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24話 姉弟

 翌日のササハのスケジュールは真っ白いものとなった。

 呪具の捜索は明日、レンシュラとリオが戻ってから行われることとなった。ベアークやマサリーも、使用人たちのフォローや監視で増えた仕事量から、疲労はもちろん、精神的にも参っていた。

 そして何より。


「お前はシラーが戻るまで外出禁止だ。部屋からも出るな。絶対に」


 ドネからちょろちょろするな面倒くさいと、自室にて引きこもりを要求されてしまった。なのでササハは窓から外を見上げる。


「暇だわ」


 ササハが部屋に居るせいか、今日はリジルの姿を見ていなかった。




◆◆□◆◆




「どうしてツァナイはこんな奴らを庇ってっ……!」


 覚えのある声とセリフに、ハートィはこれは夢だと解った。

 昨年の暮れ。ハートィとヴィートが特務部隊に入り、班分けされた先の()班長だった男の声だ。


 男はわざわざ病室にやって来た。少し前に班長を辞め、本家の邸宅警備に移動になった男で。入隊してから世話になったが、班を抜けてからは一切関わりがなかった人物。ツァナイの死を、まだ実感しきれていないハートィとヴィートに、男はお構いなしに声を荒げた。


 ツァナイ一人であれば、ハートィたちがいなければ姉は助かったのだと。何より双子は足手まといで、ツァナイは特級騎士になる実力もあったのに、双子のそばを離れたくないと、ツァナイの可能性を、未来も、命までも、すべてを奪ったのだと。そう責められた。


「お前たちがツァナイを殺しだんだ!」


 この時になってようやく、男にとって姉がどういった存在だったのか理解した。男の言葉は最もで、ハートィは何も言い返せなかった。むしろヴィートのほうが男の言葉に参ってしまい、ハートィは大丈夫だと。姉さんはそんなふうに思っていないはずだからと、弟のことを宥めた。


 誰よりも気にしていたのはハートィなのに。笑いながら嘘を吐く自分自身が、たまらなく面倒だった。




 ――ハッ、と短い呼吸を吐き出しハートィは目を覚ます。

 青い空が見える。なのに辺りは薄暗い。視界は霞み、まだ景色がはっきりと輪郭を作らない。

 今更な夢を見た。忘れられなくて、ずっとハートィを囚え痛めつける記憶。もちろん忘れるつもりはない。だけど限界も近い。


 ぼんやりとした視界で目を凝らし、身体を自分の意志で動かせることに安堵した。


(ここは……ウチはどうして……)


 そうだ、ヴィートは! 彼は今どうしているのだろうとハートィは立ち上がろうとし、力の入らなかった足に後ろへと倒れ込む。

 頭を打ち付け、痛みに意識が引き戻された。


 ハートィが目を覚ました場所は、昔訓練用に掘られた塹壕(ざんごう)の中。ただこの溝は遠隔武器を恐れたために掘られたのではなく、フェイルを囲み閉じ込めるため。言わば円形の、平たい落とし穴のような形状をしていた。


 蟻地獄とも言えるそこは中央にフェイルをつなぎとめる為の特殊魔具が用意されており、それこそがカルアン家の特筆されるべき力。フェイルをも拘束出来る光の鎖が有るはずだった。

 十年前、ゼメアがいざという時の為にと残してくれた遺物。ゼメアがいなくても、たった一度だけ発動可能な、特別な魔石が埋まっている。


 あくまで類似の技で、《黒の賢者》程の大物は無理だが、ただの、それこそ《呪われた四体》ではない通常レベルのフェイルが近寄れば、自動で発動し捕まえることが出来る。


「姉さん?」


 その対フェイル用の鎖に、なぜなのかツァナイが繋がれていた。


「姉さん……嘘? なんで、本当に?」


 あれは姉なのか? ハートィは自身に問いかける。


 身体を、青白い光の鎖に繋がれ動けないでいる姉。それが姉だと分かったのは何となくだった。

 それは人の形をしてはいるけど、人ではない動きで大きく痙攣し、腕も、足も、皮膚や本来目玉がある場所すら全てが黒く、煙を纏っているように黒の湯気を立ち上らせて……。


「姉さん!」


 姉の胸元には(たね)の様な赤い石が、黒以外唯一の色彩を放ち埋まっていた。


 ハートィはたまらずツァナイへと駆けより、足はちゃんと動いてくれた。倒れ込むように姉を抱きしめ、黒い煙がハートィの肌を刺し悲鳴を上げた。

 焼かれるような、雷を抱きしめたような。痛いのか、熱いのか分からない激痛が走り、それと同時に身体から何かを吸い取られる感覚を味わった。


 ツァナイの黒い身体が膨張し形を変える。ハートィから流れ出る感覚が続けば続くほど、ツァナイは形を変え、胸元の赤黒い石が煌々と輝きを増した。


「ウチの第六魔力を吸ってるの?」


 大きく変貌する姉にハートィは薄っすらと笑みを浮かべた。


「ウチの第六魔力全部あげたら、姉さんは帰ってくる?」


 帰ってこられる?

 手前勝手な願望に、否を示してくれる者はいない。

 ハートィが口元を緩めて笑う。ツァナイが、大好きな姉さんがそれを望むなら、ハートィは何だって差し出せる。


 肥大したツァナイに拘束していた鎖の半分が砕ける。ツァナイの黒く染まった手。それが振り上げられる。カマキリの鎌の様な婉曲を描いた鋭い腕が、ハートィに向かって振り下ろされた。

 勢いよく、ツァナイごと貫きそうな鎌はハートィの心臓に届く前に、五体の布人形が飛びかかり軌道を逸らした。


「ハートィ!!」


 鎌はハートィの背中を掠めたが、肉を貫くことはなく浅く皮膚を切り裂いた。痛みにハートィは顔を歪め、すぐに腕を掴まれ背後に引きずられる。


「お、嬢さん……?」


 ハートィの体重を支えきれずササハは倒れる。

 どうしてと場にそぐわぬ緊張感のない声に、ササハは顔を赤くしてハートィを怒鳴りつけた。


「何してるのよ! ツァナイが妹を傷つけたくない、助けてってずっと泣いてるじゃない! 立って! 歩いてでも良いから走って! これ以上ツァナイに嫌なことさせないでよ!!」


 ハートィの隠れた目元が熱くなる。

 黒く染まったツァナイは苦しそうにもがいており、その声は屋敷に居たササハの元まで届いていた。だから走って、気づけば屋敷を飛び出していた。


 ツァナイが泣いている。ササハのカタシロに鎌を押さえられ、ササハのカタシロなんかに遅れを取るほど苦しんでいるのだ。


 ハートィから嗚咽が漏れる。


「行くよ。せめて攻撃が届かないところまで逃げるの!」

「ぅあい、はい!」

「待って下さいお嬢様!」


 突然降った声に、ササハは頭上を見上げた。

 地上。塹壕の上。エプロンは付けていないお仕着せの上からローブを羽織ったリジルが、ササハとハートィを見下ろしていた。


「勝手にエサを持っていかれては困ります」

「……リジル? え? どうして」

「どうしてって、お嬢様が最初の呪具は燃やしてしまったから、こうして替わりを用意しているんじゃありませんか」


 眉を下げ、頬を膨らませながらリジルが言う。

 彼女の言っている事が何一つ理解出来ないササハは、歩みを止めリジルを眺めた。


「リジ」

「でも、やっぱり豚の魔力だけじゃ駄目みたいなので、呪具で集めた魔力も使わせていただきますね」


 リジルが微笑み手を叩く。まるで犬でも呼ぶかのように鳴らされた音は、思いの外響く。

 辿々しい足音がした。ゆらりとオレンジ色の髪が空に混ざり、虚ろに歩くヴィートがそこにいた。


「ヴィート!!」


 ハートィが叫ぶ。ヴィートは反応を示さない。

 ただササハの目には、ヴィートの口から絶えず黒の毛玉が這い出しているのが視えていた。


「呪具って、まさか――、!」


 ササハが悲鳴を呑み込む。

 背を丸め、低い位置にあるヴィートの髪をリジルは掴み上げ、隠れていた右目が晒される。

 肌には裂傷のような亀裂が入り、盛り上がった眼球は白目の部分が黒く、なのに黒目の部分は真っ赤に染まっていた。


「豚姉にね、あげたかったんだってぇー。だから、協力してあげたんですぅ。っぷ、あはははは」


 そうしてリジルはヴィートの右目を針のようなもので突き刺した。


 ヴィートが叫ぶ。

 針を抜き、赤くない。黒い飛沫が飛び出した。飛沫は滴り落ちることはなく集まり、形を成し、一匹の蛇となった。


 ヴィートはリジルの足元に崩れ落ち、右目から生まれた蛇は臍の緒で繋がる赤子のように、未だヴィートの右目と繋がっている。


「いやぁぁ!! ヴィート! ヴィート!!!!」


 発狂しハートィが塹壕の土壁に爪を立てる。土壁はボロボロと崩れるばかりで、ハートィの倍ほどもある高さを超えることが出来ない。


 リジルの整えられた爪の先が、ツァナイの赤黒い石へと向けられる。黒の蛇は揺れるように向きを変えると、石へと目掛けて牙を向いた。


 ツァナイの石に噛み付いた蛇が、ごぷりと、何かを吐き出す音が聞こえた。


「やったぁ! ご主人さま、やりましたわ!」


 頬赤らめ、リジルが歓声を上げる。

 ハートィが蛇を気にする余裕はない。ヴィートの目が突き刺され、倒れたことに正気を保てないでいる。


(くだ)だ……)


 なぜかササハはそう思った。

 未だヴィートと繋がる蛇は、腹を膨らませ、その膨らみは頭部の――噛み付いた石へと送られている。


――あ、ヴァ、ア? あ……

「ツァナイさん?」


 まだ片腕と片足を光の鎖に拘束されていたツァナイが、意味のなさない音を漏らす。


――「あ、あビャ、あ、あああ、ぁああぁああああああ


 膨らんだ腹の中身が、黒い蛇を伝ってツァナイへと吐き出された。

 その直後。黒い煙は風を起こし空へと舞い上がる。光の鎖は黒く淀み、灰のように散っていく。


 カマキリの鎌のようだった手は、腕が肘の付け根まで裂け、刃が二本に増えた。双子と違い癖のない髪はサラリと流れ、しかし地を這うようにうねりどこまでも伸びていく。


 そうやって異形の姿へと変貌したツァナイを、リジルは硬直した笑みで見つめていた。


「え……と、それで、この後の指示は? 私は、次にどうしたら」


 両手で頭を抱えるリジルに、ツァナイが黒い霧の息を吹きかけた。


「きゃああああああ! 痛い、何? 食われてる? 私食われているの?」


 霧をかぶったリジルは叫び、肌が露わだった箇所を掻きむしる。リジルは食われていると言っているがそうではなく、ただ黒い霧が染みとなり彼女の肌を侵食しているように見えた。


「こんなの聞いてない! 助けて、ご主人さま! ご主人さまぁ!!」


 リジルは泣き叫びながらどこかへと走り去る。

 ヴィートは倒れたまま動かない。


――「イ、ぎゃ……」


 ツァナイは腹に蛇を食いつかせたまま黒い雫を垂らした。


「ニ、ゲェ、ベ……」


 四つの鎌が振り上げて、しゃがれた声は震えていた。

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