5話 自己紹介
騎士寮の一階にある、ミーティングルームのひとつ。長方形の広いテーブルに、七名が向かい合って座っており、レンシュラ一人だけが壁に背を預け立っていた。
席に着いているのは入隊予定の訓練生四名と、対面に座るのは指揮隊長であるグラント。それとグラントと同じく騎士服に身を包む年若い男に、私服姿のリオの三名だ。
グラントの隣に座る男は、なぜリオとレンシュラがここにいるのかと、困惑気味に視線を送っている。レンシュラは半ば無理やりリオに連れてこられたのだが、リオは単に興味からである。
テーブルのちょうど真ん中に座っていたグラントが、部屋の隅にある時計を確認し口を開く。
「時間になったので始めようか」
わざわざ待ってたのかよ、とササハの隣に座っている黒髪の男が、聞こえても構わないといった様子でもらした。それにグラントは反応を示さず、代わりに隣に座る年若い騎士が冷や汗を流しながら表情を引きつらせた。
「私はカルアン騎士団、特務部隊指揮隊長グラント・カルアンだ。――よろしく」
昨日聞いたものと同じ挨拶に、ササハはにこにこしながら、「よろしくお願いします」と座ったまま頭を下げた。
続いてグラントは隣の年若い騎士へ目配せする。
「ボクはケント・カールソン。君たちの振り分け試験までの教育係――と言うと堅苦しいから、サポート役ぐらいに思ってもらえればいいかな」
へにゃりと眉を下げ、まだ二十代前半と思われる男が言う。コロンの香りだろうか、カールソンが動く度ふわりと柑橘類の香りが漂った。それにグラントが僅かに眉を寄せたが、何かを言う事はなかった。
カールソンの反対側の隣には、テーブルの端に無理やり椅子を寄せたリオが座っており、口を開こうとしたリオをグラントが視線も寄越さず遮る。
「お前はいい」
「なんで?! 僕、先輩だよ」
「今は訓練生と、カールソンの顔合わせだ。邪魔をするなら出ていきなさい」
「……ちぇ。すいませんでしたー」
不貞腐れたようにリオが肩をすくませる。
グラントは前を向くと、端に座っているハートィから順に自己紹介をするようにと促す。
緊張した面持ちで、必要ないのにハートィは勢いよく立ち上がった。
「ハ、ハートィ・カイレスです! 歳は二十二歳で、双子の弟と姉の自分は真ん中っす! 弟の名前はヴィートって言うんすけど、今は中央の」
「カイレス。そこまででいい、ありがとう」
顔を真っ赤にさせ、尚も言い募ろうとしたハートィをグラントが緩やかに止める。言葉にはしていないが、相変わらずだなと言うようにため息を付き、しかし眼差しは柔らかいものであった。
ハートィが腰を落ち着け、皆の視線が隣に座っていたササハに移った事で、ササハも同じように立ち上がる。
座っててもいいんだよと、カールソンが言いかけたが、ササハには聞こえていなかったのか元気な声が響いた。
「ササハ・カルアンです。歳は十六歳です。兄弟はいません。よろしくお願いします!」
最後にペコリと頭を下げ、髪がふわりと浮く勢いで席につく。
「は? カルアンって……縁故かよ」
隣に座る、黒髪の男が発した言葉に室内が静まりかえる。男はやべっ、と言った様子で愛想笑いを浮かべ、しかし謝罪も取り消す言葉も発しなかった。
カールソンは青ざめているが、ササハにはその理由がいまいち伝わっていない。
(エンコって、なに?)
なんとなく訊き出しにくい雰囲気に、あとで確認してみようと適当に頷いておく。それに黒髪の男は怪訝そうに眉を寄せたが、リオとレンシュラだけはアイツ意味分かってないなと苦い表情を浮かべた。
「次」
グラントの短い言葉に、黒髪の男は座ったまま応える。
「ロニファン。歳は十九で、しがない木こりの息子でーす」
「木こり……」
母と暮らした山を思い出す単語に、ササハは思わず口に出す。それをロニファンはどう受け取ったのか、冷めた様子で目を細めた。
わくわくした表情を浮かべるササハと、隠すことなく眉を寄せているロニファンに、正面に座るグラントとカールソンは内心ため息をつく。
「次……」
最後にロニファンの隣に座る、ピンクシルバーの妖精――のような可憐な少女に話題を移す。
「ミア」
薄く色づいた小さな唇から、可憐な声が漏れる。部屋にいる全員が、ミアと名乗った少女の次の言葉を待つが、ミアは僅かに視線を下げ次が紡がれる様子はない。
注がれる視線が外されないことに、ミアが遅れて気がついた。
「年齢や出自も必要ですか?」
「え?」
「歳は十五。出自はこの場で言う必要を感じないので、言いたくありません」
「え、えと、はい」
カールソンの戸惑った声が静かな部屋に通る。
別に名前だけで良かったが――今更すぎて訓練生以外の四人は何も言えなかった。
「では」
グラントが何事も無かったように話をし始め、隣に座るカールソンは尊敬を滲ませた眼差しを向けた。
「この後特殊魔具の受け渡しを行う。その後、騎士見込みの三名はひと月後に振り分け試験を受けてもらう。振り分け試験の結果や、これまでの訓練実績も考慮し、どの班に振り分けるかを決める。そして――ミア」
「はい」
「君は研究員希望だったな」
「そうです」
特務部隊は大きく五つの組織に分けられている。
戦闘班、調査班、医療班に、特殊魔具やフェイルに有用な魔道具の研究を行う研究班。そしてそれ以外の雑務や事務処理などを担う総合支援班。
「研究員であっても特殊魔具の扱いは必須だ。体力づくりのトレーニングには参加しなくてもいいが、特殊魔具の使用訓練には参加してもらう。ただ、能力次第では研究班以外に配属されることもある」
その事はミアも事前に聞いていたのか、ゆっくりと頷いた。
「ここまで質問は?」
「はい!」
ササハが右手を天井に向かって上げる。
「なんだ?」
「もし、試験に落ちちゃったらどうなりますか?」
「あくまでどの班に振り分けるかの、能力試験のため落ちるというようなことはない。まあ……人間性的な問題でも発覚すれば、採用取り消しにはするが」
「人間性的な問題、ですか?」
「犯罪を犯したり、命を預け合う場に不適切であるイカレ野郎と判断された場合とかな」
「イカレやろう。なるほど」
「変な言葉を教えないで下さい」
この部屋に入って、初めてレンシュラが口を開いた。グラントは聞こえてないフリをした。グラントは訓練生の顔を見渡し、他に質問はなさそうだと話を切る。
「施設の案内や、今後のやり取りはカールソンと行ってくれ」
「はい!」
「は、はいっす!」
「カールソン。あとは頼んだぞ」
グラントはカールソンに声をかけ、時計を確認してから部屋を出る。こうして、訓練生たちの顔合わせは終了した。
◆◆□◆◆
「それじゃあ、今から訓練場に向かおうか」
注意事項や、立入禁止区域などの説明のあと、カールソンの声掛けで訓練場へと向かう。
騎士寮から訓練場はすぐそこで、当主の屋敷など、他の建物より少し離れた場所にあった。
教団から神官がくるという事で、訓練着ではなく、私服で構わないからそれなりに身なりは整えておけと言われている。ササハはブルメアがプレゼントしてくれたパンツスタイルの装いで、ハートィも似たような格好をしていた。
「ハートィ髪の結い方変えたんだね。そっちも似合ってる。可愛い」
「ほ、本当っすか!? えへへ、お嬢さんに褒められたっす!」
朝、馬車に乗っていた時は、ハートィのふわふわオレンジ髪は低い位置で纏められていた。しかし今はもっと高い位置で一纏めにし、位置を変えただけだが受ける印象は大きく変わっていた。
「ヴィートが復帰祝だって、新しい髪紐をくれたんです。だから、ウチも気分を変えてみようかなって」
「いいね。わたしも髪型変えてみたいけど、この髪飾りはつけてたいんだよね」
母に買ってもらった髪飾り。二本の棒のようなものが突き出す形でついているので、あまり高い位置で使うと、誰かの目でも突き刺してしまいそうだ。
ササハとハートィの近くにはリオもいて、レンシュラは少し前を歩くカールソンと何かを話ながら歩いている。ササハはちらりと後ろを振り返って、声をかけるには遠い距離にいるミアを見た。ミアは斜め下に視線を向けたままで、ミアからも少し離れた位置にいるロニファンも、誰の事も視界に入れようとはしなかった。
(話かけるなオーラがすごいわ……)
ササハは目をぎゅっと閉じ、残念そうに前を向く。
(仲良くなれたらいいと思ったけど、遊びきたわけじゃないんだし。集中しなきゃ)
頭を大きく振り雑念を散らす。大きな柱がぐるりと外周を囲んだ、訓練場と呼ばれる建物が見えた。
ゼメアの屋敷にあった訓練場と似たような建物。建物の半分ほどは屋根があるが、残りは照明の問題か空と直通だ。
ササハは一歩建物内へと足を踏み入れ、一瞬の間、全身を包んだ違和感に身震いをした。
「え? なんか今ボワってした??」
「ボワ? なに言ってるんすか、お嬢さん?」
ハートィは何も感じなかったのか不思議そうに首を傾げる。
「あはは。ササもやっぱり分かるんだね」
「なにが?」
「訓練場にはカルアン当主の第六魔力で結界が張ってあるんだよ」
「そうなの?」
「そうなのかい?」
なぜかカールソンまで不思議そうに返す。
「第六魔力は微量であるなら物理的被害は生じないが、魔力濃度が一定値を超えるとその限りではなくなる。特殊魔具の訓練でそこまでの濃度になることはないと思うが――念のためだろう」
「そ、そうだったんですね……」
「…………」
レンシュラに無言で目を細められ、カールソンは冷や汗を流す。特級騎士と、ただの教育係を同列に扱わないで欲しい。
ササハはすでに結界のための魔力に馴染み、感じなくなった違和感に納得をする。
大きな扉をくぐり、広場に出ようとしたところでハートィが足を止めた。一点を見つめるハートィ視線の先には、一人の人物。
広場の周りは休憩出来る屋根が突き出したスペースがあり、その柱のすぐ近く。短髪の、ハートィの姿を見た瞬間表情をしかめ、眉をキツく寄せた男がいた。
「先輩……」
ハートィが震える声でつぶやく。
男は黒の騎士服を着ており、ハートィを睨みつけたまま微動だにしない。
「ウルベさん? 今日の今の時間、訓練場の使用は」
「人殺しの臆病者が戻って来ると聞いて、見に来ただけだ」
「な――、ウルベさん! 邪魔をするなら出ていって下さい!」
ウルベと呼んだ男にカールソンが声を荒げる。ウルベは構わずハートィを睨んでいたが、レンシュラの鋭い視線に気づいて舌打ちを零す。それ以降は何も言わず、荒っぽい態度で出口へと向かった。
ササハたちが通って来た道ですれ違い、一瞬ハートィに何かするかと身構えたが、何事もなく通り過ぎていった。すれ違いざま、リオがわざとらしく間に踏み出したせいかも知れないが。
カールソンのため息が聞こえた。
「ハートィ……」
「だ、大丈夫っす。すいません、皆さんの足を止めてしまって」
「ハートィは悪くないよ!」
「いえ。ほんと、すいませんした」
申し訳なさそうに引きつった笑みを浮かべるハートィの後ろから、ロニファンが歩き出し肩をすくめて見せる。
「そちらの事情はどーでもいいんでー。次の案内お願いしまーす」
声の通るロニファンに、ハートィはさらに身を縮こませてしまう。
「ほら、ハートィ。あの人も気にするなって言ってくれてるよ」
「は? ……いや、お前めっちゃ幸せな頭してるな」
「え?」
「・・・なんでもありませーん」
「なによ」
ササハは少しだけむっとしたが、ハートィが顔を上げたので、その背を押した。ハートィが歩き出す。
「で、あの眉毛の人は誰だったの?」
ウルベはササハがこれまで会った誰よりも、濃ゆい眉毛をしていた。




