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4話 ブラス・ドネ

 それは異様な光景であった。


 まず目に入ったのは人? いや、部屋のど真ん中にあるローテーブルを囲む六体の人形(にんぎょう)

 最初は髪のない人間かと思ったが同じ背丈、同じ見た目、しかし着ている服だけバラバラな人形が両肘を脇に付け、四角いトレーを両手で持ち、それを突き出す姿勢でただ立っている。


「なに怖っ……なんの儀式?」


 声に出したのはリオだったが、ササハも同じことを思った。


 そして人形のインパクトに慣れると、今度は宙を飛ぶ四角い物に目がいく。物というか紙。空飛ぶ書類だ。

 それがまるで川を流れるようにローテーブルの、更には六体の人形たちの頭上を円を描きながら飛び、流れに沿って人形が持つトレイへと収まっていく。


「あ! なるほど」

「え、ササはこれの何を見て納得してたの??」

「なにって……仕分けしてるんじゃないの?」

「なんの?」

「書類の」

「???」


 ササハとリオの会話にレンシュラが渋い顔をする。


「ドネさん。お久しぶりです」


 しかし気を取り直してレンシュラは部屋の中へと入り、窓側のデスクへと向かう。

 デスクの上には本やファイルが積み重なり、おそらく座っている人物がいるのであろうが、その姿は卓上に積み上がった書類のせいで見えない。代わりにデスクの上にも円形に旋回している書類が数枚浮いており、そのうちの一枚を弾く手が、白い山か伸びてきた。弾かれた書類は地面と水平に流れていき、ローテブルの上空を旋回し始める。


「ドネさん。紹介したい人がいます」

「…………」

「ササハ」

「え、はい!」


 急に呼ばれ思ったより大きな声が出てしまった。レンシュラが無言で手招きをするので急いで側へ寄る。そろりと書類の向こうを覗き見れば、やけに顔色が白い男が座っていた。


 年の頃は三十代後半。ササハの父であるゼメアと同年代であると思われる。

 髪色は不思議なもので、黒と白と灰色の三色に分かれており、三編みにして右肩から前へと垂らしている。

 ドネは振り向くどころか一瞥すら寄越さず、ただひたすらに書類の文字を追っていた。


「ドネさん?」


 聞こえていない訳ではなかろうに。レンシュラが少しの不信を滲ませた。

 ローテーブルを囲む人形から書類を回収していたベアークも、手を止めてデスクへと目を向ける。

 ドネがほんの僅かだけ視線を向けたのを見逃さず、ササハはすかさず身を乗り出した。


「はじめまして! わたしササハって言います! 良かったらお名前を教えてもらってよろしいでしょうか!」


 椅子に座っているドネの目を見ようと思っての、中途半端な姿勢。傍から見れば変な格好だったのか、リオが吹き出すのが聞こえた。


「…………ブラス・ドネ」

「ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」

「……私は忙しい。用が済んだのなら出ていってくれたまえ」

「はい。お邪魔しました」


 ドネは眉間にこれでもかとシワを寄せ、逆にやり切った表情でササハはレンシュラを見上げた。その顔には『わたしちゃんと出来たでしょう?』と書いてある。


 レンシュラが口元だけ笑って、部屋を出るためにササハの肩を押す。レンシュラはドネを振り返ったが、ドネは山の向こうで見送ったかすら分からなかった。




◆◆□◆◆




「なんかさっきの、ドネって人? 感じ悪かったね」


 休憩も兼ねた温室見学中、ベアークが別の仕事へと戻り、白いガーデンテーブルを囲む場で、リオが悪びれもなく言う。

 それにダメージを受けたのはレンシュラで、ササハはしばし目を瞬かせる。


「そう?」

「えーだってそう思わない? 最初なんか、あからさまに無視してたじゃん」

「うーん、でも、忙しかったのか知れないし、そんな時もあるんじゃない?」


 ササハの同意を得られずリオがむくれる。そんなリオにササハは半目を向け、肩をすくませて見せた。


「それに第一印象ならリオのほうが酷かったし」

「ぅ! それは」

「無視だってされたし、人のこと身売りって」

「あーもう、あの時は本当にごめんって!」

「分かってるよ。でも仲直りしたこと蒸し返して、わたしもごめんね」

「…………あー、うー・・・」


 テーブルに肩肘をついてリオが口を尖らせる。

 ササハは少し冷めてしまった紅茶に口をつけた。


「それにお父さんのお屋敷を守ってくれてた人って聞いたら、嫌な人だと決めつけたくないなって」

「はい……僕が悪かったです」

「謝らなくていいってば」

「どちらかと言えば、年下の女の子に諭されてるのが不甲斐ない」

「なにそれ。年下って言うけど一個しか違わないじゃない」

「結構違うからー。これ以上追い込むのはやめてー」

「なら甘いものでもどうぞ」

「てか、適度を無視した量のクッキーが皿に盛られてるんだけど。これレンのノルマでしょ。なんで食べないの?」


 テーブルの中央には大皿に積まれたチョコチップクッキー。適当な場所から手を付けると雪崩を起こしそうで、ササハもリオも美味しそうはどこかへ吹っ飛んだ。

 それよりもだ。


「レンシュラさん、どうかしましたか? お腹痛いんですか?」

「そうだよ。あのレンが食べ物を前に一つも食べないなんて」

「・・・」

「なんで僕だけ睨むのさ」


 不機嫌そうなため息をレンシュラは吐く。


「ドネさんの様子がおかしかったから、少し考え事をしていた」

「あの人って普段は違う感じなの?」

「普段……と言っても、俺も訓練場が本家に移ってからはあまり会えていなかったが――少なくとも初対面の相手がいる場で、あのような態度を取る人ではなかった」


 レンシュラの知るドネという男は、人付き合いが得意なタイプではないが、その分礼節を持ち合わせている男だった。


「ゼメアさんの代わりに担当領地の書類仕事に、連絡業務。ドネさんも一時期は特務部隊に身を置いていたが、まだ訓練場がこちらにあった時から補塡や報告書など、殆どを一人でこなしていた」

「すごっ」

「え、むしろお父さんは何を……」

「もちろんゼメアさんも出来る限りのことはしていた。ただ、内仕事に関しては、やればやるほど手間が増えるだけで・・・」

「戦力外通告されたんだ。自領の最高責任者なのに」

「…………」

「お父さん……」


 ササハとレンシュラが項垂れる。本当に脳筋。


「だから、この数年でドネさんになにかあったのかも知れないと」

「確かに、顔色はすごく悪かったけどね」

「ロキアの後始末もあったからな……」


 レンシュラにしては珍しく、弱々しく眉を下げる。それほど彼からすれば意外な出来事だったようだ。

 ササハの視線が無意識に下る。


「まあ、その話よりもさ? ササの適正検査はいつ頃になるの」

「わたしの適正検査?」

「そう。第六魔力があるかどうか調べるの。ただその検査を行うには教会か神殿まで出向くか、人を派遣してもらうかして、日程調整が必要になるんだよ」


 特務部隊に入れるかどうかの検査。


「フェイルに傷を負わせることが出来る特殊魔具は教団でしか作れない。理由は単に、第六魔力を内包できる魔石の在り処を、王家と教団が秘匿しているから」

「秘密にしてるってこと? どうして?」

「知らない。お金になるんじゃない? でも、そのせいで検査も、教団の神官の立ち会いがないと出来ないんだ。測定器が教団にしか置いてないからね」


 教団、と言われてササハは不思議そうに首をかしげる。


「教団って聖女様の神殿のことよね?」

「そう。シエリュダ教団。ササも聖女シエリュダのお話は知ってるでしょ?」

「知ってる。昔お母さんが絵本を読んでくれたわ。たしか悪しき悪魔を退けて、人が生きる大地を守ってくれた人だよね」


 島国であるイクリアス王国。まだ一つの国として統治されず、幾つかの国が存在した時代。一匹の悪魔が現れ、悪魔は人々を殺しその魂を奪った。

 そんな悪魔を退治したのが聖女シエリュダであり、以降彼女の子孫が王となり、地上に生きる人々を守るべく一つの国を創った――というお話。


「そう。正解(せいかーい)。で、その悪魔って呼ばれてるのが後のフェイルの親玉らしいよ」

「……ん? ぇ、ええ!!??」

「昔話の中では悪しき悪魔。現代ではフェイルの親玉であり通称《黄金の魔術師》」

「うそ……」

「嘘かもね」

「え? ちょっと、リオ?!」

「いや、そういう説があるってだけの話し。特務部隊に入ったら、教団からもらう本にそう書いてあったんだよ」

「……じゃあ、本当に悪魔がいたってこと?」

「それは分かんないけど。でも、そう教わるよね、レン」

「そうだな。大方、悪魔と言うのは極端な比喩だろうが……」


 ササハからすれば、昔話の出来事だと思っていたが、もしかするとそうでも無いのかも知れない。

 本当に今まで知らなかった世界に足を踏み入れるのだなと、今更ながらに緊張する。


「も、もし。検査に落ちちゃったらどうなるの?」

「ササなら大丈夫だと思うけど、駄目なら駄目でやりたいこと探せば良いんじゃない? 検査って言うのも、武器を具現化出来るほど第六魔力があるかどうかだから、実際は情報収集とか、裏方に回る人もそれなりにいるよ」

「そうなの」

「うん」


 リオの言葉にササハは少しだけ安堵を見せる。

 レンシュラだけが少し難しい表情を浮かべていた。


「適正検査のこともすぐに決める必要はない。お前はまだ、物を知らな過ぎる。迷っている段階で無理に決めようとするな」


 心配しての言葉だとは理解しているのに、なぜかササハの胸はツカエを覚える。迷っているつもりはなかったが、そうなのだろうか。

 自身でも言い表せない焦燥に、ササハは頷くしかなかった。


 膝上の手を握る。


「むん!」


 きっと自分の思考レベルは父親譲りなのだろうと、ササハは唐突に糖分を摂取した。

 勢いのままに頬張ったクッキはー、濃厚なお味でとても美味だった。


 それからしばらくして、屋敷のほうがザワついていることに気がついた。


「なんかお屋敷のほう忙しそうですね」

「何かあったのか?」


 温室からも見える廊下では、使用人たちが足早に行き交っている。そう思っている内にマサリーが、此方へと向かって来ているのが見えた。


「お嬢様、今お時間よろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫で、……大丈夫よ」

「実は先程ラント様――お嬢様の叔父にあたる方から連絡がございまして」

「緊急事態か?」

「いえ、そういう訳ではなく、お嬢様との面会日を早めたいとのことで」


 マサリーの言葉に、レンシュラが何だそんな事かと込めた肩の力を抜く。しかしマサリーの表情は晴れないまま、彼女は眉尻を下げながら話を続けた。


「本来はお嬢様が落ち着かれてからとお話していたのですが、急に明日にしたいと」

「明日? それなら……」

「はい。すでに此方へ向かっているようです」

「…………」


 つまりはお伺いは建前で、決定事項だ。

 追い返すことは出来ず、現在大急ぎで迎える準備をしているらしい。

 まだ屋敷の人たちとすらまともに言葉も交わしていないのに、大丈夫かなと、ササハは一人不安を呑み込んだ。

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