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1話 カルアン領へ

 ガシャン――と大きな音を立て花瓶が割れる。入れ替えたばかりの水がカーペットを濡らし、白の花弁が無残に散った。


「ゼメア伯父様の娘が帰って来るですって!?」


 黒髪の、まだ少女と呼べる娘が声を荒げる。壁際に並ぶ数人のメイドたちは、静かに顔を伏すだけ。

 花の代わりに水を得たカーペットが、じわじわと染みを広げていく。


「今更何をっ……伯父様の領地も屋敷も、私のものになるはずだったのに」


 少女は自身の右腕に爪を立てた。


「許さない……今更、こんなこと許されるはずがないっ!」


 少女は苛立ちの声を上げ、踵を返す。自室を出て父の部屋に向かう少女の足は、横たわる美しい白い花を踏み潰していった。











 ササハが列車に乗ったのは、ロキアを出てから八日後だった。

 カルアン行きの列車がある町までは二日程であったが、ササハが一度アジェ村に寄りたいと言い、村人との挨拶と、家の処分をしてきた為だ。


 一番世話になった宿屋の女主人は泣いて驚き、快く送り出してくれた。家は母の()()()()がかけてあると言っても一月近く放置していたので、荒れていてもおかしくないと思ったがそんな事はなかった。


 中の私財も、大抵が使い古した生活必需品ばかりで、持ち出せるものは多くはなかった。


「うぅ……覚えることが多すぎるぅ」

「今は親族の名前だけ覚えておけばいい。地名や他の貴族の名前は、生活に余裕が出てからだな」

「はぃ」


 移動中の馬車はもちろん、合間の宿でササハは父の実家であるカルアン家について幾つか質問をした。

 レンシュラが言うには、ササハたちが暮らす(ここ)イクリアス王国の貴族制度は特殊らしく、平民と区別する貴族位は存在するのに、海向こうの大陸では存在する爵位というものがないらしい。


「レンシュラさんは、どうして海向こうの国に詳しいんですか?」

「母があちらの出身だったんだ」

「へー。じゃあレンシュラさん自身は」

「という事にしている」

「え? どういう事ですか!? あ、ちょっと笑ってる。もしかして嘘なんですか?!」

「さあな」


 リオはリオで面白がって何も答えない。

 レンシュラは意地悪そうな笑みを浮かべたまま、話を戻した。


「貴族間での階級はないが、家門の上下が全くないわけではない」

「………………ふむ?」


 すぐにリオに「絶対分かってない顔してる」と鼻で笑われた。本当に失礼な男である。


「結局は金と土地を持ってる奴が強い」

「強いって……レンらしい説明だなぁ」

「ならお金持ちの平民はどうなりますか? 商人さんとか」

「交渉は出来るが、王国法は貴族に有利だ」


 島国であるイクリアス王国の身分制度は特殊で、大きく分けると四つ。王族、貴族、平民、名無しだ。名無しは言わば国籍を持たない人間。捨て子や孤児、不正入国の流民(るみん)はその部類に入る。


 そして貴族は貴族で領地持ちと、(くらい)だけの土地なしが存在し、領地持ちの貴族は領主と呼ばれ王国法に反しない内容であれば、独自のルールを領民に課せることが出来る。


「貴族の中でも――カルアン、リオーク、ナキルニク、ハルツ。この四家は四大家門って呼ばれててね、特殊軍事権も与えられてる」

「特殊軍事権ってなに? そもそもわたし、特殊じゃない普通も分からないわ」


 ササハは首を傾げ、リオが「そうだな」と思案する。


「お金持ちのお家だと家を守るために傭兵を雇ったり、さらに大きな家だと騎士団を作って家や領地を守るものなんだけど――個人の家で雇われたのが、通常の騎士団って感じかな」


 通常、騎士は貴族位に当たり、国から認められないと騎士とは名乗れない。騎士の雇用は国の承認と、騎士と雇い主両者の同意があれば結べるが、一つの家が持てる規模は王国法で定められている。


 中でも王家に次ぐ四大家門は他の貴族とは比べものにならない人数を認められており、逆に正当な理由がある場合は他領に派遣しなくてはならない。


「騎士様でしょ! 見たことはないけど、実際にいるんだね!」

「僕とレンも騎士(そう)だよ」

「え?」


 ササハは大きく目を丸め、リオは楽しそうに苦笑をもらす。


「それで、特殊軍事権。原則()()()であれば他家の領地でも調査権が与えられる特務部隊があるのさ。形式上は騎士団の中の一部隊だけど、特殊な案件のみを処理する――つまりはフェイル討伐部隊のことだね」

「ふぅん??? 管轄? 調査権?」

「まず、特務部隊は四大家門にしか存在していない。そしてその特務部隊の騎士は、フェイルが他の領主の土地にいるか調査しに行かなきゃ危ないでしょ? だからカルアンが管轄して守りますよって王国内で決められている担当地区があって、その中でなら特務部隊は独自に調査を行えるんだ。ロキアみたいに、本当は調査されたくなくっても、ね」


 それまで山を駆け、家庭菜園程度の畑を守っていたササハにとって、全く身近でない話題を理解するのにだいぶの時間を要した。


「普通、騎士を名乗るには学校に通って、国の試験を合格しなくちゃいけないんだけど、特務部隊は別なの。学校に行かなくてもいいし、国の試験はない」

「ずるじゃん!」

「ずるじゃないよ。代わりに特殊魔具を持つ資格があるか適正審査を受けるために、神殿の管理者であるシエリュダ教団に報告しなきゃいけない。それで特殊魔具を扱えるほどの第六魔力があり、なおかつ特務部隊員としてフェイル討伐をする意思があれば、晴れて騎士の称号がもらえるんだよ」

「へー」

「すっごい他人事の反応するね」

「だって実感がわかないんだもの」

「言っとくけど、ササは他人事じゃないからね」

「わたしもフェイル部隊に入るから?」

「それもあるけど、ササのお父さんが本当は特務部隊の責任者だったから」

「え!」

「……ゼメアさんは、元は特務部隊の指揮隊長だった」

「お父さんが?」

「…………」

「レンシュラさん?」


 急に浮かない表情になったレンシュラにササハが眉を寄せる。

 少し困った様子で答えたのはリオだった。


「僕は()隊長殿が健在だったころは知らないけど、彼のことを悪く言う人もいるんだ。……、女の為に部隊を放り出した無責任な人だって」


 ササハの息が詰まる。


「ゼメアさんはそんな人ではない。きっと、なにか理由が……」


 すかさずレンシュラが否定するが、足の上に置かれたレンシュラの右手はキツく握りしめられている。


「そんな睨まないでよ。僕が言ったんじゃないし」

「……うるさい」

「入隊するならいずれ直面する問題だし、なら、心構えはあったほうがいいでしょ?」

「…………」


 返す言葉もなく、ササハも口を引き結んで下を向く。


「もしかしたら。わたしのせいかな? わたしがお母さんのお腹の中にいて、そのせいで」

「違う。ゼメアさんが出ていったのは十年前で、子供が産まれたという手紙は」

「届いたのは九年前でも、産まれてすぐかだったかは分からないじゃないですか。なら」

「はーい、もう終わりー。不毛なもしかしては必要ありませーん。やだやだ。暗いし面倒くさいったらないよね」


 レンシュラはむっとした様子でリオを睨んだが、ササハは逆に気が抜けた。それはきっとレンシュラも分かっていることだが。


「前隊長が抜けたことで迷惑かかった奴がいるのは事実なんだから、言わせたい奴には言わせておけばいいんだよ」

「ふふ、そうだね」

「けどそれでササが嫌な思いをするのは、違うからね。そんな奴いたらすぐレンに言いつけなよ」

「そうだな。ボコボコにしてやる」

「大丈夫です。自分で仕返し出来ます」

「なら武器をいくつか潜ませておけ」

「武器!」

「お前が持つなら重くなく、だが殺傷能力のある」

「やめやめやめーい! 物騒。着く前から物騒なんだよ。第一、今から行くのはササのお父さんの屋敷であって本家じゃないからね。騎士団もそっちにはないから、まだその心配はしなくていいからー」

「暫く神経に支障きたす魔道具があってだな」

「続けないでくれますー?」


 リオが眉を寄せレンシュラを止めに入る。

 いつもとは真逆のやり取りに、ササハがようやく笑った。

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