21話 おやつタイムしましょ
ベアークが言うには、ハートィには元々才能があったが、それを上手く活かせていなかっただけ、らしい。
「特殊魔具を具現化させるペースが速かったので感じておりましたが、あの子は第六魔力量が通常の騎士より多いようですね」
訓練場でベアークの盾を破り、そう褒められるハートィは頬を高揚させ、気恥ずかしそうにしている。
「やったねハートィ!」
「はい! お嬢さんが言ってくれた言葉のおかげです!」
「わたし?」
「そうっす! それで重さは変えられなくても、濃度なら変えられるかもって。もちろんベアークさんも。お二人のおかげっす! なので有難うございます!!」
よく分からないうちに礼を言われ、ササハは変なのと笑って返した。
まだハートィの特殊魔具は具現化してすぐはハンマーの形を取るので、咄嗟でもツルハシ型に出来るよう訓練を続けることとなった。
ササハも負けていられないぞと握り拳を作る。
「ハートィは――」
言いかけてササハは口を閉じる。
特務部隊に復帰するのか。以前似たような質問をハートィにした時、彼女は困った様な笑顔を浮かべた。
ササハ何でも無いと告げた後、そうだと話題を変える。
「あれからヴィートはどうしてるの? ハートィとは会ってるけど、ヴィートには会えてないなって思って」
「それが……研究に没頭してて、話しかけてもあんまり反応してくれないんすよ」
いじけたように言うハートィに、ベアークも珍しいなと髭を撫でる。
いつもニコイチ。離れていても何となくで片割れの居場所を当てられる。そんな二人。
「喧嘩でもしたのかね?」
「喧嘩はしてないっすけど、少し前にウチが一方的に勘ぐって、可笑しな態度を取ってしまったことがあったので、そのせいかも知れないっす……」
「ああ。例の密か」
「お嬢さんしー! 内緒っす! 秘密ですってば!!」
「……ほへん」
ハートィに口を塞がれ、ベアークの冷たい視線がハートィに向けられる。
まあ良いでしょうとベアークは脱いでいた背広を羽織り、軽く土埃を落とす。
「私は業務に戻ります。――ところでお嬢様」
「?」
「おやつを持って外で食べるのは如何でしょうか。様々なお菓子を沢山用意させますので、誰かと分け合うのもよろしいかと」
「色んなお菓子……羨ましいっす」
だらしなく口を開けるハートィに、ササハはなるほどとベアークに頷いてみせる。
「なら今日はハートィ達と一緒に食べるわ。ヴィートの分と三人分ね」
ハートィから嬉しそうな歓声が上がった。
◆◆□◆◆
「あーあ。もう疲れちゃったなぁ。早くお家に帰りたーい」
教会の控えの部屋で、リオがテーブルに突っ伏し不満を口にする。
テーブルの向かい側にはレンシュラが眉を寄せ座っている。控えの部屋はあまり広さはなく、テーブルセットと書棚に古いチェストが一つ。窓は一つしか無く、長居したいと思えない内装だ。
「事実確認って言いながら尋問に次ぐ尋問。僕等なにか悪いことでもした?」
「煩いぞ。……それにあまり滅多なことを言うな」
「ぶぅ。ちょっとくらい愚痴っても良いじゃないか」
レンシュラが大きくため息をつく。
朝に教会を訪れてすぐ、報告と事実確認をと言われ個別に話をさせられた。話をしたのは教会に常駐している侍官ではなく、中央の神殿からわざわざ出向いてきた神官。
長時間に及ぶ質疑応答を経てこの休憩室に通された後も、レンシュラはもちろん、ぶうたれてテーブルにへばりつくリオも油断はしていなかった。
(部屋に入った時、微量の魔力を感じた。恐らく盗聴か、音声を記録する魔道具が仕込まれているな)
故に下手なことは言えない。言えないがリオも承知の上でササハの事は口にせず、神官たちに対する文句を吐き出している。
「僕お腹が弱いから外であんまり飲み食い出来ないし、本当に早く帰りたいなぁ」
わざとらしすぎるだろうと、呆れを通り越して感心する。
流石にこのまま泊まれとは言われないだろうが、どうなる事やら。レンシュラは二重の意味で、深いため息を落とした。
◆◆□◆◆
屋敷に戻り、用意して貰った菓子を受け取り、ハートィと一緒に塔へ向かう。
ハートィはまだ興奮冷めやらぬ様子で、何度も特殊魔具である自身の腕輪を確認しては口元を緩ませている。
「さっきのこと話したら、ヴィートも驚くんじゃないの?」
歩きながら、ササハよりも高い位置にある横顔を見上げた。塔は訓練場より更に奥の、林を抜けた場所にある。
「そうっすね。きっと、驚くっす」
喜色を滲ませながらも、声を落としたハートィにササハは首を傾げる。
嬉しそうと言うには複雑な表情。前髪で目元を隠しているハートィは、視線が合えば、今の声音の意味も感じ取れたのだろうか。
「ちょっと自分語りしちゃってもいいっすか?」
「どうぞ。ハートィの話し聞きたいな」
「うへへ、有難うございまっす」
頭を掻きながら笑うハートィは挙動不審だ。照れくささ半分、ハートィは言葉を詰まらせながら語りだした。
ハートィが幼い頃に亡くなった両親は不仲で、双子の世話は昔から姉のツァナイがしてくれていた。
貴族姓は与えられていたが、領地は持たず、どこかの家の従者として暮らしていた。しかしハートィが八つの時、両親はフェイルに殺され、不吉だと仕えていた家からも追い出され、ゼメアとの縁でカルアンに来た。
「特に姉さんとヴィートは第六魔力がすごくて、二人共特級騎士になれるだろうって言われてたっす。実際姉さんは、ウチ等に合わせて任務を選んで無かったら、とっくの昔に選ばれていたと思うっす」
「特級騎士ってなに?」
「特務部隊で単独行動が許されている、特別強い人達のことっす」
形式上特務部隊は騎士団の一部隊となっているが、ほぼ独立した別組織でもあった。騎士団のトップは騎士団長であるが、特務部隊のトップは指揮隊長と呼ばれ、特務部隊の指揮管理権は騎士団長にはない。
「特務部隊のトップは指揮隊長、次が副隊長。そしていくつかの班に分かれてて、基本は班ごとで任務にあたるっす。けれど特級騎士の人はどの班や役職にも入ってなくて、一人でもフェイルと戦うだけの実力があると認められた凄腕猛者の人なんす」
「すごい。そんな人たちがいるんだね」
「何言ってるんすか。シラー先輩やリオークの坊っちゃんが、その特級騎士っすよ」
「ええ!? そうなの??」
知らなかったんすか? とハートィが可笑しそうに言う。
けれどハートィの姉もそれくらいの実力があったが、双子と同じ班への所属を強く希望し、特級騎士にはならなかったそうだ。
「ウチが、二人の足を引っ張ってたんすよね」
へらへらとした笑みを浮かべるハートィの顔は、遠くへと向けられている。
そして昨年の暮れ。
「姉さんがフェイルに殺されて……」
「……その時のこと、前にマサリーに聞いたよ。お姉さんがヴィートを庇って、ヴィートも片目を怪我したって」
「え……?」
「その、勝手に話を聞いたこと、不快に思ったならごめんなさい」
「あ、いえ。そう言う訳では……」
そうこうしている内に塔へと着いた。
「ヴィートは上に居ると思うんで、行きましょうお嬢さん」
話の途中であったが、建物に駆け寄り扉を開けるハートィにササハは頷く。
長い階段を登りながら、その間ハートィは矢継ぎ早に、先程とは別の話ばかりをした。
「ヴィート。入るよ」
階段の終わりにある扉を叩き、弟の名を呼ぶ。返事は無かったがハートィは戸惑いなく扉を開け、閉め切った室内にササハは一瞬右手で目の前を覆った。
中からコロコロと黒の毛玉が転がり出て、そのまま階段を落ちていく。
「またそんな所で寝て。窓開けるからね」
「ん~……あれ? ねーちゃん?」
扉の前で立ちすくんでいたササハは、開かれた窓から差し込む光に目を細める。直接光が届いたわけでもないのに、やけに眩しく感じた。
「今日はお嬢さんが遊びに来てくれたんすよ」
「こんにちは」
「え? おじょ……え! あ、嘘! ちょっと待って! こんな格好で……あ! ねーちゃん!! ジブンシャワー浴びたのいつだっけ?」
「知らないよ」
ササハが顔を覗かせれば、よれよれのシャツを着たヴィートが、慌てて周りを片付けているのが見えた。髪には寝癖が付き、机に突っ伏して寝ていたのか蹴倒した椅子と、ヴィートの右頬には本を枕にしたような跡が残っていた。
少し待ってと埃が舞う中、ササハは周囲を確認するように視線を巡らせた。ツァナイがいない。
昨日の訓練の時も、ハートィについて来るかと思っていたが、そうでは無かった。
適当に物をどかせただけのベッドを勧められ、ササハそろりと腰を下ろす。
仮眠用のベッドがあるならここで寝ればいいのにと、物置と化していた寝台に苦笑いを浮かべた。
奥にある湯を沸かす魔道具にハートィが水を注ぐ。その背後で、ヴィートがハートィを気にしながら、机の上にあった資料を、積まれている本の下に挟み込んだのをササハは見た。
まるでハートィに見られては困ると言うような様子に、視線を感じたのか振り返ったヴィートと目が合った。気がした。
ヴィートは一瞬マズい、と言うように口を開けたが、ハートィが振り返ったことに急いで閉じる。前髪で彼の目は見えないが、しきりにササハの反応を気にしていることは伝わってきた。
(秘密にして欲しいのかな)
笑顔を浮かべて頷くササハに、ヴィートは一先ず安心する。
「何すか? 二人して」
「なんでもないよ」
「そ、そうだよねーちゃん! それよりコーヒー! それとも紅茶? ジブンが淹れるからお嬢さんどっちがいいですか?」
「紅茶がいい」
「ウチはコーヒーで」
表情は見えないがヴィートは疲れた様子だ。
ササハはおやつを用意して貰ったと、ベッドから立ち上がりバスケットを見せる。寄せただけでスペースを空けた机の上に、きれいだからと言われた紙の上に広げていく。
中に入っていたのはクッキーとカップケーキ。ササハはカップケーキを取り出そうと手を入れた。
「痛っ!」
咄嗟に手を引き、驚いたハートィとヴィートの声が続く。
「お嬢さん!?」
「手っ、血が出てるっす!!」
ササハの右手から血が滴る。手を引いた時バスケットも落としてしまい、中身まで床にこぼれ落ちた。
バスケットから二匹の黒い毛玉が、牙を見せながら逃げ去るのが見えた。そして転がり出たカップケーキからは、鋭く尖ったガラスの破片が突き出ていた。




