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22話 ドネの苛立ち

 ダン! と大きな音を響かせ、ドネは書斎机(デスク)を叩いた。

 いつもなら滞ることなく流れている書類はとっくの前に整理箱に行き着き、ドネの前に立つササハと、ササハの後ろに控えているハートィがビクリと肩を震わせる。


「なぜ報告をしなかった。なぜ今まで黙っていたのだ!」

「ご、ごめんなさい……」


 ドネの本気の怒りにササハ下を向いてしまう。

 ため息とは違う、絞り出すような深い呼吸音に、ドネなりに冷静さを取り戻そうとしていた。


 屋敷の主人と言うべき娘に、使用人共が嫌がらせをしていた。


 それをだいぶ後に、しかも怪我を負わされる被害を出してからの報告に、ドネの薄い皮膚に血管が浮き上がる。

 しかも、しかもだ。ドネの前で項垂れる娘は、ハートィが混乱して騒ぎ立てなければ今回の件も報告してきたか怪しい。大変だと、お嬢さんに怪我をさせてしまったと泣くハートィに、ササハはしきりに大丈夫だからとそればかりを告げていた。


「……いつからだ」


 本当は部屋に呼ぶ前に医者に診せ、その間にベアークとマサリー、それから側付きのメイド二人を呼び話は聞いている。

 メイド二人の証言では、だいたい十日ほど前から。アクセサリーを盗まれたり、衣装や私物が駄目にされることが何度かあったらしい。しかしその度に大事にはしたくないと口止めをされており、それはササハ自身も認めたことであった。


「窃盗や器物破損は立派な犯罪だ。まさか、その確認を今から全ての雇用人に、疑いをもって確認させる気ではないだろうな」


 険を含んだ声音をわざと出す。

 ドネはもう一度、始まりはいつだったのかを視線だけで問うた。


「最初は靴で、それはもう少し前で」

「具体的には?」

「……三人のメイドさんと揉めて、夜にブランコでお話をした次の日」

「~~~~~っ……、こちらに来てすぐではないか」


 ササハが屋敷に来てから二週間と数日。

 その間、この娘は黙って我慢していたのかと、ドネは怒りに近い感情を覚える。


(陰口をたたくメイドに言い返す度胸はある娘だ。加害者を恐れて黙っていたわけではないだろう。ならば――)


 ドネは深い溜め息を吐き出し、座っていたワーキングチェアにぐったりと体重を預けた。


「私のせいか……」


 独り言のように呟かれた言葉は、小さすぎてササハには届いていない。


(どうして嫌なところばかり似ている)


 ドネは右手で目元を隠し天井を向いた。


(昔から、あいつも……)


 ドネはゼメアと同い年で、ドネの母親はゼメアの乳母としてカルアンの屋敷で働いていた。ドネの父親は特務部隊の騎士で、ドネが三つの時に帰らぬ人となってしまった。

 なのでドネ自身は家族は母しかいないことは当たり前のことであったが、五つを過ぎた辺りからゼメアが兄貴風を吹かせドネを構うようになった。


――“俺はブーティの友達で、兄弟だけど、これからは父様の代わりもしてやるからな。困ったことがあれば言えよ“


 勝手な愛称を付けられて、ゼメアがそう言ったのは幾つの時だったか。ドネはその言葉にムカついたし、鬱陶しいなと不快にさえ思った。

 友達も、兄弟も、親子関係も


――“代わりをしてあげるだなんて、大層なお話ですね。坊ちゃまの寛容なお心に感謝いたします“


 昔は呼んでいた名前を周りの大人に咎められ、ドネはいつの間にかゼメアを名前で呼ばなくなっていた。自分たちはあくまで雇用主の息子と、雇用されている側の人間だ。善意で取り繕われた上からの発言に、ドネは自分の心が冷えていくのを感じた。

 なのにゼメアは酷く傷ついた顔をし、その表情が更にドネを不快にさせる。


 なぜお前が辛そうな顔をするのかと。


 次に会った時にはゼメアはいつもの調子に戻っていたが、ドネの事を愛称ではなく、普通に名前のブラスと呼ぶようになっていた。

 ゼメアは変わらず使用人として働くドネの元へやって来るし、菓子を厨房からくすねてきてはお前も共犯だと連れ出したり、休みの日には木登り競争をしたり、二人共第六魔力の素質はあったので剣や体術の訓練に共に励んだ。


 なのにゼメアはドネの事を名前で呼ぶ(愛称で呼ばない)


 流石に一族の後継者である長兄の事はふざけた呼び方はしないが、気を許した者には好き勝手に思いついた呼び名をつけていたゼメア。


 なにより一番ドネが気に食わなかったのが、駄目な事には誘ってくるのに、危険なことは隠すようになった事だった。


 まだ学院に進学する前の頃。他の貴族の子供と喧嘩になった時、ゼメアは一人で勝って一人で怒られていた。しかも理由が従者という身分の低い者と一緒にいると格が下がるぞと言われ、腹が立ったのが原因だったらしい。


 または学生の時。将来は特務部隊に入って国中を巡りたいのだと話していたのに、ラントが好いた女と添い遂げるために学生の身分で事実婚を強行しようとした時、ラントとその奥方を守るためゼメアは領地に残ることになった。しかし、それも結局ラントの息子に『印』が出た途端に親族の態度が豹変し、ラントは時期当主補佐となりゼメアも突如開放された。


 他にも自分勝手なゼメアは一人で何でも解決し、極めつけは十年前。


 ゼメアはドネには何も伝えずに姿を消した。ゼメアの逃亡をラントが手伝ったようではあったが、ドネは何も知らなかった。カルアンを出て以降の行方はラントにも分からず、出ていった理由もカエデと一緒にいたいからだとしか言わなかったらしい。


(そうだ。いつも、いつもいつも何時も! あいつは私に助けを求めなかった)


 友達で、兄弟なのは良かった。だけど父親だと言うのは許せなかった。

 なのにドネはそれをゼメアには伝えなかったし、ゼメアも深くは聞いてこなかった。些細なねじれを抱えたまま大人になってしまった。


「……もう一度聞く。なぜ報告をしなかった」


 ドネにも自覚はあった。ゼメアへの苛立ちや鬱憤を目の前にいる娘に対し、僅かも向けてはいないと、胸を張って言えないことを。


 伝えようにも本人はもういない。

 今も、責めるような声音しか出せない己に反吐が出る。


「……のがいたから」


 小さくか細い声がササハから漏れた。俯いているが泣いてはいない。何なら後ろに立っているハートィのほうが今にも泣き出しそうで、なのに遠くから大型犬に吠える子犬の様に、ドネに非難めいた視線を向けている。


「聞こえん。もう一度大きな声で言え」

「黒いのがいたから、確かめてからにしようと思ったんです!」


 意を決したササハの言葉にドネは停止する。


「………………、黒いの?」

「だって、たぶん黒いののせいだから、そのせいなのに怒られて、またお仕事辞めさせられる事になったら大変だって、思って。黒いのがいなくなったら、変わるかも知れないと思ったから、少しの間くらいならいいかなって思ってたら……」


 じわりとササハの目が潤み、包帯を巻いている右手で目元を拭う。

 それよりも今、この娘は何と言ったのかとドネは眉を寄せ、預けていた体重を前に戻す。


「待て。何の話だ?」

「わたしが隠し事してた話じゃないんですか?」

「そうだが、黒いのとは? それのせいとはどういう事だ?」

「黒いのは呪鬼のなりかけで、あれがくっついてる人はすごく意地悪になるみたいなんです」

「・・・・・」

「実際、ブルメアさんにくっついてるのを蹴っ飛ばした時、ブルメアさんの目と言うか、表情と言うか……なんか色々優しくなったし」


 絶句。驚いた表情を浮かべるドネの遠い向かいで、ハートィも似たような表情を浮かべていた。


「じゅき……?」


 今まで一度も出したことが無いような間抜けな声が、ドネから出た。


「あ、呪鬼って言うのは、()()()()()()に呪いが形として見える現象らしいんですけど」


 それは知識として知っている。知っているが、


「じゅきとは、本当に、呪具の……あの迷信に近い現象のことを言っているのか??」

「はい。まだ毛玉なので幼体みたいです」

「!?!?!????」


 想定外も甚だしい。全く想像もしていなかった角度から横っ面に頭突きを食らわされたような、そんな訳の分からん衝撃がドネを襲う。


「なので、まだ皆の処分はしないであげてください」

「みんな……?」

「黒いのくっついてる人は一人じゃないので」

「んぅぅ~~~~~」


 帰って来てくれシラーと、ドネは机に凭れ掛かる。


「そうか……。別に私が怖かったとか、思い悩んで言い出せなかったとか、そういう話ではなかったのだな……」

「何がですか?」

「……気にするな」


 隠していた事実は変わらないし、自身で解決出来る範囲かどうかも把握できていないくそガキなのは確かだ。だが、それを叱る気力は今のドネにはない。

 前言撤回。この娘はゼメアに似ているけれど、それよりもカエデに似ていて、何より全くの別人であるのだと、当たり前の事に今更気づいて馬鹿馬鹿しくなった。

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