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12話 黒い影

「あ、……もう無くなっちゃった」


 ササハがスケッチブックを手にしてから三日後。

 十数ページしかないスケッチブックは、最後のページまで埋まっていた。


 最初は何を描いたらいいか分からず、窓から見えた名前も知らない鳥の絵を描いた。これまでササハが見たことある絵と言えば、絵本か図鑑のイラスト。昔読んだ絵本のイラストを思い出しながら描いてみたが、鳥はすぐに飛び立ってしまい、半分以上は記憶を頼りに想像で仕上げた。

 ヨレヨレの線にパーツが可怪しい怪鳥に、もっと上手くなってからと、ササハはまだ誰にもスケッチブックの絵を見せていなかった。


 少し前から()()()()でもスケッチブックに集中することが増えたため、リオもレンシュラも不思議に思っている様子だったが、その理由もまだ話せてはいなかった。


(また、誰かいる)


 昼を過ぎて、レンシュラとの鍛錬の約束までの空き時間。少し早めに用意を済ませ、最近のお気に入りの場所にササハは一人でいた。

 場所は双子の住む塔の近くで、薬草畑の匂いが届く林の中。薬草の匂いが懐かしく、かと言って薬草畑で座り込んでいると双子と遭遇した時に心配をかけてしまうかもしれず、背の高い草葉に隠れた木の根っこに腰掛けていた。


 おそらく、話しかけても反応は返らない。


 隠れるようにスケッチブックと、白のタオルを抱えているササハの視界の隅に、黒い足が視えている。

 フェイルの黒い煙とは違う、どちらかと言えば灰になる寸前の炭の様な、触ると今にも崩れ落ちそうな黒だった。それが人の、今回は男性の足。かっちりとした靴が、ササハとは全く別の方向を向いてそこにいた。


 最近たまに視える、意思疎通が不可能な黒い人達。


 最初ササハが見かけた黒い人は屋敷の中で、メイドのようなシルエットを持つ女性だった。服の丈が今屋敷に居るメイドたちとは違い足首まで届きそうな程長く、ずっと北側にある廊下の窓を磨いていた。

 それを目撃した時は驚き、一緒に居たマサリーにしがみついてしまったが、マサリーには視えておらず窓枠の影を見間違えたと誤魔化した。


 また別の時は訓練場に行った時で、最初に訪れた時には居なかったはずなのに、広場の建物の影に何人か、似たような背格好の男性の姿が視える気がした。


 その後に一度メイドの影に話しかけてみたが何の反応もせず、触ろうとすると居なくなり、少し離れるとまた同じ様にして窓を磨いている。


 実害はなく視えるだけ。それでも不意に視界を掠める何かがいると、ビクリと心臓が飛び上がり、暫く動悸が治まらなくなるのだ。


 だからなのか。何か居ると思った時、気を紛らわすように絵を描くようになった。誰かと居る時は別にいい。驚くのは最初だけで、話をしている内にいなくなっている。しかし一人の時はどうしても気になる。気になるし怖い。


 今も視界の端に居た黒い足は、いつの間にか姿を消していた。


「ふぅ……やっと居なくなった」

――何がいなくなったの?

「きゃあ!? ――え? と、あ! ……名前、知らない」


 驚いて宙を見上げる。

 腕を組み、浮かんでいるのはオレンジ色の髪の女性。


「お姉さんって、もしかしてハートィ達の家族ですか?」

――そうよ。アタシはツァナイ・カイレス。アタシが姉で、あいつ等は可愛い妹と弟。で? あんた、名前は?

「ササハです」

――そう。ササハね。あの子たちはお嬢さんとしか言わないから


 やはりハートィたちの姉らしい。

 前髪で目が見えない双子たちとは違い、ツァナイは翠色の瞳が露わになっている。


――ねえ。さっきいなくなったって言ってたでしょ? 何のこと?


 ツァナイは宙に浮いたままササハの顔を覗き込む。薄っすらと向こう側が透けて見える彼女は、すでにこの世の者ではないのだろう。そんなツァナイに不気味な霊が先程まで居たけどいなくなった、と正直に告げてもいいものだろうか。

 ササハがとぼけるような表情で口を曲げた。


――あんた、今嘘つこうとしてるでしょ

「え! なんで分かるんですか!?」

――誤魔化そうとする時の顔が、カエデにそっくりなのよ

「お母さんに?」

――ええ。正直に話したらカエデの話をしてあげてもいいわよ


 聞きたがってたでしょ? とツァナイは目を細めて笑んだ。


――あんた昨日も此処に隠れてたでしょ? アタシにはお見通しなんだからね


 敵わないなと、ササハは眉尻を下げる。

 木の根元に座り込んだまま、落ち着かない様に指を絡める。


「少し前から、真っ黒い人が見えるんです。たぶんもう生きてない人たちだと思うんですけど」

――それってこの二、三日の話じゃない?

「はい! そうんなんです! この間から急に……! でも、どうしてそれを?」

――だってカエデの術の気配がなくなってるんだもの。ずれてた目隠しがとうとう落ちちゃった、みたいな。そんな感じ? たぶんだけど、あんたの今の状態は元からのもので、逆に今まではカエデが視えすぎないよう目隠しの術をかけてくれてたと思うの

「お母さんが……。でも、お母さんは少し前に、その……」

――……術者が死んでも残る術もあるのよ


 視えすぎないように目隠しをしてくれていた。それがずれて落ちたと言うなら、母の死で術の精度が落ちてとうとう消えてしまったのだろうか。原因は分からないがツァナイの言葉を信じるなら、これがササハにとっての本来の状態と言うことなのだろう。


「あ、あの。どうしてそんな事わかるんですか? お姉さんにもあの黒い人たちが見えてるんですか?」

――ええ。カエデや、たぶんあんた程はっきりとじゃないけど、何かいるなってくらいには視えてたの。それで昔、カエデに相談してね。こっちが何かしなければ害はないし、気にしないで良いって言われたわ

「気にしないって、そんな簡単に」

――けど、それしかないのよ。町に出て、他に人が歩いている事をおかしいと思う? 通行人とすれ違って、今のはいったい誰だと気にしないでしょ。あいつ等は場所や時間関係なく、通りすがるだけの通行人なの。気にして構うほうが相手にとっても迷惑なのよ。カエデもそう言ってたわ

「気にするほうが迷惑……確かに。わたしも道を歩いてて急に、ここで何してるの! なんでいるの!! って聞かれたら迷惑だわ」

――ぶふっ! その自己解釈具合はゼメア様に似てるわ


 ツァナイは膝を打って笑った。

 それから少しの時間ササハはツァナイと話をした。


 ツァナイは双子より三つ年上で、両親はツァナイが十一歳の時にフェイルに襲われて亡くなった。その時に助けたのがゼメアで、行くあてが無かったツァナイと双子を、屋敷にも招き入れてくれたのだとか。それからツァナイや双子に第六魔力の才能があることが分かり、特務部隊に所属することになったらしい。


 特にツァナイの第六魔力は強く、カエデやササハ程ではないが霊の存在を感じられ、カエデに色々相談やアドバイスを受けていたんだとか。


――ちょうど去年の終わり頃かな。任務中にへまやっちゃって……


 フェイル討伐で命を落としたらしい。

 それから双子も特務部隊を抜け、塔に引きこもるようになってしまったとツァナイは最後に締めくくった。


――だからさ、アタシがまだ此処に残ってること。あいつ等には言わないで欲しいんだよね。だって弟妹離れ出来てないみたいで恥ずかしいじゃん?


 くるくる空中で回転しながら言うツァナイを、ササハはじっと見つめていた。


「リオにはこの間言っちゃったけど、それはいいですか?」

――あの子たちに伝わらなければいいよ

「分かりました」

――ありがと


 ツァナイがササハの頭を撫でる仕草をし、その手がすり抜ける。


「ツァナイさんには触れないんですね」


 そう言えばロキアでも母親霊の手はすり抜けたなと思い出す。


――あんたなら、触ろうと思えば出来るんじゃない?

「え!? そうなんですか!」

――たぶん。カエデはそうだったし。けど制御が難しいみたいでね、近くにあった魔道具を壊してる時もあったな


 魔道具を壊す。確かに、ロキアの母親霊も誘拐犯の持っていた魔道具を壊して、ササハを助けてくれた。


――第六魔力は他の魔力にも、強く干渉出来るみたいなのよね

「やり方教えて下さい! それが出来たら――」


 ノアにも触れられるかも知れない。なぜか言葉にするのは憚られて、少し頬を赤らめて下を向く。


(触りたいとか変態みたいじゃない!)


 ツァナイが不思議そうな表情で逆さに浮く。


――特にコツとかはないみたい。自分の中で溢れる温かい流れを意識して集めるの。そしたら何となく出来るようになるってカエデは言ってたな。アタシには出来なかったけど

「そうなんですね。流れるもの……試しにちょっとやってみます」

――んー。頑張んな


 レンシュラとの約束の時間を過ぎていることも忘れ、ササハは意識を集中させる。

 力のコントロールが出来るようになれば、気にしたくない黒い影も視えないように出来るかも知れないし。決して変態的な動機のほうでは無い。


「う~~~むむ……」


 目を閉じ、温かい流れと念じながら唸り声をこぼす。

 閉じた目蓋の裏が光の模様を描く。そうだスケッチをする感覚。一つに集中し、しかし全体を捉えバランスを掴む。


「あ、」


 何か淡い熱を感じ瞳を開ける。


(ツァナイの胸に、赤い文字?)


 ぬるりと鼻の奥に違和感を感じ、赤の液体が伝い落ちる。

 目の前が赤と白に点滅し、ササハはそのまま意識を手放してしまった。

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