて、具現化が解かれたのかな」
六角形の結晶石。それは他者の目にも見えているようで、ササハはようやっと安堵の息を零した。
(良かった。わたしのだけ変なのかと思っちゃった)
特殊魔具を返してもらい、魔力は込めないよう表面を撫でる。手触りはつるりとしているのに、小粒の岩塩の集合体のような凹凸も感じられる。
「で、では――三人とも特殊魔具の引き渡しは無事終了という事だね」
「無事って、結局アイツのはなんだったんすか?」
静観していたロニファンが眉をひそめている。
「なんだろう、ね?」
「細めの横笛? くらいの棒状でした」
カールソンは首を傾げ、ササハが自身の特殊魔具を説明する。ロニファンは何が引っかかるのか、近づきすぎない程度に距離を詰めササハを上から見下ろす。
「透明の横笛ってこと?」
「穴は空いてなかったから、笛じゃないと思いますけど……あくまで、わたしが見た印象です」
穴はどこにも空いておらず、筒のように空洞にすらなっていない。それにロニファンが口の端を上げてつっかかる。
「でもお前、騎士職志望なんだろ?」
「? そうですけど……?」
ロニファンは可笑しそうに吹き出した。
「つまりは、横笛と間違うくらいにはほっそいただの棒ってことだろ。そんなもんで、どうやって戦うんだよ。マジ使えねー」
ササハは大きく口を開ける。言葉は出ない。ただ衝撃の反動で口が開いてしまっただけ。
途端、場を支配する殺気がロニファンに向けられる。
「こわー。そんな睨まなくてもいいじゃないすか? 流石こんな場所までついてくる彼氏さんは違うわ」
殺気を飛ばした張本人、レンシュラに向かってロニファンが嘲笑じみた言葉を吐く。レンシュラが動揺したような表情を浮かべた。
様子の変わったレンシュラに、逆にロニファンは困惑する。
「確かに……心配、しすぎだったか……」
レンシュラは珍しく眉を下げササハを見る。
「カールソンも、邪魔をしてすまなかった」
「そんな! 邪魔だなんて」
レンシュラはそれだけ言うと、訓練場から出ていった。ロニファンは拍子抜けした様子だ。そんなロニファンにリオが口を開く。
「訓練生くん、ごめんねー」
「は?」
「レン――あ、さっきの彼ね。レンは最初遠慮してたんだよ? 訓練生の交流の邪魔になるんじゃないかって。それを僕が無理に誘ったの。誤解のないよう言っておくけど特殊魔具の受け渡しは、もとから見学自由だからね。無理言って見学させてもらってたわけじゃないから」
「……はあ?」
訓練場にいる別の騎士たちに視線を向け言う。あえて今は、顔合わせ時のことは話に上げないが。ロニファンは急に何だと眉を寄せる。
「でさ、レンも今は色々こじらせちゃってるんだよね。十年分の重み、とでも言うの? 過敏になっちゃってるんだよ」
「……それで? 結局、何が言いたいわけ? そっちの事情とか知らねーし、こじらせてるから訓練生のイベントに乱入してもごめんねーってか。それとも上に顔が利いて、好き勝手許されてる自分たちに盾突くなんて、生意気だってことですかね? 先輩」
「まあ、そう取りたいならお好きにどうぞ。僕等の行動でキミたちが不快に感じたなら、僕等――と言うか無理に誘った僕が悪いんだから」
ロニファンの表情が歪む。リオは笑みを浮かべたままで、カールソンとハートィが表情を青ざめ震えている。
「でもね」
止めに入ろうとしたササハを予測したように、リオが声音を落とす。
「大事な友人を楽しそうに貶められたら、流石にムカつくんだよ」
先程の、レンシュラ以上の殺気に息を呑む。
リオがこんなに怒った姿をササハは初めて見た。と思えばリオはすぐに表情を戻し、わざとらしく声音を和らげる。
「なんて言ってみたりしてね。邪魔になってたのなら、それは本当に申し訳ないことをした。僕が悪かったです。そっちの子もごめんね」
突然矛先を向けられたミアは、大きく首を横にふる。リオはもう一度ロニファンに向きなると、大げさな素振りでため息をこぼした。
「でもキミはもうす少し言動には気をつけたほうが良いよ? キミの言う、上に顔が利いて好き勝手出来る人たちってさ、短気で話が通じなかったりする奴もいるからさ」
リオはロニファンに近づき、軽く肩に手をかけ言う。背はロニファンのほうが僅かに高いのだが、向けられる視線にロニファンは何も返せなかった。
「大丈夫、安心して。僕の友人たちは心が広いから、そんなことはしないよ。けど、キミがこれから行く騎士の世界は、気をつけたほうが良いって話。こっちは先輩からの忠告かな」
じゃあ、僕はレンを追うね、とササハに告げリオは背を向ける。張り詰めた空気が緩み、ハートィが怖かったと深く息を吐く。
「リオークの坊っちゃんって、あんなキャラだったんすね」
「わたしも、あんなに怒るリオは初めて見た」
ロニファンは舌打ちし顔をそむける。息を殺していたカールソンも力を抜き、心臓に悪いと汗を拭う。ミアの表情も強張りが解け、しばし微妙な空気が流れた。
「えー……と、それじゃあ、これから立入が禁止されている場所の説明に行こうかなー」
本当なら特級騎士が二人もいたので、特殊魔具の基礎訓練を行いたかったが、カールソンの儚い願望は塵と消えた。ササハがいるので、二人共コーチ役を頼めば引き受けてはくれるだろうが、あのやり取りを見たあとでは諦めるしかない。
「では、早速しゅっぱーつ。ほら、皆さん。行きますよー」
カールソンがカラ元気に歩き出す。そのあとに続くように動き出した流れに、ササハも少し遅れて歩き出す。俯き、手の中の特殊魔具を見つめる。
ササハの特殊魔具は他の皆と違い勝手に浮いたりせず、ただの石ころのようにそこにある。
「後で研究班に持っていきましょう。専用の金具を付けて、身に着けていられるようにしてもらえるっす」
いつの間にか隣に来ていたハートィが、ササハの特殊魔具を指す。身に付けるという言葉に、ササハは下げていた母の形見を思い出した。
「うん。ありがとう、ハートィ!」
ササハに笑顔が戻る。少し前を歩き、知らぬ振りをして歩いていた背中も、知らず安堵の息をこぼした。




