6話 それぞれの特殊魔具
訓練場に入り、反対側まで進む。訓練場には見学に来た騎士たちか、数名の人影が屋根の下にあった。ウルベは勝手に出ていったが、広場を使用しないのであれば見学は許されているようだ。
ササハたちが入ってきたのが、騎士寮が近い入り口。カールソンを先頭に向かうのは、屋敷がある方角だった。その反対側の出入り口に着く前に足を止めると、タイミングよく扉が開きグラントが入ってきた。
グラントはカールソンに気がつくも、扉が閉まらぬように押さえ、後ろにいた人物を中に通すように身体をずらした。
グラントに続き、扉をくぐり中へと入って来たのは三人の人物。三人共真白い布地に金糸の刺繍がつたうローブに、大きめのフードを目深く被っている。教団から来た神官だ。
ただ、先に入ってきた人物は後ろの二人とは違いローブに付いている装飾が多く、よく見なくてもローブの生地も上等で、位が高い方に違うのだと見て取れた。
ぼけっと立っていたササハは、リオに腕を引かれ、一歩後ろに下がる。そこでようやくササハとロニファン以外が、息も漏らさず緊張しているのが伝わった。
先頭を歩いてきた高位神官と思われる人物が、ふとササハの前で足を止めた。フードの前が鼻先まで隠しているため、かろうじて男性だと分かったくらい。
男はニコリとササハに笑みを向けると、そのまま何事もなく歩き出し、次に広場側に立っていたレンシュラを見て、嬉しそうに全開の笑みを口元だけで表現した。
「レンシュラさんのお知り合い?」
ぽつりと零したササハの独り言に、レンシュラは小さく首を横に振った。その後ろを、残りの二名が何の反応も示さず追従する。
屋根の下で気を抜いていた騎士たちの様子も、どことなく変化する。
「聖女シエリュダ様を象徴する紫色の魔石。あれを身につけられるのは、王族か、神殿を守護する教団内でも一人だけ――大神官様だ」
その紫色の大きな魔石をあしらったタリスマンを、胸元に堂々と掲げる人物。装いやリオの口ぶりからして後者のほうだろう。
「大神官様……」
「はあ!? だいっ――」
驚きの声を上げたのはロニファンだったが、慌てて自身の口を塞ぐ。皆の視線が一瞬集まったが、グラントが大神官の元へ行き注目が移る。
「今日の特殊魔具の受け渡しに、大神官様が自ら来てくださった」
そのためだけに? とミアとハートィも半開きだった口を引き締めた。カールソンは知らなかったのか今にも倒れそうだ。
ササハ小さな声でリオに訊ねる。
「やっぱり、すごい珍しいことなんだよね?」
「もちろん」
田舎に住んでいたササハですら知っている、教団トップの偉い人。普段は神殿でお祈りを捧げ、聖女様以外に、大神官からお祈りをしてもらえるのは王族くらいだ。
神殿を守る神官たちは魔塔の魔法使いたちも使えない、特別な魔法が使えると聞いたことがあるが――それはもしかして第六魔力のことだったのだろうか。
装飾をつけていない二人の神官が、両手で持っていた箱を大神官へと差し出した。
薄い長方形の木箱。木箱と言っても淡い木目の色は白に近く、塗料を塗ったわけでもなさそうなのに表面はさらりと滑らかそうだ。大神官が蓋を開け木箱の中身を、特殊魔具を所持していない訓練生へと向ける。
箱の中には赤い布が敷き詰められ、その布の上には三つの透明の――石だろうか。何の色も、混ざりもない、透き通る楕円の塊が横たわっていた。
「どうぞ、お取り下さい」
言ったのは横に控えた神官の一人。神官には階級があり、大神官をトップに、上位神官、下位神官は白のローブを纏うことを許されている。控えている二人の神官は装飾品をつけていないことから、おそらくは下位神官。
「そちらの魔石は第六魔力を増幅させ、具現化させます。一度魔力を込めると変更は効きませんので、他の方の石には触れないようご注意下さい」
下位神官がそう説明し、ハートィを除く訓練生三名が一歩前に出る。皆で手を伸ばすと他者の石に触れてしまいそうで、ササハとミアは様子をみた。それを感じたのか、真ん中に立っていたロニファンは「じゃ、遠慮なく」とその辺の石ころを拾うように、軽い調子で石を取った。
「まだ魔力は込めないでください」
下位神官の言葉に、ロニファンは大人しく一歩後ろに下がった。ロニファンがちょうど真ん中の石を取ったため、ササハとミアは隣を気にすることなく、同時に手を伸ばした。
透明の石は感触はあるが、温度は感じない。ササハは服の下に隠してある母の特殊魔具を思い出し、知らず息を呑んだ。
魔力を込めていないからか、ササハの持つ石は透き通るだけで、母の特殊魔具のように色を宿してはいない。
空になった箱を大神官が引き、横へ移動する。
グラントの目配せに、石を受け取った三名は距離を取るように前へ出た。
特殊魔具の形状は、使用者の潜在意識か、魔力自体になにか法則があるのか一度形作ると、別の形を取ることはない。稀にハートィのように一部分が変形する場合はあるが、本当に稀なケースである。
「魔力の流し方は分かるか? 特殊魔具に意識を集中し、石も身体の一部と考え、そこまで血液を巡らせると想像してみなさい」
一定の間隔を開け、横一列に並んだ訓練生達の後ろから、グラントが声をかける。第六魔力以外の魔力は壊滅的なササハは、魔道具すら碌に扱ったことがない。
いっそ握り込み、ぎちぎちに石を握りしめるササハの隣で、ロニファンが逸早く特殊魔具を具現化させた。
緑の光がロニファンの手元から放たれ、透明だった石が姿を変える。
「戦斧か。それにしてもデカイな」
レンシュラの言葉にグラントとカールソンも頷く。ロニファンの石は大きな斧へと代わり、刃のある頭の部分が異様にでかい。それに比例するように柄も長く、ハートィの持つ巨大ハンマーと同等か、やや短いくらいだ。
ロニファンは確認するように一振りしようとし
「あれ?」
両手で振り上げ、下ろす前に具現化が切れた。大きな戦斧だったものは、角張った雫型の結晶へと変形し、ロニファンの右手の甲辺りで浮かんでいる。
「勝手に形が変わっちまった」
「まだ魔力制御しきれず、十分に魔力を送れていないのだろう。そのための訓練を、これからひと月かけて行う」
「あー。振り分け試験がどうとかってやつっすよね」
グラントに対しても緩んだ声音でロニファンは返す。
「すごいね! 武器の大きさは、魔力量も関わってるんだ。つまり、それだけロニファン君は第六魔力があるってことだよ」
カールソンも興奮気味に言う。
つい見入ってしまっていたササハも、自分も頑張らねばと気合を入れ直し、次にロニファンの向こう側でミアが強い光を放った。
白に近い淡い桃色の光。研究職希望であるミアの特殊魔具は、ササハの母と同じ、半円を描く弓になった。ササハは無意識に服の下の形見を握り込む。
「白の光が強いようですね」
下位神官の一人がつい言葉を零す。
特殊魔具は第六魔力を具現化し、形作った武器であるが、同時に第一から第五の魔力も取り込んでいる。その中で第四の白の魔力は威力増幅効果があり、回復促進薬や、魔法効果の底上げなどで使われている。
「白の魔力と相性が良いのなら、訓練次第ではサポート役もこなせるのでは?」
カールソンがグラントに確認するようにふり返ったが、グラントは何も言わなかった。
「僕、弓系の特殊魔具って見たことないんだよね。あれって、矢も自分の魔力から作られてるの?」
リオが特級騎士になる前にいた班に、弓使いはいなかった。他者の特殊魔具は使用出来ないので、ササハも母の弓は使えず、具現化すら出来ない。
ミアは視線を集めるのが不快なのか、眉をひそめ弓を解除してしまった。
ハートィの残念そうな声がした。
ミアは“自分も今ので限界です“とでも言うように、再度挑戦する素振りは見せない。ミアの特殊魔具は、まるであつらえたかのように、彼女が頭につけていたリボンの一部と化した。よく見れば浮いているのだが、知らなければピンク色の宝石がついた髪飾りにしか見えなかった。
「残るはお嬢さんっすね!」
期待に満ちたハートィの声に、ササハは我に返る。拳を肩の辺りで握るハートィの右手には、彼女の腕輪型の特殊魔具が光っている。
「よし!」
ササハは掛け声と共に石を握りしめる。石を持っていないほうの手も同じように握りしめ、傍から見ればおかしな格好だ。両手を突き出し祈りを込める。
(わたしも、お母さんとお揃いの弓が良いな)
父であるゼメアの武器は厳つい大剣だったと、レンシュラが教えてくれた。
(剣は扱える自身ないけど、弓ならわたしだって……だから弓が良い!)
得意とまでは言わないが、狩りで何度か触ったことがある。弓、弓と邪念まみれの祈りを込めて、とうとうササハの握る石が光を放つ。
白い――のかは分からない。とにかく眩しい光。もしかして太陽の欠片でも握っているのかと思うような光だった。
「お前、何やってんの? ふざけてないで早くしろよ」
「え?」
眩しそうに目を閉じるササハの耳に、ロニファンの白けた声が入る。
「ふざけてないし、ちゃんとやってます!」
「いや、どう見てもふざけてんだわ。つか、なんで目閉じてんの?」
「眩しくて開けられないんです!」
「は? 眩しいって何が?」
「?」
その時、石を握る手の感触が変わった気がした。丸い楕円の石から、なにか棒状の感触。ササハはそろりと目を開け、通常の視界で自身の手元を見る。
「なにこれ……本当になに?」
自分で言いながら、ササハは形を変えた特殊魔具を見る。武器ではなさそうだが、かと言って楽器でもない。ただの棒。ササハの人差し指ほどの太さの、長いわけでもない棒だった。
ササハは試しに振ってみたり、両端を覗いてみたり、実は横笛だったりしないかと口に喰む。
「ちょっとササ何してるの?! 今なに食べた??」
「もしかしたら楽器だったりしないかと思って」
「楽器? ――え、ササ今、特殊魔具どこに持ってるの」
「これ」
ササハが握り込んだ右手を上げる。ササハからすれば、冷たくない透明の棒。
「……今、君は特殊魔具を握っているのか?」
「、は、はい……?」
「そうか」
突然グラントに訊かれ、ササハは不思議そう答える。
「え……と、ササハ君の特殊魔具はいったいどんな形状になったのかな?」
カールソンまで困惑気味の声を出し、ササハ徐々に身構える。
「棒? です」
「ぼう? とは? 棍棒のことか?」
「違います。これくらいの、こんな棒です」
レンシュラは多少呆れた様子を滲ませるが、動揺は見せずに聞いてきた。しかしササハがこれくらい、と両手の人差し指で特殊魔具を支えて見せてみると、顔の幅程しかない長さに困惑した。
「本当にただの棒っぽいね」
「だから棒って言ってるし、見たら分かるでしょ」
「たぶんね、僕も含めてササ以外誰も見えてないと思うよ。その棒」
「へ?」
「見えんな」
「ウチにも分かんないっす!」
リオに言われ、レンシュラとハートィが頷く。ササハはゆっくり周囲を見渡し、上官二人は静かに首を横に振り、同期の二人に至っては奇妙な人物を見るような目を向けられた。
「ある、本当にここに棒があるんですって!」
下位神官の二人も困惑している様子だったが、大神官だけが声も上げず一人全開の笑顔でウケていた。
「本当なのに……」
ササハはしょんもり項垂れながら、戻し方の分からない透明の棒を見つめた。




