4話 同期たち
「ハートィ!」
「お嬢さん!」
まだ朝も早い時間。騎士寮前――ではなく、カルアン本邸がある区画門近く。カルアン本家の敷地内はとてつもなく広く、本邸やラントの別邸。他にもいくつかの別邸ごとを区切るために、それぞれ鉄柵と門が設けられていた。
騎士寮や訓練場は本邸と同じ区画内にあり、ササハは正門のほうでハートィが来るのを待ち構えていた。
正門を通り抜けてすぐ停まった馬車。不信に思い外を覗いたハートィが、外で手を振るササハを見つけ、馬車から飛び降りたのは少し前のことだった。
「こんなところで、どうしたんすか? しかも皆さんお揃いで……?」
抱きついてきたササハを受け止め、ハートィがその背後を見る。窓から覗いた時からそうだが、平常の様子のレンシュラと、何故か肩で息をしているリオが立っていた。
ハートィの疑問にササハは笑顔で答える。
「さっきまで三人で朝の走り込みをしてたの。そしたら隊長さんが、ハートィだけ早めに来るって教えてくれたから会いに来たのよ」
「ほんとに、意味分かんないんだけど! 待ってたら、来るじゃん! なんで、わざわざ、迎えとか」
リオが悪態をついているが、ハートィは気にせず瞳を輝かせる。
「ハートィ前髪切ったのね」
「は、はい。ヴィートが入院の前に髪を切るって言って、ウチも一緒にって言うもんだから」
「ヴィートとお揃いなのね。眼帯もお揃い? どっちもカッコいいよ!」
今まで目元を隠していたハートィの前髪はバッサリと切られ、美しい翡翠色の瞳が露わになっている。右目は一年前。姉を亡くした時に負傷し、傷が残っているので眼帯をつけることにしたのだ。
「ヴィートの様子はどうだ? 中央まで見送りに行ったのだろう?」
「はい。リハビリ施設も見学させてもらって、働いている人も親切そうな人たちで安心っす!」
「そうか。良かったな」
ハートィは満面の笑みで返す。レンシュラも安心したように口元を緩めた。ヴィートは僅かの可能性にかけ、右腕の機能回復のため、中央のリハビリ施設に入院している。ブルメアも来年の春には中央の大学に進学できるよう動いているみたいで、ササハも気を引き締めなおす。
なにやら、やる気に満ち溢れた表情で馬車をふり返ったササハに、リオが嫌な予感に声を上げる。
「馬車で帰ろ! 帰りは馬車に乗って帰るよね?!」
「ならハートィに頼んで、リオは馬車に乗せてもらえば?」
「ええ! リオークの坊っちゃんと二人とか、気まずいっす! ウチはご遠慮願いたいっす!」
「気まずいのは同感だけど、失礼なんですけど!」
「なら黙って走れ」
「もう~この体力馬鹿コンビぃ!!!」
リオが喚いているが、ササハとレンシュラは涼しい顔だ。ハートィも自分も走ったほうが良いのかと不安になったが、腕力には自身があっても、体力のほうは微妙だった為静かに辞退した。
「ハートィの馬車と競争ね」
「え!?」
「余裕だな」
「いやいやいや、馬鹿なの?! 本当に馬鹿なの??」
「じゃあーしゅっぱーつ!」
「ちょ……待って! 待ってってば!」
ハンデとしてハートィが馬車に乗り込むまでは待たない。結局リオも走り出したのを見て、ハートィはあの金髪の男は追い抜いてくれと御者に頼んで馬車に乗り込んだ。
早めの昼食をとりながら、ササハとハートィは午後の予定を確認した。
「ウチが入った時は、同期はヴィートだけだったんで、お嬢さんのほかにも同時期入隊の人がいるなんて驚きっす」
今回ササハと同時入隊――所謂、同期にあたる人物はハートィを含めて三人いるらしい。
「どんな人たちが来るんですか?」
「確か騎士見込みと、研究職志望だと聞いたが、それ以上は知らん」
「最初から研究職志望は珍しいね。騎士職のほうが給料も、別途発生する手当も違うから希望者も多いのに」
そして何割かは騎士になれる程の魔力量や技量がなく、強制的に裏方職へと回ることになるが。
「……通常騎士とは違い、志願して学校に通ったりもしないからな。いざフェイルと相対して、何も出来ずに命を落とす者も多い」
だから最初から裏方に回りたいというのなら、利口な判断だと言えよう。
「騎士見込みの人と、研究職の人か……」
「ウチとお嬢さんも、騎士見込みですもんね。ウチは特殊魔具をすでに持ってますけど、お嬢さんの特殊魔具、何になるのか楽しみっすね!」
このあとは、もう間もなく残りの二名が寮へとやって来る予定だ。そこから後の三の時刻に教団から派遣された神官が、特殊魔具を持ち込み魔具の確認が行われるのだ。
「特殊魔具は、フェイルと戦えない形状になることもあるんですか?」
四人しかいない食堂に、ササハの声が通る。
「もちろんあるよ。大半は武器の形状が多いけど――例えば、感知能力に優れた観劇グラスみたいな形状のものだったり、僕が面白いと思ったのは楽器シリーズ。音色が第六魔力がある人にしか聞こえないんだけど、人によって第六魔力量も違うから、聞こえる音量もバラバラで、連絡手段にも使えないのに、音色だけは良いんだよね」
楽器。それはそれで楽しそうである。
「あと、武器の形状をしてても、小型ナイフとかだとハズレだね」
「どうして?」
「沢山出せるなら良いけど、そうじゃないなら一度投げておしまいだ」
フェイルの黒い煙は汚染魔力である。少し触れたり取り込むくらいなら問題ないが、あくまで多少の話である。小型ナイフで幾度も斬りつける余裕なんてない。
リオの説明にレンシュラも同意し頷く。
「特殊魔具の形状ばかりは選べない。たとえ戦闘用武器に変形したとしても、フェイルに対し不向きなものであったり、武器に問題がなくても使い手が扱いきれないようなら後方支援か、裏に回される」
だからササハたちも騎士見込みであり、配属先がどうなるかは分からないのだ。
「特殊魔具ってなんなんですかね。魔力を具現化したものなら、自分の好きな形に出来たらいいのに」
その答えを持ち合わせる者はいない。
ちょうど話も途切れ、そろそろ残りの二名が到着する時間が迫っていた。入寮手続きがあるだろうからまずは寮の正面入口を通るはず。これから共に戦う事になるかも知れない仲間に、ササハは待ちきれず、少し様子を見に行きたいと入り口にあるロビーへと向かう。
「どんな人が来るかな」
「怖い人じゃなければ良いっすね」
ぞろぞろと四人で移動し、ロビーに入ってすぐ入り口の受付を見た。
受付には寮の管理をしている専用雇用人と、もう一人。背の低い、小柄な少女がササハたちに気がついてふり返った。
「わぁっ! かわ、可愛いっ!!」
唸りササハが立ち止まる。
ふり返った少女は淡いピンクシルバーの長い髪に、白く透き通った肌。背丈はササハより小さいくらいで、全体的に髪も、衣装もふわふわした印象の少女だった。
まるでおとぎ話に出てくる妖精みたい、とササハはぼうっと頬を赤らめる。なのに後ろからリオに背を押され、立ち止まるなと急かされて余韻はあっという間にかき消えた。
少女は受付の人から資料らしきものを受け取り、鞄にしまおうとバランスを崩し、鞄の中身がこぼれ落ちる。
ドサリとやや重量のある音がし、落ちたのは分厚い本。背表紙から地面にダイブし、ちょうどページが開いた状態となった。
「大丈夫ですか」
「触らないで!」
駆け寄り、拾うのを手伝おうとしたササハの手を跳ね除ける。
少女は慌てて本を拾い上げると、仏頂面で本を両手で抱え込みササハを睨んだ。
「……中身、見た?」
「え? いえ」
「ならいい」
それだけ言うとササハから顔を背け、少女は受付へと振り返る。
「仮部屋って言うのはこっちでいいのよね」
「……え、あ、はい! そうですけど、えっと……」
少女はササハを通り過ぎ、何か言いたげな受付も無視して行ってしまう。受付の雇用人はしきりにササハをチラ見していたが、ササハは呆然と少女が消えていった廊下を眺めていた。
「わたし今、何か失礼なところあった?」
「いいや。僕にはなかったように見えたけど」
「そう。ならいいや」
「いいんだ」
リオとレンシュラは苦笑を浮かべ、ハートィがオロオロとササハの周りをうろついている。
可愛い、可愛い、砂糖菓子のような美少女の、キツイ眼差しと冷たい言葉は、多少のダメージをササハに与えた。
――にゃぁん
ササハの足元で白い猫が鳴いた。ふわふわの尻尾を振り、キラキラお目々で見上げる猫に多少心が癒やされる。
「……ん? あれ? そう言えば、どうしてこんなところに猫」
「あ」
男の声がした。下を向き、猫に癒やされていたササハより先に、リオとレンシュラが口を開いた。
「「あ!」」
「?」
二人の声にササハも顔を上げる。ハートィも同じように振り返り、入り口に立つ人物を見た。
肩まで届く黒髪に、白に近い水色の目の男。手にはくたびれた鞄を一つ持ち、頭を傾けて見下ろす仕草でササハと目が合った。
「なんで変態娘が居んの?」
「変態じゃない!!」
白い猫が男の足元に纏わり付く。猫の身体は透けており、男の足をすり抜けていたことに、ササハはあとになってから気がついた。




