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8話 姉と感情論

「少し嫌……と言うか、悲しい、うーん。やるせない? ??? とにかく気分が、わぁーーーー! ってなることがあって、だからわぁーーー! て叫んでたの」

「そうだったんすね」


 双子――主にハートィに連れられ、ササハは奥にある白茶の建物へとお邪魔していた。それは昨日屋敷の中から教えてもらった、双子が普段はそこにいると指した塔のような四角い建物であった。

 見た目に反して建物の中は暖かく、自作の魔道具やら魔法陣やらのおかげなのだとか。


 塔の殆どは階段で、建物自体は五階建て程の高さはあるのに、実際には一階に生活居住区と、なぜか一番上に実験室があるだけの不思議な作りであった。


 ハートィは運動不足解消の為だと長い階段をひいこら息を乱して上り、対象的にヴィートのほうは少しの苦労も見せず登っていた。

 そして現在、ササハとリオは塔の最上部。双子の研究室へと案内された。


「なんならお嬢さんもこっちに住めば良いっす! ウチのベッドを半分貸すっすよ!」

「何いってんのねえちゃん。ねえちゃんのベッド物で溢れてて、お嬢さんに譲るどころか、自分の寝るスペースすらないじゃないか」

「片付けるから」

「なら大丈夫だね」


 どこまでが本気なのか分からない姉弟の会話に、リオはすでに物を申さなくなった。疲れるだけである。


「昨日ここに来たばかりなのに、お引越しはしないよ」

「え~。残念っすぅ」


 火にかけた軽量カップから無駄に長いチューブを通って落とされたコーヒーに、ミルクと砂糖をたっぷり入れて貰って、ササハは両手でマグカップを握る。特別寒さを感じていた訳ではないが、強張った身体が解けていく。


 先程ハートィが薬草を取りに行ったらササハを見つけたと言ったように、部屋には薬草はもちろん、不思議な色合いの液体や魔石、書き損じの魔法陣などなど見慣れぬのもが沢山置いてあった。

 部屋も十分な広さがあり、壁に添わせて置かれた広めの作業台に、本やら書類が適当に詰め込まれている本棚。それ以外にも薬品棚や、不思議な機材が置かれた二つ目の作業台と、紙束が散乱している机と椅子がワンセット。

 そして――。


「そうだお嬢さん。良いもの見せてあげるっす」

「待って、ねえちゃん。良いものってもしかして……」

――爆発火花の試作品でしょ。止めなさい。あれは室内で見せるようなものじゃないでしょ。

「良いものって、爆発火花でしょ。あれは危ないよ~」

「じゃあ」

――キラキラ光線銃も駄目

「キラキラ光線銃も駄目。あれはまだ光の調整が難しいから、下手すると失明しちゃう」


 仮眠ようなのか、シングルサイズのベッドが一つ。


――本当、後先考えない子ね


 そのベッドの上に、双子と同じ髪色の女性が一人座っていた。


 女性は双子より少し年上の、細身の体躯をしている。身長はそこまで高くはなさそうだが、逆にハートィがリオより少し大きいくらいなので、小柄に見えてしまうのかも知れない。


 ハートィは身長もそうだが、胸もお尻もゲフンゲフンで、ササハから見れば少しくらいその発育を分けて欲しいものである。

 ヴィートも着ている服のせいで分かりにくいが、体格はしっかりして背もハートィより大きい。


 そんな二人に似ている女性はベッドに胡座をかいて座り、なのにその身体は透けていた。

 翠色の瞳をしており、ササハはもしかしたら双子の目の色もこうなっているのかとまじまじと見つめてしまった。

 しかし透けてるレディはササハの事は気にしていないのか、双子のことばかり目で追いかけ、返答も無いのに言葉をかけ続けている。


(やっぱり、わたしにしか見えてないんだよね?)


 ちらりと横を向けば、リオもササハの視線に気づき声をひそめる。


「さっきから壁ばっか見てるけど、なにか居るの?」

「うん」

「なに?」

「言っても良いのかな。ハートィたちと同じ髪色の女の人がいる」

「…………」

――は? あんた、アタシのこと見えてるの?

「え?」


 混ざり込んできた声にササハが振り返る。

 つり目の瞳が僅かに見開かれ、女性の口の端が片方だけ持ち上げられる。


――やだ、まじじゃない。流石カエデの娘って訳ね

「お母さんの事知ってるんですか!」

――馬鹿っ!


 一瞬で静まり返った室内に、ササハは後ろを振り返る。

 リオは何故か頭を押さえていて、ハートィとヴィートは互いに手を握ったまま身を寄せ合い固まっていた。


「え……と?」

――いい! アタシの事あの二人には、絶対に言うんじゃないよ!

「どうし」

――良いから言うな! 返事は!

「はい!」

「ひぃぃ! お嬢さんどうしたんすか! さっきから壁に向かって」

「お嬢さんがおかしくなったぁ」

「違うよ! 壁に向かって話してた訳じゃ……」


 透けてるレディに睨まれササハは黙る。その間にハートィに熱を疑われ、ヴィートによく分から刺激物を首に巻かれた。熱を吸収する効果のある野菜らしい。とても臭い。

 リオは色々と察している様子だが、苦い表情を浮かべるだけで助けてくれない。


「いやっす~。お嬢さん死なないで~」


 ハートィが鼻水まで垂らして泣き出した。


 結局、この日はそこでリオが持たされていた通信用の魔道具にレンシュラから連絡が入り、双子の巣を後にすることとなった。




◆◆□◆◆




 ササハが父の屋敷に戻ってきた二日目の夜。


(眠れない……)


 広いふかふかベッドの上でササハは寝返りを打った。

 今日は叔父と従姉妹が家に来て、三人のメイドを追い出すことになり、泣いて喚いて発散していたところをリオと双子に見つかって双子の巣にお呼ばれされた。


 非常に濃い一日だった。身体的にも精神的にも疲労を感じている。なのに目だけは冴えて、眠気が一向にやってこない。


 双子の巣からレンシュラに呼ばれて戻ったのに、特に何をするでもなく三人で過ごした。従姉妹であるブルメアは自分の部屋に篭っていたのか夕食の席にも姿を見せることはなく、ササハも食欲が出ないと、すぐに自分の部屋に引き篭もった。


(なんか、すっごいもやもやする……)


 ササハは上半身を起こすと、ベッドから這い出てコートを羽織る。


(どうせ眠くないし、少し散歩してこよう)


 あえてボロボロの靴を履いて部屋を抜け出した。

 部屋の外に人影はなく、日付を跨いだ時間帯なので何の音も聞こえない。


 特に警備の者がいるわけでもなく、何かあればベルを鳴らせと言われていた。が、今回もベルはテーブルの上に置きっぱなしだ。

 時間帯によっては使用人が屋敷を巡回していたりするが、ササハはまだそんなことは知らずのん気にエントランスホールから外に出ようとして、開かないドアに断念した。


「なにこれ? 鍵は開けたはずなのに……あ、魔道具がつけてある」


 よく見ればドアの上部に光る魔石が見えた。仕方がないので少しだけ屋敷を徘徊したら部屋に戻ろうと、灯りもなく月光だけを頼りに薄暗い廊下を突き進んでいく。


(星が綺麗)


 こんな夜の日は彼のことを思ってしまう。

 窓に張り付いて探してみたが、もちろんそんな事はなかった。

 しかし、探し人の代わりに別の物を見つけてササハは目を凝らした。


「――あ、ブランコ!」


 屋敷から少しだけ離れた場所に生える大木。

 木に直接吊るすのではなく、やけに凝った作りの設置型のブランコが蔦にまみれてあるのが見えた。


(前にレンシュラさんが言ってたやつかな)


 ゼメアが作ったブランコがあると。ササハは目の前の窓を開け、自分の胸元当たりの高さがある窓から飛び出した。場所は一階だったが、二階くらいまでなら着地できる自信はある。

 窓は簡単に開けられる中途半端な防犯対策だったが、ササハは気にすること無くブランコへと走る。それを奥の角から見ていた影が驚いたように揺れ、影はすぐに別の方向へと向かう。


(あの娘はこんな時間に何をやっているんだ!)


 動いた影はドネで、入り口の扉に魔道具を設置していたのもドネだった。あの魔道具も施錠用の魔道具ではなく、単に人の出入りを記録する物であったのだが、それでササハの事を知り様子を見に来たのだった。なので入り口の扉が開かなかったのは、単にササハが鍵が複数あった事を知らなかったからである。


「これ乗れるのかな?」


 そんな事はつゆ知らず、ササハはブランコに絡みついた蔦やゴミを払いながら、ブランコを軽く揺らしてみる。


 ドネはドネで持ってきていたが羽織ってはいなかったローブを羽織り、認識阻害の魔道具にもなるランタンを手にササハの様子を窺った。

 思いの外障害物がなく、裏口を回って大木の裏側にある茂みに身を屈めて声が聞こえる距離まで詰めていた。


「すごいぐらぐらしてる。乗ったら潰れちゃうかも」


 と自分でも言っているのにブランコへの興味をなくさないササハに、ドネも止めておけと気が気ではない。


「お父さんの思い出、壊れちゃったらレンシュラさんも悲しむよね……」


 わざわざササハに教えてくれるくらいなのだ。レンシュラにとっても思い入れのあるものに違いない。それにブランコは子ども用サイズで、ササハには少し窮屈そうだ。


 ブランコに乗ることは諦め、ササハはその場に膝を抱き込むように座り込んだ。それでもブランコへの思いは断ち切れず、右手だけはブランコの足場に添えて揺れを楽しんだ。ブランコの揺れはぎこちなく、括り付けられている縄の部分が嫌な音を立てる。

 ササハが乗るまでもなく、揺らすだけでも千切れてしまいそうだった。


 静かな夜に、縄の軋む音だけが聞こえる。


「わたしが我慢すれば良かったのかな」

「何がだ?」

「っひゅぐ!」

「?」


 突然真横の茂みから声がし、枝葉を揺らす音と一緒にドネが立ち上がった。

 三色の独特な髪色の頭には、楕円系の葉っぱが何枚かくっついている。


 しかしササハはそれどころではない。突如誰も居ないと思っていた場所から低い男の声がし、急に黒い人影が立ち上がったのだ。

 大きく目を見開いたまま固まってしまった。


「……」

「……はっ、ぁ、昨日の人」


 知っている顔だということに、驚き固まった表情が安堵に変わる。

 ドネはドネで、今更なぜ声をかけてしまったのかと言うように、少し気まずそうに眉を寄せ、不快感を隠しきれていない様子だった。


「こんばんは」

「…………こんばんは」


 どことなくテンポがレンシュラに似ていて、ササハはそれだけで気が緩む。確かとても忙しい人だったなと、驚きでドネの言葉を聞いていなかったササハは何の用だろうと首を傾げる。


 ドネも立ち去ろうにも自分から声を掛けてしまった手前、どうすることも出来ずしかめっ面でササハの返答を待った。

 結果謎の沈黙が続いた。


「なぜ質問に答えんのだ!」

「え! はい、いえ、質問って???」

「…………はあ、もういい」


 ドネは低い声で吐き捨て、踵を返し屋敷の方へと向かう。

 ササハは遠ざかる影に速まった鼓動を落ち着かせながら、ブランコへと顔を戻した。いったい、何だったのだろう?


 と思いきや、屋敷まであと半分の距離でドネは反転し、険しい表情のままササハの元まで戻って来た。


「いつまでそこに居るつもりだ! 子供は早く寝ろ!」

「ひゃい! けど後もう少しだけここに居ます!」


 びしりとドネの額に青筋が走る。


(こういう頑固なところは、あのクソボケにそっくりだ!)


 ドネが月光を遮るようにササハの前に立ち、腕を組んだまま見下ろした。


「先程我慢がどうだと言っていただろう。あれはどういう意味だ」

「……聞いてたんですか」

「煩い。質問に対し質問で返すな」

「ぅ、ごめんなさい」


 ササハは言いづらそうに息を零し、座り込んだまま上着の裾を握りしめる。


「昼間の、メイドさん達のこと……。ずっともやもやしていて」

「なんだ? 追い出すだけではまだ足りないと?」

「え?」


 心底きょとんとドネを見上げてくるササハに、ドネのほうが眉を寄せる。


「何を不思議そうな顔をしている。昼間の話だろう?」

「そうです。あの人達、いなくなっちゃったから……その、気になって」


 ドネの瞳が嫌悪に細められたのを、ササハは気づかない。


「憐れむのか? お前が言ったのだぞ」


 あからさまに冷えた声音。侮蔑すら含まれていそうな瞳に、ササハはようやく気がついた。

 それと同時に怒りがこみ上げる。


「母の事を悪く言うのを止めて欲しいと思うのは、そんなに悪い事なんですか」

「は?」


 なぜか興奮気味に声を荒げたササハは、そのまま立ち上がりドネへと詰め寄る。


「だって、あの人達はお母さんのこと流民って、わたしの事も混ざりものだって笑った! どうしても嫌だったんです! だから嫌なこと言うのを止めて欲しくて、でも、それが間違いだって言うなら、どうしたら」

「言うのを止めて欲しい? …………そういう事か」


 ドネはシラけた様に鼻を鳴らし、視線が近くなったササハをそのまま見下げる。


「別に間違ってはいない」

「?」

「雇い主を馬鹿にし、罰を受けた。当然のことだ。あの様な程度の低い人間は、遅かれ早かれ屋敷を去っていただろう。――――だが、お前が気にしているのは、なんだ? 雇い主が気に入らない使用人を解雇した。なのに、何をそんなに気にかけている?」


 淡々と話すドネは、ササハの目を真っ直ぐに見ている。

 ササハが気になっていること。


「悪口をやめてほしかっただけで、お仕事まで辞めさせられるとは思ってなかったから……もっと、上手く出来なかったのかなって。わたしが、です」


 真剣な表情で語られた言葉に、ドネはまた鼻で笑い飛ばす。


「くだらん。実にくだらんな。ならば逆にあの者たちが解雇されなければ、いや、解雇されたとしても――そうだな。仮にあの者たちにとって職を失うことは罰ではなく、ただ家に戻り、甘い両親からお前は間違ったことは言ってないと庇ってもらえるのだとしよう。今頃は温かい寝床でぐっすり眠り、明日の不安なんてものは何一つ無い。……そうだとしたらお前は、今抱いている感情は感じていなかったのではないか?」

「それは……」


 そうかも知れない。

 嫌なことを言われ、腹が立ったから言い返した。それに対し物事が大きくなりすぎて、自分とそう歳も変わらない女の子たちが職を失うと聞いて怖気づいた。こんな事になるとは思わなかった、考えすらしていなかった。


「だが、これはあくまで仮定の話。事実お前は知らない。あの娘等がどこの家の生まれで、どんな状況にあるかを」


 温情をかけてやるにしても、冷静に切り捨てるにしても、ササハが持ち得たものは己の感情だけ。嫌だと思ったからそうした。許せなかったから口にした。

 判断した訳ではなく、感情を吐き出しただけだ。


「お前が母親や、自身の事を言われ腹を立てるのは勝手だが、今のお前は人を罰せる立場にあることを知れ」


 陰口くらいと言えるのか、そうでないのか。立場が上の人間として、四大家門のひとつであるカルアン家の人間として、正しい行動はなにか。

 例えあの時ササハが直接問い詰めることはせず別の誰かに相談し、結果が大差ないものだったとしても。


「権力を持ったガキ程怖いものはないな」

「…………」


 ササハはゆっくりと視線を落とし、頷いたのか違うのか、かくりと首を落とした。


 ドネは今度こそ戻ろうと踵を返し、いつまでも動こうとしないササハにキレて、通信石でレンシュラを叩き起こして回収させた。

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