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23話 ササハの

 体調もすっかり回復し、ササハはさらに数日をロキアで過ごした。

 もろもろの事情聴取のためである。

 ロキアで唯一観光客向けの宿は閉鎖中のため、現在はロキアのとあるお宅にお世話になっている。誘拐犯から逃げた時に通報した、あの母親霊の父親である自警団の男の家だ。


 その滞在先で男から聞いた話では、男は元から娘の結婚をあまりよく思ってはおらず、頻繁に娘に手紙を送っていたらしい。しかし娘からの返事は大丈夫だからとそればかりで、手紙の返事も年々減ってゆき、ついには途絶えてしまった。男は娘の住む町に変な噂が立ち始めてようやくロキアを訪れ、娘の失踪を知ったのだと言う。義理の息子であるはずのルーベンは、すでに挙動がおかしく信用出来なかった。


 諦めきれず男はロキアに残って自警団に入り、さらに孫までいたこと知ったのは、ルーベンが化け物がいると言い出した後だった。


 早くに伴侶を亡くし男手一つで娘を育ててきた男は、なんとか自分を奮い立たせているのだろう。

 娘の真相を知ることが出来たと、ササハや他所(よそ)にいたレンシュラたちを自宅に招いて無償で部屋を提供してくれた。特にササハには良くしてくれて、そうやって何かを耐え忍んでいた。


 さて、そんな男の自宅に向かおうとした初日。時は少し遡り、お世話になった診療所の一室から、今から部屋を出るぞと言う時。

 突然やって来たのはふわふわオレンジ頭の男性だった。オレンジ頭男が挨拶の口上を述べ終わるより早くレンシュラが男を追い出し、その翌日。診療所を去り、自警団の男の家に身を寄せた夕飯時。今度は似た特徴の女性がやって来た。誰だこの人どういうことだと、ササハは激しく驚いた。


「あれは屋敷から来た馬鹿双子だ。気にしなくていい。無視だ無視。弟の方をやっと追い返したのに……」


 女性の後ろからレンシュラが現れ教えてくれた。ササハと一緒に夕食の席に着いていたリオは、他人事の様に労いの言葉を飛ばしていた。ちなみに自警団の男もレンシュラ同様忙しくしており、まだここには戻ってきていない。

 再びレンシュラはふわふわオレンジ頭を追い返し、それを確実とするために女性を引きずり再び出ていった。


「リオは何もしなくていいの?」

「何もして無くはないよ。まあ、僕はカルアン内部の問題に関しては部外者だからね。そっち方面はレンがやってるし、ロキアの事件はそれこそ関係ない」

「あの黒の何とかってフェイルは? なんで消えちゃったか、まだ分かってないんでしょ?」

「僕とレンは討伐がメインなの。調査部隊が来てるなら本業の人たちに任せるべきだ」

「そういうものなの? でもレンシュラさんは忙しそう」

「レンは真面目だから。あ、そろそろ焼けるよ。お皿頂戴」


 本当かと疑いに目を細めつつ、ササハは自由に使えと言ってもらった食器棚から皿を出す。


「レンは本当に真面目すぎるよね」

「なんて? 何か言った?」

「ううん。何も」


 ササハがこんなにものんびり、面倒くさい大人に囲まれて質問攻めにされずにいるのは誰のおかげか。うっかり一人で放置でもしたら、どこの誰に連れていかれるか分かったものではない。


「まあ、僕たちには関係ないよ」

「? 何の話?」

「この海老が美味しいねって話」

「うん。これすっごく美味しい! リオって料理が上手いのね。作ってくれてありがとう!」

「ふふ、どういたしまして。いっぱいお食べ」


 海老とトマトと、ペンネの美味しいやつ。それが鍋にもりもり。少し遅い時間に帰ってきたレンシュラと家主の男。ササハは二人のためにお茶を入れ、リオは料理を温めなおす。ササハの預かり知れぬ所で、いつの間にか事態は収束していた。








 星空の夜。ササハは一人、夜の町を散歩していた。

 町が騒がしかったのも最初の数日だけで、今では日常へと戻りつつある。それがたとえ上辺だけだとしても。

 結局ササハがしたのは三度ほどの証言と、両親の遺品確認。父の骨は父の実家(カルアン家)が引き取ることになったが、母の骨は一緒の墓には入れないだろうとササハが引き取るつもりであった。それをレンシュラがどう説得したのかは分からないが、父の骨と同様にカルアンへと送れることとなった。

 父と母は同じ墓は難しいようだが、レンシュラの知り合いが世話を焼いてくれるそうだ。


「あ、流れ星!」


 町の中を通る川にかかる橋の上で、空を見上げる。


「いつまで、ここにいようかな……」


 誘拐事件については、もうササハが関わることはなにもなく療養を最優先にと言われた。何度か父方の実家がコンタクトを取ってきている様子だったが、レンシュラが頑なに追い返していた。

 カルアン家には叔父とその子供もいるので跡取りについては問題なく、逆にササハが現れた事でややこしくなっているのかも知れない。

 けれどササハは父の実家が自身の処遇についてどう考えているかは、積極的には尋ねなかった。父や母がどういう人だったのかは気になったから訊いた。しかし、結婚を反対された両親の間に産まれた子供など、歓迎してはもらえないだろう。

 ササハはカタシロを一体取り出し、橋の手すりの上で遊ばせる。


(これで稼いだり出来ないかしら? 人形劇とか。そうしたら旅とかして、色んなところに行くのもいいな。けどその前に一度村に戻って、家のものとか、女将さんにもちゃんとお礼をしないと)


 どこかで、祖母と一緒に村に戻る気持ちがあった。しかし一人であそこに留まることは、どうしてか想像が出来ない。

 ササハはべたりと手すりに肘を付き、星を吸い込んだ川の流れを見る。と、うっかり気が緩みカタシロを川に落としてしまった。


「わぁ! わ、わ、流されちゃう、駄目っ!」


 シーツを数枚重ね合わせただけのカタシロ(もの)は存外軽く、サラサラと海のほうへと流れていく。ササハは追いかけるように川沿いを走り、途中で端にたまった木くずやゴミに引っかかり何とか引き上げることが出来た。

 幸い衣服を濡らすことにはならなかったが、ぐっしょり汚れてしまった布人形に気持ちが滅入る。戻って洗えばいいだけの話だが、大事な物が目の前で駄目になってしまっていることも、そもそも気を抜いてまともにコントロールも出来ない自分自身も、全てが情けなくなってくる。


 ササハはリオから返してもらったハンカチで水分を拭き取り、今更こんなことで泣きそうになるなと空を見上げた。

 こんな些細なことで、本当に意味が分からない。


「ササハ!」


 夜であることを考慮した声量で呼ばれ、窪んだ下の足場に居たササハは石壁を登った。


「レンシュラさん。どうしたんですか?」

「おま……どっから出てくるんだ」

「へへ、ちょっとカタシロを落としちゃって」

「夜に一人で出歩くな」


 なぜかササハは居心地悪そうに下を向く。レンシュラが大股でササハへと向かい、すぐ手前で立ち止まった。

 もう、ほぼ海に近い場所。


「どうした?」

「何でもないですよ?」

「また風邪を引くぞ」

「これくらい大丈夫ですよ――て、ショール持ってきてくれたんですか?」


 自分は薄着のままなのに、レンシュラは頭から被せるようにショールをササハに巻きつける。暑くはなくい。ちょうど良かった。


「リオには会わなかったのか?」

「今ですか? いいえ」

「そうか…………」

「?」

「ササハ」

「はい」

「お前はこれからどうしたい?」


 夜の潮風は冷たいのに、レンシュラは戻ろうとは言わなかった。


「どうしたいって……」

「今まで住んでいたところに帰るのか?」


 それはないとササハはすぐに首を横に振る。


「なら、カルアンに来ないか?」

「……」

「カルアンに行って……――、いや、そうしたら少なくとも生活に困ることはない……ないが、」


 レンシュラは乱暴に自身の頭を掻いた。怒り、ともまた違う苛立ちを含むように、その手つきは荒っぽい。

 レンシュラは気づいていた。


(なにもない子供に問うていいものか……)


 ただ平凡に、平和に暮らしてきた娘だ。祖母の後をついて回り、祖母の助けになるのだと、大人になることを目標とするような子供と大差なかった。

 やるべき事を突きつけたなら、きっと素直に従ってくれる。


「やりたい事があるならいい。俺はお前の味方になる」

「味方?」

「《黒の賢者》の消失に居合わせた俺達は目を付けられている。それはお前も例外ではない」

「でも、わたしは……なにもしてません」

「してなくてもだ。疑うやつは勝手に疑う。こちらの迷惑関係なしにな」


 ササハは胸に重いものを感じて黙り込んでしまう。こんな時なんと言えば良いのか分からなかった。


「正解を探すな。責めている訳ではない」

「……?」

「別にやりたいことが無いならそれでもいい。行きたい場所がないのなら、カルアンに行こうと言うだけの話だ」

「でも……」


 レンシュラはササハの言葉を待った。


「でも、誰もいないのに行ってどうするの?」


 ササハは泣きたくなくて頭からかぶったままのショールに顔を埋めた。レンシュラが少し困ったように動く衣擦れの音を聞いたが、特に何もせず手を下ろしたようだ。

 と思ったのに、急に腹を掴まれ軽々と肩に担ぎ上げられた。


「きゃあ!」


 ササハは咄嗟に大きな背中にしがみつく。レンシュラはササハを担いだまま歩き始めた。


「昔、ゼメアさんが作ったブランコがある」

「?」

「カエデさんが使っていた特殊魔具――弓の形になるんだが、それも残してある」

「お母さんの」

「他にも衣装や小物も幾つか保管してあるし、書類仕事が嫌いなゼメアさんが逃げ込む隠れ場所も知っている」

「ふふ」

「あと俺とリオはいる」

「……はい」


 波の音が大きくなる。ゆっくりと海まで歩いて来たようで、ササハはショールを巻きつけたまま防波堤の上に座らされた。

 海を背に防波堤に座るササハの視線はレンシュラより高い。


「泣き止んだか? 子供は高いところが好きだろ?」

「子供じゃありません」

「九歳は子供だ」

「九歳じゃないし! 十六歳ですぅ!」


 言ってレンシュラも防波堤に登り、彼はササハとは反対の海側を向いて腰掛けた。見上げるレンシュラの横顔の向こうには丸い月があった。

 ササハはもそもそ動いて、レンシュラと同じ向きに座り直す。


「カルアンに行ったら、わたしもフェイル退治するんですか?」

「……たぶんな」

「わたしに出来るかな」

「さあな」

「ぶう。そこは嘘でも大丈夫って言うところでは?」

「嘘は嫌いなんだ」

「わたしも好きじゃないです」

「頑張って強くなれ」

「……はい」


 誰にも利用されないように。

 レンシュラが言わなかった言葉を、ササハは何となく感じた。




◆◆□◆◆




「と、言うわけでカルアンに行くよ!」


 一夜明けた翌日。

 夜遅くに帰った時にリオの姿はなく、朝食の席でササハが元気よく言った。


「なんでズルい~! 僕もササにお願いしたい事があったのに!!」

「お願いしたわけじゃない。提案しただけだ」

「一緒だろ! ズルいズルい、レンの阿呆ー」

「食ってる時くらい静かに出来ないのか」

「いった! レンが蹴った! 暴力反対!」


 喧嘩をし始めた二人に、ササハは家主である自警団の男と呆れ顔を浮かべる。この数日で見慣れたやり取りだ。


「で、兄さんよ。いつごろロキアを()つんだ?」

「今日か明日。準備が出来次第には」

「そりゃまた急だな」

「はあ? 僕、何も聞いてないけど?」

「さっき決めた。別にお前は好きなタイミングで戻ればいい」

「はあ??? 聞いたササ。レンが超意地悪なんですけど?」

「食事中に席を立つのはお行儀が悪いよ」

「すいません」


 朝からリオはずっと不満そうに、レンシュラに文句を言っている。自警団の男は詮索などはせず、一定の距離を保ってくれていた。


(有り難いなぁ)


 ササハは少し冷ましたミルクスープを飲み下す。じんわりとした熱が胃へと流れつき、首筋辺りがそわそわする。


「アジェには寄るか? まだ町の出入りには規制がかかってる。あっち方面に行くなら、知り合いの商人が出入りの許可をもらってるから、馬車に乗せてもらえるか頼んでやろうか?」

「いいのか? 頼めるのならお願いしたい」


 男の申し出にレンシュラが表情を明るくする。本当は隣町まで出向い馬車に乗る予定だったが、嬉しい誤算だ。いつにするかとレンシュラは男と話を詰めていく。

 そんな中リオが椅子に尻を付けたまま、椅子を引きずりササハの隣まで来た。


「ちぇー。レンに先越されちゃったよ」

「リオの頼みたいことってなんだったの?」

「カルアン行きが決まっちゃったからなー。変に揉めたくないし、今は良いよ」

「?」

「けど、代わりにこれあげる」

「なにこれ?」


 渡されたのは一枚のカード。光沢加工のつるりとした板は頑丈で、何故かササハの名前が記されていた。


「それね、通行証」

「通行証? なんでそれをわたしに?」

「うん。いつでも良いから、それ使ってリオーク(あっち)に遊びに行こうよ」

「え?」

「渡したからね」

「ま、要らない! こんなの貰えないよ!」

「約束だよ」

「リオ?!」


 いわゆる旅券。決して安くはない贈り物にササハが青ざめる。


「……リオ」

「なんだよ。ただ通行証を渡しただけだよ。無理強いはしないさ」

「………………」

「ほーんと、レンってば疑り深いんだから」

「はあ……」


 レンシュラに睨まれリオが茶化す。

 ササハはそっとカードをリオのポケットに入れようとして、笑顔で阻止された。
















「うっそー。本当に黒の子消滅しちゃったのぉ? 何かの間違いじゃなくてぇー?」


 豪奢な作りのテーブルに足を乗せ、女は自身の爪に色を塗る。

 色の付いたつま先が重ならないようクロスさせ、その横には透き通るような天色(あまいろ)の翼を持つ一羽のオウムが佇んでいる。しかしオウムの両目がある場所には通信用の魔石がはめ込まれ、オウムは口を開くどころか微動だにしない。

 オウムに埋め込まれた魔石から男の声が漏れる。


『 どうやら間違いはないかと 』

「てかー、黒の子はカルアンに居たんじゃないの? どうしてロキアで消滅するのかしら? ねえ……」

『 それは、現在調査中でして 』


 ワントーン落ちた女の声に、魔石から返る声が萎縮する。


「悪い子がいるなら躾けてあげなきゃ。でしょ♪」

『 仰る通りでございます 』

「じゃ、アタシこれから子どもたちとお話しなくちゃだから」

『 貴重なお時間を頂き、有難うございました。失礼いたします 』


 切れた通信石に興味はなくなり、女は満足気に爪紅を眺める。

 女は自慢の長い金の髪を揺らしながらソファに身を沈め、オウムがソファの背へと飛び移った。

これにて一章完結です。

ご拝読ありがとうございました!!

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