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2話 はじめまして

 列車を降りてからその街で一泊し、ササハが父の屋敷に到着したのは翌日の昼前であった。

 カルアンに訪れて感じた印象は広大な畑、家畜、大自然だった。ちょうど小麦の種まきの時期らしく、まだ茶色いだけの大地が広がっていた。


 列車や馬車の窓から覗いた領民の様子は遠すぎて分からなかったが、馬車に乗っていた時に手を振る子供を見かけたのでササハも同じように返した。

 そうして一つの城門をくぐり、街を抜けて丘を一つ分越えた先にゼメア()が所有する屋敷があった。


「ここって、お父さんが住んでた別邸て言いましたよね? 本家のお屋敷はまた別の場所にあるって………………」

「言ったな」

「広すぎません!? 建物の全部が見えない!!??」


 列車に乗る際、駅の外観に驚いたが、それと大差ない門構えにササハはビビる。見えるのはもちろん建物の正面だけだが、遠目に見た時は奥にもいくつか色違いの建物が見えていた気がする。


 門が開き屋敷の側まで馬車が進む。窓から庭園を眺めていたササハだったが、屋敷の前に沢山の人影があるのに気づき思わず身を引っ込めた。


「どうしたの?」

「人がいっぱい居た」

「ああ。屋敷の使用人たちだよ。僕は面識ないけど、レンは昔ここに住んでたんでしょ?」

「そうなんですか!?」

「ゼメアさんが指揮隊長だった時は、騎士団から離れて、特務部隊の拠点はこっちにあったんだ」

「へー」


 だけどゼメアは十年前にカエデと駆け落ちし家を出た。ササハがもう一度外を覗き込む前に馬車は速度を落とし、ゆっくりと止まった。

 レンシュラが馬車の扉を開け、外に出る。隣に座っていたリオも立ち上がる動作をしたが、なぜだかササハは身体が強張って下を向いてしまった。


「緊張してる?」

「……たぶん」

「ササでも緊張することあるんだ」

「なによそれ」


 ササハを無理に超えることはせず、リオは椅子に体重を戻す。


「ねえ、家に戻るのが嫌ならやっぱりリオークに」

「馬鹿が。落ち着くまでは無理だと何度も言っただろうが」

「ちぇー。分かってますよー。言ってみただけじゃん」

「ササハも早くしろ。頑固じじいの圧がさっきから酷くなってる」

「頑固じ」

「レェンシュラァ!! この糞ガキ、誰が頑固じじいだぁ!」


 ササハからは見えない馬車の外。声の発生元は少し離れていそうなのに、それを上回る怒声にササハだけでなく、リオもビクリと肩を跳ねさせる。


 思わず何だと顔を覗かせたササハが見たのは、屋敷の前に並ぶ使用人たち。その先頭には二人の高年の男女。

 黒のスーツを来た白髪に立派な白ヒゲ蓄えた高年の男性に、六十程の年齢に見える女性。


 男性は顔が厳つい上に、レンシュラに負けず劣らずの体格をしている。女性のほうは顔を覗かせたササハと目が合い、嬉しそうに皺の刻まれた目元を和らげ、頬を染めて嬉しそうに笑った。


「まぁぁぁぁぁ……まあまあまあ♪」


 落ち着いたシックなドレスを来た女性の声に、男性のほうもササハに気づく。


「いい加減降りろ。……それとあそこに居るのは昔からこの屋敷にいる執事のじいさんと、女中頭のマサリーさんだ」


 レンシュラに手を引かれ――と言うか、もう普通に持ち上げて強制的に降ろされ、背を押され外に立たされる。女性も男性もササハより背が高く、女性のほうは感極まったように笑みを浮かべ、逆に男性のほうは顔を真っ赤に怒っている様子であった。


「あのじじいは……泣くのを我慢しているだけで、怒っているわけじゃない」

「~!~!~!!!!!!」

「あぁ、お嬢様。どうかお側に寄ってもよろしいかしら?」

「あの、はい! じゃなくて、わたしがそっちに行くので、えっと」


 屋敷に着く前に、レンシュラから少しだけ屋敷の人たちについて聞いていた人たちだ。

 二人共ササハの祖父の代から仕えており、ゼメアが本邸から家を分ける時に一緒について出た二人らしい。ゼメアがまだ子供だったレンシュラを屋敷に連れて来た時も、叱りはしたが反対はせず世話を焼いてくれたそうだ。


 逆に全く知らない人だったら、ササハはここまで緊張しなかっただろう。だがレンシュラが彼らのことを話す声音が、あまりにも優しすぎたから――なにか失態を犯し、嫌われたくないと思ってしまった。


「はじめまして。ササハと言います。あの、よろしくお願いします」

「ぐふゅうっ!」


 男性が奇妙な鳴き声をもらし、片手で目元を覆って泣き出してしまった。


「私はマサリー・グレアンと申します。お嬢様にお会いできたこと、本当に……ふふ。だめね、ベアの泣き虫が移ってしまったわ」

「ふぐぐぐぅっ!! おじょ、じょぶざまっ……わ、私は、ブぅェア」

「ベアさんですよお嬢様」

「違う! わたじは、ベアーっぐ、ベアーク・ルヒンネスと申しま、ずぅ」


 ササハには分からないことだが、ササハは両親どちらにも似ていた。髪と目の色はそれぞれ両方の色を受け継ぎ、丸い目元は父親に、小ぶりの鼻と小さな口元は母親にそっくりだった。


 そんなササハを見て二人が感極まってしまうのは無理もなかった。

 大丈夫かとササハが声をかければ老紳士が更に泣く。馬車からリオも降りてきて、少し離れた場所に立つレンシュラの隣に並ぶ。


「凄い歓迎されてるね。問題なさそ?」

「…………」

「レン?」

「ドネさんがいない」

「誰?」

「屋敷で家令の仕事をしてくれていた人だ。ゼメアさんとは乳兄弟で、ゼメアさんが行方不明になった後も、本家には移らず残ってくれていたはずだが……」

「んー、単に忙しいだけとか? 色々あったし」


 ドネと言う男が残ったから屋敷は取り壊されず、領地の管理権もゼメアの弟に譲渡すること無く据え置かれていた。一族の当主は三兄弟の長兄であるが、領地と騎士団の管理は下の兄弟二人が分担して行なっていた。一族の領地全体の統括は主に三男が。ほぼ武に特化しすぎた次男は特務部隊の管理と、それとは別に屋敷周辺の都市三つ分を跨ぐ領地だけはゼメア個人に譲渡された。


 そしてその()特化型次男の(ぶん)を補佐していたのが、レンシュラがドネと呼ぶ男である。


「まあ、あの人は何と言うか……ゼメアさんに体力的な面を、全て吸い取られていたのではと疑われていた人だから、どこかで倒れているのかも知れない」

「なにそれ。やばー」


 笑ってない呆れ顔でリオが言う。

 ササハのほうもマサリーとベアークの熱烈歓迎を受けて緊張が解れたようだ。嬉しそうな笑顔を見せている。


「さあさ、お嬢様。外は冷えますので中へお入りくださいませ」

「レンシュラ! お嬢様の荷物は!」

「いちいち声がでかい」

「まさか、これだけだと言うのか!?」


 マサリーがササハに屋敷へ入ろうと声をかけ、ベアークが馬車の後ろに乗せていた荷物を見て驚愕に打ちひしがれる。「これでも持ってきたほうだ」と言うレンシュラの後ろを、なにやら面倒そうだなと、リオがササハを追いかけようと気配を消す。が、ベアークに頭を鷲掴まれ、行く手を阻まれた。


 先に報せは出しておいたので素性は知っているはずであるが、「この若者は? お嬢様とどういった関係かな?」とベアークは雷雲を背負い、口元を引きつらせている。


「あの、リオとレンシュラさんは一緒に行かないんですか?」

「彼らはベアークとお話をしているみたいですから。お嬢様はお屋敷の案内、いいえ、先にお部屋にご案内いたしますね」

「わたしの部屋があるんですか!」


 驚いて返すササハに、マサリーは目を丸めてから、やんわりと細めた。


「もちろんございますよ。ではすぐにご案内いたしましょうね」

「は、はい」


 ササハは照れくさそうにマサリーに着いていった。お嬢様と呼ばれる事は慣れないけれど、レンシュラやリオからそういうものだからと事前に言われている。二人が言うにはササハがこの屋敷の主人となるのだから、慣れるしかないらしいが、ササハにはちっとも自覚も実感も湧いてこなかった。


「着きましたよお嬢様」

「え? あ、はい!」

「ふふ。そう緊張なさらないで?」

「ぅ、はい……」


 いつの間にか一つの扉の前に立っており、ササハは顔を上げる。改めて見る屋敷は廊下も広く、天井すら遠い。造りは華美ではないが少し離れた場所に置かれている壺が、ササハのいる場所からでも発色がよく目を引く代物だったので、高そうだなという事くらいしか分からなかった。


「アナタたちは少し外で待っていて頂戴」


 後ろに控えていた二人の女性にマサリーが声をかけ、ササハはマサリーと部屋へと入る。


「わぁ……」


 白の壁紙に、胡桃色の家具。部屋の中央には白茶色のローテーブルに、揃いの長椅子が二脚向かい合って置かれている。


「レンシュラが最初はあまり大きな部屋にするなと言うから、ベッドも同じお部屋に致しましたが、どうしましょう? やはり寝室とドレスルーム、おもちゃ置き場だけでも別のほうが」

「じゅ、十分です! わたしには勿体ないくらいです!」


 不満そうに眉を下げるマサリーに、ササハは大きく首を横に振って感謝を伝える。この一室だけでも村にあった自分の家より広そうなのに、まだ部屋を増やそうと言うのか。掃除のことを考えただけで目が回りそうだ。

 喜びよりも困惑が見て取れるササハに、マサリーはこっそり寂しそうな笑みを浮かべていた。


「お嬢様。今からお嬢様付きのメイドをご紹介したいのですが、よろしいですか?」

「メイド……さん? わたし付きって」

「お嬢様。私も含め、使用人に敬語を使う必要はありませんよ」

「どうしてですか? あ、えーと」


 マサリーが困った孫を見るような目を向ける。


「お嬢様はお優しい人のようなので、皆がそれに甘えるかも知れないからです」

「駄目なんですか?」

「はい。この人は怒らない。粗相をしても謝ったら許してもらえるぞと、勘違いしてしまうのです」


 これはきっと、話し方のことだけでは無いのだと、ササハも何となく分かった。


「わたしがすでにマサリーさんに甘えたくなっちゃうみたいに?」

「うふふ。もちろんお嬢様はよろしいのですよ。お嬢様が甘えてくださるなら、マサリーは嬉しくておやつのクッキーを増やしてしまうかも知れません」

「ふふ」

「ですが逆の場合は良くありません。今この屋敷にはお嬢様を迎えるために雇い入れたばかりの者たちが大勢います。使用人たちを気遣ってくださるのは構いません。ですが甘えを許すことは違うのです」


 ササハが小さく頷く。


「さて、ではメイドの紹介をいたしますね。それが済んだらお食事にしましょう」

「はい!」

「あら、お嬢様」

「あ、その……うん?」

「ふふ。淑女としてのお勉強も、しなくてはいけませんね」

「ぅう……色々難しいぃ」


 二人のメイドを呼ぶべく、マサリーはベルを鳴らした。

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