5話 叔父と従姉妹
なんだかんだと慌ただしく一夜明け、叔父が屋敷に来るという当日。
ササハは二人のメイドに勧められるまま幾つかのドレスに袖を通す。流行り廃りも分からず、結局は前日と似たような動きやすさ重視でシンプルなものを選んだ。
昨日、マサリーから事前に教えてもらったことでは、今日来るのは父の弟である叔父とその娘の二人だけ。叔父にはもう一人、今年で十一歳になる息子もいるらしいが今回は同行していないようだ。
「どうです、お嬢様。お洋服がシンプルな分、ヘアアレンジに力を入れてみました!」
「ちょっと、派手すぎない……? リボンも飾りもつけすぎだよ」
「盛れるだけ盛ってみました!」
レースのリボンにパールや、小さな宝石を散りばめた飾り。髪は編み込みを入れつつも詰め物を利用してボリュームをもたせる。下品ではないが、今から夜会に参戦してきます! というような出で立ちである。頭部だけが。
「髪は自分でやるからもういいよ」
「ご期待に添えませんでしたか? 申し訳ございません! 次は頑張るんで減給だけは」
涙目のアムにササハは苦笑を漏らす。
「こんなことで怒ったりしないよ」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
結局髪の毛は解き、おろし髪のひと房だけを三編みにしてリボンを結んだ。本当は母が買ってくれた髪飾りをつけたかったが、アムに「せっかくなのでお洒落しましょうよ!」という言葉にそっと引き出しの奥へと戻した。
安物のボロい髪飾りは、お洒落には向いていないようだ。
そうこうしている内に叔父たちが到着したと、別のメイドが報せに来た。
◆◆□◆◆
ササハが叔父を見た時、はじめに感じたのは優しそうな人。
黒の馬車から降りてきた、中肉中背の男。年齢はゼメアより三つ下の三十三歳で、青みを帯びた黒髪にメガネをかけていた。
そして男の後ろから続くように出てきたのは、父親と同じ髪色の少女。編み込まれた黒髪は後ろで一纏めにアップにし、夜空のような深い紺色の瞳をしていた。
「ああ……君が」
男はベアークと二、三言葉を交わした後にササハに気づき、進めていた足を止めて立ち止まる。しばしササハを凝視していたかと思うと目に水の膜を貼り、大粒の涙を零し始めた。
それには誰もがぎょっと目を見張り、後ろにいる彼の娘までもがわかり易く固まっている。
「ん、はは……驚かせてすまないね。本当に兄さんとカエデさんにそっくりだったから、おじさんびっくりしちゃって」
「は、初めまして、あの良かったらハンカチ。使って下さい」
戸惑いながらもササハがハンカチを差し出すが、男は軽く手を横に振ってみせる。
「いや、いいよ。私も歳を取ったのかなー? 涙もろくて嫌になっちゃうよ」
「……お父様。しっかりして下さい」
「あ、そうだった。ごめんごめん。折角、格好いい印象を持ってもらおうと思ってたのに、我慢できずに泣いちゃったぁ」
「いい大人が気持ち悪いです」
「そんなぁ!!」
娘からの冷めた視線に、男はショックにまた涙目になる。
娘は埒が明かないと判断したのか、父親を押しのけササハの前に立つ。
「初めまして」
「は、初めまして!」
「…………」
「…………?」
「……貴女のほうが年下なんだから、先に挨拶なさいよ」
「え? あ、わたしササハです! よろし」
「私はブルメア・カルアンよ」
「ブルメアちゃん?」
「気安く呼ばないで!」
「ごめんなさい!」
深紺色の瞳に睨まれてササハはビクリと伸び上がる。
少し離れた場所にいるリオが「うわー怖~」と小声で言ったのをブルメアは拾い、そちらにもキツイ眼差しを向ける。今のはリオが悪いので、隣に立っていたレンシュラが殴っておいた。
「ブルメア、どうしたんだ? ずっと馬車に乗っていたから疲れちゃったのかい?」
「何でもありません。それより、お父様こそ早くご挨拶を済ませて下さい。いつまで外に立たせておくつもりですか?」
「そうだった。ごめんね、ササハ君。私はラント・カルアン。君のお父さんの弟だよ」
「初めましてササハです。よろしくお願いします」
「よろしくね。ブルメアは君より八つお姉ちゃんだから、仲良くしてあげてね」
「八つ!? ブルメアさん二十歳越えてるんですか!?」
「私はまだ十七よ!」
と言うことは、ラントがササハを九つと認識しているということ。
ササハが不服そうに口を尖らせたが、マサリーのお茶の用意が出来ているの一言で中へ戻ることとなった。
「いやあ、急に押しかけてすまないね。どうも人伝に話を聞くだけじゃ我慢出来なくなって」
ラントが広めの長椅子に腰掛けて言う。ラントの隣にはブルメア。テーブルを挟んだ向かいにはササハとレンシュラが座っている。リオも同席を確認されたが、ササハとの気安い態度にラントが威圧的なオーラを出していたので、早々に避難した。
もう一刻もすれば昼だというのに、レンシュラは出された軽食をもりもり食べている。
「本当に、十六歳の姿なんだねぇ……」
しみじみと言うラントに、ブルメアが怪訝そうな目を向けたあとササハを見た。
「確か凶悪フェイルに襲われて、呪いを受けたとか?」
ラントは笑みを深めるばかりで否定も肯定もしない。
ササハは隣に座るレンシュラを盗み見たが、彼はサンドイッチを食べる作業を止めずササハの意を汲んでくれなかった。
(黒の何とかの話はしちゃいけないのかな?)
ササハは肯定の為に頷くだけに留め、《黒の賢者》の名前は出さなかった。
「それは災難だったわね」
そう言ってそっぽを向くブルメアは機嫌が悪いのか、整えられた細い眉を僅かに寄せている。
(それにしても、綺麗な人だなぁ……)
ブルメアが他所を向いたのを良いことに、ササハはその整った横顔をバレないように眺める。
肌は日焼けし難い体質なのか白くきめ細やかで、通った鼻筋は高くササハからすれば羨ましいことこの上ない。薄らと化粧も施しているようで目元にはピンクゴールドのシャドウが、かろうじて分かる程度に煌めいていた。
「び、美少女すぎる……お肌ツヤツヤ……胸も」
「おい、それ以上はやめろ。声に出ている」
「え? あ、わたしなんて言いました?!」
「ぶぁっはっはっは!」
「なっ! 貴女、何を言ってるのよ!」
「わわ、ごめんなさい! たまに思った事が口から出ていることがあって」
「ひぃー。もうダメ、おじさんお腹、はは、苦しぃ……」
ブルメアに真っ赤な顔で怒鳴られる。ラントが見かけによらず豪快に笑うので、ササハは恥ずかしそうに小さくなった。
「本当、そういうところはゼメア兄さんにそっくりだ」
懐かしさを滲ませラントが言う。その様子にササハはどう返答すべきか迷って何も言えなかった。
(ラントさんは、お父さんとお母さんのこと怒ってないのかな)
ササハの両親は結婚を反対され駆け落ちしたと聞いている。それも十年も前に。以降ドネと共に、ゼメアの領地を管理してくれていたのはラントだ。今更何をしに来たと言われても仕方ないとは思っていたが。
ササハは喉が乾いてもいないのに誤魔化すように紅茶を飲む。種類は分からなかったが、さっぱりとしたフルーツの香りがした。
「さて……」
笑ったせいかずれたメガネの位置を戻し、ラントが落ち着いた声を出す。
「ドネとも話しがしたいんだが、レンシュラ君はどうする?」
唐突にラントがレンシュラに問い、レンシュラは傾けていたティーカップを戻す。
「この場に呼べということですか?」
「子供たちにとっては退屈な話をしたいだけさ」
「お父様、私も一緒に」
「今回は駄目。それにブルメアは暫くここに残りたいんだろう? なら今のうちにベアークに頼んでおいで」
「…………はい」
「もちろんササハ君に滞在の許可を貰えたらだけどね」
「わたし?」
キッ、とブルメアはササハを睨み立ち上がった。
「ブルメア」
ラントが落ち着いた声音でブルメアを咎める。
「分かっております。……外でお話しましょう」
「滞在の件なら全然大丈夫です!」
「!」
「良かったねブルメア」
「わ、私はベアークのところへ行ってまいります! それでは!」
ブルメアはそれだけ言うと足早に部屋を出ていった。ラントがササハに笑顔を向けてくるので、先程の言葉を思い出しササハも「じゃあ、わたしも」と立ち上がり挨拶を交わし部屋を出た。
部屋の外には誰の姿もなく、途端肩の力が抜ける。
「はふぅ~」
ササハは緊張をほぐすように、深く息を吐き出した。




