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7話 事後報告

 叔父と従姉妹が屋敷に到着したのが三の鐘が鳴る前。

 そして五の鐘と六の鐘のちょうど中間くらいの現在。


「うわ~ん。おじさんもっと此処に居たかったよぉ~」


 ラントは仕事が立て込んでいるということで一人本邸へと戻ることになった。

 見送りはラントの強い希望で使用人に見送りはさせず、娘のブルメアとササハにレンシュラ。マサリーとベアークに、一応リオの計六名が見送りに出ていた。


「ブルメアもあまり迷惑をかけるんじゃないよ」

「はい、お父様」


 本当に泣いている訳ではないが、ラントは顔をぺそぺそにしてブルメアに別れを告げる。そして馬車に乗る素振りを見せ、まるで今思い出したかのように足を止めササハを呼んだ。


「そうだ。ササハ君に伝えておかなければ、いけないことがあった」

「わたしにですか?」


 ほんの一刻前の騒ぎに、ササハは少し疲れたような顔をしている。

 メイドが騒ぎ別室に連れて行かれた後、ササハはマサリーから状況説明をもとめられ簡潔に答えた。


『流民の混ざりものだって笑ってたのが嫌だったから、止めてって言いました』


 マサリーはただでさえ白い顔色を更に白くさせ、しかしそれを一瞬で引っ込めササハに微笑みかけた。解りましたと。それからのことは知らないが、すぐにレンシュラが来てリオも呼んで、三人で同じ部屋に居た。なのであの時のメイドが解雇されたと聞いたのはつい先程のことだった。


「なんでしょう?」


 ラントが困ったような笑みを浮かべたまま黙るので、ササハはもう一度ラントに問う。


「あのね、事後報告になっちゃって申し訳ないんだけど、ゼメア兄さんの葬儀。もう済ませちゃったんだよね」

「え……」

「ラントさん!? 葬儀を済ませたって……!」


 声を荒げたのはレンシュラだった。ブルメアとベアークも驚いた表情を浮かべ、マサリーは先程以上に真っ青だ。

 一人冷静なリオがラントに冷たい声をかける。


「ロキアを出る前にレンから連絡ありませんでしたか? ササも一緒に帰るって」

「うん。もちろんあったよ」


 ラントは困ったような笑みを浮かべただけ。


「一族のじじ共が煩いからね。先にやっちゃったよ」

「……そう、ですか」

「ごめんね」

「いえ……」


 父親の葬儀は、実の娘に連絡すらなく全て済んでいた。

 ササハは母の遺骨は見た。目撃してしまった。しかし父には夢の中で会っただけで、実際の姿は一度も、どんな姿であっても目にすることはなくなったのだ。


「ありがとうございます」


 何とか笑みを作ってそれだけは伝えた。

 ラントはそれ以上は何も言わず、簡単な挨拶だけをして屋敷を去った。

 朝に来たばかりの馬車を見送る。


「少しだけ、お庭を見てきてもいいですか?」

「俺も行く」

「僕もー」

「一人で、行きたい」

「…………」


 レンシュラは黙ったが、リオは不服そうに「えー」と言った。




◆◆□◆◆




 庭を見たいと言ったが、ササハの足はそちらには向かわなかった。

 すでに秋が深まる七番目の月だが、庭の花は色鮮やかに咲き誇っている。白のアーチにも蔦を這わせ、両脇に咲いている白い花が来訪者を歓迎してくれている。

 通常なら目を楽しませる優しい色合いもなぜか目には入らず、転ばぬように進む足元ばかり見てしまう。


 レンガで舗装された道だけを眺め、なのにそれが終わって芝を踏みしめていても違和感もなにもなかった。

 裏庭と思われる場所を通り過ぎ、昔は使われていたであろう訓練施設のような広場も通り過ぎ、あえて道なき道を進んで畑のような場所に出た。


 そう屋敷から離れていないから、知らぬ内に敷地外に出た訳ではないだろう。

 しかしササハの目の前にはハーブやらの薬草。独特の強い匂いが漂う畑に足を止め、ようやく息を整える。


 数日前に訪れたアジェ村では、家の近くで育っていた薬草は荷物になるからと持ち出すことは止めた。

 その嗅ぎ慣れた独特の匂いが懐かしく、ササハは大きく息を吸い込み、大声を上げて泣いた。


 意味のある言葉は出ず、ただ思うがままに喉を痛めつける。わぁわぁと恥も人目も気にはせず、疲れが勝るまでその時間を続けた。


 しばらくしたら案の定疲れて、泣くのは止めて鼻をすすった。

 すぐ近くで人の気配がして、ササハは掠れた声だけを向けた。


「誰か居るでしょ?」


 いつからかは分からない。けれど少し落ち着けば、隠そうとしない気配が近くにあることが分かり、ササハの言葉に草を踏みしめる音が続いた。

 それと同時に出てきた人物に驚き、困ったように笑った。


「あは。思ったよりいっぱい居た」

「「「え?」」」


 出てきたのは三人。リオとオレンジ頭の双子がどちらも。

 三人が三人共別々の場所から顔を出し、互いを驚いた表情で見ている。


「いや、キミ等なんでいるの? 興味本位の覗き見とか趣味悪いんですけど?」

「な! ウチはただ、薬草を取りに来たらお嬢さんが泣いてるのが見えて、どう声かけたらいいか分かんなかっただけで――興味本位で見てたわけじゃないっす!!」

「ジブンもそうです! ねえちゃんが帰って来ないから、様子を見に来ただけで、そしたら泣き声が聞こえて何かあったのかなって」

「へー。そういう事にしておこうか」

「なんなんすか! お前こそ性格悪いっす!」

「そーだ、そーだ」

「はー? 僕はちがいますー。純粋にササが心配で見守ってただけですー」

「きっも! きもいっす! お嬢さん、コイツやべーやつっすよ!!」

「そうです! やべー奴です! 絶対!」

「はあ? ほんと礼儀がなってないなぁ」


 賑やかだなぁとササハが笑顔を見せる。

 それにリオが安心したように大人しくなった。双子だけは訳が分からず戸惑いを見せている。


「あの、お嬢さん。本当に大丈夫なんすか?」


 双子の姉のほう、ハートィがしどろもどろに尋ねる。


「うん。もう大丈夫」

「本当っすか?」

「本当だよ?」

「……そうっすか」


 なぜか失敗したという表情を浮かべるハートィは、ちらちらとリオに意味ありげな視線を寄越す。いや、視線だけでなく小声でばっちり何があったのかを聞いているし、本人は気づいていないがササハにもダダ漏れであった。


「え……と、確かハーツイさん、だっけ?」


 名前がうろ覚えだったササハが自信なさげにハートィを見る。


「ハートィっす! ハートィ! ウチ等なんか呼び捨てで結構っすよ、お嬢さん!」

「ジブンはヴィートです。ヴィート!」

「ハートィとヴィート。うん、もう間違えない。覚えた」


 嬉しそうに言うササハに双子も嬉しそうに笑む。

 実際に名前を呼ばれて気安さが出たのか、ハートィがもじもじしながら先程小声でリオに訊いていたことをササハへと問い直す。


「あの……それで、お嬢さんはどうして泣いてたんすか? なにか嫌なことでもあったのかな~なんて、へへ」


 長いほわほわの髪をいじりながらハートィが言う。彼女の目は前髪に隠れて見えないが、きっとあちらこちらに泳いでいるに違いない。

 沈黙が長引くほどハートィの顔が赤くなったり、青ざめ汗を滲ませたりしている。


「心配してくれてるの?」

「ぁ……も、もちろんっす!」

「そっか、ありがとう」

「ひん!」

「?」


 ほにゃりと笑ったササハにハートィが胸を押さえ、後ろに倒れそうになったのをヴィートが支える。と思えば「いと愛し!!」と大声で叫び「ねえちゃん耳元で叫ばないで!」と弟に怒られていた。


 ハートィは人付き合いが苦手だが、思ったことはすぐ口に出してしまう。悪気はなくてもそれが他人を傷つけるらしく、気づいたら相手は怒ったり引いたり、酷い時には泣かせてしまったりしてしまう。そこから更に弁明のために言葉を重ねて、煙たがられる。それを何度も繰り返し、繰り返しているのに同じ過ちを犯してしまう。

 でも、今回ササハは笑った。ありがとうと言っていた。


 はあはあと熱のこもった呼吸を漏らす。リオはもちろん、流石に弟のヴィートも姉の挙動不審に引いていた。


「ねえちゃん落ち着いて。お嬢さんに興奮しないで」

「だって、もうこれは、この愛おしさは止められないよ? ヴィートがいつもおやつを半分こしてくれた時みたいな、姉さんに頭をなでなでしてもらった時のような、そんな愛しさがこう、もう、ぶわわわわーんって」

「何言ってるのねえちゃん!? 意味分かんないよ??」

「はっ! 家族! もしかしてお嬢さんはウチ等の妹だった!?」

「はっ!」

「は! じゃないよね。いい加減にしろよバカ双子!!」

「「ひえ!」」


 リオに怒鳴られ双子が手と取り合って縮こまる。

 やっぱり面白いなぁと、ササハはまた笑ってしまった。


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