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26話 双子はこれから

 ツァナイが最後に、ササハに会いに来た。二人に伝えて欲しいことがあると。

 ササハは頷いて、ツァナイの声は音になっていないのにちゃんと伝わった。


 気配が遠ざかる。きっともう会えない。

 さよならは言えなかったが、最後に少しだけ視えた。誰かが、綺麗な赤いネイルの女性の手。その手が森の中。まだ、かろうじて息のあったツァナイの身体に何かを埋めた。


 何だろうとさえ、思考は働かず、ササハの意識はゆっくりと浮上した。






「だいじょぶか?」


 同じ目線。同じベッドの上。横向きに寝転がるリオが聞いてきた。


「ノア……?」

「熱があるぞ。無理するな?」


 ササハの額に触れるリオの手も温かい。

 辺りは真っ暗。サイドランプすら点いていない。


「おかえりぃ」


 ササハは朦朧としたまま、ふにゃりと笑う。リオの手がビクリと揺れて、ゆっくりと離れていった。

 少しだけ頭をずらし視線を動かせば、ベッド近くに椅子を寄せ、レンシュラが座ったまま目を閉じている。レンシュラの寝ている姿など珍しいなと、それだけ思った。


「苦しいか?」


 リオがそっと、蛇に噛まれたほうの腕を撫でる。ササハは首を横に振ろうとし、目眩がしてぎこちなく首を傾げるだけとなった。

 何度も何度も、優しく触れるだけの手つきで腕を撫でられる。身体のだるさは変わらないのに、まるで触れられた場所から温かくなった気がして、ササハもう一度目を閉じる。


 今度はゆっくり、深い眠りに身を委ねる。


 翌朝、差し込む日差しに目覚めたリオは、ササハと同じベッドで寝ていた事を、先に起きていたレンシュラにしこたま怒られた。

 僕のせいじゃないと言うリオの主張は、聞き入れてもらえなかった。




◆◆□◆◆




 それから数日寝込んだが、ササハは双子に比べ早めに回復した。特にヴィートのほうは重症で、右上半身に後遺症が残り、右腕はほぼ動かせなくなっていた。幸いなのは命に別状はなく、呪具となった影響は右腕と右目だけで済んだことかも知れない。

 少なくとも意識を取り戻したヴィート自身はそう言い、周りは何も言わないことにした。


 ハートィのほうも無理に第六魔力を奪われたことと、フェイルの汚染魔力にあてられたが、ササハ同様細胞の壊死まではいかず、回復薬としばらくの安静で回復した。


 気を失ったササハたちの事を報せたのは一人の使用人で、しかしその使用人から連絡を受けたドネは、その使用人に心当たりがなく、顔すら思い出せないことに後から気づいた。


「いやー。お嬢さんに大事なくて本当に良かったです。もし傷や痕でも残ったら、ジブン色んな人に殺されるところでした」


 見舞いに来たササハに、ベッドに横たわるヴィートはそう言って笑った。三日程前から動けるようになったハートィは甲斐甲斐しく弟の世話を焼いており、ササハはハートィからも何度もお礼を言われた。


 なぜ、あの場でツァナイがフェイルとなって現れたのか、詳細は誰にも分からなかったが、ツァナイの霊が視えていた事を伝えた時、ドネが深刻そうな顔をした。


 フェイルを唯一生み出せる、フェイルの親玉である《黄金の魔術師》がいつ現れたのか。そして《黄金の魔術師》は今まで生きた人間しかフェイルに変えられないと思われていたが、そうではなかったのか。はたまた別の要因があるのか。

 ドネは何かレンシュラと話を交わした後、ラントに連絡をすると消え、それからまた忙しくしているようである。


 ササハが倒れた事により、第六魔力の測定も延期となり、ヴィートの回復を待ってようやく――落ち着いて話しが出来るようになった。


 忙しいやり取りはレンシュラに任せ、逃げてきたリオと一緒にヴィートの元へ訪れたのであった。


「ジブン、一年ほど中央の病院に入院させてもらおうと思ってるんです。あ、入院って言っても治療の為と言うより、リハビリが理由なんですけどね」


 ヴィートの言葉に誰よりも驚いたのはハートィで、何も聞かされていなかったのかとササハはハートィの表情を窺う。


「な、なん……なんで。ヴィー……」

「ごめんね、ねえちゃん。いつもジブンの勝手に巻き込んで」

「そんな、何言ってるの? そんな事無い!」

「そんな事あるよ。今回の事もそうだし、去年の……姉さんの事も、ねえちゃんの目も。全部ジブンのせいだ」

「違う! ヴィートのせいなんかじゃない!」


 幼子のように首を大きく振るハートィを、ヴィートは苦笑を浮かべて見守る。

 前髪で隠されたヴィートの右目は無残な状態で、今はポッカリと空いた空洞を包帯で覆い隠している。


「ちゃんと皆に話してから行くよ。目を怪我したのはねえちゃんで、ねえちゃんはジブンの為に引退の理由を作ってくれたんだって」

「そんなの……」

「おかげで誰にも責められなかったよ。ありがとう、ねえちゃ」

「違う!」


 去年の暮れ。ヴィートを庇ってツァナイが命を落とした。その時にハートィも片目を負傷し、しかし周りにはヴィートが負傷したと嘘を付き、ハートィはただ引退するヴィートにくっついて辞めていった腑抜けだと言われていた。


 きっとヴィートが知らないだけで、心無い言葉を投げられたに違いない。

 だが、ハートィはヴィートの言葉を遮り、違う、違うと頭を揺らしながら涙を零し始めた。


「ちがう、ウチはそんな、ヴィートが思うような人間じゃないのに」

「ねえちゃん?」


 ヴィートだけでなく、ササハも、リオも。ハートィの言葉の真意が分からず、黙って彼女の言葉を待つ。


「ウチは嬉しかった。喜んだんだよ、あの時。ヴィートがウチの代わりに怪我をしたって言うことにしようって言った時、ヴィートが受け入れてくれて……これで特務部隊を辞められるって、辞める口実が出来たって…………、姉さんが死んで、ヴィートがすごく苦しんでる時に、ウチは、喜んで……」


 ごめんなさいと、ハートィは最後に小さく呟いた。

 ヴィートとツァナイは自分とは違って凄いのだと、褒めるハートィの姿を思い出す。ヴィートの部屋。一つしかないベッドで上体だけ起こしているヴィートの傍で、床に膝を付きハートィは泣き縋る。

 ごめん、ごめんなさいと繰り返すハートィの頭を、ヴィートはゆっくりと撫でた。


「もう、いいよ」

「よぐ、よぐないっ。ウヂ、ウヂは……」

「そもそも謝るようなことじゃないし、それにさ。そんな事で謝られたらジブンは、もっと謝らないといけなくなっちゃうよ」

「でもっ!」

「なら一つだけ、ジブンのお願いきいてもらえたりする?」

「おねがい?」

「うん。ねえちゃんさ、特務部隊に戻ってよ」


 ハートィが言葉にならないように唇だけを動かす。


「だって戻りたいんでしょ? じつはね、ジブンは部隊から抜けてすぐに特殊魔具破棄しちゃったんだ。もう要らないって、絶対戻らないって思って……けど、ねえちゃんは一人でずっと訓練続けてた。本当は後悔してるんじゃないの?」

「…………ウチは」

「わたしも良いと思う!」


 ササハも身を乗り出し、賛同を得たヴィートがハートィに微笑む。


「ほら。お嬢さんも賛成してくれてる」

「うん! 賛成! 大賛成! ハートィなら絶対、絶対、大丈夫!」


 膝をついているハートィに、ササハが手を差し伸べる。後ろではリオが肩をすくめ、困った様子を装って笑みを浮かべている。


「一緒に行こうよ、ハートィ」

「お嬢さん」

「そうだよ、ねえちゃん。行ってきなよ」

「ヴィート」

「まあ、別にいいんじゃないの? 好きにしなよ」

「リオークの変態はお嬢さんに近づくなっす!」

「はあ??? 変態って……だからあれは僕のせいじゃないって!」

「何が違うって言うんですか! 嫁入り前のお嬢さんの寝床に忍び込んでおいて!」

「そうっす! 現行犯のくせに、言い逃れなんて見苦しいっす!」

「だからあれは僕のせいじゃないってば!!!」

「??? 何の話?」


 ササハだけが首を傾げている。

 立ち上がったハートィが、下ろされていたササハの手を取った。

 ハートィが笑みを浮かべている。ヴィートも嬉しそうで、ササハもにっこり笑ってハートィの手を握り返した。


「それとね、二人にツァナイからの伝言! 二人共、ずっとずっと愛してる! だって」


 双子は泣いた。

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