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3話 騎士寮

「寮部屋に持ち込んだ荷物ってこれだけ? 見事に何も無いね」

「大事なものはお父さんのお屋敷で保管してもらってるから」


 ラントの屋敷で二泊ほどお世話になった昼過ぎ。騎士寮への入寮のためササハはリオとレンシュラに付き添われて、手続きと荷解きを終わらせた。

 騎士寮と訓練場は、本邸や、ラントのいる別邸と同じ敷地内にあるため、ラントの屋敷で部屋をもらい通うことも出来たがササハはそれを断った。


「自室って言っても一月(ひとつき)の間だけじゃない。沢山モノを持ち込むほうが面倒よ」


 最後にササハは卓上の仕切りにスケッチブックを立てかけると、荷解き完了と笑みを見せる。


「リオとレンシュラさんも、暫くは騎士寮にある部屋を借りるの?」

「うん。ササが寂しいって言うから一緒に居てあげる」

「そんなこと一言も言ってないし」


 一人部屋にしては広い部屋。一通りの家具は揃っており、部屋の中央には柔らかなラグまで敷かれていた。


 荷解きが終わる直前で姿を消し、今はどこに行ったのか分からないレンシュラが言っていたことなのだが、特務部隊所属の騎士は勤務地の変更が多いため、家を買ったりする者は多くないらしい。


「僕も固定の私室は持ってないよ。貴重品は貸し金庫に預けてあるし、手放したくない私物も管理代行してくれる倉庫を借りてそこに保管してあるんだ」

「それだったら、いっそ家でも買って人を雇ったら?」

「そうする人もいるけど、僕は家までは要らないかな。それだったらササの屋敷に僕の物置部屋作ってよ。レンの部屋は残ってたみたいだし、ついでついで」

「管理してるのはわたしじゃないので、ドネさんに言ってくださーい」

「えー、けちー」


 言ってササハは、ラントが手配し用意してくれたベッドに腰掛ける。


「それにしてもレンシュラさん遅いね」

「荷物が入ってたケースを戻しにいってるんだっけ? レンは変なとこ律儀だから、受付に頼まないで、自分で屋敷まで持っていったのかもね」

「まさか――すっごく有り得そう」


 荷解き終了間際に、二つの空ケースを手にレンシュラはどこかへと消えた。

 そのうち戻って来るだろうが、扉を開けっ放しの廊下を覗くも、しんと静まりかえり物音一つしない。


 現在ササハがいるのは四階建ての四階。横に長い騎士寮の一階は、食堂や談話室、あとはトレーニングルームなどの共同スペースがメインとなっているフロアだ。掃除や洗濯は専属の雇用人がおり、彼らの部屋も一階にある。そこに併設するようにいくつか部屋があり、一時的に宿泊を希望する騎士たちの仮部屋もそこだ。

 そして二階は研究員等の部屋があり、三階は本邸警備の騎士たち。最上階である四階は、カルアン姓の者のみが宿泊出来る特別フロアとなっていた。


「僕とレンの部屋は一階だから、いつでも遊びに行くね」

「わたしが行くんじゃなくて、こっちに来るの?」

「だってこっちの部屋のほうが広いし快適そうだから。あ、でっかいソファもあるし、今のうちに毛布とか持ち込んでおこうかな」

「まさか泊まるつもり?」

「なに馬鹿なことを言っている。今の発言、本気なら屋根の上から吊るすぞ」

「あ、レン」

「おかえりなさい」


 開けっ放しだった扉の向こうにレンシュラが立っていた。

 遅かったねとリオが声をかけようとした時、レンシュラが身体をずらし、すぐ横にいたのか一人の男が姿を見せる。


「うひぃ! た、隊長!? なんでここに……」


 現れたのは黒の騎士服を纏った男。薄いアイボリーの髪に、つり上がった鋭い目つき。顔の右上部が黒い痣――なのか、通常の肌の色とは違い変色している。歳は五十代半ばくらいで、閉じた口元には深い皺を刻んでいた。


「ノア・リオーク」

「はい!」


 通る、重低音に名を呼ばれリオは姿勢を正す。


「女性にはもっと紳士に振る舞うように」

「はい。冗談が過ぎましたっ」


 握り拳を作り見せる騎士服の男と、頭を庇い背を丸めるリオ。レンシュラが呆れた様子で眉を寄せていた。

 男は開け放たれた扉の向こうから、中には入らずササハへと顔を向けた。


「失礼しても?」

「あ、どうぞお入り下さい」


 男は僅かに眉を歪ませ、レンシュラが男を見ないように顔を反らした。男はしっかりとした足取りで室内に入ると、ベッドから慌てて立ち上がったササハの前で礼を取った。

 右手を胸の下辺りにつけ、左手は後ろに。そのままの姿勢で腰を曲げ、深くお辞儀をする。


「私はカルアン騎士団、特務部隊指揮隊長グラント・カルアンだ。――よろしく」

「ササハ・カルアンです。よろしくお願いします!」


 ササハがお辞儀をしたのと、グラントが手を差し出したのがかぶり、大きな手に額をぶつける。痛くは無かったが恥ずかしさに顔を上げれば、グラントはどこか、懐かしみ、何かを耐えるように表情を歪めていた。

 大きな手の平がササハの額を撫で、ついでと言わんばかりに頭も撫でられる。その動作が次第に激しくなり、まるで犬猫を可愛がるようにササハの頭を撫で回し始めて、レンシュラとリオが微妙に慌てる。


「グラント隊長。ゼメアさんとは違うので、そう乱暴にするのは……」

「はは。そうか」


 すっかり髪をくしゃくしゃにされたササハは、大きな手の平から開放される。レンシュラは止めてくれたが、グラントの力加減は絶妙で、むしろ心地よかった。


「悪かったな」


 これで最後だというように、グラントはササハの髪をなでつけた。

 こうやって、大きな手の平に撫でられたのは、レンシュラが最初で、グラントが二人目だった。母のしわくちゃで柔らかな手とは違う、大きな手。グローブはしてないのに岩のように堅くて、少しだけカサついていた。


「悪くないです。わたし嫌じゃなかったですよ」


 照れくさかったけれど、それ以上に胸のあたりがこそばゆい。ササハは嬉しそうに頬を染め、それを見たグラントは大口を開けて笑った。


「はっはっは。そうか!」




 挨拶に来てくれたグラントを見送ったあと、レンシュラが教えてくれた。


 グラントはササハの祖父の姉の息子で、ササハにとっては従伯父にあたる。グラントの父親は婿養子で、『印』持ちが生まれなかったため、グラントの家は分家となったらしい。

 グラントはゼメアの前に指揮隊長をしていた男であり、ゼメアはもちろんカエデとも面識がある。


「隊長はね、僕がリオークからカルアンに来たいって言った時も、すごく怒って、諭そうとして、それが無駄だって分かってからは、すっごくお世話してくれた人なんだよ」


 リオもグラントには頭が上がらないと、気恥ずかしそうに話してくれた。


「ゼメアさんがラントさんの変わりに当主補佐を務める事になって、ゼメアさんは急遽指揮隊長になったんだ。その時グラント隊長は副隊長に降格されたが、結局ゼメアさんが失踪して隊長に戻ったんだ」


 指揮隊長は基本、地方には配属されず本邸の守りをする。当時十八だったゼメアは学生の身分を卒業したばかりで、本当に肩書だけだった。

 それでもグラントは不満を漏らさず、隠していただけかも知れないが、自身の半分ほどしか歳を重ねていない子供の下で働いてくれた。


「すっっごく、カッコいい人なんですね!」


 ササハの言葉に、リオとレンシュラも同意という様子で頷く。


「グラント隊長の部屋も四階にある。部屋にいらっしゃることは少ないと思うが、何かあればそこに逃げ込め」

「ちょっと。なんで僕を指差すのさ」

「お前にはすでに前科がある」

「だからあれは僕のせいじゃないー!」


 レンシュラも分かって言っいる。


「リオとレンシュラさんのお部屋は、一階のどこになるんですか?」

「なら、一階の確認がてら一緒に見に行くか?」

「いいんですか?」

「コイツの夢遊病が発症したら、そこに送り返せ。分かんないからと、自分の部屋に入れるんじゃないぞ」


 夢遊病ってノアのことか? と思ったが、ササハは口には出さなかった。


 それから三人で一階に行き、共同スペースの案内や、使い方を教えてもらった。仮宿泊室は建物の奥のほうにあり、現在はリオとレンシュラ以外の利用者はいないようだ。


「ま、明日になったら増えるがな」

「明日? 何でですか?」

「何でって、ササ覚えてないの。明日は特殊魔具の引き渡し日でしょ。ササの同期の子たちも入寮だって、あの眼鏡が言ってたじゃん」

「え! それの日って、もう明日なの」

「それはそうと、お前はラントさんの呼び方を改めろ」

「いた、いひゃひゃひゃ、やめへー」


 特殊魔具の引き渡しと、同期の入寮。


「じゃあ、ハートィも!」


 やった、とササハは小さく跳ねる。


「僕等もそろそろ休暇が終わっちゃうね……」

「…………言うな」


 無理を通した長期休暇。緊急要請はなかったため良かったが、休みが終わるのはいつだって気が重い。


「どうして二人共暗い顔してるんですか?」

「気にするな」

「そうそう。何でもないよー」


 ハートィに会える喜びで話を聞いていなかったササハは、唐突にくたびれた二人に、不思議そうに首を傾げた。

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