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19話 教えてください

 むき出しの土の上に二人並んで座り、ハートィが落ち着くのを待つ。

 貸したハンカチはハートィの涙でビショビショで、飲み物を用意しておけば良かったとササハは隣を窺う。


 ようやく涙が収まった頃にはハートィの鼻は真っ赤で、声も枯れている。


「自分でも、何でか分からないんすけど、すっごく嫌な気持ちになって……」


 昨晩、ハートィは双子の弟の逢引現場を目撃してしまったらしい。


「嬉しいことのはずなのに、なぜかあの女性を目にした時こう、嫌だ! って、でもヴィートは嬉しそうに笑ってたのを見たら、ウチ、何でこんな気持になってるんだろうって、自分自身も嫌になって……」

「それは、そのメイドさんにヴィートをとられると思ったから?」

「……そうなんすかね」


 ササハの問い掛けに、ハートィは力なく笑った。

 ヴィートの事はツァナイも知らなかったのか、最初は驚いていたが今はハートィの心配をしている。


 ササハには兄弟がいないので、ハートィの気持ちがよく分からない。何となくの想像しか出来ず、気の利いた言葉なんて浮かびはしなかった。

 だから殆どなかったハートィとの距離を更に詰め、ぎちぎちでハートィが戸惑うほど寄ってみた。物理的に側にいる。そう表現するしか出来なくて、ハートィが嫌がらなかったので良しとした。


――ちょっと。どんな女だったか聞いてくれない?


 ハートィの近くに浮いていたツァナイが言う。ササハは嫌そうな顔をした。


――早く!

「……えーと、ハートィはそのメイドの人とは知り合いなの?」

「え? いえ、フードを被っていたので顔は見えなかったんすよ。けど着ていた服が、ここの屋敷のお仕着せだったので」

「そうなんだ。それはどんな人か、ちょっと気になるね」

「でも、ヴィートに直接訊く勇気はなくて……」

「なんで?」

「ウチの前ではそんな素振り一切見せなかったから、秘密にしてたい事なのかなって思って。……そうか、もしかしたらウチ、ヴィートに秘密にされてた事がショックだったのかも知れないっす」

「そっか。なら、いつか紹介してくれると良いね」

「……はい。そうっすね!」


 ハートィが笑ったので、ササハも笑顔を返す。

 そうしたら今度は、ササハが此処に来た理由を尋ねられた。ササハ正直にハートィに会いに来たのだと話す。


「第六魔力のコントロール訓練っすか? いいっすよ! 一緒にやりましょう! ――あ、でも」

「ん?」

「ウチは落ちこぼれなんで、お嬢さんに教えてあげられる事はないかもっす」

「落ちこぼれ?」

「実は――」


 再びしょんぼりと項垂れたハートィが、小さな声で語り始めた。

 ハートィの特殊魔具は、先程一度だけ目にしたが大きなハンマーの形をしており、それを相手にぶつける近距離武器だと言う。しかし威力が弱すぎてフェイルにぶつけても大したダメージを与えられず、酷い時にはハートィ自身が反動で跳ね飛ばされる事もあったらしい。


「実際に見て欲しいっす」


 言ってハートィは特殊魔具(ハンマー)を具現化させ、右手で持ち上げてみせる。ハンマーの頭は大きく、ササハが膝を抱えて丸まればすっぽり中に収まる程で、柄の部分も太い上に長い。柄を地面につけ立たせれば、ちょうど先端がハートィの肩辺りまであった。

 それをハートィは片手でくるくると回して見せるのだ。


「お嬢さん、具現化させた特殊魔具に触ったことは?」

「ないよ」

「ならちょっと触れてみて下さい」

「いいの! ――あれ、触れないよ」


 言われ差し出されたハンマーの柄を握ろうとし、すり抜けてササハの手は(くう)をかいた。

 特殊魔具は基本フェイル専用武器である為、具現化すると言っても他人には()れられないものらしい。しかし、第六魔力の多い者なら魔力を濃縮化させ、物理的にも触れられるようになるのだとか。


「ウチはこの通り、生きてる人間に接触させられる程の第六魔力はないし、フェイルに対する攻撃もめちゃくちゃ軽いんすよ」

「へー。確かにわたしには触れないけど、通常を知らないからなぁ」

「シラー先輩のやつとか触らせて貰ったことないんすか? あの人等は余裕で実体化出来る人たちなんすよ」

「そうなんだ」

――だから触らせて貰えないんでしょ。怪我するじゃない

「そっか。確かに」


 ツァナイの言葉に返事をしたササハに、ハートィが不思議そうな顔をした。

 落ちこぼれ。ハートィは自分自身をそう称した。きっとその言葉を最初に使ったのは彼女ではなかったのだろう。


「わたし本当に何も知らないから、基礎中の基礎でいいよ? レンシュラさんたちの鍛錬は体力づくりばっかりだから、ちょっとしたことでも良いんだけど?」

「なに言ってんすか。こういう事は始めが肝心なんすよ」

「じゃあ、ヴィートは?」

「ヴィートは絶対駄目っす!!」


 ハートィが大きな声を出す。その声音にササハは驚き、ハートィもツァナイすらも悲しげに目を伏せた。


「す、すいません。大きな声だしちゃって……」

「ううん。大丈夫」

「けど、ヴィートだけは駄目っす。ヴィートは部隊抜けてから特殊魔具に一度も触ってないし、他に、あ! ドネさんに頼むのはどうっすか? あの人も昔は特務部隊にいて、ゼメア様と組んでたって聞いたことあるっす!」

「そうなの! じゃあ今から聞きに行こう!」

「はい! ……え? 今から? ウチもっすか?」

「うん。一人でこんな所で練習してるんだし、ハートィも強くなりたいんでしょ?」

「いや、ウチなんかは」

「いいじゃない。行こ」


 ハートィが本当の拒絶を見せなかったので、ササハは彼女の手を取って歩き出す。ハートィは戸惑った様子ではあったが、引いた手を振り払われる事はなかった。


 そしてドネの書斎に押し入り、


「いやだ。ルヒンネスに頼め」


 替わりの生贄を提示された。




 ベアーク・ルヒンネス。御年六十八歳。

 実年齢よりも十程は若く見える、白髭に白髪の偉丈夫。元は北部にある別の家に仕えていた。

 それを先々代のゼメアの祖父であり、ササハにとっては曾祖父にあたる人物と縁が出来、カルアンへと移ってきた男だ。


 現在は屋敷で執事として働いているが、ゼメアたちよりも更に上の年代になれば、特務部隊において彼の名を知らぬ者はいなかった。

 その理由は――。


「私は盾役として働いておりました」


 盾役。特務部隊における特殊魔具は、武器の形状を選べるわけではなかった。適正があれば特殊魔具は使用者の第六魔力を記憶し、使用者ごとに異なる形に変化する。

 そして武器という括りだけで数えるなら、盾、と言う防御特化の形になることは稀であるらしい。


「一度、実物をお見せしましょうかね」


 現在ベアークは、ササハとハートィに連れられ、訓練場へと来ていた。

 最初ドネからベアークの事を伝えられた時、ササハもハートィも驚いたが、それではとベアークの元へ師事をお願いできないかと申し出たところ、恥ずかしそうにしながらも快諾してくれた。


 屋敷の仕事もあるなか、少しの時間ならばと、マサリーに歳を考えて羽目を外しすぎ無いようにと、無言のメッセージを受け取りこの場に立っている。


 ベアークは黒のスーツの袖口を軽く引くと、右手に腕輪型の特殊魔具をはめていた。その手を自身の前にかざすと淡い緑色の光が集まり、ベアークを頭から足先までしっぽり隠してしまえる程の光の盾が出来た。

 しかも盾と言っても向こう側が透けて見えるため、背丈を超える高さでも相手の位置が分かる。


 それを見たササハは凄いとはしゃぎ、ハートィと空宙に浮いているツァナイはぽかんと大きく口を開けていた。


「凄いね、ハートィ!」

「はい、え? 凄いのは凄いんすけど、凄すぎて意味分かんないっす!!」


 きゃっきゃと飛んでくる声援に、ベアークは髭をひくひくと動かし、咳払いと共に盾の大きさを倍――いや、一気に五倍ほどの大きさに変えてみせた。


「わぁーーーーー! ベアーク、すごーい!」

「ふふ、良ければ内側から触ってみますか?」

「いいの!」

「もちろんですとも」


 得意げに髭を持ち上げるベアークの側に寄り、ササハはちょんと人差し指で触れてみた。堅いわけではない。しかし確かに何かに阻まれている感覚があり、今度は両手を突き出し体重をかけて押してみた。

 呆けにとられていたハートィも我に返り、ウチも良いっすかと指の腹を押し付ける。


 何ならハートィの特殊魔具をぶつけてみなさいとベアークに言われ試してみたが、びくともせずベアークの髭が更に天を向いた。


「まじで凄いっす……実体化もそうすけど、どうやったらこんな量の魔力をコントロール出来るんすか」


 凄いとはササハも思ったが、それ以上に驚くハートィに首をかしげていると、ツァナイがササハの隣へと下りてきた。


――ほんと化け物級。あり得ない。普通はね、こんな大きさの盾なんて作れない。考えても見なさい、この一面に広がる盾と同じだけ第六魔力が使われてる。言わばカタシロを百……数百体同時に操作してるようなものよ

「ああ! それは………………すごっ」


 カタシロ数百体と言われ、ササハはようやくハートィと同じ心境を得る。


――しかもそれなりに強度を保っていられるなんて、避難の時とかすっごく便利じゃない


 関心するツァナイの隣で、ササハがベアークに拍手を送る。

 ベアークは盾を消し、流石に疲れたのか息を吐きながら額の汗を拭った。


 盾の大きさや強度を変える。すなわち第六魔力の出力をコントロールし、最大限に活かす。


「時間がある時でいいの! わたしたちに第六魔力の使い方を教えてくれない?」

「ウチからもお願いします!」

「この老骨でよろしければ、喜んで」


 ニコニコと笑顔を浮かべるベアークに、ササハとハートィは喜びの声を上げる。

 ベアーク自身、体力的な事では歳に敵わないだろうが、第六魔力のコントロールならと昔の血が騒ぐ。


 今日はすでに日が落ちかけているため、明日からにしましょうと、冷たくなった風と共に空を見上げる。また、明日。(あと)の二の時間に。時計の読み方を覚えたササハは、嬉しそうに約束を交わす。

 ハートィも絶対遅れないようにすると意気込んでいる。


 その訓練場から離れた木々の向こうで。

 三人を眺めていたヴィートが、何も言わずに立ち去って行った。

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