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16話 大事、かも?

「ふ、……は、あっはっはっは。それであの阿呆うは、子供の喧嘩で済ませたと!」


 ドネの笑い声に、レンシュラは珍しいものを見たと目を丸める。

 日も沈み、魔道具の光が白く照らす室内で、ドネとレンシュラ。そして通信用の魔石が埋め込まれた魔道具から、ラントの声がしている。


『 シラー君。それでブルメアは、あ、ササハ君の怪我も! 』

「二人共、今日のところは引き離して部屋で休ませました。ササハの怪我も回復促進薬を使用したので、痕も残らないだろうと」

『 そうか……ああ、良かった。本当に、良かった 』


 噛みしめるように安堵するラントの声は、だいぶ疲労が滲んでいる。


 夕方より少し前の時間、ブルメアがササハに怪我を負わせる事件が起きた。目撃者もそれなりに居て、身内の出来事とは言え障害事件と立証できる内容に、報告を受けたラントは一瞬息が止まった。


 もしあの場で、ササハがブルメアに手を上げこれは喧嘩だと言ってくれなければ、ラントはブルメアに処罰を与えるか、ブルメアを庇ってササハを見捨てるか、どちらかを選ばなければいけなかった。

 もちろんブルメアには親として叱らなければいけないが、一方的な暴力に、カルアンの当主補佐として処罰を下すのとでは大きく異なる。かと言って何もしなければ、本家はササハを軽んじていると使用人たちに示すことになる。


『 ササハ君には、本当に感謝しかない……。ふ、あはは。本当にあの子は兄さんの子だ。自分の夢まで諦めて、僕の事を庇ってくれた兄さんに……ぅ、ぐず、ぅぅぅっ~~!! 』


 魔道具から鼻をすする音まで聞こえてきて、ドネとレンシュラは似た様な表情を浮かべて引いた。


『 なのに碌に感謝の言葉も言わせてもらえず、親の葬式を勝手に済ませた嫌なやつだと思われているなんて、ぅう、僕だって、僕だって本当は嫌だったのにぃ 』

「泣くな。キモい」

「ラントさん……」

『 君たちは良いよ! 嫌なこと言わないでさ、好きに優しくしてあげられるんだから! 』

「ドネさんは優しくしてないです」

「・・・」

『 僕だってバウムのことも、有難うって言いたいのにぃ 』


 ササハや娘の前では気取って私と言っていたラントだが、ドネや妻の前ではつい昔を思い出し、口調が幼い頃に戻ってしまう。

 ラントが駄々をこねるように吐き出した言葉に、レンシュラが魔道具を見た。


「発表が決まったんですか?」


 言葉がなくなり、ドネのため息が響く。

 レンシュラは歪な高揚感と、ぞわりと背を這う焦燥に眉を寄せた。


「ラントさんは、《黒の賢者》の消滅がササハのせいだと?」


 思いもよらず低い声が出た。

 ラントが魔石の向こうで湿りを帯びた苦笑を漏らすのを感じた。


『 さあ? どちらかと言えば彼女のおかげなのではと思ってるよ 』

「そんな、言葉の差異ではなくっ」

「《黒の賢者》の消滅は確定だ。が、原因は不明。――そうだろ」

『 そうですね。そう、報告します 』


 落ち着きを取り戻したラントの声に、レンシュラも力を抜く。


『 カルアンは《黒の賢者》の消滅について今日まで調査を続け、結果、(しるし)の消失により賢者の消滅を確認。しかし原因解明までは至らず、調査の続行を宣言する。――ただし期限は未定。って感じだね 』

「実際、お前と、リオークのガキと、うちのガキが現場に居合わせた。それしか分かっていないからな。そうだろ、シラー?」

「――……」


 レンシュラはロキアで報告を入れる際、真っ先にドネへと連絡をした。《黒の賢者》が現れ、ゼメアの娘を保護したと。ゼメアとカエデは間に合わなかったが、娘は生きており、なぜか――《黒の賢者》と接触したと思われるのに無事であったと。そんな馬鹿正直な報告をした。


 レンシュラはドネを見る。ラントに連絡をしたのはおそらくドネだ。そこでどの様なやり取りがあったかは知らないが、レンシュラはしっかりと頷き答えた。


「ドネさんの言う通り。俺たち三人にも、何が起こったのか全く分かりませんでした」




◆◆□◆◆




 翌日、ササハはドネのいる書斎に呼び出された。

 本当はブルメアと話をしたいと思っていたが、その前に伝えることがあると言われたのだ。相変わらず六体の人形がテーブル周りを占拠していたが、今日はドネの椅子の近くに、似たような椅子が一脚用意されていた。


 室内にはドネとササハの二人だけ。ササハの額の傷は塞がったのだが、まだかさぶたが残りうっすら変色しているのでガーゼで隠している。


 ドネの視線はちらりと額へと向けられたが、表情を変えることはなく、机に肩肘を付きながら足を組んだ。

 向かい合うように座ったササハの背筋が伸びる。


「《黒の賢者》の印が消えた」

「――え? しるし?」


 てっきりブルメアの件で呼び出されたと思っていたササハは、聞き慣れぬ単語に目を丸める。


「なんだ。リオークのガキと、フェイルについて学んでいたのではないのか?」

「そうですけど、しるしっていうものの事は聞いてません」

「・・・なら、何を話しているんだ?」

「リオが今までどんなフェイルを倒してきたのか」

「ただの雑談ではないか。シラーは何をしている!」

「レンシュラさんが居ると、くだらん話をするなら身体を動かしたほうがいいって鍛錬になります」

「シラー……」


 肘を付いている方の手で、ドネが目元を覆う。ガキが三人集まって騒いでいただけだった。

 落ち窪んだ眼光が覗き、ササハを見る。


「《呪われた四体》について聞いたことは?」

「ありません」

「本当に何をしていたんだアイツ等は!」


 ダン! とデスクを叩く音が響き、ササハがビクリと肩を揺らす。それにドネが気まずそうに咳払いをした。


「……仕方がないので簡単に説明をするが、フェイルの中でも強力な『呪い』の力を持つ五体がいる。フェイルとなる(たね)を蒔き、人をフェイルに変えてしまう《黄金の魔術師》と呼ばれる個体。そして《黄金の魔術師》と同時期に発生した《呪われた四体》と呼ばれる四つの個体だ」


 《黄金の魔術師》については、以前少しだけリオが言っていた気がする。元は聖女シエリュダに退けられた悪魔で、後にフェイルとなったのだと。

 そして今回の騒動で明らかになった《黒の賢者》。あの個体は人の時間を狂わせ、強制的に成長を促すもののようだ。


「《黄金の魔術師》は無理であったが、《呪われた四体》は封印に成功した。そして、その封印を成功させたのが、カルアン家、ナキルニク家、リオーク家、ハルツ家の先祖で――――封印の代償が『印』と呼ばれるものだ」

「封印の代償? どうしてですか、だって封印に成功したって」

「なぜかは分からないが、《呪われた四体》の()()()()()するための魔力は『印』持ちの魔力でないといけないのだ」


 封印の維持。閉じ込めて終わりという訳にはいかなかったという事か。


「封印のため魔力を吸い取られる『印』持ちは、封印する《呪われた四体》の呪いの影響を受けるらしい」

「そっ、――それって死んじゃうって事ですか……?」

「死ぬわけでは無いと思うが、呪いの内容は公開されていないから詳しくは知らん。だが、印持ちは常に二名ずつ選ばれる。誰が、フェイル自身が選んでいるのか……封印を実行する者と、その次を継ぐ者だ」


 印持ちの『印』は文字通り、文様の様な痣が浮かび上がるらしい。


「カルアンの今の印持ちは、お前のもう一人の伯父と、甥だ」


 つまり、父親の兄である人物と、ラントの息子の事だ。

 ドネは喋り疲れた様子だが、ささくれだった唇を開く。


「ここからが本題だが、カルアンの『印』は消えた」

「・・・?」

「《黒の賢者》が消失した。その為、賢者の呪いも、封印するための代償も封印者も必要なくなったのだ」

「そうなんですか! それは良かったですね!」


 ササハの顔がぱっと明るくなる。突然の話にまだ情報を整理しきれていなかったが、要は呪ってくる厄介な奴が消えたから、犠牲者がいなくなったという事ではなかろうか。

 しかしドネの表情は変わらず冷めたものだった。


 じっと静かな瞳で見られ、上向いたササハの表情も大人しくなる。


「ラントは喜んでいたさ。自分の息子が、呪いを受けなくて済んだんだからな」

「何か、他に駄目な理由があるんですか?」

「本来なら、喜ぶべきなのだろうな」

「?」

「呪われた最悪の被害者からカルアンだけが抜けた。それを他の者がどう思うだろうか」

「――あ」


 それだけではない。現在の王国の在り方はフェイル有りきで偏っている。国は《呪われた四体》を封じる四家門に特別軍事権を与え、特殊魔具の作成方法を秘匿することで手綱は王家に握られていた。

 また、フェイルは海向こうの国では存在しない。王国特有の特殊現象でもあった。


(もし、もしもだ。フェイルが、フェイルの生みの親である《黄金の魔術師》さえ消滅することとなったら……この国はどうなるのか)


 一部の厄災のおかげで国が成り立っているとすれば、平等な平穏を望まない者もいるだろう。

 ドネはくつくつと喉を鳴らし口元を引きつらせる。くだらぬ妄想はササハには告げなかった。


「お前、どうする?」

「どうする……とは?」

「カルアンは《黒の賢者》の消滅を正式に発表する。賢者消滅の現場に居合わせたお前たちは、面倒なことになるかもな」


 葬式の場に呼んで、わざわざ情報をくれてやるまでもない。


(隠して領主ごっこをさせていても、隠しきれるかどうか)


 ドネは組んでいた足を解いて姿勢を崩す。


「発表は七日後。それを過ぎたら教団か、下手をしたら王家が介入してくるだろう。違う道を選びたいならそれまでに決めろ。事故死の死亡診断書なり、領主様ごっこの為の第六魔力偽装くらいはしてやれるだろう。でなけりゃ強制で特務部隊に入隊だ」


 ササハは何も返せず、頷いて見せた。

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