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9話 曖昧だし不安定

「お、お嬢様? ……もしかして眠っていらっしゃらないんですか?」

「おはようアム」


 朝日が昇り、ササハを起こしに来たアムに言われる。

 ササハはベッドの上で足を崩して座り込んでおり、手元には布の切れ端と糸のついた針。何度か指を指したのか血を拭った布切れと、ササハの周りには奇妙な人の形をした人形が幾つも横たわっていた。


「なんらかの儀式でも行うんですか?」

「違うよ。眠れなかったから、暇つぶしにカタシロを量産してただけ」

「ふーんん???」


 アムがさっぱり分からないという顔をする後ろで、リジルが表情一つ変えずに洗顔の用意を整えてくれた。




◆◆□◆◆




「どうしたのササ。ぶちゃいくな顔してるよ」

「リオは本当に失礼だわ」

「吊るすか? 手伝うぞ」

「二人共酷くない? ちょっと場を和ませようとしただけなのに」


 朝食の席のあと、相談したいことがあるとササハはリオとレンシュラの二人に声をかけた。食堂にドネやブルメアが姿を見せる気配はないのだが、使用人に囲まれた状況で私的な話をするのは居たたまれなかった。


 屋敷の事はレンシュラのほうが詳しいので、適当な部屋に案内してもらって腰を落ちつかせる。なんの部屋かと聞けば「昔から使っていた俺の部屋」だとレンシュラに返され、リオとふざけて家探ししようとして怒られた。


「で、相談ってなに?」


 遠慮なくベッドを陣取ったリオが、あお向のまま顔だけを向けて訊く。


「昨日言われて思ったんだけど、わたしってここじゃ偉い立場なの?」

「んん?」

「………………」


 昨晩呼び出され、何となく事情は察しているレンシュラと違い、リオは眉をひそめながら首を傾げた。


「あ、やっぱわたしの勘違いだった?? うわ、ごめん。今の忘れてっ!!」

「いや、いやいやいや……ちょっとレン?」

「・・・」


 ササハに待てを言い渡し、リオはレンシュラを連れて部屋の隅へと移動する。

 どういう事だと、ササハには届かぬよう小声で話す。


「先に聞いておくけど、ササの今の立場ってどんな感じなの? 普通にカルアン家次男の娘として公表してもらえる感じ?」

「もちろんゼメアさんの娘という事は認められている。カエデさんについてとやかく言う連中はいるが、それはどうとでも出来る……が、教団のほうをどうするか、そこがまだはっきりしていない」

「はっきりしていないって、教団から隠すのは無理じゃない?」


 レンシュラの顔がわかり易く歪む。


「その顔は《黒の賢者》の調査結果も出たってことだよね?」

「……聞くのか?」

「今更じゃない? どうせ僕も現場に居たんだし、無関係とは言えないでしょ」

「…………、原因は未だ不明だが《黒の賢者》の消滅は決定した」

「やっぱり」

「ラントさんが教えてくれた。ご子息にあった『(しるし)』が消えていたそうだ」


 レンシュラから深い溜め息がもれる。

 対照的に、リオは乾いた笑いを浮かべた。


「均衡が崩れちゃったね」

「笑い事ではない」

「何で崩れたのか、誰が崩したのか。犯人探しが始まっちゃう」

「…………」

「もしかして僕等がこんなにのんびりしてられるのって今だけ?」

「原因が分からない以上、確認は取られるだろうが――それだけだろう」

「原因が分からない内はね」


 リオもレンシュラも、本当の意味では《黒の賢者》の消滅について心当たりはない。だが、状況から察するに限りなく怪しい人物が一人いる。


 あの日、ロキアの山で。リオもレンシュラも、もう駄目だと思った。助けられなかったと黒の異形が自分たちを無視して少女へ向かった時、そう確信してしまったのに。


 だからこその迷い。教団から隠すなら、そこに関わったカルアンの娘が、どのような娘であるか知られる前のほうがいい。


 二人は同時にササハを振り返った。暇を持て余していたササハは、一人カタシロで遊んでいた。


「サーサ」

「わぁ!」

「ササはさ、お父さんの住んでた屋敷に来てみてどう? ずっとここに居たいって思う?」


 リオはササハの座っていた一人がけのソファの背に手を付き、ササハの顔を覗き込んだ。ササハの目元には薄っすらと隈が浮かんでおり、十分な睡眠が取れていないことが分かる。


「ずっとってどれくらい?」

「ここの領主様になって、出来る限りはずっとかな?」

「領主様って、わたしがなれるわけ無いじゃん」

「そんな事ないよ? 子供が親の領地を引き継ぐのは何も可笑しなことじゃないし、ササにはその権利がある。あとはササのやる気次第だよ」

「やる気って、そんなこと急に言われても……わたしは特務(フェイル)部隊に入るんじゃなかったの?」

「ササはそっちのほうがやりたいの? 興味ある?」


 やりたいかどうかで言われると、ササハは口ごもる。


「……わたしは、自分にも出来る事があるなら頑張ってみようかなって」

「うん。つまりは特別やりたいってわけじゃないんだね」

「…………」

「嫌な言い方をしてやるな。フェイル討伐を特別やりたいなんて思う奴のほうが少ないだろ」

「理由なんて何でもいいじゃん。それこそお金に困ってるからとか、騎士の肩書が欲しかったからとか、手段として選択している奴だっているだろ? 少なくとも僕はそうだ」


 ササハはようやくリオと目を合わせた。


「僕はリオークに居たくなかった。だから十五歳で学校に通わなきゃいけなくなる前に、カルアンの特務部隊に就職したんだよ」

「お前、そんな理由だったのか?」

「悪い? 理由なんて人ぞれぞれ。何だって良いんだよ。――けど、ササはさ。下手したら強制的に入隊させられるかも知れないんだよ」

「え?」

「だってササは幽霊が視えるんでしょ。それって結構すごいことなんだよ」

「そうなの? けど、わたし今までは――」


 言いかけ、最近オレンジ頭の霊にも会ったなと否定が途切れる。

 リオも同時に思い出したのか、「ほらね」と笑い、レンシュラだけが不思議そうな顔をしていた。


「だからね、ササの第六魔力は相当強いと思うんだ」


 《黒の賢者》の話をリオはあえてササハには伝えない。


「検査を受けてそれがバレると、絶対に教団は入隊を求める。なんならカルアンじゃなく、王城や神殿がある中央の方に来ないかって誘われるかも」

「それはやだ!」

「僕とレンがいないから?」

「うん」


 素直な子だなぁと、リオとレンシュラの表情が和む。

 そこまで話してササハよりも、リオとレンシュラのほうがササハの状況を理解した。


「ササは将来の夢とか、やりたいことはあるの?」

「わたしは…………、今はもうない」

「それっておばあちゃんのこと?」

「お母さんだよ」

「ごめんて」


 ササハは少し遅れて頷いた。


「わたしはお母さんがしてた事――畑の管理とか、薬を作ったりそれを売りに行くのも、全部、早く代わりに出来るようになりたかった。早く、楽させてあげたかった」


 ただ、それだけだった。

 いつも母の後追いばかりで、他の手段だなんて考えた事もなかった。


「そっか、わたし今、何も無いんだ……」


 ロキアでレンシュラが見抜いていた事を、ササハはようやく自覚した。

 母におんぶに抱っこで九年を過ごし、何も持たぬまま此処に来た。行く当てが無かったから、父と母の思い出に会いに来ないかと言われて、本当にその為だけに来てしまった。何も考えずに。


 途端自分自身に嫌気が差した。恐ろしくなった。

 昨晩のドネの言葉通りだ。ササハはただの


「サーサ。またぶちゃいくな顔してるよー」

「なっ」

「そんな思いつめた顔しないでよ。本当にお馬鹿さんだなぁ」


 ぶにぶにと頬を押さえつけられて、リオがからかう調子で言う。

 レンシュラは余計な事を言わなければいいと、静観の姿勢を決め込みソファに近い書机に体重を預けている。


「前にレンも言ってたでしょ。迷って無理に決めなくても良いって。だからまずは勉強をしよう。それから考えればいい」

「……うん」

「でも勉強するにしても、何をしたら良いか分かんないから不安なんでしょ?」

「うん、そう! なんで分かったの!?」

「すごい?」

「すごい!」


 軽く腕を組んで、くつくつとリオが笑う。


「フェイル関連は、僕等が教えてあげれば良いんじゃない?」

「そうだな」

「カルアンのほうは? ここに来て三日目だけど、もしかして放置?」

「いや、家庭教師の選定までは済ませてあるとベアークは言っていたが、ササハが慣れるまで待ったほうが良いと様子を見ていたようだ」

「すぐ! わたしすぐにでもお勉強したいです!」

「分かった」

「ちなみに何を教える予定なの?」

「読み書きや計算は出来るみたいだから、まずは知らない知識の確認からだ」

「良かったねササ。いきなりマナーだとか、領地管理のあれこれとか言われても分かんないもんね」

「うん!」

「時計の読み方も知らなかったからな」

「レンシュラさん!」


 時計は移動中の馬車で見せてもらったので今は分かる。


「どう? 少しは安心した?」


 やるべき事が少しだけ輪郭を見せ、ササハは嬉しそうに笑う。


「ありがとうリオ。わたし勉強頑張る!」

「どういたしまして」

「ならまずはベアークのところに行くか。家庭教師の手配と、時間調整をしてもらおう」

「はい!」


 元気よく返事をするササハに、二人の男はひっそりと安堵を浮かべた。

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