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15話 口出し無用

 難しい事は分からない。なので本人と話をしてみよう。

 ササハはブルメアの居場所を知るために、ベアークの元を訪れた。

 ブルメアは普段、東棟奥の小さな書斎に居ることが多いらしい。


 屋敷には幾つか書斎があり、一番大きな書斎は現在ドネが使用している場所で、そこはゼメアの執務室の隣にあった。ゼメアの執務室は現在誰の使用も許されず、定期的に掃除だけなされている空き部屋となっている。先程ササハが隠れた部屋が父の執務室だった事を知り、もっと室内を見ておけば良かったと独りごちる。


 黒の毛玉が転がる廊下を早足に進み、途中声をかけられた。


「ササ。こんなところで何してるの? 探検?」


 声をかけたのはリオで、その後ろにはレンシュラの姿も見える。

 二人共、練習用の模擬刀を持っているので鍛錬終わりだろう。


「探検じゃないよ。ブルメアさんに会いに行こうと思って」

「ブルメアに?」


 不思議そうな声音で訊き返したのレンシュラだった。


「何のために? その、何かあったのか?」

「何もしなかったから今話しにいくんです」

「?」

「なにそれ面白そう。僕もついて行っていい?」

「良くない。ついて来ないで」

「えー」


 ササハはそれじゃあと身を翻したが、何故かリオがついて来る。リオがついて来るせいか、レンシュラまでもがササハの後を追う。


「何で二人共ついてくるの!」

「だって気になるじゃん」


 レンシュラは言葉にしなかったが、表情がリオと同意見だと告げている。

 そうこうしている内に書斎に着き、開きっぱなしの扉の前に立つ。覗くつもりは無かったが、扉が開け放たれた室内は丸見えで、幾つかの本棚と、小さな書机が見えた。


「誰も居ないみたいだね」

「だからあっち行ってってば。皆でぞろぞろ来たら怖いでしょ!」


 今にも中に入って行きそうなリオを何とか押し戻そうとする。足はササハのほうが速いが、力ではやっぱり敵わない。いくら押しても微動だにしない。


 書斎自体ブルメアの私室という訳ではないが、勝手に中に入ることはせず辿って来た道を戻る。本当は部屋の近くで待っていようかとも思ったが、関係ない二人を連れているのは嫌だった。


 僅かに覗き見た室内は雑多なりにも整理はされており、机の上には沢山のファイルや紙束が重ねて置いてあった。

 他にもワゴンタイプのラック棚が机の傍にあり、そちらにもぎっしりと大小様々の本が並べられていた。


(ずっと勉強してたのかな)


 いや、勉強なんてものでは無いだろう。あの部屋を覗いた時に既視感があった。双子の居る塔に案内された時のような、ササハが肌身は出さず母の形見を持ち歩いているような。

 あそこはブルメアの砦。気まぐれで犯してはいけない領域だった。


「じゃあね。バイバイ」


 一階へと続く階段の前で、ササハはリオとレンシュラに手を振る。


「そう言って自分はあそこに戻るんでしょ~?」

「そうよ。だから一緒に来て欲しくないの。バイバイ」

「バイバイしませーん」

「なんでよ。運動したあとで汗かいてるでしょ。早くお風呂に入って来なさいよ。風邪引いちゃうよ」

「大丈夫ですぅ。これくらいで風邪なんか」

「臭うわよ」

「嘘!?」

「嘘だけど」

「人を傷つける冗談は良くないよ!!」

「ごめんなさい」


 ササハは気づいていないが、レンシュラも少しビクついていた。


「もう。とにかく一人で行きたいの! 今はあっち行ってて」


 反抗期かとレンシュラだけが深刻そうな顔をした。


 リオは口を尖らせ、しぶしぶといった様子で階段を下り始めた。二人が一階に降りるまで見張ってようと、ササハは階段の上で仁王立ちし、ちょうど二階の反対の角からブルメアが歩いてくるのが見えた。

 ブルメアはインク壺を持っており、おそらくはそれを取りに部屋を出ていたのだろう。


 ササハはすぐにふり返り、ブルメアがササハに気づくと同時に声をかけた。


「あの、話しがしたいの! 少し時間を」


 近寄ろうとしたササハにブルメアは鋭い視線を向け、持っていたインク壺を投げつけた。


「近寄らないで! あなたの顔なんか見たくないの!」


 インク壺が鈍い音を立ててササハの額にぶつかる。ササハは咄嗟に目を庇ったが堅いインク壺は薄い皮膚を抉った。


「ササハ!」


 リオが叫んだのが聞こえたが、それよりも、よろけたササハの足元で黒い毛玉が数匹。インク壺を転がすのが見えた。

 ササハは避けることが出来ず、体重を支えようとした足はインク壺を踏んだ。


 視界が傾き、驚き固まるブルメアと、その肩で大きな毛玉がニンマリと口を歪めているのが見えた。

 ササハは後ろ向きのまま、背後の階段へと――――落ち


「サ――!」


 リオかレンシュラか。逼迫した声が名前を呼ぼうとした。


「ふんぬぅ!!」


 が、ササハは無理矢理に上体をひねり、手すりに肩肘を打ち付けながらも握り、片足のかかとがかろうじて床に付いている状態で耐えた。一種の曲芸師がポーズを決めた様な体勢に、すでに飛び出していたリオとレンシュラの動きが止まった。


「ぅぬぬぬっらっしょーーーーい!!」


 額から血を流し、大きく後ろに反り返る体勢からササハは自力で起き上がった。

 そして持ち堪えた安堵に手すりに体重を預ける。


「ササ!! 大丈夫?!」


 リオがササハの肩を支え、ハンカチで額の傷を覆う。レンシュラは詰めていた息を吐き出し、鋭い目つきでブルメアの方へと向かう。

 何人かの使用人が人を呼びに行くのが見えた。


「お前、自分がなにをしたのか」

「レンシュラさん!」


 ブルメアは青い顔でその場にいた。小さく震えながら、彼女に纏わりつく黒毛玉だけが楽しそうだ。

 レンシュラが距離を詰める前に、ササハがリオとレンシュラを遮りブルメアを見る。

 ササハはブルメアへと一歩踏み出し、ブルメアの表情が変わる。


「なに、よ。貴女が勝手に転んだんでしょ! 私は悪くな」


 パァッン――と乾いた音が響き、ササハがブルメアの頬を平手で打った。

 ブルメアの頬に熱が広がる。


「人にインク瓶を投げちゃ駄目って教わらなかったの!!」

「なっ」


 ブルメアは打たれた頬を押さえながら怒りに震える。平手打ちの衝撃で、黒の毛玉がブルメアの肩から落ち、床の上で驚いた顔をしていた。


「あなたわたしよりお姉さんでしょ! 年下には優しくしなさいよ!」

「煩いっ! 何が年下よ! 気に食わない、生意気なのよ!」

「だからって物を投げることないでしょ! 謝ってよ!」

「嫌よ! 何で私が貴女なんかにっ」

「お嬢様! ブルメア様! これはいったい」


 階下からベアークの声が聞こえ、白髪の頭が階段を上がってくるのが見えた。


「これはいったい何の騒ぎでございましょう」


 ブルメアの顔色が更に青くなる。

 床に転がっていた黒丸毛玉が、ブルメアへと目掛け走って来る。ササハはその毛玉を思いっきり蹴っ飛ばしてから、ベアークへと向き直る。


「これはわたしたちの問題なの。子供の喧嘩に大人が出てこないで!」


 ササハの背中の向こう側で、ブルメアが大きく目を見開いた。

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